70話 日没まであと30分


 もぞもぞとベッドの下からはいだす。
 ちょっとホコリっぽくなった私を見て、ネコは耳をふせた。こわがってる?

「おまえは、さっきよの水浴び場へ乱入してきたチジョではないか」

「チジョってなに?」

「ヘンタイ女という意味だ」

「ええっ、べつにネコのハダカなんてきょうみないよ」

 でぶねこちゃんは上半身ハダカ。ズボンのよーな、スカートのよーな腰まきはいてる。

「ウソをつけ! 寝所(しんじょ)にまで忍びこむとは……よを乱暴する気だろう? 近所の悪ガキみたいに!」

「ちょっとなにいってるかわからない」

 シンジョってなに? おじさん顔のネコなんておそわないよ。……たぶん。

 ブサイクなんだけど、すごくかわいげのある顔してるなぁ。ネコってだけでかわいく見えるよね。ちょっとなでてみたいかも。全身ぷにぷにモチモチしてそう。

「早くでていくんだ。でていかないと兵士を呼ぶぞ!」

 肉球でドアをしめすネコ。毛が逆だっていた。

「まあまあ。ちょっとお話しようよ、ネコちゃん」

「ネコちゃんだと!? 女子どもはどいつもこいつも気安く呼びよって。よはサファルカの国王タメフィス! タメフィスさまと呼べ!」

「タメちゃんきいてよ、私じつは魔神のゲボクなんだけどね。タメちゃんのこと殺しにきたの」

「なんだと!?」

 そこは「にゃんだと」っていって欲しかった。

「でもタメちゃんかわいくて殺せそうにないからさ~、なかよくしない?」

「た、ためちゃん……よは325歳だぞ!?」

「わあすごーい長生き~」

 パチパチ手をたたいて、私は続ける。

「それでね、さっき魔神の両足を返してもらったんだけど。ケアル―神と女神さまに怒らないでってたのんでもらえないかな? 許してくれるなら、誘拐した女神さまも返すから」

 タメちゃんはポッカーンと大きなくちをあけた。ザラザラのネコじたがよく見える。

「ラクアトさまを誘拐したともうすか!?」

「うん、ごめんね。うちのボス人の心がなくて。でも怒らないでくれるなら、無事に返すように説得するからさ」

「……くわしく話をきこうか」

 彼はのっしのっし近づいてきて、2つの肉球で私の両手をにぎった。予想どおりプニプニ。

「ハシム! くせものだ!」

 そのまま、タメちゃんがさけんだ。

「えっ」

 バアンとドアがひらかれた。

「陛下! ご無事ですか!?」

 いかついマッチョのおじさん兵士。たぶんこの人がハシム。護衛(ごえい)ってやつかな?

 サファルカ国って、暑いから兵士でも露出が多いんだね。マロボ島といっしょだ。胸元、両腕まるだし。足も太ももまでチラリズムな腰まきスタイル。わりとむさ苦しい。

「こんな小娘にやられるものか。こやつを牢へほうりこめ!」

 ハシムは私を見て、あからさまに警戒をゆるめる。

「なんだ子どもか。さっき水浴び場へ侵入したのもおまえだな? まったく、国王陛下はそのへんのノラネコじゃないんだぞ」

 その国王陛下のアゴをナデナデしながらいわれても、説得力がないんだけど……。

「ぶに。気安くさわるでないわ」

 ネコがにらむ。

「あ、すみませんつい。今日も良い毛なみですね!」

 ハシムは笑って、こちらへ手をのばす。首ねっこつかんでつまみだすつもりらしい。

 う~ん、どうしようかな? この2人をインベントリに収納できないかどうか、さっきから試してたんだけどダメみたい。生きものはNGなの?

 私はとっさに両手をふりほどいた。肉球ってつかむ力よわいから、あっさりほどけた。

 タメちゃんのおなかをぎゅっとだきしめて持ちあげ……ようとしたけどムリだった。重すぎる。
 ふわふわでやわらかくって最高なんだけど、牛みたいに重い。身長は私より低いのに、体重は4倍くらいありそう。

「ふぐぐ……」

 がんばってたら、タメちゃんがため息をついた。

「おまえはなにがしたいのだ?」

「誘拐しようとしたんだけど、重くて……」

「やはりよのストーカーか」

「じゃ、連れて行きますね~」

 ハシムは私の首ねっこをつかむとズルズルひきずった。

「あー!?」

「うむ」

 とタメちゃん。
 こまる。牢屋に入ってる時間なんてないのに。

◆

 どうやら私は、タメちゃんのストーカーだと思われたらしい。
 タメちゃんかわいいから、さわりたくって忍びこんでくる子どもが多いみたい。

 看守も「またか」って顔してた。

「牢屋でひとばん頭を冷やすんだな! 王の優しさに感謝して、二度とイタズラするんじゃないぞ! ひと昔まえなら処刑されてるからな!」

 レンガ作りの牢屋へ入れられて数時間。
 鉄ごうしのむこうに太陽がちょっとだけ見えるんだけど、かたむいてきた。

 ヤバイヤバイヤバイ。夜になっちゃう。

「クーさまヘルプ! 私じゃもうムリだよ、まにあわないよ!」

『いってなかった気がするからいまいうけど。わざわざくちにだしていわなくても、脳内で念じるだけでテレパシーできる』

 魔神からはすぐ返事があった。

『早くいってよそういうの。ひとりごとばっかりいってる変な子になっちゃったじゃん』

『いやぁ、おまえは元々おかしなやつだよ。ふつうは脱獄できないって気づくのに7時間もかからない。ずいぶんいろいろ試したもんだな』

 インベントリから道具をとりだして、あの手この手で脱獄を試した。
 その様子のことをいってるらしい。

『そこまで見てたんなら、アドバイスくらいくれてもよくない?』

『バカが空まわってるさまを観るのが楽しくて楽しくて。こんなに面白いなら、もっと早く人間と遊べばよかった。どうしておまえはもっと早く俺とであってくれなかったんだ? おまえと会うまで、1万年くらい退屈だったじゃないか』

 クーさま、1万年も生きてるの?

『いや、そんなに面白くないと思うけど……ずっといっしょにいたらあきるかもしれないし』

 道化師じゃないんだから、面白さをもとめられてもこまる。私ふつーの人間なの。元だけど。

『おまえは家族やペットにあきるのか? ひどいやつだな。生きものをオモチャあつかいするなんて』

 わざとらしい、まじめぶった口調がなんかムカつく。

『クーさまにだけはいわれたくないよ。さんざん私の命をオモチャにしておいて!』

『俺が? いつ? ずっと大事にしてきただろう?』

『私が命がけで戦うところをショーとして楽しんでるじゃん、いままさに』

『まあ、それはそう。安心しろよ。オオカミはいちずだ。愛したものにあきたりしない』

『えっ』

 思わずドキッとしたとき、足音が近づいてきた。

 のっし、のっし、のっし……。

 この重たそうな足音は、もしかして。

「さすがに牢屋では大人しくしているようだな、小娘よ」

 やっぱりタメちゃんだった。