25話 長い長い昔話

「そちらの方は魔神と関わりがあるのでは……?」
 オズが答えるより先に、お姫さまが口を開いた。
 赤いさくらんぼのような唇から発せられた言葉に、オズと部下たち以外の兵士たちが顔を引きつらせる。
「わかるんですか?」
 ついたずねると、彼女は少しおびえた様子でうなずく。
「わたくしは封印されていた魔神の頭部をみました。あなたからは魔神と同じ力を感じます。たくさん魔神の加護を受けてらっしゃるようですが……?」
 ふわりと、甘いりんごのような香りがただよってくる。
 とても美味しそうな魔力の香り。
 オズの匂いかと思っていたけど、どうやら彼女の移り香だったみたいだ。
 ルなんとかっていう美味しいお兄さんより、さらに美味しそうでヨダレがでそうになる。
「はい。私は魔神のゲボクなんです」
 正直に答えると、老人や負傷した兵士たちが姫をかばうように集まり始める。
 逃げようかな、と迷っていたら、オズが告げた。
「彼女は魔神の手先ですが、敵ではありません! 先ほどここにいた大量のモンスターを退治したのも彼女です! 一時的に手を組んだのです!」
 老人がどなる。
「バカな! 人類の敵と手を組むなど正気の沙汰ではないわ! だいたい、モンスターが人と協力するものか!」
 他の兵士も「そうだそうだ」と続く。
「人に化けるモンスターは特にずる賢く卑怯だ。小隊長殿はだまされている!」
 オズの部下たちは黙っているけれど、どこか気まずそうな様子だ。
 そりゃそうだろう。私だって人間のままだったらモンスターと協力なんて、とてもできない。
「僕も……私も彼女は信用していいと思います」
 どこか場違いなほどのんびりした声がひびく。
 兵士たちに混ざって、見覚えのある顔をしたお兄さんがいた。
 ほんのりのびた短い金髪に赤紫の瞳。
 以前とはちがうモコモコ装備だけど、優しいまなざしは変わらない。
 相変わらず、人の良さが顔にあらわれている。
「彼女とは以前も会ったことがあり、協力して人助けをしました。魔神の手先であり、モンスターではありますが、彼女は人に友好的です」
 ルなんとかっていう美味しいお兄さん!
 目が合うと、彼ははにかむようにほほえんだ。
 兵士たちから信用されているらしく、兵士たちが動揺する。
「オズ殿とルファス殿がそういうなら……」
「いやしかし」
 そんなざわめきが聞こえた。
 そうだ、たしかルファスだ! マロボ島に人探ししにきて、そのあと雷竜のところで会った騎士さん。
 まさかまた会うとは思わなかった。
 一同が混乱してざわざわしていたら、お姫さまが告げた。
「わたくしも信じましょう」
「しかし!」
 納得できていない老人と兵士たちへ彼女は続ける。
「わたくしたちを救ってくれたオズとルファスを信じます。大群のモンスターを倒してみせた彼女なら、いますぐわたくし達を殺すことも可能なはず。それをこのように大人しくしているのですから」
「なにか企んでいるに決まっています!」
 と老人。
 お姫さまが丸い瞳をつり上げて声を荒げた。
 まだあどけなさの残るそのほおに涙が光る。
「これ以上、長々とこの場で議論するつもりはありません! わたくしの騎士や味方が死にかけているのですよ」
 彼女が指さした先には、血にまみれてたおれている騎士。
 死体かと思った、というのは失礼だろうか。
 すでに意識がない。
「……かしこまりました」
 老人が引き下がってからは早く、みんないっせいに姫とオズの指揮にしたがった。
 本当はオズの上司みたいな人がいたらしいんだけど、意識不明の重体だからオズに指揮権がうつったそうだ。
 ルファスと数人の兵士が私をとりかこんで見張り、他の者たちはケガ人の手当てと死者の埋葬や片づけなどで大いそがし。
 落ちついて話ができるようになったのは、それから3時間も後のことだった。

◆

 武装した人たちにとりかこまれるのは、いまでも怖い。
 ルファスがそばにいなかったら、とっくに逃げていたと思う。
 味方だと思えるほど仲良くないし、彼のことなんてほとんど知らない。でも、なんかこの人すごーくお人よしそうだから、怖くないんだよね。
 むしろ、ちょっと安心する。
「またせたね。姫が呼んでるから、ちょっと来て!」
 身支度を整えたオズがやってきた。
 会話できるような空気じゃなかったからずーっと無言だったし、疲れた。
「私もついて行っていいですか?」
 のほほんとたずねたルファスに、オズが苦笑する。
「もちろん! あんたにも話がある」
 ついて行った先は、雪でできた大きな家だった。
 ”イグルー”っていうらしい。
 魔法使いたちが魔法で作ったみたいで、周囲にも似たようなものがたくさんある。
 壊された分を作りなおしたのかな。
 たいまつの炎で照らし出された奥には、姫とおえらいさんたちがまっていた。
 ほとんどは死んでしまったのか、重症なのか、とても少ない。
 5人くらいしかいなかった。
「わたくしはドロシー・アル・エストア。エストア家の末子です。ドロシーとお呼びください」
「は、はいドロシーさま」
 お姫さまに話しかけられるとやっぱり緊張するなぁ。
 じっと見つめられて、次はこっちが名乗る番なのだと理解する。
「えーと、クーなんとかっていう魔神のゲボクです。名前はないので、ゲボクと呼ばれていますが、呼びにくかったらナナシとでも呼んでください」
 すわるように言われて、雪でできたイスにすわる。
 私はモンスターだからもう寒いのよくわからないけど、みんな冷たくないのかなこれ。
「魔法で加工してあるから、冷たくないでしょ?」
 オズが小声で話しかけてくる。
「あ、うん」
 そうなんだ。
「ゲボク……」
 姫が片眉を上げる。
「ゲボクとは、しもべや家来、手先という意味ですよね? あなたはクーロアタロトスの封印を解くためにこの国へ来たのですか?」
 クーさま、こんな名前だったっけ? 長いなぁ。
「そうです。その途中でオズたちに会って、協力しようっていわれたんです。たった一人でシアーナ共和国の王さまに勝つ自信はないから、私も味方が欲しかったので、シアーナ共和国と戦っている間だけ協力しようと約束しました」
「モンスターの大群に襲われて全滅しかけていたとき、彼女が僕らを救ってくれました! この力があれば姫の力になると思い、連れてきた次第です!」
 オズがまじめぶった態度で補足する。
 姫は困ったように眉根をよせる。
「わたくしたちは魔神の復活を阻止する側です。シアーナ共和国との共闘が終われば、あなたとは戦う立場になりますが、そこはわかっていますか?」
「はい。それは大丈夫です」
 頭だけでも封印をとけば、たぶんクーさま復活するし。
 そうなればもうどうとでもなる。
 人類の存亡がちょっと心配になるくらいだ。
「ただ、あなたはシアーナ共和国のお姫さまなんですよね? なのに、どうしてユーグリアス王国の人たちといっしょに王さまをたおそうとしてるんですか?」
 聞くと、姫は少し虚空をながめた。
「それを語ると長い話になりますが……そうですね、まずゲボクはこの国の歴史をご存じですか?」
「いいえ」
「それでは、そこから話しましょう」

◆

 むかし、むかし。
 シアーナ共和国はとても貧しい国でした。
 この北の大地は1年のほとんどが雪におおわれているため、作物がほとんど育たないのです。ケモノや魚もろくにとれないため、人々は食べ物を奪い合いながら生きていました。
 厳しい環境のため、人々は長く生きられず。
 平均寿命は30歳。
 しかしたった1つだけ良いところがありました。
 彼らはみんな容姿端麗なのです。
 なぜかはわかりません。
 ほとんど日光が差さない大地で育った彼らは色白。
 満足に食べられないためみんなほっそりしています。
 背が高いのは広い土地でのびのび育ったせいかもしれません。
 顔が小さく手足は長く、ついでになぜか耳も長い。
 目がぱっちりとしていて鼻筋が通った造作は、他国から「美しい」と人気がでました。
 だから、価値があると気づいたのでしょう。
 元首は犯罪者や、自分にさからう者たちを他国へ奴隷として売りました。
 美しい奴隷は大人気です。
 引きかえに食料を手に入れて、国はなんとか生き延びていました。
 しかし、犯罪者とはいえ同じ国民を奴隷として売るなんて、と反発する者たちもいます。中には元首を批判しただけで奴隷にされた者もいましたから。
 そのため、反乱がおきて元首は殺されました。
 首を斬り落としたので、死んだとだれもが思いました。
 なのに元首はよみがえりました。
 悪魔に……いいえ、雪の精霊に魂を売ったのだと言われています。
 よみがえった元首は恐ろしく強い魔力を手に入れており、精霊とともに暴れて反乱軍を壊滅させてしまいました。
 それから元首は王妃をなのり、雪の精霊を「我が夫」、「雪の王」と呼んでいます。

◆

 姫が紅茶を飲んで一息をつく。
 まだ話には続きがありそうだ。
 それにしても、この子自分たちのことよく照れもせずに「容姿端麗」とか「美しい」とかいえるなぁ……。
 でも、これだけ美少女なのに「やだ、わたしなんて全然かわいくないよ!」なんて言われたらぶっとばしたくなるから、別にいいか。
 みんなから褒められるはずの美少女が、自分の外見について自覚がないってのはムリがある。
 この子は……いや、この国の女性たちは堂々と「美人」を名乗るべきである。
「ここまではよろしいですか?」
 姫が問う。
 魔力回復効果のあるジュースを飲んで、私は聞いた。
「1つ質問が。さっきから気になってたんですけど、元首って王さまのことですか?」
 姫は悩まし気にため息をつく。
「本来は投票で選ばれた国の代表者であり、国民から支持がなければ元首の座をおりなければならないのですが……現在の元首であるシスティアーナと精霊にはもうだれも逆らえないため、王と似たようなものですね」
「現在のって、昔の話じゃないんですか?」
「精霊と契約してからシスティアーナは不老不死となり、100年たついまでも生き続けています」
 あ、なんとなく話が読めてきたかも。