8話 VS雷竜
クーさまは道なき道をやすやすと登っていく。
こんな猛獣みたいなスピードだしたら、また足が壊れちゃいそう。ああ、草むらに顔からつっこむのはやめて。後で治してくれるとわかっちゃいるけど、なんかイヤ~。
「竜って食べられるの!?」
『俺にとっては極上のごちそうだ。空腹を満たせるし、失った魔力も回復できる。絶対に逃がさない!』
なんか知らないけど、すごいやる気。
「おなか空いてたなら、島でなにか食べれば良かったのに」
『……途中で数えるのをやめたから、正確な年月はわからないけどな。俺は100年以上海の底でカスみたいな魔物食べて生きのびてたんだ。やっと海からでられたのに、つまらないもん食うかよ』
「つまらないって、マロボ島の魚やフルーツはとってもおいしいよ!」
『あのなぁ』
空が光った。
ドオオオンと爆音がひびき、山がゆれる。
「うわあ!?」
『チッ気づかれた』
頭上からたくさんの岩がふってきた。
土砂くずれ……にしては変。ごつくてでっかい岩ばかり。
魔神はそれらをひょいひょいかわして、山頂をめざす。
「ひええ」
空に再び閃光が走る。
ドドドドドと小さな雷が4つくらい落ちた。
「ちょっ、こっ、これ勝てるの!? その前に殺されちゃうよっ!」
また光った。ひいい。
魔神は足を止めずにハッと笑った。
『こんな山の中で直撃するわけない。いくつ木があると思ってる』
「でも、けっこー近くに落ちてるよ!?」
海では直撃したし。
直撃じゃなくてもけっこー危険だ。爆発したみたいに木とか石とか飛んでくるし。
ほら、さっきまでいた所に雷が落ちた。
「こんなの勝てるわけな……」
ギャオオオオオオオオオオオオ!
キインと鼓膜がふるえて、音が聞こえなくなった。
いつのまにか、山頂へたどりついていたみたい。
でっかいでっかい緑のドラゴンがおたけびを上げている。
クーさまがさっき指さした山のてっぺん。
アレは山じゃなくて、竜だったんだ。似たような色だから気づかなかった。
◆
黒雲うずまく空の下。
緑に輝く巨大なバケモノ。
まるで宝石みたいな2つの目玉は、殺意に満ちていた。
「ヒイッ」
これが、雷竜?
おっかないけど、すごくキレイ。
もっとトカゲっぽいと思ってた。種類によるのかもしれないけど、顔は犬に似ている。固くて雨に強そうなウロコは1枚1枚がエメラルドみたい。
私がぼんやりしている内にクーさまはさっと駆けだした。
威嚇する雷竜めがけて一直線にせまり、そのままパクッと食べられてしまう。
「は?」
バキッゴキュゴキュばりばりゴリゴリごくんっ。
鍾乳洞のつららみたいな牙で何度もご丁寧にそしゃくされて。
舌で押しつぶされて、飲みこまれていく。
べちょっと胃の中へ落ちてから、私はクーさまにたずねた。
「あの……ふっつーに食べられちゃったんだけど」
もしかして負けたの?
負けたよね? 負けてるよね、これ?
あんな自信満々だったのに!?
『負けてない』
「ウソだああ!」
だっていま消化されかけてる。溶けてる、溶けてるよ!
『落ちつけよ。おまえのもやしボディを魔法で強化したって、竜に傷なんかつけられないだろ』
「……それで?」
『竜をたおすなら俺が魔法で攻撃するしかない。でも、いまは弱い魔法しか使えない』
弱い魔法……?
ニヘンナ村を火の海にしたり、ピスキー集団を焼いたりしたアレが?
『弱い魔法で竜をたおすには時間がかかりすぎる。先にこちらが雷でやられてしまう。だからわざと食われたんだ』
青い光につつまれ、私の全身が完璧に再生される。
良かった。あのままゲロみたいな姿で終わるのかと思った。
「じゃあここからどうやって勝つの?」
『こうやって』
クーさまが右手を頭上にかざす。
その手からおそろしく長い石がズバッとでてきて、内臓をつらぬいた。
たぶん、胃から脳みそにかけてつき刺した感じ?
奇妙な焼き鳥みたいになっちゃったのか、竜の断末魔がひびいた。
大きすぎる音って暴風みたいに体をゆらしてくるんだね。なんか変な状況に慣れてきちゃったよ。
『竜とはいえ、体の中は防御力が低い。弱い魔法でもたおせる』
そっかそっか、うん。なんとなくわかったよ。絶対これ世間的には”弱い魔法”じゃないけど。それじゃしかたないよね。
でも、私1つ気になるの。
「クーさま……私の体をボロボロにした、ってニヘンナ村の人に怒ってくれたけど。クーさまの方が明らかにひどいことしてるよね?」
ほんの数秒前まで脳みそ丸だし、全身バラバラだった。
痛みを感じないとはいえ、ふるえが走る。気をぬくと頭がおかしくなってしまいそうだ。
『ひどい? 痛覚はオフにしてるし、ちゃんとキレイに治してやっただろ』
なにが悪いのか本気でわかってなさそうな声。
「……」
魔神には人の心がわからないんだ。
◆
竜が死んだあと。
胃がけいれんして反射的に吐いたみたいで、脱出は簡単だった。
つまりゲロにまみれて……忘れよう。ちゃんとキレイにしてもらったし……。
ぐったりと地面に横たわった竜はクジラよりも大きかった。
私の体の何倍もあるんだけど、どうやって食べるんだろ?
ぼんやり考えていたら、見覚えのある”手”があらわれた。
爪がすっごく長くて6本の指がある。動物みたいに毛むくじゃら。
うっすら透けていて、宙に浮いている。手首から先はみえない。
その2つの手が竜をつつみかくし、消えてしまった。
ほんの一瞬のできごとだったから、見まちがいかと思った。
びっくりしすぎて声もでない。
「ゲボク」
「うわああああああ!?」
真後ろから声をかけられて飛びあがった。
「俺だ」
私はクーさまの声が好きだ。
えらそうな事ばっかりいわれても、許しちゃうくらい。
男だってすぐわかる低い声。
なのに年齢不詳で、少年の魅力と大人の色香をあわせもっている。
人間だったらぜったい美青年。
いやむしろ、声が良すぎて人間だったらガッカリするかも?
なんて考えてたのに。
そこには、声より美しい男が立っていた。
「く!?」
思わず指さすと、彼は小さくうなずく。
なんかもう、後光が差してる気さえする。
「よだれたらして見惚れるんじゃない、ガキのくせに」
あきれる顔すら絵になってる。
「い、イケメンさま……!」
マロボ島だったら、島中の女がお嫁さんにしてとつめかけるだろう。
目つき悪くて近よりがたい。邪悪さがにじみでている。
でもそれ以上に顔とスタイルが良い。
長い黒髪を三つ編みに束ねるなんて、美形にしか許されない髪形がよく似合う。
優しそうに笑えば王子さまに見えるかもしれない。
「それはともかく、なんでこんなことに?」
「竜を食べて魔力に余裕ができたから、作った」
「もうちょっと詳しく」
「おまえの体を共有してると不便だから、仮の体を作ったんだ。本体はまだ封印されてる」
「じゃあやっぱり、あの犬みたいなやつが本性なんだ」
「犬じゃない。オオカミだ」
「はあ……ところで、なんでそんな格好なの?」
「どこかおかしいか?」
「おかしいっていうか……それじゃまるで聖職者だよ」
上から下まで白ずくめ。
高そうだけど、とてもシンプルなデザインの服。
さらに胸元にはスラエの葉までつけている。
かつて、エーテルピア神はスラエの木につるされて処刑された。
だから、スラエは神の象徴といわれているのだ。
なんかいかにも”神に仕える者”です~って感じ。
「それでいいんだ。魔神が魔神らしい格好してたらすぐ敵に見つかるだろ」
「敵いるの!?」
初耳。
でもそりゃそうか。そもそも敵に封印されてたんだっけ。見つかったらまた封印されちゃうのか。
「そういうわけで、俺はいまから旅の僧侶だ」
僧侶っていうより高位神官とか、えらそうな人に見えるけど。
「聖職者に化けるなんて、魔神としてのプライドとかはないの……?」
「昔からたまに化けてたし、別になんとも」
「スラエの葉にふれると、悪しき者は滅びるはずじゃ……」
「神がつるされた本物ならともかく、こんなニセモノくらいで死ぬかよ」
見下すようなまなざしにうっかりときめく。いけない趣味にめざめてしまいそう。
本性のケモノ姿も美しかったけど、やはり人型はいいものだ。
「……もうずっと仮の姿でいればいいのに」
ボソッとつぶやくと顔を片手でつかまれた。手おっきいね。
「この顔つぶすぞ」
「ごめんなさい」
クーさまならやりかねない。