40話 VSヘビガメさま

 グパジー帝国の城は燃えつきた。
 なのに、皇帝はまだ生き残っていた。このしぶとさが長生きのヒケツである。

「あっぶねえ~、死ぬかと思ったわ」

 魔神のファイアブレスで城が焼かれたとき。
 皇帝は緊急脱出口へと飛びこんだ。こんなこともあろうかと作っておいたのだ。

 ちなみに、彼がいたのは和風建築の城の最上階。

 三角形の屋根をたくさんくっつけて作ったような、特徴的な外観。屋根には金のシャチホコがかがやいている。国内すべてを見下ろせるほど、高く長い城だ。

 城の内部には座敷や廊下などいろいろある。
 その一カ所に穴をあけて、まっすぐ地下シェルターへとつなぐ道。
 それが緊急脱出口である。

 ひたすら穴から落ちるだけのカンタン設計。
 すべり台やダストシュートに近い。

 おしりのズボンがまさつで破けてしまった。しかし、なんとかHP1で生きのびることができた。
 ギリギリのタイミングだった。全身がけっこうコゲている。

「俺が火属性じゃなきゃ死んでたね」
「ええ、私も神族じゃなきゃ死んでましたよ」
「ウサ!? おまえ生きていたのか」

 伝令担当のウサギ神族、ウサ。ちなみにメスである。
 彼女はちゃっかり皇帝について避難していた。

「それじゃあ、反撃開始といきますか」

 魔神は敵がほろびたと思って油断しているはず。
 いまが絶好のチャンスってやつだろう。

「陛下。かっこつけるまえにオシリしまってください」
「うるせえな」

 皇帝は神呼びの儀式をおこなった。
 代々皇族に伝わる秘儀”神だのみ”

「神さまたすけてええええええええ!」

 別名ドゲザ。

◆

 グパジー帝国には神がいる。
 姿は金色のカメだが、もう1つヘビの頭がくっついている。双頭の神獣なのだ。

 名前はヘビガメさま。
 海でも川でも、湖でも。すべての水をあやつる、ありがたい神である。

 もちろん水属性。火属性の魔神との相性は最強。
 封印したときも大活躍だった。

 ただし弱点がある。
 3分間しかおきていられない。
 そのあとは100年、なにがあっても眠り続けてしまう。

 つまり、呼んだらいそがなければならない。

「ぬーん」

 グパジー帝国はグパジー島にある。そのグパジー島こそ、ヘビガメさまの体なのだ。
 ヘビガメさまが頭をおこすと、津波がおきた。巨大な海ぼうずのような、2つの頭。
 それを見て、魔神が顔色を変えた。

「おまえは……」

 それを遠メガネでみて、皇帝はさけんだ。

「ヘビガメさま! 魔神の右手をねらってください!」

 ちなみに、潜水艦の潜望鏡みたいなアイテムである。鏡やレンズを組み合わせ、地上の様子を観察できるようになっている。

 ヘビガメさまはグパジー帝国の土台そのもの。
 だから、国内からならどこで呼びかけても応えてくれる。

 しかし、皇帝には外の音が聞こえない。
 そのため、ウサが代わりに外の音を伝えていた。ウサギの神族は地獄耳なのである。

「ぬーん」

 ヘビガメさまは長いヘビの首をくりんとまげて、魔神をねらう。
 そのくちから、激しい水鉄砲が発射された。

 虹色の衝撃波とともに海がわれる。
 魔法使いチームの水球が、バケツの水をぶっかけたレベルだとする。ヘビガメさまの水鉄砲は、巨大な水圧カッターレベル。

 斬れないものは存在しない。

 右手がブシャッと切断され、けむりのように消えた。魔神の大きな体がかたむく。
 効果はばつぐんだ!

「よーしよしよし、やっぱりなァ。本物の右手は氷龍がもってるもんなァ。ニセモノか幻影だと思ったよ」

 本物の場合は、斬られても消えない。宙に浮いて攻撃してくるのだ。くるくるまわる指先からたくさんの魔法陣が浮かび、悪魔の軍勢があらわれたものだ。

 皇帝のトラウマの1つである。

 なのに、魔神はお得意の悪魔召喚をおこなわない。本物の右手がなければできないのだろう。
 皇帝はニヤリと笑い、床に頭をすりつけた。

「ヘビガメさま! 左手と両足と……もうぜんぶやっちゃってくださーい!」

 最初からそういわなかったのは、魔神を逃がさないためだ。
 なにせ3分しかない。逃げられたら終わる。

 弱点をねらって足止めし、ひるんだすきに本体を始末する。

 作戦はうまくいっているようだ。
 魔神は明らかにダメージを受けている。バランスをくずし、まだおきあがれていないほど。
 いまのうちに他も斬る!

「ぬーん」

 シュバババババッ!
 まるで数百年まえの再現のよう。
 幻影の左手と両足、胴体が斬られて消えて行く。消えなかった本物は、頭だけ。
 魔神の封印がとけたのは、頭1つだったようだ。

「ヒャーハハハハハハ! ざまあねえなァ! またえぐってやろうか? その青い目はキレイだからなぁ。城のてっぺんに飾ったらオシャレかもしれねえな!」

 巨大なオオカミは生首と化し、両目を閉じている。
 地面に落ちたそれを、兵士たちがとりかこんだ。

「ぬ」

 3分間がすぎた。
 ヘビガメさまが頭をするするひっこめていく。これから100年、甲羅の中で眠るのだ。

「ヘビガメさまあざーっす! お疲れっしたー!」

 皇帝はコメツキバッタのように頭をさげる。
 勝利を確信した、そのとき、

『1度やられた相手に、なんの対策もせずにきたと思うか?』

 地獄の底からひびいてくるような、おぞましい声がした。

『やっちまえ』

 オオカミがべえと舌をだす。
 その長い舌の上に、魔法陣がきざまれていた。

◆

 少しまえ。ゲボクが3日間の休みをとっていたあいだ。
 魔神は「用事」といってヘビガメ対策をすませていた。

 水属性の天敵。雷属性の悪魔を召喚する準備だ。
 雷竜エドラもいるが、アレはゲボクにやったものだし。こちらの方が強い。

 悪魔召喚には手間がかかる。

 本物の右手があれば、ちょっと指先をゆらすだけよかった。ショートカット登録してあるから、1秒もかけずに魔法陣が完成する。呼ぶのは自分の手下たちだから、対価もいらない。

 封印されてからとても不便になった。
 テレポートの魔法陣くらいならかけるが、それも数秒かかる。おそくてイライラする。

 悪魔召喚の場合、魔法陣をいちいち手書きしないといけない。生贄のような対価も必要だ。じつにめんどくさい。
 しかし、復讐のためならしかたない。

 ひそかに準備をして、魔神はずっとチャンスをうかがっていた。

 ヘビガメが眠っているあいだは手がだせない。
 火属性の天敵である水中。しかも固い甲羅の中では、魔神のどんな攻撃も通用しないからだ。

 ヘビガメがおきてくるかどうかは、賭けだった。
 寝ていたらあきらめるしかない。でもおきた。だれかに殺されることもなく、ちゃんと生きていてくれた。

 数百年まえのカタキに再会して、魔神は歓喜した。

『やっちまえ』

 ナイフで舌にきざんでおいた魔法陣。ささげる生贄は魔神の血、1滴。
 魔神の呼び声にこたえて、悪魔メトメタがあらわれた。