58話 VSシスティアーナ②

 このまま王妃さまに体当たりしてしまおうと思ってた。
 でも、ルファスが「敵になるべく近づかないで」っていってたし。
 近づくにつれてどんどんメイドさん軍団が立ちふさがってくるから、考えを変えた。
 私はあるていどの距離まで王妃に近づくと、杖から飛び降りて杖を丸くふりかぶった。
 まったくチャージしてないけど、相手の動きを止めるくらいはできるはず。
 そんな程度の考えだったのに、全身がぞわわわわと総毛立った。
 杖が重い。
 たった1回しかふってないのに、まるで10回くらいチャージしたときみたいに、大量の魔力が動く気配がする。
 幽霊みたいに半透明のドラゴン――雷竜エドラの姿が浮かび上がり、私と重なった。
 そこからはよく見えなかった。
 まぶしすぎて途中で目が見えなくなってしまったからだ。
 かろうじて見えたのは、縦横無尽に荒れ狂う雷。
 小さな雷がいくつも飛び回り、メイドさん軍団をつらぬいていた。
 悲鳴や物音がうるさく反響する中、私はべちゃっと地面に転がり落ちてもだえていた。
 目が、目がみえない。
 視界すべてが白と緑にチカチカと点滅していて、頭がくらくらする。
 そうしている内に、手足になにかが絡みついてきた。
 えっ、なに?
 ぐんと全身が引っぱられる。
 ようやくもどってきた視界に、ぼやけた女性の姿がみえた。
 王妃?
 ちがう、クモだ。
 遠目には人間の女性にしか見えなかったメイドだけど、よくみればその顔はクモだった。
 丸く赤い8つの目玉。
 口から大きくはみでた牙。
 上半身は人間そっくりで白黒のメイド服を着ているのに、下半身のスカートからは巨大な脚が8本はえている。
 彼女の口からでる糸によって私は拘束されていた。
 ガパッと開いた口が噛みつこうとする。
「うわっ」
 イモムシ状態なので身をよじってよけると、氷の大地に小さなヒビが入った。
 そこから紫の液体がもれて、じゅわっと煙が立ち上る。
 毒だ。
「わっちょっ、わっ!?」
 なすすべもなくひたすらウネウネよけていたら、メイドの首が飛んでいった。
「ケガはない?」
 ルファスが斬り落としたらしい。
 船からここまで、もう追いついたのか。
「うん、ありがとう」
 糸を切ってもらって立ち上がると、ようやく周囲の状況がわかった。
 さっきのエドラの一撃で、メイド軍団のほとんどは黒こげになり、地面に転がる肉の固まりになっていた。
 雷から生き残ったクモメイドさん達は、帝国軍と戦っている。
 ユーグリアス王国やシアーナとはずいぶんちがう戦い方だ。
 ヤリと剣を使うのはいっしょだけど、武器の形がけっこうちがう。魔法もずいぶん風変わりだ。
 なにかモンスターを召喚して戦ったり、紙みたいなものを使ったりしている。
 さっき話した霊がみえる大男もいて、巨大なヤリをぶんぶん振り回し、敵をけちらしている。
 面白い戦い方だからずっと見ていたい気もしたけど、そんな場合じゃない。
「王妃は?」
「逃げた」
 行こう、とルファスが先導する。
 そのとたん、首無しメイドが飛びかかってきて、
「うわっ!」
 反射的に杖でぶん殴ってしまった。
 ぐちゃっと内臓をまきちらし、メイドが動かなくなる。
 ひええええええ。
 スプラッタな死体におののいていたら、ルファスがにこっと笑った。
「その調子」
 ほっぺにべちゃりと返り血がついていたらしく、高そうな服のそででぬぐってくれる。
 まあ戦場にハンカチは持ってこないだろうけど、なんか申しわけない。これシミ落ちないよぜったい。
 ご丁寧に髪の毛の乱れまで直してくれた。戦闘中だから気にしないようにしてたんだけど、さすがに鳥の巣すぎて見ていられなかったのかもしれない。
「ど、どうも……」
 ルファスってけっこう敵には容赦ないよね。
 次会ったら敵っていってたけど、いつか私もこんな風に首斬られたりするのだろうか……。

◆

 空から頭蓋骨が降ってきた。
 そう錯覚するくらいの勢いで、魔神の頭は下降を始めた。
 王妃が頭にのりこもうとしているみたい。
 10人くらいのメイドに守られた王妃は、魔神の頭にむかって両手をさしのべていた。
 ルファスが大きく横なぎに剣をふるうと、三日月のような衝撃波が飛んでいく。
 メイド達は王妃をかかえてジャンプし、避けると同時に魔神の頭へ飛び乗った。
 魔神の両目がチカチカと青く点滅する。
 まずい。
 私は平気だけどルファスが死んでしまう。
 冷や汗をかきながらとっさに杖をふった。
 やっぱり重い。
 再びエドラの姿が浮かび上がり、強力な雷がメイドと王妃をつらぬいた。
 今度は目をつぶっていたのに、まぶたの上からでも目が焼けてしまって、ふらつく。
 なんでこんなに雷竜の杖がパワーアップしてるの?
 なにかしたっけ?
 考えて、この前エドラと話したことを思い出した。
 もしかして、あの会話のおかげでエドラが少し協力的になったから?
 これが本来のエドラの力だとしたら、どれだけ嫌われていたのやら。
『勘違いするな、まだ全力じゃない』
 エドラの声が頭の中にひびく。
 そうなの!?
 やっと目が見えるようになって前を向くと、ルファスが王妃をとらえていた。

◆

 メイド軍団は全滅したし、王妃はとらえた。
 でも、魔神の頭ってどうやってとり返したらいいんだろう?
 ルファスが帝国の人たちと話している間、私は魔神の頭をながめて困っていた。
 心臓をとり返したときみたいに、いまの内に攻撃しまくって壊せばいいのかな?
 観察している内に気づいた。
 魔神の両目はまだ青く点滅している。
 王妃をとらえたからもう大丈夫と思ってたけど、そうじゃなかった。
「るふぁ」
 彼を呼ぼうと声を上げたのと、魔神の両目が強く光ったのは同時だった。
 この世のものと思えないほど美しい青い光が周囲を照らす。
 帝国の人たちも気づいたけど、とても避けられない。血をふいてたおれていく。ルファスはとっさに物陰に隠れたものの、少し光を浴びてしまったらしく、ぐったりしている。
「ルファス!」
 助けに行こうとして踏みとどまった。
 いま私が彼の元へ行ってもなにもできない。
 それよりやるべきことがある。
 魔神の頭をたたき壊してやろうと思った。
 まだチャージ完了してないけど、エドラで殴り続ければいつかは壊れるはず。
 そう攻撃する気満々だったのに。
『ゲボク』
 なぜかクーさまに呼ばれたような気がして、私は無防備に近づいた。
 大きな口で丸のみにできちゃうような距離だ。
 ふだんならとても怖くて近づけないんだけど、不思議とまったく怖くない。
 手をのばして大きな頭蓋骨にふれると、それは一瞬で砂になって消えてしまった。
『よくやった』
 クーさまの声がひびく。
 これで魔神の頭をとりもどした……のかな?
 実感がわかなくて自分の手をしげしげながめていたら、後ろからだれかに蹴り飛ばされた。
「よくもわたくしの夫を……!」
 即死の魔眼を全身にあびたはずなのに、ぴんぴんしている王妃が立っていた。