最終話 めでたし、めでたし。

「学祭チケットおごってやりたいとこだけど、田中の彼氏心せまいからダメなんだろうな」
 そのとおり。
「話が早くて助かるよ」
 午前中はおたがい友達と行動しようってことに、と事情を説明していたら、足にすすすとなにかが当たった。
 ん?
 展示物をながめながら、駒田くんが自分の上履きで私の上履きをツンツンしている。
 ふまれてるわけじゃなく、横に当てられているような動きだ。
 ……まさか、踏んで欲しいとかいわないよね?
 試しにちょっと右足を数センチ浮かしてみたら、すかさず下にもぐりこまれた。
 おい。
 どういうつもりかと視線をむけると、彼はやたらキリッとした表情でささやいた。
「友達はキスしないし、手もつながない。……でも、足をふむくらいはすると思わないか?」
 中性的な文人くんとちがって、基本的な顔の造りは男顔で冷酷そうな感じ。
 だけど、意外とさわやかな笑顔が似合ったりもして愛想は悪くない。
 そんな駒田くんはメガネを光らせ、マッドサイエンティストのようにこちらを見下ろしている。
 「ちょっとヒーロー暗殺してこいよ」みたいな顔してなにいってんだこの人。
「……ツッコミということにしておく」
 駒田くんには大道具こわれた事件で恩があるし。
 彼のいうとおり、同級生の足を踏んづけるくらいなら浮気にはならないでしょ。
 てことで、感謝の念をこめて私は彼の足をさりげなく踏んづけた。
 駒田くんは満足げな顔で笑みを浮かべ、サムズアップする。
 私はそれにしらーっとした視線をむけて、弥生ちゃんたちの所へ行った。

◆

 やがて、私たちのクラスの出し物の順番がやってきた。
 とはいっても私が二階でスイッチをぽちぽちやってる間に文人くんたちが歌うだけだけど。
 ちなみに、おとなりのC組の大道具にかかりっきりだったからろくに練習していない。
 みんな歌詞忘れてないかなと思ったけれど、流行りの歌だから大丈夫だったみたい。
 文人くんの歌声がなんか目立ってて、女子たちが「天使の歌声」と絶賛していた。
 そうだろう、そうだろう。
 クラスの男子はもうけっこう声変わりしてきてる。このボーイソプラノは、明日には聴けなくなってしまうかもしれない期間限定の奇跡だ。
 そのはかなさ効果もあり、いまの文人くんの声と見た目はまさしく天使って感じ。
 男子の女装喫茶やってるクラスがあったし、体育館でやってる演目にも女装男子が何人かでてきたけど……やっぱり私の文人くんが一番かわいいな!
 合唱が終わったあと。
「大丈夫? 鈴木に色目を使われなかった? 弱みをにぎられて肉体関係を強要されたり、スカートの中を盗撮されたり、匂いをかがれたり……」
 君は鈴木くんをなんだと思ってるんだ。名誉棄損もはなだしいよ。
 ちょっとキモいこといいだした文人くんをステイさせておいて、私は南ヶ丘くんを捕獲した。
「話があるんだけど」
 体育館裏に連れだすと、彼は小動物のように肩をふるわせた。
「か、カツアゲ……?」
「弥生ちゃんの話に決まってるでしょうが」
 見失いそうだったのを追いかけたからつい、ちょっと強めに腕を引きよせたのは悪かった。
 勢いあまって壁ドンしたけど、他意はなかったの。
 弥生ちゃんに誤解されたら困るので、彼からはなれて改めて問う。
「弥生ちゃんと仲直りしたくない?」
「し、したいです……」
 南ヶ丘くんはもじもじしながら語った。
 いつか10キロ太ることができたら、弥生ちゃんにまた告白しようと思っていた、と。
 ちなみに、目の前の少年は1週間前となにも変化がない。
 モデル体型の女の子よりもきゃしゃで、カエルに似た顔もやつれたままだ。
「太るためになにかしてる?」
 念のために聞いてみると、彼は得意そうにうなずく。
「最近プロテインを飲んで筋トレしてるんだ! これならお腹もでないし、体重も増えるから」
「弥生ちゃんマッチョ嫌いなのしってる? あの子はマッチョよりメタボ体型の方が好きだよ」
 ちなみに私もマッチョは嫌いだ。細マッチョくらいならいいと思うけどね。
「そんな……!?」
「それに、結果がでるのにすごく時間がかかりそうだよね? その間、弥生ちゃんになにも話しかけないつもりなの?」
 南ヶ丘くんはしょんぼりと肩を落とす。
「……だって、嫌われてるのに話しかけたらストーカーみたいだし、もっと嫌われちゃう」
 乙女か!
「ヘタレ」
 思わず舌打ちしてしまった。
 でも、
「……弥生ちゃんは肉食系のイケメンにうんざりしてるから、南ヶ丘くんのそういう奥ゆかしいところが気に入ったのかもね」
 彼女はガンガン押すと引いちゃうタイプだから、結果的には大正解なのかもしれない。
「弥生ちゃんがね、南ヶ丘くんと仲直りしたいんだって」
「ほんと!?」
 あとはとっても簡単だった。
 2人を引き合わせて、5分で仲直り。
 別れるときは「あんなブサイクもう知らない!」なんてキーキー怒っていたのに。弥生ちゃんてば目に涙をため、まっかな顔してほほえんでいた。
 それを見た通りすがりの男子たちが釘づけになっていたけど、完全に2人の世界だったから今度は長続きするだろう。
 ちなみに南ヶ丘くんは完全に泣いていた。嬉し涙にふるえる彼の顔をそっとお面でかくし、肩をだいて人気のない場所へ連れて行く弥生ちゃんは、まるで彼氏のようだった。
 幸せそうなのはいいんだけど、弥生ちゃんがなにかに目覚めちゃった顔をしていたような……まあいっか。

◆

 午後からは文人くんと合流して体育館で演劇をみて、学園祭終了。
 クラスでささやかな打ち上げもしたし、すべてが終わったと思っていた翌日。
 私はなぜか牧田さんに人気のない校庭に呼び出され、謎の封筒をわたされた。
「これなに?」
「……」
 数カ月前に呼び出されたとき、彼女はいわゆる陽キャというやつだった。
 いつも大きな声でしゃべり、よく笑う。
 クラスのムードメーカーみたいなものの1人で、先生ともタメグチで話す。
 金に近い茶髪にミニスカート、派手な化粧に気の強そうな表情。
「文人くんに近づくな」
 といってきた彼女はどちらかといえば、いじめっ子ポジションだったはずなのに。
 目の前にいる牧田さんは、別人みたいにビクビクおどおどしている。
 まるで私がこの子をいじめてるみたいだ。
 彼女がなにも話してくれないから封筒をあけてみると、そこには1万円札が入っていた。
「これって」
「……」
 牧田さんは目を合わせず、だまって立ちさろうとする。
 いやいやいや、まずいでしょ。
「いらない! いらないからこんなの! 私が脅したみたいじゃん」
 あわてて通せんぼすると彼女は財布をとりだして、もう1枚1万円札をこちらに差しだす。
「いらない、っていってるでしょ」
 人の話を聞け。
 そういうつもりでかばったわけじゃない。ただの成り行きだから、と10分ほど説得してようやくお金をひっこめてくれた。
「田中って、変なやつ」
 ウサギみたいに赤い目をして、ぽろぽろ涙を流しながら牧田さんがつぶやく。
 彼女はけっこう泣き虫みたい。
 メイクがくずれてぐちゃぐちゃなのに、なぜかとってもかわいくみえる。
 だけど、
「えっ」
 その一言は私の心に深くつき刺さった。

◆

 後日。
 特に用事のない土曜日の昼間。
 リビングで家族とだらだらしながら、私は弟にたずねた。
「私ってふつーの人間だよね。ありふれてるっていうか、平均的っていうか」
 弟はちょっとめんどくさそうな顔をこちらに向ける。
「まあちょっとガサツだけど……ふつうじゃない?」
「だよね! いやたぶん照れかくしだと思うんだけどさ、同じクラスの子にあんた変だねっていわれちゃったから、どうなのかなーって」
「ふーん」
 弟は興味なさそうにテレビなんかみている。
「うちの学校、変わった子がいっぱいいるから。その子たちに比べたら私なんて平凡だよ」
 ふんでたたいてとSMプレイを求めてくる男子や、なぜか私の一日の行動を知りつくしていて、話してないことまで知ってる彼氏。
 他にもたくさん個性派がそろっている。
 彼らより変といわれるのは心外だ。
「柚希にも素質はあると思うけどね」
 お母さんが笑う。
「これから高校、大学、社会人になっていったらわかるよ。小さいころはまだ目覚めてない人が多いけど、人ってみんなどこか個性的なところがあるんだよ。ねえ、お父さん?」
「……」
 お父さんは無言のまま新聞紙で顔をかくした。
 お父さん? その反応はなにかかくしてるの?
「海(かい)みたいに早熟な子もいるけどね~」
「……」
 弟はテレビの音量を上げた。
 お母さんが弟の秘密を知っているのか、単にテレビに集中したいだけなのかはわからない。
 どっちなの、弟よ?
 お母さんはニコニコして続けた。
「一見まともそうに見える人でも、じつはマニアックな趣味をもっていたりするよ。柚希もいつかそういう趣味に目覚めるのかもしれないね」
「……」
 学園の人たちだけじゃなく、人類みんな変態ってこと?
 いつかは私も変態に……いや、すでに変態になっているかもしれないと……。
 なんだかとっても深刻な事態のような気もしたけど、学園のみんなの姿を思い浮かべたらフッと肩の力がぬけた。
「まあ、いっか」
 変態ってなんか、みんな楽しそうだと思うから。