祖父の葬式・下
お昼ごはんを食べたあと。
高橋さんが見たい見たいというので、私たちは閉められていた部屋の一つに入った。
一歩入ったとたん、急に室温が下がった気がした。
高橋さんの部屋は整理されている割にけっこう物がゴチャゴチャしている。けれど、斉藤さんの部屋は物が少なくて、あまり生活感がない。
そう思っていたけれど、そこは荒らされたかのように物が散乱していた。
古そうな市松人形からわりと最近っぽいキーホルダーの人形。さまざまな種類の人形がズラリと並んだ棚が一つ。その辺の石から水晶、パワーストーンが少し置かれた棚が一つ。古いお守りや御札の棚が一つ。その他、ぬいぐるみや赤ちゃんの小さな靴が片方。人間の歯や爪、髪の毛なんかもあって目眩がしてくる。
これらはすべて依頼人から預かっているものだそうだ。
まとめて定期的に捨てているのだが、次々くるのでなかなか追いつかないらしい。
……この部屋にいるだけで呪われそう。
そんなことを考えていたら、高橋さんがワクワクした様子でいう。
「さわるなよ、ぜったいさわるなよ?」
「フラグ立てないで」
私は冷ややかに見つめ返した。
やがて、うっとうしそうに棚をながめていた斉藤さんが人形を一つとってこちらにやってくる。
そこそこ古い、等身大の赤ちゃん人形だ。
髪がついた頭部と上半身はプラスチックで、下半身はビーズみたいなものがつまっているらしくやわらかそうだ。目はガラスかなにかで、上体をおこすと目が開き、寝かせると閉じるようになっている。
「これはわりと、ほほえましかった」
ごめん、あんまり近づけないで。
彼いわく。
この人形はかつて大事にされていて、持ち主の子どもが大人になってからもずっと部屋に飾られていた。
けれど持ち主が嫁いでからは忘れさられ、ずっと実家のクローゼットにしまわれていた。しかし、家を出ていた持ち主が久しぶりに帰省した夜。
いつのまにか人形が同じベッドに寝ていた。
おどろいたものの、両親のイタズラだろうと人形をしまう。
けれど、何度人形をしまっても持ち主が実家にいるかぎり部屋にもどってきてしまう。そればかりか、彼女が部屋にいないと赤ん坊の泣き声が聞こえてくるようになったという。
「ほほえましくないよそれ」
私が首を振ると、斉藤さんは眉をひそめた。
「飼い主をしたう犬みたいなものだと思えば……」
そんなこといわれても。
「これは? すげードロドロしてそうだけど」
そういって高橋さんが指さしたのは高そうな指輪。
結婚指輪だろうか。プラチナっぽいシンプルなそれは無造作に裸で置かれている。
「おまえはこういうのと波長合いそうだな」
斉藤さんが再び解説する。
年末ごろ、ある一家が引っ越しを検討していた。
少し土地の名前が不気味だが、値段も手頃で駅からも近く、気に入った。ここにしようと不動産屋に返事をしてから帰ったその夜。
奥さんが悪夢を見た。
まったくしらない三十路くらいの女が出てきて「あそこはダメ、あの場所には住むな!」とすごい形相でまくしたててくる。
こうして語るとただそれだけなのだが、奥さんは震え上がったそうだ。
引っ越すのは別の土地に変えようと相談するが、夫は「そんな理由で」と聞いてくれない。
念のため、「なにか事故や事件があった土地なのか」と不動産屋に問い合わせてくれたが、「そんな事実はまったくありません。ご安心ください」という回答。
けれど、次の夜も女性は夢に出てきた。
つかみかからんばかりの勢いで、「あの場所には住むな!」と繰り返し繰り返し告げてくる。
あの土地に住んだら祟り殺されるのではないか、不動産屋はウソをついているのかもしれない。
不安になった彼女は知人を通じて斉藤さんに相談した。
その結果。
彼はその土地に埋まっていた指輪を見つけたそうだ。
指輪をとりのぞいたとたん奥さんは夢を見なくなり、無事に引っ越しを終えた。
「でもこれ、まだいるよな?」
高橋さんが笑う。
彼の隣にその三十路くらいの女性が立っていて、今も般若のような顔で指輪を睨んでいるという。
「……」
ぞわっと身震いしながら後ずさると、斉藤さんに頭をなでられた。
「まあ、一番怖いのはこれが死人じゃなくて生霊だってとこか」
彼女は今も日本のどこかで生きていて、ずっと失くした指輪を想い続けているらしい。
執着がすごすぎて消えないので返してやりたいが、住所もなにもわからない。この生霊は本能のように指輪に執着するだけで、会話はできないのだそうだ。
そろそろ帰りたくなってきた。斉藤さんとは外で会うのが一番だ。
そこら中にあふれる呪いのグッズたちにさわらないように入り口へ近づいていたら、懐かしい物を見つけた。
焼けこげた五円玉が数枚、小さなビニール袋に入っている。
「これ、しってる」
昔、祖父の葬式で見たものだ。
かなり遠方だったので、あの土地特有の風習なのだと思っていた。この辺りの人もやるのだろうか。
「遺体といっしょに焼いてお守りにするっていう……」
私がそういうと、斉藤さんはものいいたげな表情を浮かべる。
代わりに高橋さんが微笑した。
「包丁ってさ、料理作ったりするけど。それで人刺すやつもいるよな。そういうこと」
その解説は当たっていたらしく、斉藤さんが口を開く。
ある女性が職場の男性にストーカーされて悩んでいた。
他に彼氏がいるのに、自分とつき合っているなどと変なウワサを流されたり、帰り道にまちぶせされたり。彼氏とのデート中にいつもどこからかあらわれて、長々と話し続けたりする。
同僚だから大事にしたくない。
そう思って彼女は警察にはいわず、上司や周囲、彼氏にのみ相談していた。
けれどある日の残業中。
二人きりになったとたん迫られて、限界を感じた彼女はかなりキツく彼を拒絶したらしい。
どんな風にしたのか斉藤さんは教えてくれなかったが、それからストーカーは会社を休み続け、とうとう自殺してしまった。
気に病んだ女性が彼の葬式に顔を出すと、遺族に引き止められた。
彼はあなたを愛していた。あなたのために用意されていたプレゼントが山ほどある。どうかもらって欲しい。
彼女は一度は断った。
けれど、彼は自分が殺したようなものである。どうか受けとってと繰り返し泣きつかれたら断れない。
けっきょく、彼女はプレゼントの山から鉢植えの花を1つ選んだ。
白くて小さな花の咲いているジャスミン。
バッグや時計、アクセサリーよりは気軽だ。持ち帰ろうとすると、遺族がそれを手さげに入れてわたしてくれた。プレゼント用に包装されているとはいえ、持ちにくかったのでありがたく受けとり帰宅する。
すると、それから気味の悪いことがおこり始めた。
いつも部屋にだれかがいて、見られているような気がする。背後に人の気配を感じる。夜中に金縛りにあい、男に襲われているような気持ちの悪い幻覚を見る。
この花のせいにちがいないと思った彼女は彼氏に鉢植えをたくし、その彼氏から斉藤さんに回ってきたらしい。
「あれ、でも花は」
「捨てた。鉢植えの土の中に小銭が入ってたんだ」
おそらく遺族がストーカーの死体と共に小銭を焼き、プレゼントの花にしのばせて彼女にわたしたんだろうと彼はいう。
恐ろしい話だ。
そんなとき、不意に奥の部屋で物音がした。
なにか大きな物が落ちた音だ。
「そろそろ帰ろうか。なんかヤキモチ焼いてるみたいだし」
と高橋さんが笑う。
なにが、だれに?
とは聞かず、だまってうなずく。聞いたところで余計寒くなるだけだ。
さっきから部屋中の物に見つめられている気がして、穴が開きそうになる。どこをむいてもなにかの人形やぬいぐるみと目が合うのだ。
「ああ、じゃあな」
斉藤さんはなんでもないようにそういって、玄関まで見送ってくれる。
「うん、またね」
見上げると、彼はほんの少しだけ笑う。
扉が完全に閉まる寸前、その隣に黒い人影が見えた。
「だ……大丈夫かな、斉藤さん」
ギクッとしたけれど、もどった方がいいかと心配になる。
「あいつは慣れてるから大丈夫だよ。いつものこと」
高橋さんがそういって私の肩をたたく。
「それより、俺らがあんまり依頼受けたくない理由わかった? あれだけ溜まってたら片っぱしから断りたくもなるだろ」
「それはそうだろうけど、高橋さんもあんな感じに依頼溜まってるの?」
歩きながら聞くと、彼が苦笑する。
「うん、かなり。俺のは物理的にはゴチャゴチャしないけどさ」
「でも高橋さん怪談大好きだから、相談しやすいんじゃない?」
そういうと、彼はハッと足を止めた。
「そのせいか」
自覚なかったらしい。