11話 繁忙期パニック
●会議
私もミーティングや会議には出席してる。
でもしょせん新人のペーペーだから、そんな重要なものじゃない。先輩から仕事をわりふられたり、仕事の現状報告をしたりするだけ。下っぱ会議だから気楽なものだ。
久瀬さんが出席する会議やミーティングはレベルがちがう。
社長を筆頭とした幹部クラスばかりが集う、すっごく大事な会議が多い。あと30分でその会議が始まるのに、久瀬さんがこない。
遅刻か欠勤か。
どちらにせよ、無断。
関課長もこれには渋い顔で「なんとか久瀬と連絡とっておいて。出席できそうにないならすぐ教えて」と指令を出した。
そんなわけで、私は久瀬さんに電話をかけまくっている。
なにか事故でも、と心配していたらやっとつながった。
『ごめん、いまおきた』
バカー!
こっちはさっきから偉い人たちにちょくちょく催促されて気が気じゃないってのに。
「会議、間に合いそうですか?」
『たぶんムリ。代わりに出席して話だけ聞いておいて。資料は俺の机にあるから、それを課長にわたせば大丈夫』
通話が切れたあと、思わず呆然としてしまった。
社長とかが出る会議に、私が代理出席……?
大丈夫なの、それ。
資料を探して課長に事情を説明すると、「そうして」との返事。
後で課長から久瀬さんに内容を話しておくから私は出席しなくていい。
そういってもらえるのを期待していたから、フリーズしてしまった。
ふつう議事録とかあるんじゃないの!?
●会議・2
「久しぶりにやらかしたな~久瀬のやつ。最近は調子よかったのに」
事の成り行きを見守っていた神野さんが笑う。
この遅刻癖や納期遅れがなければ完璧なのに……あと、忘れ物も多いか。
どんな人にも欠点ってあるのね。
「私が重役会議に出たって、内容を理解できないですよ。それに、会議おわったらメンバーに議事録おくりますよね? 私いらなくないですか?」
出席したくな~い。逃げた~い。
「や、ほら。議事録つくるまでもない、大したことない会議ってあるじゃん? それなんだわ~」
「社長が出席するのにですか?」
食い下がってみたけど、神野さんはグッと親指を立てた。
「とにかくガンバレ!」
会議には課長や神野さんも出席する。
でもみんな繁忙期でいそがしい。だから久瀬さんに説明してあげる余裕はないそうだ。
腹をくくって、ひたすらメモに徹しよう。てか録音しちゃダメ?
「久瀬さんが遅刻でこられないので、代理で出席させていただきます。アシスタントの鈴木です。よろしくお願いいたします」
重役ばかりがズラーっとならぶ会議室。
ここで挨拶するのは、面接のときと同じくらい緊張した。
なんでえらい人たちってみんな顔が怖いの!? プレッシャーがすごい。
ふだん社長や部長なんて滅多に話さない。
過去数回ほど、「久瀬さんは離席中?」とか「久瀬さんに伝言しておいて」なんて声をかけられた程度だ。
「久瀬さんはこれさえなければ優秀な社員なんだけどねぇ」
社長の言葉に一同が笑って、少しだけ雰囲気が和んだ。
それからは難しすぎて本当に半分くらいしか理解できず。大学の講義よろしくずっと筆記していた。
とりあえずヘマすることもなく会議が終わり、一同が退室していく。
やっと終わったと胸をなでおろしていたら、副部長が声をかけてきた。
「君、一言もしゃべらなかったね」
グサッ。
なにげない一言が心に刺さる。
下手な失言するよりは、と思って大人しくしていたんだけど。やっぱり出席した以上はなにか発言した方が良かった? いやでも、ただの下っぱの私がなにを?
「申し訳ありませんでした」
とっさに頭を下げる。
副部長は「緊張しちゃった? まあ、がんばって」と笑ってさっていった。
フラフラと1課のオフィスにもどると、すでに久瀬さんは出社していた。
「会議どうだった?」
「プレッシャーがすごかったです」
2度目は勘弁して欲しい。
●繁忙期パニック
繁忙期。
日々の業務をこなすだけでせいいっぱいの私には、悪夢のような時期。
特に、クリスマスは朝から戦場だった。
午前中。
始業まもなく私は彼に頭を下げた。
「久瀬さん、すみません」
「ん? なにやった?」
さして動じずに、久瀬さんがふり返る。
「昨日発送の荷物なんですが……」
「発送してなかった?」
「発送はしました。でも着日指定を忘れて通常発送になってしまったんです」
このままでは大事な展示会に間に合わない。
もう生きた心地がしなかったが、彼はあっさりと告げた。
「運送会社に電話して、今から着日指定あつかいにしてもらえるか交渉して。荷物の伝票番号とか必要だから、伝票のひかえを見ながら電話してね」
「わかりました、ありがとうございます!」
なんとかなった。
1時間後。
私はデスクにもどってきた久瀬さんを泣きそうな思いでふり返った。
「久瀬さん! A社さんとB社さんから同時に電話がかかってます。それからC社さんとD社さんが来社してそれぞれ会議室でおまちです。あと●●課のEさんが急ぎで内線欲しいっていってました!」
「電話はぜんぶ後で折り返しかける。D社はアポ入ってたっけ?」
「D社さんはお約束してません。近くにきたので挨拶によったそうです。B社さんは急ぎで今すぐ電話つないで欲しいそうなんです」
「アポなしのバカには”取り込み中で会えない”って伝えて。Eさんには”取り込み中だから昼休みに連絡する”って。C社さんには”もう少しお待ちください”っていってお茶のお代わりと……これをわたしておいて」
久瀬さんがそういって差し出したのはかわいらしいクマのぬいぐるみ。
お花を抱えていて、ラッピングまでされている。
朝から彼の机に置かれていて、地味に気になっていたアイテムだ。
「クマさんですか」
「Fさん、4歳の娘さんがいるらしいから。娘さんにどうぞって」
たしか、FさんはC社の担当者。
「わかりました」
それから久瀬さんはB社からの電話をとり、話し始める。
私はA社の電話に出たあとD社に会いに行き、C社にクマをわたしてEさんに連絡した。
これでミッションコンプリートかと思ったのに。1日中似たようなやりとりを繰り返し続けるはめになる。
お昼休みはほとんどつぶれた。なのに、定時になっても通常業務がまったく進んでいない。
すべて片づくころには、夜がとっぷり更けていた。
もう動きたくない……。
このまえ、休日に友達とクリスマスパーティーした。だから我慢できるけど。クリスマス当日がこんなのって、ちょっと切ない。
クリスマスが仕事だけで終わっちゃった。
「お疲れさま。俺ももう帰るから、食べに行かない?」
私より久瀬さんの方が疲れているはずなのに、彼は平然としてる。
「……行きます」
まだ残っている先輩たちに挨拶してから退社する。
そういえば、久瀬さんといっしょに帰るのはめずらしい。
いつもは私の方が先に帰る。彼は夜遅く、神野さんたちと飲みに行くことが多いらしい。
今日は神野さん出張だし。私が残ってたから気をつかってくれたのかな?
疲れた頭でドアをくぐると、外は白い雪がふっていた。
冷たい空気が肌にしみて、ぶるりと肩が震える。
「そんなに疲れた?」
久瀬さんが軽く顔をのぞきこんでくる。
20センチくらい身長差があるから、体勢が少し辛そう。
「目が回りそうです」
「フラフラしてる。しっかり歩いて」
「はーい」
「なに食べたい?」
「胃に優しくて疲れに効きそうなものが食べたいです……お腹すきました」
「ケーキとか食べなくていいの?」
「この時間にケーキやチキンは嫌です」
「じゃあ、和食」
◆
駅から徒歩10分。ちょっと良いうどんで有名なチェーン店。
扉を開けると、大きな話し声がひびいてきた。
こんな時間なのに、混んでるみたい。
仲居さんだっけ? 着物姿の店員さんが案内にきた。
「申し訳ございません。ただいま忘年会のお客さまが重なってまして、騒がしいかもしれません」
なるほど、忘年会か~。クリスマスってそんな時期でもあったね、そういえば。
うちの会社も後日忘年会やるっていってた気がする。
「テーブル、お座敷、個室ございますが、どうしましょう?」
仲居さんの言葉に、久瀬さんが私をふり返った。
「選んでいいよ」
あ、気を遣われてる?
いつもだったら「テーブルでいい?」とかそんな感じなんだけど。
テーブルも座敷もうるさそうだし。かといって夜遅くに男女が個室はまずいかなあとか考えていそう。
「個室でお願いします」
どうせすぐ帰るし、久瀬さんが変なことするわけないし。
今日は二人ともくたくたで、大荷物。
早くすわりたい。
そんなわけで。
個室に入って注文をすませると、壁にもたれて息をついた。
そこで力つきてしまったみたい。
「鈴木」
目を開けると、久瀬さんがこちらを見下ろしていた。
テーブルにはホカホカのおうどんが2つ。
あー、出汁の効いた良い匂い。
「すみません。どれくらい寝てました?」
「5分くらい」
めずらしく、彼の眉間にしわがよっている。
「また寝たら、俺の家に連れこむから」
「久瀬さんはそんな人じゃないから、大丈夫」
「俺も男なんだけど」
冷たく、鋭い声音で眠気が覚めた。
あわてて身をおこし、きちんとすわる。
「すみませんでした。気をつけます」
「……さっさと食べて、帰ってから寝なさい」
「はい!」
怒っていてもおごってくれて。帰りもきちんと送ってくれるのが久瀬さんである。
店を出ると、外はわずかに雪がつもっていた。
地下鉄に続く小さな階段の周囲はうす暗く、ほとんど人気がない。繁華街の外れだからか、遠くに聞こえる車の音がやけに響いていた。
「じゃ、また家についたら連絡して」
そういわれたけれど。このまま別れるのはちょっと気まずい。
「あの……私、他の人の前で居眠りしたりしませんから」
「それ、別に嬉しくない」
彼は顔色を変えず淡々という。
「久瀬さんだからつい気が抜けちゃったというか」
「だから嬉しくない」
「……」
なんていえば伝わるんだろう。
困ってうつむいていたら、彼がゆっくりと距離をつめてきた。ふれそうでふれない、そんな近くで静かにつぶやく。
「俺も課長と同じかもしれない」
「え、ぜんぜんちがいま」
否定しようとしたのに。なぜか彼と目が合った瞬間、声が出なくなってしまった。
真剣でどこか切なげな瞳に見つめられて、身動きすら忘れてしまう。
うすい茶色のそれがとてもキレイだと思った。
「ベタベタさわられたりしたら、嫌だろ? 気をつけて」
我に返ったころには、久瀬さんはさっていた。
「……」
私は急いで家に帰り、つくと同時に彼へ電話する。
『家、ついた?』
「私、久瀬さんにならさわられるの嫌じゃないです。私の方こそ手とかベタベタさわっちゃってすみませんでした。嫌でしたか?」
『え? 嫌じゃないけど。そうじゃなくて』
回線ごしに、なにか大きな物が落ちて雪崩をおこした音がした。
物がないなんていってたけど、やっぱり久瀬さんの部屋ちらかってるんじゃ……。
「大丈夫ですか?」
『大丈夫。……もういい、おやすみ』
ブツリと通話を切られてしまう。
なんだか怒ったような声だったので、ラインで追撃してみる。
「怒ってますか?」
「怒ってない」
すぐに返信がきた。
この返事は怒ってる気がするんだけど。もう夜も遅いのでこれ以上はやめておく。
次の日出社すると、久瀬さんはいつもどおりにもどっていた。