46話 すてられた?

 5歳くらいのころ。
 私はお母さんといっしょに浜辺を歩いていた。

 たしか貝をとって、帰るところだったかな。

 ふと、手をつなぎたくなった。
 だからお母さんの手をにぎったら、ふりはらわれた。

「やめて。あんたの手、きもち悪いのよ」

 手汗がイヤだったのかなって。いまは思う。

 若かった母の顔が年をとる。
 だけど、冷たくこちらをにらむ目つきはそのままだ。

「左うでがないなんて、きもち悪い。帰ってこないで」

 目をあけたら、灯台にいた。
 ルファスが買った、オリ代わりの灯台だ。

 寝ていたのは、新品のふかふかベッド。とっても寝心地よかったのに、イヤな夢……。

 お母さんは私のこと、好きじゃなかったのかな? 娘がこんなケガして帰ってきたら、イヤ?
 でも、あのときは私がワガママいったんだ。

「おかーさん、おかーさん、貝が食べたい!」

 そのために、浜辺へ連れてってくれたんだよね。

 きっと、つかれてイライラしてただけ。ワガママきいてくれるくらいだし、愛はある……よね? 家に入れてはくれるはず。誕生日にはプレゼントもくれたし。

「ゲボクちゃん、おきてる? 入っていい?」

 ノックの音がする。
 私が2階。ルファスが1階を使ってるんだった。

「ごめん、いまはムリ―」

 涙で顔がぐちゃぐちゃだ。

「朝ごはんあるから、あとで1階へきてね」

「はーい」

 顔を洗って、パジャマからきがえる。

 モコモコの服は破れていたから、すててしまった。かわいかったし、とっておきたかったけど……とても直せそうになかった。なぜかすごく申し訳ない気分になった。

 ……なんであんな暑そうな服をきてたんだろ?

 きがえたのは、ルファスが買ってきてくれた服。下着は女性の店員さんに選んでもらったらしい。下着はみてないから安心してってはずかしがってた。

 あんなまっかな顔されたら、私がセクハラしたみたいじゃん。なんかごめんね。

 片うででもきがえはできたけど……髪をくくれないのはびっくりした。だいたいなんでもできるけど、これは不便。クシでとかすだけにしておいた。昨日洗ったし、平気でしょ。

「あ、かわいい服」

 故郷のマロボ島より露出はひかえめ。

 七分そでの白いブラウス。黒いリボンタイ。黒と赤のフレアスカート。白いくつ下に黒くて丸っこいくつ。この国ではこういうのがはやってるのかな?

「おはよ~」

「おはよう、ゲボクちゃん。1人できがえられた?」

 休暇中だからか、ルファスも私服姿だった。白いシャツ。黒いズボンにブーツ。美少年はなにをきてもにあう。

「リボンタイだけむすべなかった」

「あ、ほんとだ」

 ルファスがさっとむすんでくれる。

「かわいいね。にあってるよ」

「ありがとう。ルファスもかがやいてるよ」

「かがやく?」

「キラッキラ。美少年オーラがまぶしいってこと」

「はあ……どうも?」

 彼はテーブルへ案内してくれた。

「いろいろ用意してみたんだけど、どれが食べたい?」

 朝食はバイキング形式。
 ポーション、パン、ミルク、チーズ、謎の赤い液体。謎の生肉。焼いた肉。ふつうのサラダ。

「えっと……この謎の物体シリーズはなに?」

「ニワトリの血をしぼってみたよ」

「人間がぜったい飲んじゃダメなやつ!」

 寄生虫いるし、病気になるから人はダメだよ!

「この謎肉は?」

「ニワトリ肉の生と、焼いたやつ」

「人間は生肉食べちゃダメだからね。死ぬよ! 気をつけてルファス」

「しってるけど……モンスターなら平気かなって」

 さわやかに笑うルファス。いろいろつくしてくれるけど。この人も私をモンスターだと思ってるんだね。

「モンスターになったおぼえ、ないんだけどなぁ……」

 気がついたら船の中にいた。
 なんか全身ボロボロで、ケンカしてる2人がいて。私のことモンスター呼ばわりしてくる。

 でかいネコは私のこと殺そうとしたらしい。

 カッコイイお兄さんはまえにあったことがある。なんか、泣いてるときに頭なでてくれたよね。それだけ覚えてる。

 どうやら、私は記憶をちょっとなくしてるようだ。

 魔神のことすっかり忘れてるって、ルファスがいってた。いきなり魔神とかいわれてもなあ……ピンとこないよ。

「私のことはアカネって呼んで。ゲボクちゃんだと、私じゃないみたい。なんか変な名前だし」

「えっ……いいの? まえは”ゲボクちゃん”以外の名前で呼ばれるの、すごくイヤがってたのに」

 けっこー気に入ってたのかな、ゲボクちゃんて名前。変な名前なのに。

「うん、いいよ。まえがどうだったかしらないけど、いまのが大事でしょ」

「じゃあ……アカネちゃん?」

「うん」

 私はサラダ、パン、ミルクを少し食べた。
 なんだろう。サラダとか、すごく久しぶりに食べた気がする。

「おいしい?」

 ルファスがふしぎそうに見つめてくる。
 彼は焼いた肉とか食べていた。あまってたからだろう。

「うん、ルファスの血の方がおいしいけどね」

 サラダは味がうすい……というか味がしない? 気のせいかな。

「えっ」

 彼が大きな瞳を丸くする。

「あれっ? いま私なんていった?」

 ルファスの血? そんなの飲まないよ。

「君がのぞむなら……」

 彼がナイフをそっと手首にあてる。

「やめて! のぞんでない、のぞんでない、のぞんでない!」

「………欲しくなったら、いってね? 死なないていどなら、あげるから」

 ルファスがほほえむ。

 この人、本気だ。こわい。
 ネコ目の女の子みたいな顔してるのに。中身は覚悟きまりすぎ。

「あのー……おぼえてなくて悪いんだけど。ルファスって私のなんなの? なんでそこまでしてくれるの?」

「なんでって。生き物をひろったからには、最後まで責任もたないと。君のごはんが血だというなら、僕は用意する義務がある」

 真顔でいうな、そんなこと。

「いや、そこまでしなくていいから」

 ルファスはそっと頭をなでてきた。

「君と僕はまえに1度あっただけ。ただの顔見知りだよ。でも、それが心苦しいっていうなら。僕のことは……兄だとでも、思ってくれたらいい」

「こんな美少年を兄だと思えるわけがない」

 ムリムリムリムリ。意識しちゃうからムリ!

「ルファスって何歳?」

「もうすぐ18」

 17歳と13歳か……ちょうどいい年齢差。ますますムリ。あんまり優しくしないで、ほれるから。

 故郷のマロボ島には、年の近い男子がいない。すごく年上か、すごく年下のどちらか。
 だから、ここがマロボ島だったらプロポーズしてたかも。

 30歳や7歳と結婚はイヤだからね。とりあえず求婚して婚約しておかないと、すぐとられるし。
 でも、いまそれどころじゃないからなぁ……。結婚したら、××××さまといっしょにいられないし。……××××さまってだれだっけ?

「僕はなにがあっても君をすてないよ。死ぬまでめんどうみる。僕の寿命でたりなければ、死後はメルズークさまとか……寿命の長い人にたのんでおくから。不便はさせないよ」

「なにそれプロポーズ?」

 ほんの冗談だったんだけど。ルファスはまじめな顔でうなずく。

「そういうつもりじゃなかったけど……君がのぞむなら結婚しよう。こんな灯台じゃなくて、家も建てるから」

「のぞんでない、のぞんでない、のぞんでない」

 なんなんだ、このお兄さんは。正義感が強い? まじめ? なんていえばいいか、わからない。でも、きっとこの人の魂は美しいんだろうなと思った。

 魂? 急になにを考えてるんだろ。私。

「そっか……」

 なんでそんな残念そうな顔するかな? 私がその気になったら、こまるのはそっちだぞ。ノラ犬ひろった気分のくせに。

「だまっているのはフェアじゃないから、いうね。アカネちゃんが1番なついていたのは、魔神だよ」

「えっ」

 魔神って、悪い神さまでしょ? なんで仲良くしてるの?

「君の左うでも、きっと魔神なら治せる。でも、魔神の元へは帰らない方がいいと思う」

 彼は気づかうように眉をさげる。

「魔神は君に人殺しをさせてた。モンスターと戦わせたりもしたらしい」

「そんなムチャな。勝てるわけがないよ」

 私が殺せる自信あるのは、家畜と魚くらいだよ。

「うん。アカネちゃんは戦うのむいてないよ。ここか故郷で、平和にくらして欲しい。もう戦わなくていいんだよ」

「それは、どうも……」

「それに……君があんなひどいケガをしてたってのに。あいつはたすけにこなかったじゃないか」

「……」

「探しにもきてないし。さんざん人をオモチャにしておいて、ボロボロになったらすてるだなんて……許せない」

「……」

「アカネちゃん?」

「……あの、ちょっと。1人にさせて」

 なんでだろ。
 魔神が私をたすけにこなかった。すてたっていわれたのが、とても悲しかった。

 私はそそくさと階段をのぼり、部屋にひきこもった。