40話 VS雪の王

 空に浮かんだ大きな顔と目が合ったあと。
 少し下の方に大きな右手と左手があらわれた。
 ケモノみたいに長くて青い爪に、雪そのもののようにまっしろな手。
 胴体はなくて、手首から先は空に透けるように消えている。
 その両手からそれぞれたくさんの白い光がはなたれた。
 エドラの雷と変わらないか、それより速い。
 圧倒的なパワーがぶつけられる超広範囲の連続攻撃。
 私をかばったルファスがまっさきにこっぱみじんになって、次がスケアで。
 私は光に焼かれて落下しながら、地上組の人たちがなすすべもなくたおれていく姿をみていた。

◆

『おおゲボクよ、死んでしまうとは情けない』
 気がつくと、大きな黒いオオカミがこちらを見下ろしていた。
 故郷で飼っていた犬に少しだけ似てる。でも、犬と比べるとあちこち凶悪な造形だから、あんまり愛らしくはない。
「あー、クーさまだー」
『しっかりしろ。肉体が破壊されたくらいでぼけやがって』
「ボケてなんかいませ~ん。眠いだけです~」
 どこともわからない闇の中をふわふわただよっていたら、ペロリとなめられた。
 ちょっとだけ眠気がとんだ気がする。
『おまえたちだけでは雪の王に勝てない』
「ですよね。一撃でやられたみたいですし」
 あんなのがいるんなら、軍隊なんか必要なさそうだ。
『だからあいつは俺がやる』
「えっ、もう戦えるくらい魔力が回復したんですか?」
 闇の中でぼんやりと光る魔神の姿は、5メートルくらいしかない。
 かつて見た姿はもっと大きかったし、どことなく弱っているように感じる。
 具体的にいうと、犬耳とヘビのしっぽがしょんぼりとしている。
 表情も手負いのケモノという雰囲気。
『いや、まだ俺は瀕死状態だ。魔力もない』
「じゃあ戦えないじゃないですか」
『魔力がないなら回復すればいい』
 クククッとオオカミが笑う。
 嫌な予感がした。
『まずおまえが魔力を補充する。それから俺がおまえの身体に憑依して雪の王をたおす』
「ジュースを飲んで魔力回復って感じじゃ……なさそうですね?」
『カスみたいな魔力じゃ話にならん。雪の王と戦えるくらい質が良く、膨大な魔力が必要だ。だから、魔力もちの血をすうか、肉を食え』
「……念のために聞きますけど、魔力もちって?」
『ルファス、オズ、スケア、フリッツ司祭、ドロシー姫だ』
「イヤです!」
 魔神は冷めた目でこちらをにらんだ。
『おまえがちゃんとスカルコーンやエラーを食っていれば必要なかったんだがな。人間となれ合って人間のエサばかり食っているからいつまでもレベルが上がらないし、魔力が貯まらないんだ。反省しろ』
「ええ……でもモンスターの肉なんて気持ち悪いし、ルファスたちにもドン引きされちゃうだろうし……あっ、ルファス!? そういえば食べる以前にみんな死んじゃったんですけど! クーさま蘇生できませんか!?」
 思いだして血の気が引いた。
 クーさまにつかみかかろうとしたけれど、腕がなくてできなかった。
 いまは魂だけのまん丸な存在らしく、手も足もない。
『落ちつけ。おまえたちの身体はいま司祭が蘇生している』
 そういえば、司祭は回復魔法のスペシャリストだと聞いていたような。
「そうなんですか、良かった……」
 それならスケアや地上組も無事だろう。
『俺がむりやり司祭たちを襲って食ってもいいんだが、あいつらはまだ利用できるからな。上手く説得して血をもらえ』
「ルファスならなんとかくれそうですけど、司祭やお姫さまの血は難しいですよ。不敬罪とかで殺されます。ルファスだけじゃダメですか?」
『ルファスだけでは足りない。姫1人の命と引き換えならなんとかできなくはないが、それだと人間すべてが敵にまわってめんどくさいからな』
「姫を殺すのはイヤですね……」
『姫の血が本命で、他はオマケだ。他の4人の血を大量に吸ったところで姫の血がなければ魔力はたりない。姫を殺したくなければ、5人全員の血を吸え』
「わ、わかりました」
 すごい無茶ぶりだけど、他に方法がないならしかたない。
 できるかなと不安にかられていたら、ポンポンと大きな前足でなでられた。
 でかいわごついわ固いわで、肉球なのにぜんぜんプニプニしてないけど、ちょっと嬉しい。
『ゲボク、おまえはよくやってる』
「えっ」
 クーさまに褒められた!?
『おまえは本当に足手まといだし、いま俺がこんな瀕死状態なのもまあおまえのせいだが、べつに俺は怒ってない』
「その節は本当にごめんなさい」
『怒ってないといってるだろが。ネズミに大木をたおせと命令した俺が悪かったんだ。小さなネズミのようなおまえには荷が重すぎた』
「そ、そうですか……?」
『おまえにはもうなにも期待しないでおこうと思ったんだが、少し見ない間に仲間のネズミと協力して大木に大穴を開けてしまった。もう少しで破壊できるかもしれない』
「ちょっとなにいってるかわかんないです」
 宝石のような青い瞳を細め、長い口をつり上げて魔神は笑った。
『期待してるぞ、ゲボク』

◆

 ぼんやりと目を開けると、いかつい顔のおじさんがこちらを見下ろしていた。
「寝ぼけているヒマはありませんよ、おきたらさっさと支度してください」
「フリッツ司祭……私を蘇生してくれたんですね。ありがとうございます」
 上半身をおこすと、近くにルファスとスケアもいた。
 スケアは人型にもどっていて1人しかいない。分身がとけたんだろう。
 2人ともまだ眠そうな顔をしている。
「神のご慈悲に感謝なさい。……もっとも、あなたの場合は肉体を修復しただけなので通常の蘇生とはちがうのですが」
 雪の王の全体即死攻撃魔法によって、革命軍は壊滅状態におちいった。
 しかし、同じ氷属性のシアーナ人たちに雪の王の攻撃はあまり効かない。
 そのため、シアーナ人は半殺しくらいで生きていた。
 フリッツ司祭はシアーナ人たちが身をていしてかばってくれたおかげで無傷だったらしい。
 だからいま、負傷した味方を部下たちと手分けして回復してまわっていると彼は語った。
「どういうことですか? まだなにかダメージが残っているのでしょうか?」
 ルファスが問う。
 司祭は眉ねをよせて自分のあごをなでた。
「人の蘇生は1度までと決まっています。なぜなら、魂が蘇生魔法の負荷にたえられる限度が1度だからです。2度以上蘇生すると魂が変質し、アンデッドやゴーストになってしまう。だからあなたたちも次もありませんよ。気をつけなさい」
「はい、神に感謝いたします」
「感謝いたします」
 ルファスとスケアが祈りをささげ、司祭が続ける。
「ゲボクも元は人間のアンデッド種リッチのユニークモンスターのようですから、人間にもどせないか試したのですが……魂がすでにゆがんでしまっているので、肉体の修復しかできませんでした」
「そうですか……」
 一瞬だけ期待したけど、やっぱりムリなんだ。
「魂のあつかいに長けた神ならば、魂を変質させることなく何度でも蘇生ができると聞きますし、あなたを人にもどすこともできるかもしれませんが……まあ、人が神に会う機会などそうそうありませんからムリですね」
「はあ。魔神にもムリだといわれたので、期待はしてないです」
「ただ、その代わりあなたの肉体は何度でも修復可能です。戦闘不能になること前提の特攻作戦をしても良いかもしれませんね」
「司祭さま」
 ルファスが怒り、司祭は軽くおどけた。
「冗談ですよ。王からじきじきに命じられた大事な作戦が失敗したのです。ヤケにもなりますよ」
 あれから雪の王は姿を消した。
 しかし味方はボロボロだ。2回以上死んだ者は生き返らせられないし、とても数が減ってしまった。
 だから、これから姫をつれてユーグリアス王国へいったん帰還しよう。
 そういう話になっているらしい。
「シアーナ人たちはどうするのですか?」
 スケアが問う。
「いま、彼らは死体や我々がいた痕跡を雪でかくす作業を手伝ってくれていますが……ここに置いていくことになるでしょうね」
 シアーナ人でありながら雪の王や王妃に逆らった彼らは、このままここでは生きていけない。
 見殺しにするということか。
 私と同じことを考えたらしく、スケアもルファスもくちびるをかんでうつむいてしまった。
「あのう……もしかしたら、雪の王に勝てるかもしれません」
 おそるおそる告げると、3人がそれぞれこちらを見つめた。