53話 VS雪の王リベンジ④

『うわっ!?』
 逃げだそうかなって警戒してたのに、速攻でつかまってしまった。
 ジアンと呼ばれた大男がすいっと片手をのばすと、蚊をつまむような感じで私をとらえたのだ。
『なんでさわれるんですか?』
 ここに来る途中、興味本位でモンスターや人間に体当たりしてみたけど、さわることはできず、すり抜けてしまった。
 ふつうの人は見えないし、さわれないみたいなのに。
「そういう家系だから?」
 ジアンは怖い顔でそう答えると、隣の小男にたずねた。
「どーすっぺ、これ?」
「そいつ強そうか? なにか利用できそうか?」
「いんや。奴隷だし、弱そうな下っぱだっぺ」
「じゃあ適当に殺しちゃえよ……幽霊って殺せるのか?」
「んー、なんか、バチンってつぶしたら消えたことはあっど」
「じゃあそれで。解散、解散!」
 小男が周囲に向けて命じると、こちらを警戒していた人たちが戦列にもどる。
 ちゃんと隊列くんでるし、武器や防具も装備してるけど、あいかわらず見てるだけだ。
 なにをしてるんだろ?
 なんて考えてる場合じゃなかった。
 ジアンは私をバチンとたたきつぶすべく、すでに両手をかまえていた。
 器用に私を右手の人差し指と中指でつまんだまま、一気に……やられてたまるかぁっ!
 そおいっ!
 いまの私はなんかオタマジャクシみたいなつるんとした形状をしている。
 つぶされる直前、腹筋の要領で体をかわすと、ジアンはむっと眉間にしわをよせた。
 蚊をたたこうとして逃げられた人の顔だ。
 すぐさまバチン2弾が襲ってきそうだったけど、それより早く地面がゆれた。
 地面の氷がバキバキとわれて、海がみえる。
「うおっ!?」
 ジアンさんがつんのめってこけそうになり、私はそのすきに逃げた。
 わけもわからず辺りを観察すると、帝国の人たちだけじゃなく、ユーグリアス王国の人たちも混乱していた。
 どうしたんだろ? 雪の王が暴れまくってるの?
 エドラよりも遅い速度でのろのろと飛んでいたら、赤い炎がみえた。
 ごうごうと、赤い炎が竜巻のように空を舞っている。
 周囲の氷は完全に溶けて、海からは白い煙がのぼっている。
 その竜巻の中心にクーさまがいた。
「時間だ、ゲボク。さっさと帰ってこい!」
 返事をする間もなく、吸いこまれた。
 私は自分の身体の中から、クーさまが雪の王を、モンスターの大群を、氷の大地を、赤い炎で飲みつくしていくのを見ていた。
 まるで炎が生きているみたい。
 顔があって、耳があって、手足もある。オオカミの形をした大量の炎たちは、エサのウサギを追いかけまわして狩るように、次々と雪の王の身体へ喰らいついていく。
 笑ってる。サディスティックで狂気じみた顔だ。
 クーさまを中心として発生していた炎の竜巻は、矢のような勢いで敵に襲いかかっている。
 味方を攻撃してはいないけど、地面の氷がとけちゃったから味方がけっこう海に落ちてる。凍死しないといいけど……。
 炎は雪の王を何度もとかした。
 右手、左手、顔。
 それらはもう30回以上とけてる。3つを壊すタイミングが1秒ズレただけですぐ再生してしまうからだ。でも、破壊も早い。
 めちゃくちゃ巨大な火炎放射器をずっと当ててるような感じだ。
 再生と破壊を何度も繰り返し、そしてとうとう、タイミングが合った。
 クーさまの魔法が発動してから、わずか1分の出来事だった。
「ありえない……この極寒の大地に炎の精霊を大量に呼べるなんて……」
 雪の王には血が流れていなかった。
 その体には白い雪だけがつまっていた。
「システィアーナ」
 粉々にくだけ、雪の王はとけて消える。
 恋しい人の名前を呼ぶその声が、なんだか切ない。
 ちょっとかわいそう。
 殺さずに仲直りする方法はなかったのかな……なんて考えちゃったけど、こちらも殺されるわけにはいかなかったから、しかたないんだと思うことにした。
「ゲボク」
 色男の声がして、我に返る。
 この声はたまに心臓に悪い。
「後は任せた」
「はい!」
 それから、体が動くようになった。
 そうだ、まだ王妃がいるんだった。
 クーさまの頭をとり返さないと。
 気合を入れた瞬間、海にぼちゃんと落っこちた。
 クーさまの魔力で浮いていたから、彼が寝たら飛べないのだ。
 シアーナに来てからは体をふくくらいで水浴びできてなかったし、ある意味ちょうどいいかも。
 そんなことを考えてたら左手に雷竜の杖が出現した。
 クーさまが異次元にしまってたんだけど、寝る前にだしといてくれたらしい。
 エドラにのってひとっ飛び……したかった。
 海育ちだから泳ぎは得意なんだけど、こんなにたくさん服を着たまま泳いだことはなくて。石みたいに重い服やブーツにとまどってジタバタしている内に、なんか変な魔物にエドラをとられてしまった。
「あーっ!?」
 人面魚っていうのかな、こういうの。
 美人と正反対なお顔がついた生首に魚のヒレがついてて、小さなランプみたいなのがついた触手が1つ。大きな口でエドラをくわえていっちゃったんだけど、毛虫みたいな形の牙がびっしり生えててひじょーに気持ち悪い。
「返して~!」
 泳いで追いかけると、すごい勢いでなにかに体当たりされた。
 ゴスッとお腹に飛んできたそれは、追いかけてるのと同じ種類の人面魚。
 びっくりしてたらもう1匹あらわれて、噛みついてきた。
「うわっ!」
 なんとかよけたけど、なぜか左足に変な感触。
 私の左足のブーツにもう1匹人面魚がいて、噛みついていた。そのまま食いちぎるつもりらしくガジガジやっている。
 早くはらいのけなきゃいけないのに、悪寒が走っちゃって、できなかった。
 気がつけば私は50匹近い人面魚たちにかこまれていたからだ。
 雷竜の杖をおとりにして、人面魚の巣に誘いこまれてたんだ……!
 こんなことしてる場合じゃないのに。
 杖さえあればこんな魚たち一撃なのに。
 そうだ、エドラを呼べばきっとむこうからもどってきてくれる。
「えど」
 でも、やめた。
 強くなるって約束したばっかりなのに、頼ってばかりじゃダメだ。
 自力でなんとか……。
 体当たりしてきた魚を殴ってみた。
 海の中だとぜんぜん速く動けなくて、当たらなかった。
 代わりに、雷竜のローブの効果でちょっと電流がでたけど、それもよけられてしまった。
 キックも同じ。
 電流バリアをはったら体からようやく魚がはなれた。正確には噛みついてたのが電流をあびながらも噛み続けて死んで、他の魚がくらいついてこなくなっただけだけど。
 エドラをくわえた魚を追うけど、すいすい泳いで逃げられてしまう。
 その辺の岩を投げてみた。
 のろくてぜんぜん当たらない。
 くやしくて人面魚とひたすら追いかけっこを続けていたら、
「……」
 服を脱いだのか、うす着のルファスがあらわれた。
 人間なのに氷の海にもぐって大丈夫? 心臓とまらない?
 なんかしゃべってるけど、水中だから聞こえない。
 彼が私の手を引いて水上へ連れて行こうとするので、私はエドラをくわえた人面魚を指さした。
「とり返すまでもどれない!」
 ルファスはうなずき、スイスイ泳いで人面魚に追いつくと、剣でさくっと突き刺した。
 人面魚から血があふれ、ビクビクッとけいれんする。
 落とした杖をひろって、ルファスはすぐにもどってきた。
「……」
 ルファスが5秒でできることを15分かけてもできない私って、いったい……。
 しかもけっきょく自分じゃできなくて助けてもらってるし……。
 こんなんで魔神の頭をとり返せるのか、不安になってきた。