49話 お願いカイゲツさま!


 窓の外には、大きなクラゲが夜空をとんでいた。
 黒と赤紫の毒々しい色あい。お城をぼうしのように頭へのせている。

「ふわわ~ん」

 アリッタ共和国の守護神、カイゲツさまだ。
 大昔から近くの海にすみついている。とても気のいいオオクラゲである。

 彼女はだれの願いでもかなえてくれる。しかし、世の中よい人ばかりじゃない。

 この国の……ひいては世界の平和を守るため。
 カイゲツさまが願いをかなえてくれることは、秘密だ。一部のえらい人たちだけがしっている。

 元首ゴチェフには願いごとをする権利がある。
 だけど、この国は議会制。

 議員たち全員の承認をえてからでないと、アウト。
 かってに願いごとをしたら元首は解任。処罰される。場合によっては死刑さえありえる。

 だがしかし。

「そんなもんしったことかあああああ! どーせ死ぬんだ! 俺はやってやる! きいてください、カイゲツさま!」

『ハイ、なあに? ご用件をどうぞ』

 頭の中に声がひびく。高くてあまったるい、女の子の声。
 カイゲツさまだ。

 500歳以上だし、毎年たくさん子どもを産んでいる。なのに声のせいか、どことなくおさない印象だ。

 ……ちなみに、彼女の子どもはただのクラゲだ。そのへんの海をおよいでいる。父親はいない。オスと交尾しなくても子どもを作れるのだ。

「か、カイゲツさま! お願いがあります!」

 国内からなら、どこにいても声がきこえるらしい。「カイゲツさま」と呼べば必ず応えてくれる。
 そのため、彼女の名前をうかつにくちにしてはいけない。法律違反だ。

 それをしっていてゴチェフは続けた。

「お……私の病気を治して健康にしてください!」

 自宅のリビングでひざまずき、神に祈る。

『ム、リ。アタクシ回復魔法は使えないの。お忘れ?』

 クラゲはふわふわ近づいてくる。
 彼女とゴチェフとは、まだ数キロくらい距離がある。なのに声だけは、隣にいるようにきこえた。

「ダメ元でいってみたけど、やっぱりダメか……」

 彼はフグみたいな顔を涙でぬらした。メタボ体型のため、顔もまんまるなのである。

 特に暴飲暴食したわけじゃない。酒をこんなに飲んだのだって、はじめてだ。運動せずに年をとったら、中年太りになっていたのだ。老化ってこわい。

「じゃ、じゃあ。アリッタ共和国の人みんな殺しちゃってください!」

『あらステキ。国中に毒をバラまくことはできるわ』

「苦しまずにころっと死ねるやつでお願いします!」

 笑顔でガッツポーズするゴチェフ。
 うふふとカイゲツさまは笑う。

『もちろん代償はいただくけどね』

 彼女の願いには見返りがいるのだ。
 ゴチェフはちょっとひるんだが、すぐ笑った。

「えっとお……それじゃ、代償は私の命で!」

『あらあら、じょうだんがお上手だこと。そんなの、あんまり釣りあわないじゃない? せめて、妻と子どもをささげるくらいじゃなくっちゃあ」

 少女の声は楽しそうに告げる。

「えっあっ……ややっぱりやめます」

 ゴチェフはカエルのようにだらだらと汗を流した。
 酔いがさめてきたようである。

『冷やかしはゆるさないよ! なにも願わないのなら、おまえを食べてしまうからね!』

 カイゲツさまが太い男の声でどなった。
 ほんのちょっと前まで、かわいらしい少女のような声だったのに。口調まで変わって、まるで別人だ。

「か、カイゲツさま……!?」

 地震だろうか? ゴチェフの屋敷がガタガタとゆれる。窓の外には、半透明の触手がはりついている。カイゲツさまの足だ。

 いつのまにか、こんな近くまで来ていたなんて。
 ゴチェフはふるえあがる。

「ひえええええええええ……まま、魔神の左手をください! それくらいなら、カンタンっすよね? 代償は私の声とかで、なんとか、なりませんかね!?」

 はるか昔。国のトップが願ったおかげで、カイゲツさまは魔神の左手を保管している。

 そもそも、最初から魔神の力を使うつもりだった。

 だってなんかカッコイイし、クラゲより強そう。カイゲツさまに願ったのは、ただの保険だ。まともにとりあってもらえるとは思ってなかった。

『×××××よこせ』

「へっ?」

『おまえの×××××よこせっつってんだよ、代償に』

 ゴチェフはちょっとひいた。酔いが完全にさめた瞬間である。

「え、なにすんだよ、そんなもん……こわ……」

『なにキタイしちゃってんの? ブオトコの×××××なんて、なぁ~んにも使わない。ゴミ箱にポイよ。おまえの苦しむ顔がみたいだけさ。ちょん切るか、もぐかは選ばせてあげるわ』

「ちょん切る!? ヒイイッ!」

 おそろしい言葉に、彼は自分の体をだきしめた。

「イヤだ。これだけはかんべんしてくれ! ぜったいにとられてたまるもんか!」

 自慢できるようなシロモノではない。しかし、長い人生を共にしてきた大事な相棒だ。失うわけにはいかない。

『そおそお、それそれ。命よりも声よりも……おまえが1番とられたくないと思っているものが欲しいんだよッ! グゲゲゲゲゲッ』

 カイゲツさまは年老いた女の声でせせら笑う。低くしわがれていて、魔女のようだった。

 バキバキッ!

 ゴチェフの家がこわれていく。

 海がみえる丘にあって、みはらしのいい高台の屋敷。先祖代々受け継いできた、ゆいしょ正しい俺の家! 城と同じくらい価値があるのに!

「や、やめろっ! 妻と子どもが寝てるんだぞっ! 使用人たちもいるんだ、ケガしちゃったらどうする!」

 毒をバラまいて殺そうとしていたのは、だれ?
 忘れたわけじゃない。酒によったいきおいで、ちょっとふざけてみただけ……のつもりだった。

 元首ゴチェフは、これまで何度もカイゲツさまに願いごとをしてきた。もちろん、議員たちの承認を得た上で。つまりは仕事だ。

「海から魔物があがってきて国民をおそうんです。たすけてください!」

 代償はクラゲの保護。すべての国民はクラゲを攻撃してはいけないことになった。

「よその国が侵略してきたとき、すぐ気づけるようにしたいです」

 カイゲツさまがつねに国の上空を飛ぶようになった。敵がくれば、すぐ教えてくれる。
 代償はアリッタ城。城は彼女のファッションアイテムとなった。

 ……いままでのカイゲツさまはまともだった。代償もつりあっていたと思う。
 なのに、なぜ?

「どうして、こんなことを……!」

 ゴチェフはさけぶ。
 神は答えた。

『良い人には優しく、悪いやつにはイジワルする。それがアタクシの正義(ジャスティス)! 国民みな殺しなんて願うやつ、×××××ひっこぬいてやる』

「そっ、そんなぁ! ほんのじょうだんだったんです!」

 穴のあいた屋根のすきまから、クラゲの触手が入ってくる。
 触手でぐるぐるまきにされて、ゴチェフはさけんだ。

「うわああー!? ×××××だけは、×××××だけはかんべんしてくれー!」

「おまえらなぁ……」

 そんなとき、冷ややかな男の声がした。

「俺の左手をくっだらねえ下ネタにまきこむなよ」

 ぱちゅん。
 なにかがはじけた音がして、雨がふってきた。

 ゴチェフが穴だらけの天井をみあげる。空から、バラバラになったクラゲが落ちてきた。雨のしずくだと思ったのは、カイゲツさまの体液だった。

「か、かい、かいげつさ……」

 そして、さらに上からふってくるのは……守護神が頭にのせていた、アリッタ城。

 つぶされる。死ぬ。

 ゴチェフは腰をぬかした。
 しかし、城はピタリと落下を止める。クラゲ肉のカタマリと共に、宙で浮いていた。

 まるで時間が止まったようだ。なんの音もしない。

「だ……だれだおまえ?」

 さっき声はしたが、人が入ってくる気配なんてなかった。
 なのに、正面には謎の男が立っている。

 ゴチェフとはレベルがちがいすぎて、嫉妬すらしないような美形だ。

「おまえのブザマな姿、まあまあおもしろかった。チップ代わりに城は浜辺に移動しておいてやる。命びろいしたな」

「チップ? え? なに……?」

 頭上に浮かんだまま、止まっていた城が消える。

「でもやっぱり、ゲボクが1番だな。あいつなにしててもかわいいから、ずっと見てられる。ブサイクなオッサンながめるのはキツイ」

「なんで俺、いきなりあらわれたイケメンに悪口とノロケをきかされてるんだ……?」

 そして、また変なのが増えた。

「魔神さま、ゲボクを見つけました!」

 目も耳も鼻もない。顔にくちだけがあるバケモノ。
 体はとびっきりの良い女だが、モンスターらしく羽がある。

「どこだ? 案内しろ」

 男はモンスターと共に消えた。

 カイゲツさまの死体も、城もなんにもない。
 こわれた家がのこってなければ、すべて夢だと思ったかもしれない。