39話 氷竜VS雷竜コンビ

 イナズマが空をかける。
 エドラの本気が伝わってくるような、特大の雷だ。まちがいなく氷竜の背骨をつらぬいた。
 はずなのに。

「あんまり効いてない?」

 当たった部分の背骨が欠けた。
 ただそれだけだった。

 人間だったら大ダメージ。100人くらい殺せそうな威力。
 だけど、氷竜の背中はすごくなが~いのだ。背骨がちょっと欠けたくらい、大したことなさそう。

「なんで? 氷竜がおっきすぎるから? 骨しかないから?」
『しらんけど、昔からやで。ローグにはうちの攻撃、あんまり効かへんねん』
「彼氏を攻撃したこと、あるの……?」

 いまはこんな事情だからわかる。
 でも、ふだんからやってたの? DVじゃないよね?

『たまにはケンカくらいするやろ』
「そうなの……?」

 彼氏いたことないから、わからないよ。竜族の愛情表現もわからないよ。

 エドラといっしょに落下していく。
 そこへ、氷竜がアイスブレスをはなった。よけようと思えばよけられる。
 でも、私はあえてよけなかった。魔女のローブの防御力をしりたかったから。

「わっ!」

 アイスブレスが直撃して、体がふっとんだ。
 こんなにとぶとは思ってなかった。クーさまに投げられたのと同じくらいのいきおい。

 スピードですぎて、止まれない。
 このままじゃ氷竜に逃げられる。
 あせったけど、あっちの方から追いかけてきてくれた。

 エドラのこと、自分の彼女だってわかってないらしいけど……敵だとでも思ってるのかな。
 彼の口元に冷気が集まる。

 うわーまたくる。
 私は軽く自分の体をチェックした。どこも凍ってない。冷気や寒さはぜんぶ防げるみたい。でも風耐性はないから、ふきとばされたのかな? うん、だいたいわかった。氷づけになっておっこちる心配はなさそう。

『ゲボクちゃん、雷! うちの射程は広いんや、こっからでもいける!』
「おっけー!」

 金色にかがやく、長細い雷がのびていく。
 それはまばたきするよりも速く、氷竜の頭をつきさした。

 だけど、背骨ほどはくだけない。頭蓋骨は他より固いの? ほんの少し欠けただけだった。
 衝撃で氷竜がのけぞる。すかさずエドラがさけんだ。

『うちを投げて!』
「こう!?」

 落下しながらだとけっこーむずかしい。風がすごいのよ風が。
 私のへろへろコントロールでも、なんとかがんばってくれたみたい。
 雷竜の杖はカチコチに凍りながらも、氷竜までたどりついた。目玉とは逆の、先のとがった方でまっすぐに彼の頭をねらう。

 ドガアアアンッ!
 杖は氷竜の頭を半分つぶした。

「やっぱり固い!」

 あのいきおいなら、ぜんぶつぶせるかと思ったのに。
 雷竜はまだ止まらない。長い長い氷竜の胴体を連続でつらぬいていく。雷よりスピードは落ちる。だけど、氷竜よりはるかに速かった。

 ガガガガガガッ!
 背骨や胴体を穴だらけにされて、氷竜がほえた。

「ジャアアアアアアアアアアッ!」

 落ち続けている私めがけて、突進してくる。

「うわあっ!?」

 手元に杖がないから、よけられない。
 まともに体当たりをくらって、ふっとんだ。全身の骨がきしむ。どこかわからないけど、何本かおれた音がした。
 また落下しはじめたかと思ったら、めのまえに大きなくち。

「わわわっ!」

 あわてて逃げようとしたけど、空中で体がうまく動かない。
 ガブリと私の左うでにかみついて、氷竜は上空へとびあがった。

 ふりまわして、なぶり殺そうとしてる?
 氷竜は左右に激しく首をふったり、上下にとんだり。そのたび、全身が彼の骨にたたきつけられた。

「きゃーきゃーきゃー!?」

 うでがちぎれそう。
 私のうでは肉がさけ、骨がのぞいていた。いやーきもち悪い。自分の骨なんかみたくなかった!

『ゲボクちゃん!』

 雷竜の杖がすぐそばにつきささる。

「エドラ!」

 たすけにきてくれた?
 わっと彼女をみて、泣きそうになった。

「どうしたのそれ」

 いままで何人殺しても、傷1つ、つかなかったのに。
 雷竜の杖はこわれかけていた。

 ウロコはみにくくはがれてボロボロ。エメラルドグリーンの宝石みたいだったのに。地肌の茶色がみえている。
 エドラはウロコのかがやきが大好きで、大切にしてたのに。ひどい姿だ。

 トカゲのようなヘビのような、爬虫類っぽい目玉。
 いまは1つしかないそれにヒビが入り、赤い血がにじんでいる。

『カンタンな話や。うちよりローグの骨の方が固いねん』

 竜にもオスの方が強いとか、あるの?
 あんまりな姿に、くちから言葉がでてこない。
 彼女はケラケラと笑った。

『でもみて? あとちょっとやん! ただなぁ、うちもう目がみえなくなってきて……自分で動けそうにないねん。雷だせるのも、次が最後かなぁ……だからな、ゲボクちゃん。あんたがトドメさして』

 エドラがそんなこというから、目から塩水がでてきた。

「いったんもどろ! クーさまに回復してもらおう!」

 エドラは雷竜。モンスターだから問題なく回復できるはず。
 きっと傷1つ残さずキレイに治してくれる。

『いらん。うちはもうじゅうぶん生きた。彼氏と死ねるなら、悪くない』

「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」

 氷竜が暴れまわる。
 バンバンたたきつけられて、うでがさらにちぎれた。もう皮1枚でつながっているような状態だ。次の攻撃で完全にとれるだろう。

「本当にそれでいいの?」
『うん、お願い』
「わかった」

 私は顔を右腕でふき、目の前のエドラをつかんだ。

「く……ッ」

 自分の左うでをブチンとひきちぎる。
 いたみはない。

 わかっちゃいるけど。自分の体がただの肉になる光景って、何度みてもキッツイね。
 おっこちないうちに、氷竜の鼻先へよじのぼる。はいつくばってしがみついた。

 うでを犠牲にして逃げたって気づいたみたい。
 赤い光しかない彼の両目がこちらをむいた……気がした。

 早く、速く。なにかされるまえに。

 雷竜の杖をひっこぬく。ぬけなかったらどうしよう。心配してたけど、杖は途中でボキリとおれた。もう、ほんとに限界なんだ。
 とても短くなってしまった杖で、氷竜のおでこをなぐる。

 ガンッ!

「ギャオオウッ!」

 バキバキとヒビが広がって、彼がほえる。
 ハンマーみたい。杖のヒビが広がり、バチバチと雷があふれてくる。自分の体がすべり落ちていくまえに、私はすばやくなぐりつけた。

 ガンッ!
 杖の目玉がすべて黒目になった。深呼吸するように、エドラが準備したのがわかった。

 ガンッ!
 全力を撃つ、準備。

「さよなら、エドラ」

 杖が爆発した。
 そうかんちがいするほど激しい雷撃だった。

 雷の嵐、洪水、竜巻。
 左から右に、右から左に。上から下へ、下から上へ。

 杖と氷竜を中心にまきおこった嵐は、ほんの数秒間。だけど、百にも千にも思えるほど多くの雷が暴れまわった。
 光耐性がついてなかったら、きっと失明してた。

 くりかえされる光の点滅の中。
 雷竜の杖が燃えていく。氷竜の骨も黒コゲになって、とけていくのがみえた。

 2頭の竜の、最期の姿だ。

 私は1人、まっさかさまに落ちていく。
 そんなとき。青と緑に光る、丸いものが空へのぼっていくのがみえた。

 あれって、もしかして……エドラとローグの魂?
 そっか。エドラはクーさまと契約してないから。杖さえこわれれば自由なのかな?

 おいていかないで。死人仲間がいなくなっちゃう。彼氏とかできたら、だれと恋バナすればいいの?
 なんて。
 自分でも納得して決めたくせに。ついバカなこと考えてしまう。

「……これで、よかったんだよね」

 ゾンビは眠らないはずなのに。
 魔力でもつきたのかな。なんだかとっても眠かった。