17話 魔神のたたり
みんな死んでたら、もう魔神にはついていけない。
恩があるとはいえさすがに引くわ……。
ゲボクがんばるっていったばかりなのに、ヒヤヒヤしてしまった。でも、彼らは生きていた。
「うう……!」
「だれか……たすけ」
悪い夢でも見てるのかな?
「大丈夫? なにがあったの?」
うなされてるけど、ゆさぶってもおきない。
門番だけじゃない。買い物途中だった様子の奥さん。市場でたおれてる店主さん。荷台にもたれかかっているおじいちゃん。
王都の人たちはみんな、おかしな様子で眠り続けている。
お店の売り物らしい、野菜はみんなしおれてしまっていた。カラスやネズミ、虫なんかに食べられて穴だらけだ。肉や魚は一部だけが残っていて、アリがびっしりたかってる。
ぷうんと腐った匂いがただよってきた。
「ああああっ!」
さけび声の方をふり返ると、カラスが集団で人をつついていた。
眠っている人を食べてるみたい。
もともとカラスは雑食でなんでも食べる。もちろん肉も。
だから子ネコや子犬、鳥、人の赤ちゃんなどもおそう。大人には勝てないと思うのか、ほとんど向かってこないんだけど……。すやすや寝てるなら、大人もごはんに見えるらしい。
「しっしっ!」
軽く手で追い払うと、カラスたちはあっさり飛んでいった。
「うう」
つつかれた人の手足から血がでてる。死にはしないけど、痛そうだ。
手当を、と思ったけど。
他にもつつかれてる人がたくさんいて、キリがない。
「クーさま……」
文句いおうと探すと、主は1羽のカラスを腕に止めていた。
「よしよし」
カラスの首のあたりを人差し指でなでている。
まんざらでもなさそうに目を細めるカラス。
気持ちよさそうで、ちょっとほのぼの……ってそんな場合か! 少なくとも100人以上がたおれてるんだよ!
「ねえこれ、ちょっとやりすぎじゃない? この人たちは魔神のことなんて、なにもしらないのに……」
「生きてるだけマシだろ」
しれっとした顔で答える青年。
カラスのくちばしをつまんで遊んでるんじゃない。
「こういうのは理屈じゃないんだ。魔神にかかわると痛い目にあうと、わからせてやらないと」
「でも」
「さえずるだけの偽善者め」
クーさまの右腕に止まっているカラスがつぶやく。
老人特有のしわがれ声に聞き覚えがあった。
「ギクアル!?」
ギャーッとカラスがさけぶ。
「その空っぽの脳みそに穴を開けてやろうか? おまえにわしの名を呼ぶのを許した覚えはない!」
この口の悪さ、まちがいない。あの時のカラス頭のおじいちゃんだ、この鳥。ふつうのカラスに化けることもできるんだね。
「えっと……じゃあなんて呼べばいいの?」
「わしはウジ虫と会話する趣味はない」
ひどいいわれよう。
そもそも話しかけるなってこと?
「ギクアル。こいつは俺のゲボクだ。仲良くしろ」
「な……っ!?」
ひどいクツジョクだとでもいわんばかりに、ふるえるカラス。
とても嫌そうにこちらに目をやり、いまいましそうにつぶやいた。
「……偉大なるカラスさまと呼べ」
「いだいなるカラスさま」
「用もないのに呼ぶな」
「ギクアル」
「……」
「にゃーん」
気まずい空気をセクシーな声がこわした。
「ねえねえ。変な呪いバラまいてんの、君たちだよね? 迷惑なんだけどー」
そこには大きなネコがいた。
2本足で立って歩く、人間サイズの不思議なケモノ。短毛種だ。体はまっ白で、耳と鼻はほんのりピンク。かわいらしい印象だけど、顔立ちは大人っぽい。体つきもスレンダーで、子ネコには見えない。
右が金色、左が水色の神秘的な瞳。
金でできた、ゴージャスな首飾りと腕輪をつけてる。長いしっぽがゆらりゆらりとゆれていた。
たぶん敵だけど、かわいい。
「チッ、呪いが効かない神族(しんぞく)か」
ギクアルがネコをにらむ。
クーさまの腕から羽ばたくと、人型へ姿を変えた。
「ここはわたくしにお任せあれ。ちょうど、新しい毛皮のコートが欲しかったところです」
白ネコは軽くキバをのぞかせて笑う。
「なに、やる気? 抵抗するなら食べちゃうぞ」
空をおおうカラスの大群がいっせいにネコへおそいかかる。
しかし高速ネコパンチが次々とカラスを打ち落としていく。
ぼうっとそれを見ていたら、クーさまに手をひかれた。
「城へ行く」
「あの二匹ほうっておいていいの?」
「ザコはどうでもいい」
ザコには見えないけどな……。
◆
みんな寝てるから、お城に入るのは簡単だった。
なんでこんなに扉が大きいの?
金銀宝石がおしげもなく使われた、ゴージャスなお城。見たこともない材質の石。呪いで人が石にされちゃったのかと思うくらい、よくできた彫刻。絵画やステンドグラスなんて、初めて見た。
値段の想像がつかないくらいキレイなカーテンやじゅうたん。長い長いらせん階段に、カッコイイ制服姿の騎士さま。貴族のお姫さまや、えらそうな人がバタバタたおれている。メイドさんたちもたくさんいた。
……これ、いまみんなが目を覚ましたらどうなるの? 私たち死刑とかにされちゃう? ひえぇぇ。ニヘンナ村よりもひどい目にあいそう。
怖くなって、クーさまのそばへ走る。
ふと、彼が足を止める。
閉じた扉の前を守るように、騎士が立っていた。
「だれだ? ここへなにしにきた」
少年は素早く腰の剣をぬき、威嚇するようにかまえる。
16歳くらいかな?
金髪に緑の瞳。ややつり上がった目はネコみたいにパッチリしてる。
表情はりりしいけど、顔だちは中性的で女の子みたい。身体も男にしてはほっそり。でも筋肉はある。たくさん走る人の体型だ。
立派な制服をきてるけど、なぜか右腕のあたりが血でそまって破れてる。ケガをしてるのかと思ったけど、腕はキレイで傷1つない。
この人、どうしておきてるの?
疑問に答えるようにクーさまが口を開く。
「神族の加護を受けて目を覚ました騎士か。ジャマだな」
だからシンゾクってなに? さっきのネコちゃんのこと?
「答えろ」
じり、と騎士が間合いをつめる。
クーさまは笑った。
「見てわかるだろ? 王族を殺しにきた」
「えっそうなの!?」
神さまを食べにきたんじゃなかったっけ?
黒髪の美青年が青い目でこちらを見下ろす。
彼も中性的ではあるけど、タイプはまるでちがう。少年騎士は女装がにあいそうな感じ。クーさまは男としてすでに成長しきっていて、女装はムリ。セクシータイプだ。
「この城からエーテルピア神の気配がする。たしかあいつはカーラ帝国の王女とヘイテス国の平民を愛人にしてたはずだ。王族に子孫でもいるんだろう。王族を手にかければ、復活途中の不完全な姿でもあらわれるはずだ」
「おびきよせて食べるつもりってこ……と!?」
騎士がクーさまに斬りかかってきて、体がすくんでしまった。
クーさまは軽くかわしたけれど、
「王族の殺害予告に、神への敵意を確認。斬る!」
騎士はすぐにまたおそいかかってきた。