8話 魔神の力

「そのドラゴンはどこ」
 にいるんだ、といいかけて声を途中から小さくするクーさま。
 私の身体で男口調は変だという常識はあるのかな? ちょっとしゃべりづらそう。
 村人たちは気にした様子もなく、背後にそびえ立つ大きな山を指さす。
「100年前にどこからかやってきたらしくて、あのてっぺんに巣作ってるよ。うちのじっちゃんから聞いた話だと、何度か討伐隊がやってきたりしたらしいが、勝てたやつはいないってよ。近づかなければ悪さしないんで、もうほっといてるんだ」
 別の村人が不思議そうにこちらをみつめる。
「あんたなんでそんなことを……あっ、もしかしてサシャを連れもどしに行ってくれるのか!?」
「……」
 無言のクーさまに対し、わっと嬉しそうな顔をする。
 どーなのかなー。なんか別の目的がありそうだけど。
「いやー、助かるよ! ドラゴンに気づかれたら雷撃ってくるからすぐに逃げるんだぞ! それでみんな黒こげになって死んだらしいけど、すぐに離れりゃ追ってこないってうちのじっちゃんが」
「バカ! おまえよそもんだからって女の子を見殺しにする気か!」
「そうそう。ドラゴンに近づいて生きて帰ってきたやつなんてほとんどいねーんだから。ドラゴン怖いから俺たちだってサシャを連れもどしに行かないんだぞ!」
「ごめんなお嬢ちゃん、忘れてくれ。死にたくなかったらあの山には近づくな」
 浮かれた男をどつき、しおれた様子で村人たちが散っていく。
 それぞれの家に帰るみたいだ。
 どうやらこの村にはお店がないようだし、私たちもあまり長居しない方がいいかも。
 まあそれはそれとして、村をでようとしたクーさまを引き止める。
 クーさま、クーさま。
 クーさまの回復魔法なら、瀕死の男の子もすぐに治してあげられるんじゃないですか?
 死んだ私をあっさり蘇生できるくらいだし。
 おそらく、世界に10人いるかいないかの高レベル魔法の使い手だ。
『助けて欲しいのか?』
 彼は足を止めて、心の中だけで答えた。
 あっ、やっぱり。人前で私としゃべったら、独り言はなすヤバい人になるって自覚はあったんだ!
『目立つとアリみたいに人間がよってきてめんどくさいんだ』
 はあ。昔なにかあったんですね。
『で、助けて欲しいのか? 人に殺されて人が怖くなったくせに』
 気にしてることをズケズケと……。まあ、その男の子に殺されたわけじゃないですし。かわいそうだから、助けられるなら助けてあげたいですよ。
『そうか。じゃあ助けてやろう』
 クーさまは近くの人にエンジさんの家を聞いて、そこへむかった。
 あれ、クーさま優しい。ありがとうございます! クーさまって魔神のわりにけっこう人間の常識と優しさをもってるんですね!

◆

「キール、死なないで! キール!」
 家をたずねると、悲鳴が聞こえた。
 緊急事態とみてクーさまがドアを開けると、さっきのおばあちゃんことエンジさんが泣きわめいている。
 ベッドに横たわる男の子は人形のように動かず、青白い。
 間に合わなかった。
 体中に巻かれた包帯には赤茶色の血がにじんでいるから、失血死だろうか。
 10歳の若さで亡くなるなんて……。
 私が絶句している間に、クーさまは少年の胸のあたりへ手をかざす。
 空間がゆがんだ。
 ぐにゃりと渦巻くように周囲の景色がクーさまのてのひらへ吸い込まれたかと思うと、逆再生するようにもどっていく。
 キールの全身が魚のようにびくんとはねた。
「あおおおおおおおおおおおおああああああああああ」
 少年は虹色の光につつまれながら、ケモノじみた声を上げて暴れ始めた。
「キールになにをしたの!?」
 エンジさんがさけぶ。
「死にはしない」
 とクーさま。
 いやでも。なんか様子おかしくないですか!?
 いつも私のケガは一瞬で治るのに。
 キールはベッドから落ちて床を転げまわり、全身をかきむしる。木製のベッドや本棚、壁を次々と破壊していく。
 彼の全身がロウソクみたいに溶け始めた。
 皮膚が水のようにしたたり、変形する。
 男の子にしては少し長い灰色の髪がなくなり、手足の爪や着ていた服まで溶けて肌色に……いや、泥水みたいなこげ茶色になった。
 両足がちゃぷんと床にしずんで、完全に足がなくなる。
「う……あ……」
 少年のうめき声がひびく。
 キールはいびつな泥人形のような姿になってしまった。
 耳のない丸い頭に、ぽっかりと丸いだけの口。まつ毛もまぶたもなくなったけれど、2つの目玉だけはきちんと残っている。鼻もない。首と肩、両手とお腹まではうっすら原型が残っているけれど、お腹から下はスライムみたいにドロドロで、茶色い液体がたまっている。
「いやーっ! キール! キール!」
 フリーズしていたエンジさんが悲鳴を上げた。
 わんわん泣くけれど、どうすれば良いかわからないんだろう。彼に駆けよったり、離れたり、意味もなく部屋をぐるぐるまわったりしている。
「ふーん。やっぱり、俺が人間に魔法を使うと、状態を問わずモンスター化するんだな」
 はい!?
 クーさまの聞き捨てならない発言につっこもうとしたら、エンジさんが先に口を開いた。
「あんた……いったい」
 がくがくと震えており、これ以上ないくらい目を見開いている。
 そりゃそうだ。クーさまなにしちゃってんの!? 助けてあげるんじゃなかったの!?
「魔神クーロアタロトス」
 主が答えると、ほぼ同時に外からたくさん人が近づいてくる気配がした。
 ガンガンとドアをたたかれるものの、ドアは赤い光につつまれていて開かない。窓にも赤いもやがかかっていた。
「おい、エンジさん! 大丈夫か!?」
「さっきの声はなんだ!?」
「なにがあった!?」
 物音に村のみんなが気づいたらしい。
 うるさかったもんね。
「なんでもないの! キールが苦しんでいるだけ! ほうっておいて!」
 クーさまがエンジさんそっくりの声音でさけんだ。
 ええ……そんなことできるの……なんかヤダ。
『だまってろゲボク』
 はーい。ってダメですごまかされませんよ!
 助けるっていっておいて、なんでこんなひどいことするんですか、おばあちゃんかわいそうじゃないですか!
 うったえると、彼はしぶしぶといった口調で答えた。
『死にかけていたから、ちょっと魂を呼びもどして回復魔法を使っただけだ。俺もこうなるとは知らなかった。前にも似たようなことはあったが、人間に回復魔法をかけたのは初めてだったから、どうなるか興味はあったけどな』
 ウソだ。だって私はいつも平気じゃないですか。
『おまえは人間じゃない。魔神の加護つき上級アンデッドだ』
 えっ。
『俺の封印が完全にとけるまでは、おまえには人間の擬態をしていてもらわなければ困る。だからなるべく人間にみえるよう工夫している』
 じょ、じょうきゅうあんで……。
「あたしたち親子になんのうらみがあるの……あたしたちをどうするつもり」
 おどろおどろしい姿になったキールをだきしめながら、エンジさんは涙を流す。
 この人には優しくしてもらったから、もちろんうらみなんてないし、胸が痛む。
「そうだな。おまえにはゲボクが世話になったから、選ばせてやろう。息子を死なせるか、このままモンスターとして生き長らえさせるか」
 人間として生きさせてあげるって選択肢はないんですかねぇ。
『俺だって全知全能というわけじゃないからな。ドラゴンの生き血をあたえればまともに生き返った可能性は高いが、その方法じゃ間に合わなかっただろう』
 なるほど。
「人間にもどして、助けてはいただけないのでしょうか」
 エンジさんも同じことを聞いた。
 あふれでる禍々しいオーラから、クーさまが本当に魔神だと理解したらしく、ひどくおびえている。もともと細いおばあちゃんだったけど、この数分で急にやせて枯れ木のようになってしまった。
「俺にそんな力はない。助けたいならモンスターにするしかない。おまえが望まないなら殺してやろう。死ねば人間にもどる」
 エンジさんの目から涙がつたう。
「かわいい我が子を殺すなんてできません」
「そうか」
 パンッと氷がわれたような音がして、家中の窓やドアから魔法の光が消えた。
 クーさまは興味を失くしたようにさっさと外へ出ていく。
 家の前には村のみんなが立っていた。
「エンジさんは!?」
「キールの具合はどうなった!?」
「キールは死んだ」
 どっと押しよせてきていた村人たちが、クーさまの一言で静まり返る。
 あるていどそう予想していたんだろう。
 血の気が引いた青白い顔だけではなく、涙を浮かべている顔もあった。
「しばらくそっとしておいてやれ」
 クーさまの一言に、村人たちが帰っていく。
 ……それがいいと思う。エンジさんもショックだろうし、モンスター化したキールがみつかったら、きっと私みたいに迫害されるだろうから。
 村の人たちにバレないうちにそっと村から逃げるしかない。
 そろそろ日が沈むから、私も村から逃げる必要がある。
 夜になると赤い目の光で人外だとバレてしまう。
 世界のどこかには赤い目の色の人もいるらしいけど、そんな感じじゃなくて「いかにも魔物です」って感じに目がビカッと光るから不気味なんだよね……。
「親切をアダで返してしまいました」
 村からでて、暗くなりつつある森を歩きながらつぶやく。
 いつのまにか体の支配権がもどっていたみたいで、口にだしてしまった。まあいいか、周りに人もいないし。
 エンジさんとキール……会ったことないけどサシャという人にもきっとうらまれるだろう。
『そうか?』
 クーさまはなにも感じていないみたいな声でいう。
『あの老婆の望みどおり、息子は死なずにすんだじゃないか』
「でも泣いてました」
 息子がモンスターなんて、そりゃ嫌だろう。
 魔神になんて願うんじゃなかった。
 考えてしまってすぐ、そんなことないと打ち消す。
 ビエト村のみんなを助けてもらったとき、私は死んでもかまわないくらい嬉しかった。
 その恩はまだ忘れてない。