17話 殺さないで
「殺せ!」
騎士の1人がさけび、私をおさえる手に力が入る。
剣をかまえた騎士がけわしい顔つきで近づいてきた。
このまま大人しく処刑されて、死んだふりをしていれば、そのうちクーさまがむかえに来てくれるだろう。
たぶんそれが1番楽な方法。
でも、やだ。
「やめて、殺さないで」
痛くなくても悪意をむけられれば怖いし、心が傷つく。
「私なにもしてないじゃない? みんなみてたでしょ。私、おじさんを助けようとしただけなの」
ケガをしていた商人のおじさんを探すと、彼はもうこちらに背をむけてさっさと逃げていた。
ああ、恩知らず。
さっきまでみんなが非難の目をむけていた貴族の少年はたくさんの騎士と護衛にかばわれて、なにか話している。「すぐに父上がくる」というソガの声がかすかに聞こえた。
私、また余計なことをした?
見て見ぬふりをすれば良かった。
悲しくなって正面の騎士をみつめると、彼は汗をかいて顔をゆがめた。
剣をもつ手が震えている。
周囲にいる、隊長みたいな人がさけぶ。
「見た目にだまされるな! 人に化ける魔物は魔力が強くタチが悪い! 無害そうな女子どものふりをして大勢の人を殺す! ここで始末しなければ本物の子どもが殺されるかもしれないんだぞ!」
騎士は歯を食いしばり、私の首めがけて剣を振り下ろした。
やめてったら。
無我夢中で暴れたら、思っていたより簡単にふりほどくことができた。
大人の男の人って、こんなに力が弱かったっけ? 手加減してくれたの?
あ、ちがう。夜だから私の能力がアップしてるんだ。
それた剣先が私の右肩へ落ちていく様子さえゆっくりとよくみえる。
腕が切り落とされる……そう思ってゾッとしたけれど、腕には軽い衝撃だけ。逆に剣の方が折れてくだけてしまった。
なんで!?
つい騎士と同じ顔で固まってしまったものの、この装備をもらったときの説明を思いだして納得した。
この”ドラゴンローブ”は雷竜エドラのウロコで作ったもの。
鋼の剣くらいなら斬られてもノーダメージ。
そう聞いてたけど、ノーダメージってこういう意味!?
マーケットの商人たちから口々に”良い装備”だと褒められたけど、この装備ってほんとにすごいんだ。
感心しちゃったけど、ぼうっとしてるヒマはない。
「このバケモノめ!」
剣が折れてあせった顔の騎士がこちらに殴りかかってくる。
背後や周囲からも、騎士たちが私をとりおさえようとする気配がする。
逃げなきゃ。
飛びつくように転がって杖をひろうとフォンと不思議な音とともに発光した。
まるで、この状況を理解して攻撃準備をしたみたい。
地面にはいつくばったままドラゴンスタッフをふりかざす。
いままさに襲いかかってきていた2,3人の騎士たちへ電撃が落ちた。
「うおっ!」
「がっ!」
「あ」
杖をとろうとしたソガのときより威力が強い。
攻撃する意思があるかないかのちがいかな?
彼らは気絶して地面にたおれたまま、おきない。
でも、まだ周囲は他の騎士たちにかこまれている。通りがかりの冒険者や、お金もちにやとわれている護衛も協力しているみたいだった。
――もっと戦えるようになれ。
――これも修行だ。
――この杖があれば皆殺しにできる。
悪魔のささやきのようなクーさまの言葉が脳裏によみがえる。
この人たちを皆殺しに……?
あっちが先に殺そうとしてきたんだから、べつに殺したっていいじゃない。
正当防衛、なんて物騒な言葉がチラリと浮かぶ。
『そうだ、殺せ。やってしまえ』
クーさまの幻聴まで聞こえてきた。
そんなこといわれたって、人を殴ったこともないのに、できるわけが……。
迷っていたら、まわりをとり囲んでいた騎士たちがいっせいに襲いかかってきた。
ひえええええ!
必死でブンブン杖を振りまわす。
けれど電撃はでなくて、剣がうでに当たった。
ドラゴンローブのおかげでダメージはなく、剣がくだける。
なんで電撃でないの!?
ビシバシあちこち剣でどつかれて、よろめきながら杖をふる。
やっぱり魔法がでない。
よくみるとドラゴンスタッフからさっきの光が消えている。
なんで!? 壊れた!?
「服をねらうな! 肌がでているところをねらえ!」
隊長っぽい人が指示をだし、騎士たちが剣を低くかまえる。
その表情にもはや同情の色はまったくなく、モンスターをねらう狩人の目だ。
「うわー!」
騎士の剣が目の前にせまってくる。
顔を突き刺すつもり!?
怖くて杖をふり回すと、ちょうど騎士に当たってふっとんだ。
中肉中背で、全身に軽めの甲冑をきこんだ人がやすやすと5メートルは飛び、ごろごろ転げまわって動かなくなる。
え……なんかあの人軽くない?
なわけないか、甲冑ってたしか10キロくらいあるんだよね?
あんな固そうな鎧にヒビが入っているのに、ドラゴンスタッフには傷一つない。
「きゃっ!」
ぽかんとしていたら、別の騎士に背後から飛びかかられて、地面に押さえつけられてしまった。
「首だ! 首を斬り落とせ!」
隊長がさけぶ。
あー、また余計なことを!
じたばたするけれど、今度はなかなかふりほどけない。
いつのまにか、3人がかりで押さえつけられていた。
剣をかまえた騎士がじりじりと近づいてくる。
そんなとき、握りしめたままだった杖に再び光がもどった。
「ギャーッ!」
「あばばばばば」
「うわっ」
騎士たちの野太い悲鳴とともに背中が軽くなる。
どうやら私ごと感電したみたい。
やっぱり、雷竜を食べたから私には電撃が効かないんだ。攻撃しなくても、杖が光っている間はつねに電気が流れているのかも。
「ってうわあああ!」
不意打ちで騎士が斬りかかってきた。
杖でとっさに首をかばう。
杖に当たった剣がギインとにぶい音を立ててくだけちる。
でも、ふっとんだのは私の方だった。
おなかに衝撃。
なんで?
剣を失った騎士がとっさに私のみぞおちをけったのだと理解したときには、すでに遅く。
地面にスライディングした私の両手両足を、4人の騎士が拘束した。
しかし、
「ぎゃあああああ!」
4人ともすぐに感電して、気絶していく。
この杖すごい。
はなれた場所にいる兵士たちが弓をはなつ。
歩兵がこちらへ剣をぬいて走ってきて、槍兵が槍を投げる。
ああもう、人多すぎ。
「やっちゃえ、エドラ!」
杖をつかんで、ぐるりと円をえがくようにかざすと、私をとり囲んでいた人たちすべてに激しい雷が降りそそいだ。
あたりが光の嵐で照らしだされ、2秒くらいなにもみえなくなる。
再び暗闇がもどってきたとき、あまりにたくさんの人間がたおれていて怖くなった。
だれも動かない。しゃべらない。
え……まさか、本当にみんな殺しちゃったの?
「あの、大丈夫?」
近くにたおれている騎士をゆさゆさ動かしても、反応がない。
でも、口に手を当てたら息はしていたからほっとした。
「動くな! モンスターめ!」
男の人のさけび声。
ふり返ると、たおれている人たち以上にたくさんの騎士団が勢ぞろいしていた。
さっきソガが呼んだ、団長とその部下たちだろう。
たおれている人たちを救護するチームと、私を撃退するチームとに別れているみたい。
弓兵とか騎馬隊とか、いろんな種類の兵士がいるんだけど。一番ちがうのは、魔法使いがいること。
なんかヤバそう。
かこまれる前にと杖をふったけど、電撃がでない。
また杖から光が消えていた。
……もしかして、1度攻撃したらしばらく使えない?
さっきは使えるまでどれくらいかかったっけ? 5分? 10分はかからなかったような……。
どうしようどうしようどうしよう。
オロオロしていたら、敵の魔法使いの杖が光った。
ピキパキピシ……と謎の音が近くから聞こえる。
私の両手両足が少しずつ石化し、灰色にそまっていた。
「なにこれ!?」
杖は無事だけど、杖をもっている手は無事じゃない。
あっというまに足がぜんぶ石になり、上半身も動かなくなってきた。
死んだらクーさまが復活してくれるけど、石化って治るの!?
ああああもうダメ。もう口まで……!
意識がもうろうとする中、団長っぽい男の人が胸を押さえてたおれた。
あれ、どうしたの?
周囲が動揺し、団長にかけよる。
遠目だけど、特に血はでてないし、ケガじゃないようにみえた。
なんだろ、なにかの病気かな……。
「貴様、何者だ!」
騎士がこちらをみてさけぶ。
え? だれかいるの?
ス~ッと温かい風につつまれたと思ったら、石化が治っていく。
でもまだ身体がしびれていて、動かない。
頭から地面にたおれそうになったところを、だれかにつかまれた。
固いうでがおなかにまわされて、荷物みたいに片うでで持ち上げられている。
騎士!?
殺される!
泣きそうになっていたら、
「逃げるぞ、ゲボク」
クーさまの声がして、視界が蜃気楼みたいにゆらめいた。
どこかの草原に転移した……のかな?
いつのまにそんなことできるようになったんだろう。
景色が一変して、人の気配がなくなった。
見覚えのない草原に寝かされて、あらためてその姿を確認する。
「もしかして、クーさま……?」
たしか、大きな羽とヘビのしっぽをもつ巨大なオオカミだったはずだけど。
そばに立っていたのは、どうみても人間の青年だった。
たぶん20代半ばくらい……?
初めて会ったときから、すごく色っぽい声の犬……じゃない、魔神だと思ってたけど。
声にぴったりの色男でみとれてしまった。
なにこれ、こんなカッコイイ人はじめてみた。
背が高くて手足が長く、筋肉質だけどすらりとしている。これを細身というかふつうというかは意見がわかれそう。
男性にしてはちょっと長めの短髪がよく似合う。
切れ長の瞳はつり上がっていて、冷たくそっけなく、目つきが悪い。
それなのに魅力的なのは、すべてのパーツが黄金比でできているからだろう。
眉や鼻すじ、くちびる、あごの輪郭。
いろんなものが整いすぎている彼は、作りもののように浮世ばなれしていた。