36話 龍になった氷竜

 グパジー帝国には四季がある。
 本来ならば、いまは桜みだれる春の季節。

 にもかかわらず、現在の気温はマイナス30度。天気は雪。それも激しくふぶいている。
 約20年まえから、帝国ではずっと異常気象がおこっていた。

 つねに冬で、雪がふりやまない。そのため作物は実らず、家がつぶれた。日光でさえろくに差さない。
 国民すべてがモンスター化していなければ、全滅していたかもしれない。
 原因はわかっている。

「みんな皇帝陛下が悪いんや~!」

 家来たちはなげいていた。

◆

 約20年まえ。氷竜がふらりとグパジー帝国に飛んできた。
 もともと竜は気まぐれな生き物である。世界各地を自由に飛びまわっている。
 しかし、モンスター国家に来てしまったのが不幸のはじまり。

「あいつカッコイイな。ペットに欲しい。つかまえて」

 皇帝陛下がそうおっしゃるので、国民総出で生けどりにした。
 しかし氷竜はプライドが高く、彼にしたがおうとしない。

「殺せよ。嫌いなんだ、だれかに命令されたりすんの」

 そんな態度がますます気に入ったらしい。
 陛下はまた妙なことをいいだした。

「それなら、魔神の右手を食わせよう」

 ……頭がおかしくなったわけではない。おそらく。

 かつて、魔神をこの世界に召喚した国がある。
 彼らは願いを叶えた代償にモンスターとなり、野生化した。人語を話すことさえ、できなかったという。

 なのになぜ我らはこうなのか?
 もう人じゃないのに。グパジー帝国の民は皇帝陛下に忠実である。ちゃんと人間の言葉で会話もできる。

 魔神に直接モンスター化されたわけじゃないから? たまたま運が良かった?
 陛下はこう語っていた。

 悪魔を召喚するために、魔神の右手を使おうとしたとき。

「世界征服できる力をくれ」

 と願ったからじゃないか、と。

 きっと、コレは陛下の願いを叶えるために、全国民をモンスターにした。
 もう動かなくなってしまったが……食わせてみれば、氷竜の態度も変わるかもしれない。
 という考えらしい。

「どうせ殺すんだから試してもいーよな? この手でかいし。置き場所なくてジャマだったんだよはっはっはっ」

 まあ、そういうわけで。
 むりやり魔神の右手を食わせたところ、氷竜に異変がおきた。

「ぐるおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 まるで毒でも飲んだかのよう。
 苦しそうにのたうちまわり、全身のウロコがはがれ落ちていく。ぼとりぼとり、とツノと羽まで折れた。

 異変はまだ終わらない。
 ゴキゴキバキバキと骨が変形していく。美しくすきとおっていた紫の瞳は、腐ってとけた。

「おー、すげーすげー!」

 陛下は手をたたいてよろこぶ。
 皮と肉がそげ落ち、氷竜は変わりはてた姿となっていた。

 もはや骨だけのヘビのよう。
 その骨の中に、魔神の右手が融合している。全身にどす黒い、毒霧のようなものをただよわせていた。

「それで? おまえは俺の命令きくの?」

 陛下がたずねる。
 氷竜にはもう目玉がない。ずがいこつに暗い穴だけが2つ、あいている。
 その穴の奥が赤く、ブキミに光った。

◆

 あれから約20年。
 氷竜あらため、氷龍は今日も雪をふらせ続けている。

 ちゃんと命令はきくのだが、魔神の右手の影響だろうか? どうも力の制御がうまくできないらしい。
 氷龍がいるだけで国は冷え、冬以外の季節がなくなってしまった。

「いーじゃんいーじゃん。俺夏キライだからちょうどいいわ」

 家は雪に強いものに建てかえた。
 主食は人肉。たまに共食いしたりもする。だから米や野菜が育たなくても問題ナシ。

 けれど人間からしたら、とても攻めにくい環境の国だろう。いいことだ。
 氷龍は上空の警備を担当している。
 まだ世界征服の準備が整っていない。国内の状況を他国にしられたらまずい。

「だから、侵入者はみつけしだい殺せ」

 陛下は国民すべてに同じ命令をした。

「陛下、一郎が死にました。侵入者に殺されたようです」

 ウサが報告しにきた。
 彼女は愛らしいウサギの神族だ。前は白いフワフワだった。魔神の力をあびてからは、黒くなってコウモリ羽がついた。
 地獄耳で国内すべての音を聞くことができる。

「え~、いっちゃんが? あいつ強いのに」

 本当は陛下の側近にしたかったそうだ。
 しかし本人が「そういうの、性に合わないんで……」と辞退したのだ。命令すればしたがうが、そうしなかった。

「まあ国境付近には、強い部下を配置しておきたかったから、いいよ」

 とのこと。

「侵入者は2人。おたがいを”クーさま”、”ゲボク”と呼びあっています。男と少女……いや、会話の内容からすると、魔神とそのゲボクと思われます」

「ふんふん」

 皇帝陛下は自分のヒゲをゆっくりなでてから、たずねた。

「……いま、魔神っていった?」

◆

「クーさまフカフカ」
「……人の姿よりこっちの方が好きか?」
「うーん……どっちも好き!」

 まえは人の方がよかった。でもこのモフモフ感クセになる。ふつうのオオカミより、毛が長い気がする。長毛種なの? 寒さに強そう。
 あと、オオカミ姿でも美人っていうのがポイント高い。

「そうか」

 魔神の右手がどこにあるのか、わからない。じゃあ空から探してみよう。
 ってことで、私はクーさまの背中にのって飛んでいた。

 おりたたたんでるときはコンパクトな羽根。でも広げてみるとかなり大きい。全身の2倍くらい。バッサバッサとはばたく姿は、竜ににてる。

「あの人たち、なんか変じゃない?」

 近くに町がある。
 そこにはたくさんの人が歩いてるんだけど……どこか違和感があった。

 黒髪だと思ってたけど、アレ……ぜんぶ黒くない? はだか? それに、なんか体の形もおかしいような。さっきおそってきた人もこんな感じだったのかな? なんか顔がみえないなと思ってた。

「なるほど、だいたいわかった」

 とクーさま。
 この国の人たちは、みんなモンスターになってしまったらしい。

 魔神の右手にそういう力があるそうだ。
 自分からのぞんで人間やめるなんて、もったいない。人間の方が楽しいと思う。

「右手は魔力切れか。どこにかくした?」

 彼が下界を見下ろす。
 静電気みたいに空気がチリッとした。
 まるで雷が鳴るときみたい。空から猛獣のおたけびがふってきた。

「ギャオオオオオオオオオオオオオッ!」

 ドンッと音が全身にぶつかってくる。ビリビリと手足がふるえて、クーさまからおっこちそうになった。
 視界がまっしろになるほどの吹雪の中。ナイフみたいにするどい風がおそってくる。

「みつけた」

 魔神がつぶやく。

 彼の視線の先には、おそろしく巨大なヘビのバケモノ。こわい顔でこちらへまっすぐ飛んでくる。ツバサもないのに、空を自由自在におよいでいた。

 肉も皮もなく、骨しかない。だけど、目の奥は赤くブキミに光っている。 
 首のあたりから、しっぽの先まで。

 びっしりとならぶ、細くて長い骨。まるでムカデの足みたいで、気持ち悪い。よくみると短い手足があった。

 ヘビじゃなくてトカゲなのかな……? それにしてはバランスがおかしいけど。

 バケモノの全身はところどころ、黒い霧につつまれている。
 その合間からみえるのは、別の生き物の骨。

 ヘビとはあきらかに構造がちがうから、ちょっとめだつ。ムカデの足みたいな骨に吸収されてるというか……埋めこまれてる?

 それはまるで巨人の腕だった。
 ひじのあたりから手の先まであって……人間みたいな骨格だけど、指が6本。
 6本?

「クーさまの右手!」

 さけぶと同時に、雷竜の杖が強く発光した。

「エドラ?」

 彼女は自分でおきたみたい。
 トカゲのような黒目が、限界まで見開かれている。緑の瞳がまっくろだ。

『フィイイイイイイイ』

 エドラはまるで鳥みたいな高音で鳴いた。
 なんていったのか、さっぱりわからない。 
 だけど、胸がしめつけられるような切ない声だった。