12話 冬休み


●冬休み

 忘年会が終わり、仕事納めをすませ……嬉しい冬休みがきた。
 やったー、やっと休める~!
 しばらく昼まで寝てもいいんだ。溜まってたドラマや映画みよーっと。
 実家のこたつでテレビ観てたら、ふと。
 久瀬さんはなにやってるんだろ?
 そんなことが気になった。
 忘年会ではあまり話せなかった。久瀬さんが社長や幹部の人たちに捕まっていたからだ。帰りも別だったし。仕事納めのときは修羅場すぎて、雑談なんかとてもとても……。
 年明けに会えるけど、年明けはまさに繫忙期のピーク。
 お昼休みにゆっくり雑談なんて、できないだろうなぁ。
 さびしい……。
 なんて考えていたら、ラインがきた。
 だれだろー、と気楽に見たら、まさかの久瀬さん。
『良かったら会わない?』
「はい、よろこんで!」
 思わずさけんでしまったら、
「りっちゃん……居酒屋でバイトでも始めたの?」
 近くにいた母にドン引きされた。


●年末デート

 右も左も人でうめつくされた、年末の繁華街。
 待ち合わせ場所に行くと、すでに久瀬さんがいて目を疑った。
「ウソ、ぜったい遅刻してくると思ってたのに」
「俺をなんだと思ってるんだ」
「久瀬さん」
「……」
 数日ぶりに見る彼は、会社にいるときよりなんだか雰囲気がやわらかい。
 休日でオフモードなのかもしれない。
 相変わらず目つきは悪いし背は高い。でも、ふやーっとしてて威圧感がない。仕事中のキリッとした姿もカッコイイけど、いつもこうなら怖がられないのに。私はもう慣れたからどっちでも平気だけど。
「なに観ます?」
 私の希望で映画館へ。
 土日は疲れて寝ちゃうから、最近みてなかったんだよね。
「鈴木の観たいのでいいけど、恋愛ものだけは勘弁して」
 久瀬さんが真顔でそんなこというから、吹きそうになった。
「いかにも苦手そうですよね」
 恋愛ものを見せられた久瀬さんってどんな反応するんだろ?
 興味あるけど、無難にミステリーにしておく。
「映画始まるまでまだ時間あるし、本屋行っていい?」
「いいですけど、久瀬さん読書はやめたんじゃ?」
「前は漫画や小説も読んでたけど、最近は仕事関係の本しか買ってないから。読書とはちがう」
「読書っていっていいんじゃないですか、それ」
 本屋につくと、専門誌を2,3冊買っていた。このまえ電話中に雪崩をおこした物体もこういう本だったりして。
「久瀬さんは家でも仕事してそう」
「やることないから」
 そこまで好きじゃないといいつつ、仕事大好きだなこの人。
 その後は近くの店をブラブラしてから映画。
 ミステリーだけど意外と恋愛要素もあって面白かった。
 久瀬さんはあれくらいの恋愛描写なら大丈夫らしく、平然としている。
 ちっ。
 それから丸1日街で遊びつくして。
 夕食後には送ってもらった。
 楽しかったな~。久しぶりにぽやんとしてる久瀬さんがいっぱい見れたし。
 人気のない公園にさしかかると、彼の足が止まる。
「どうしたんですか?」
 声をかけると、思いもよらないことをいわれた。
「さわってもいい?」
「えっ?」
 聞き間違いかと思った。
「俺にさわられるの嫌じゃないって」
 この前のアレか、とようやく気づく。
「えっと、そうですよ。さ、さわる場所によりますけど」
 でも、だからってこんな暗がりでなにするの?
 ひそかに動揺していたら、次の一言で気がぬけた。
「頭、なでていい?」
「どうぞ」
 そう答えると、ポンポンっと軽く頭をなでられる。
「……」
「……」
 え、これだけ!?
 久瀬さんを見上げると、それはそれはかわいらしく微笑んでいた。
 いい歳したでっかい男にカワイイっていうのも妙だけど。
 本当に子どもみたいなカワイイ表情なんだからしかたない。男の子~って感じ。
 カッコイイけどかわいい!
 ちょっと警戒してた自分がはずかしい。
 まあ、嫌いな人にいきなり頭なでられたら鳥肌ものだけど。「この痴漢!」って罵倒したあげくそれ以降3メートル以内に近よらないけど。
 久瀬さんだったらまったくかまわない。
「今日はありがとう。これ、良かったらもらって」
 そういってわたされたのは、かわいい装丁の紙袋。
「あ……」
 お礼をいうより先にもう1つ、シンプルなビニール袋が追加される。本屋で買った雑誌の入ったやつである。
「こっちは冬休みの宿題。いまやってる仕事の役に立つから。休み明けまでに読んできて」
 そりゃないです、久瀬さん。
 嬉しいけど……ありがたいけど……。
「久瀬さんより先に読んじゃっていいんですか?」
「うん。それあげる。俺はまだ家に読んでないやつが溜まってるから」
「……ありがとうございます」
 ちなみに、帰宅してから開けてみたら。
 かわいい紙袋の中身は某ブランドのギフトセットだった。ハンドクリームとハンカチが入ってる。
 ……これもしかして、以前あげたハンドクリームのお返し?
 何回もごはんおごってもらってるから、別にいいのに。
 雑誌も思ってたより読みやすい。説明が丁寧で初心者むけだし、内容もわかりやすかった。


●バレンタイン

 年が明けてからは、あっというま。
 予想していたとおり、仕事がいそがしすぎて。久瀬さんとゆっくり話す機会がないまま、気がつけば2月になっていた。
 2月といえばバレンタイン。
 会社でのそれは、お歳暮みたいなもの。
 取引先はもちろん、社内でもあちこちで義理チョコが飛び交う。
 私も久瀬さんに用意してみた。
 たった3個しか入ってないのに6千円もする、某有名ブランドのチョコ。
 自分用にも買って食べてみたけど、おいしかった。
「久瀬さん。いつもお世話になってるので、良かったらもらってください」
「ああ、ありがとう」
 彼はあっさり受けとり、私もお昼ごはんを食べようと席にもどる。
 すると、外食に出かけようとしていた神野さんがよってきた。
「いーなー。俺にはくれないの?」
「さっきあげたじゃないですか」
 新人の仕事といわれて、1課の義理チョコは私が配布した。
 女性社員一同から男性社員一同へプレゼント。
「あんな愛のない500円チョコやだ。鈴木さんから個人的に欲しいな~」
 心にもないことをいう。
 彼が私のことをなんとも思ってないことくらい、わかる。
「だれにでもそんなこといってたら、本命からもらえなくなっちゃいますよ」
「やだな。俺の本命は鈴木さんだよ?」
「あはは、ウソっぽい」
「神野さん、女の子たちがまってますよ」
 不意に、久瀬さんが告げた。
 1課の入り口に、他部署の女性社員たちがまっている。
 手には紙袋。中身はもちろんチョコレートだろう。
「ハイハイ、妬くな妬くな」
 神野さんは楽しげに久瀬さんの肩をバシバシたたいて出て行く。
「別に妬いてない」
 聞こえないくらいの小声で、久瀬さんがつぶやく。
 めずらしくイラだった低い声音にドキリとした。
「あ、そうそう鈴木さん。そいつ朝、3人くらいからチョコもらってたよ!」
 神野さんがビシリと久瀬さんを指さす。
 そして今度こそ女性たちと消えた。
 久瀬さんは無表情のまま固まっている。いつも食べながら仕事しているのに、糸の切れた人形のように動かない。なんだかショボンと両耳をふせたシェパード犬を連想してしまった。
「モテるんですね」
 そういうと、彼はパソコンの方をむいたまま口を開く。
「去年まではゼロだったんだけど、最近話しやすくなったとかいわれて」
 仕事上、彼は女性と会話する機会もそれなりにある。
 そこで気に入られたのかな。
 久瀬さんかわいいからね。好きになっちゃうの、わかるわかる。
 ということは本命ばかり3つ? 確かに、義理チョコわたしにくいタイプの人だしなぁ。仕事以外で声かけにくいというか。
「その中のだれかと、つき合うんですか?」
「断った。チョコも受けとってない」
「もったいない。実は彼女や奥さんがいるとか?」
「彼女なんていないし、独身」
 そう答えると、久瀬さんは長い長いため息をはいた。
「……ちょっと、外の空気すってくる」
 そそくさと逃げるように廊下へでて行く。
 よっぽど恋バナが苦手らしい。