その11 兄と弟
ヨウに手をひかれて、ナギはいっしょうけんめいはしった。
でも、ちょっとばかり足の長さがたりなかったらしい。けっきょく、彼にかつがれてその場から逃げた。
泣きつかれたし、知りあいにあえてホッとした。
そのせいか、いつのまにか眠ってしまっていたみたい。気がつくと、ふとんにくるまっていた。
「ん?」
ここはどこ?
頭があった場所にはまくら。ここは寝るための場所らしい。だけど、なんだか変な台の上にふとんがのっていた。やわらかくはないが、固くもない。
ほう……この国の人は、おもしろい寝方をするんだなぁ。ゲジ国とはまくらの形もちがうし。
でも野宿よりずっと疲れがとれてるし、清潔だ。
外からはチュンチュンと鳥のさえずりがきこえる。
いい朝だ。
ぼーっとしてたら、ヨウと目があった。となりの寝台にいたらしい。
サラサラの短い黒髪。青い瞳は何度みても神秘的で、美しい。
めずらしく凛とした表情をしている。整った顔だちだから、そうしてるとなかなかの男前だ。
何歳なんだろ? ふと考えて、思いだした。そういえば、まえにチラッといってた気がする。たしか、じゅう……じゅう……17か18だ。
きがえでもしてたのか、上半身はハダカ。包帯をたくさんまいてて、血がにじんでいる。中肉中背のわりに、意外と筋肉質だ。ムダなくひきしまった体に、新旧いくつもの傷跡がある。
彼には右肩から先の腕がなかった。
ヨウが無表情のままくちをひらく。
「カナ」
「御巫(みかなぎ)です」
二文字たりない。
兄の方だったらしい。双子なだけあって、外見だけはそっくりだ。
「レンヤも無事に逃げられたんですね」
彼らとは、ザイ国で別れたっきりだった。
ほほえむと、彼もかすかに目を細める。
そんなとき、
「おきたか、ちびちゃん」
ヨウが扉をあけて入ってきた。
手には三人分の食事。
……良い匂いがして、おなかが鳴りそうになった。御巫はくちびるをかんでこらえた。
◆
「いたいところないか? 大丈夫?」
ナギのケガは、ヨウの仲間が治療してくれたらしい。
回復魔法という、ケガを治すふしぎな術だとか。
どおりで、まったくいたくないはずだ。
あちこちにすり傷ができていたし。男になぐられた顔やひっぱられた髪なんかは、しばらくいたむと思ってたのに。
あとであえたら、お礼をいおう。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「そっか、まあ食え」
ヨウがくれたのは”ぱん”という、よくわからない食べもの。なれない味だけど、草とくらべればとてもおいしかった。
赤くて甘そうなリンゴもある。でも、イヤなことを思いだすから食べたくなかった。ヨウにあげた。この国では牛乳をみるくというらしい。みるくを飲みながら、双子の話をきいた。
「あれから、俺らは大人しくしてたよ。なんせレンヤが大ケガして寝こんでたし」
とヨウ。
回復魔法で治してもらっても、すぐ動けるわけじゃないらしい。
それに、うしなった腕は返ってこない。
そんなわけで、そのへんの町で看病してたそうだ。
しかし、この国でやることができた。
「レンヤも回復してきたし、ってことでここにきたわけ」
ちなみに、あの大きな鳥は近くの森でまたせているという。
「ザイ国で剣くれてありがとう。おかげで牢からでられたよ」
とヨウはニッコリ笑う。
「けん……?」
けんてなんでしたっけね。
とんと思いだせないでいたら、
「ほらこれ。ザイ国の牢屋でこれくれただろ。返すよ」
ヨウが小刀をさしだした。
たしかに見おぼえがある。それは、護身用にと国からあたえられたものだった。
これで自殺しようとしたけど、できなかったから。
彼ならなにかに使えるかと思って、あげたんだった。
「あ~……そんなこともありましたね。いいですよ、もってて。私には使いこなせないし」
イノシシの解体用にどうかな?
ちらりと考えたが、あれは料理にはむいてない。ちゃんとした包丁を買ったほうがいい。
本来の護身用としても……小刀よりオオゲジサマのキバの方がカンタンだ。なんせさすだけでいい。
「えっでもこれかなり良いやつだよ。売れば金になるし」
「もう、あげたものですから」
ヨウが顔をしかめる。
「高価なものを他人にホイホイあげるんじゃない。悪いやつがよってくるぞ」
「……あぶないところをたすけてくれた恩人でも、ダメですか? 昨日のお礼なら、安いものです」
彼はう~んとなやんだ顔をして、小刀をしまった。
「そういうことなら、もらっとく。ありがと」
ふっと笑う。コロコロ表情が変わるお兄さんだ。
「こちらこそ、ありがとうございました。あやうくひどい目にあうところでした」
「それそれそれ! ずっと気になってたんだよ。ちびちゃん、なんでそんなカッコしてるんだ?」
「えーと……話すと長いですよ?」
思いだしたら、また泣きそうになった。
でも、ぐちったほうがスッキリするかもしれない。
「ゲジ国に帰ったらみんな燃えてて……」
ナギは語った。
◆
故郷がほろんでしまった。家族や親戚も生死不明。だからみんなを探して、旅をしている。
オオゲジサマとは別行動していること。優しいお姉さんがした、よくわからない行動。あと、変態がキモくてこわかった。おじさんになぐられて、いたかった。
……すべて話しおわると、双子はそっくり同じ表情を浮かべていた。
苦虫をかみつぶしたような、けわしい顔。
「逃げるんじゃなくて、皆殺しにしてやればよかった……クソ変態ジジイ!」
ヨウがめずらしく低い声で毒づく。
「……」
レンヤの青い瞳は殺気に満ちて、ギラギラしてる。
優しくてちょっと変な、いつもの彼らとはまるでちがう。知らない人と話してるみたいで、こわくなった。
まるで自分が怒られてるみたい。
うつむくと、ヨウが表情をやわらげた。
「そういうことされた理由、知りたいか? 知ったら、また嫌な思いするけど」
心配してくれてるらしい。いつもの顔にもどって、安心した。
「今後のために、知りたいです」
思いだしたくないけど、わからないのはもっときもち悪い。理由を知らないと、また同じ目にあうかもしれない。
「ゲジじゃわからないけど。このへんの国じゃ、絹って金と同じくらい価値があるんだよ」
金?
ゲジでも絹はそこそこ貴重品だったと聞いている。でも自分の財布をもったことがないから、金の価値を知らない。ただ高いものだと教わった。
ナギがわかってないのをさっして、彼が説明する。
「その絹でできた、高い服をきてたから目をつけられたんだ」
お姉さんは、最初から下心があったにちがいない。
ヨウはそう断言した。
子どもにこんな服をきせる金もちなら、きっと謝礼がもらえる。
だから、いっしょに親を探してくれた。
「でも、私のためにお金をはらってリンゴを買ってくれたんです。お金が欲しいのに、自分がお金をだしてどうするんですか?」
「それ誘拐犯がよくやるやつ」
ヨウはイヤそうにくちをゆがめる。
「あのな……そうやって子どもに恩を売っておけば、親がたくさんごほうびくれるんだよ。子どもがなついてるなら良い人だろうってね」
「でも、親が見つからなかったらソンじゃないですか?」
迷子のまま行方しれず、なんてよくあることだ。
じっさい、ナギの家族は見つからなかった。リンゴ代が回収できない。
「そのときは、手なずけた子どもを奴隷商人や変態ジジイに売ればいい。かわいい女の子ってのは高く売れるんだ。リンゴ1個で女の子を誘拐できるなら、安いもんだよ」
つまり、あの親切なお姉さんはナギをヘンタイに売ったのだ。
着物もとっくに売りとばされている。ちょっとくらい汚れてても、絹だ。大もうけだろう、と。
スラスラ答えるヨウが、ちょっとこわい。
「あなたひどいこと考えますね」
「いや俺じゃなくてね? そんな悪いやつが世界にはゴロゴロいるんだよ」
彼はナギをひょいとヒザにのせる。
髪に飾られていた赤い花を丁寧にとった。
「この国じゃ、赤い花を身につけるのは身売りのしるしなんだ」
鳥の巣みたいになっていた頭を、クシですいていく。
「みうり……」
本来、御巫は10歳から40歳までオオゲジサマとすごす。
だから必要ないと思われたのか、性教育を受けていない。
身売りときいて頭に浮かんだのは、サバの切り身だった。まあ、たぶんちがう。おそらく、お金を代価にきもち悪いことをされるんだろう。
「いいかちびちゃん、おぼえとけ。お菓子をもらっても、知らない人にはついてっちゃダメ」
「はい……だまされた私が悪かったんですね」
もっとかしこければ、こんな目にはあわなかった。
そういわれてるようで、くやしくて悲しい。
「あっ、いや、そんな意味でいったんじゃなくて……」
「イイコ、イイコ」
ずっとだまっていたレンヤが、ナギの頭をなでた。
「ミカ悪くない」
「ナギと呼んでください」
ミカだと先代を思いだす。
でも、おかげで泣かずにすんだ。
◆
「はい。これきがえ」
やっぱり服もおかしかったらしい。
着物の防御力には負けるけど、まともな服をもらった。わんぴーすっていうらしい。
木製のついたての影で、身支度をした。
顔を洗ってくちをすすいで、服をきがえて。髪をととのえる。
ふーサッパリ。
窓は布でおおわれている。でも、布ごしに朝日がかがやいているのがみえた。
「あ」
それをみて思いだした。
オオゲジサマと夜に城門でまちあわせ。
約束してたのに、もうすっかり朝になってしまった。
どっと冷や汗がでてきて、あわてて双子に頭をさげた。
「いろいろありがとうございました。オオゲジサマがまってるので、私もう行きますね!」
ナギは外へ飛びだそうとした。
しかし、服のえりがひっかかって進めない。レンヤに指1本でひき止められていた。
「おすわり」
おちつけ、って意味らしい。
「でも、きっといまごろ探してるし……」
たぶん、まってくれてるはず。
だけどもし、おいていかれたらどうしよう。
「東西南北、どの城門でまちあわせしてたんだ?」
ヨウがきく。
「え。城門って1つじゃないんですか?」
「おいおい、ちびちゃんよ。ここの城門はぜんぶで4つ。城門から城門までの距離は、大人の足でも半日はかかる。君の足でぜんぶの城門を探しに行くのはムリだろ。あとで俺も探してやるけどさ。むかえがくるまでじっとしてた方がいいんじゃないか? オオゲジサマっての、その……君より足は早いだろ?」
「……はい」
ナギは肩を落とした。
「アレがここに?」
レンヤが眉間に深いシワをきざんだ。自分の腕を食われたわけだし、嫌いなんだろう。
そんなとき。
扉が激しくたたかれた。
「レンヤ! ヨウ!」
剣士風の男が入ってくる。
パキラ語でなにかしゃべってる。やけに早口だ。彼は紙のようなものをレンヤにわたした。
ヨウが「うっわー」と顔をしかめる。レンヤは横目で弟をにらんだ。
つられて、ナギが紙をのぞきこむ。
そこにはいくつかのパキラ文字。そして青年の似顔絵が描かれていた。双子のどちらかみたいだけど……。
「これ、なんですか?」
「指名手配」
レンヤの言葉にあっとくちをおさえる。
「ごめんなさい。私をたすけたせいですか?」
「うーん……ただの成金なら平気だったんだけど。変態ジジイは下級貴族だったみたいだな。これはマズイ」
ヨウのぼやきに血の気がひく。
「私にできることなら何でもします。で、でも、あの屋敷にだけは……」
もどりたくないんです!
いうより先に、双子からぽんぽん頭をなでられた。
剣士がこちらをみて、あごがはずれそうな顔をする。
ヨウがへらへらと笑った。
「そんなことしないって。でもしばらく外にはだせない。俺たちと行動してもらう。まあ1ヶ月もかからないだろ。ただ」
ふと、その笑みが消える。
「万が一の場合はいっしょに死んでもらう」
ちびちゃんはいい子だけど。ツメ1枚はがされたら、なんでもしゃべっちゃうだろ?
おだやかにそうささやかれて、息を飲んだ。
傭兵というのは荒くれ者だという。
雇い主に忠誠心をもたず。金しだいで悪事に手をそめ、人をあやめる。
そんな知識だけはあった。
でもこの優しい双子も傭兵なんだって、わかってなかった。きっと、彼らは悪人じゃないけど善人でもない。
私もいい子じゃない、とナギは思った。
ヨウが斬った使用人たち、たくさん血を流してた。きっとたすからない。死んだはず。
なのに、ちっとも同情する気になれなかったから。
◆
「しばらく外にもでれないし。ヒマだから話してやるよ」
レンヤと剣士が部屋をでてから。
ヨウはナギをひざにのせて語る。
「俺とレンヤはこの城下町で生まれた。6歳くらいまで孤児だったんだ」
仲間たちとともに残飯をあさり、金を盗んで生きていた。
そんなある日、灰色の髪の貴族にであう。
いかにも金もち。良い身なりだったから、ヨウが財布をすろうとしてつかまった。レンヤがたすけようとしたが、これもつかまった。
「おまえたち、双子か!?」
パキラ国では双子は嫌われている。
殺されることもあったので、兄弟に緊張がはしった。
しかし。
「あはははははははははははは! そうか! 双子か! これはいい! 神が私に復讐せよといっているのだな!」
なぜか貴族は狂ったように笑った。
「殺さないし、罰しないからついてこい。私にはおまえたちが必要だ」
ついてこい、といいつつ拒否権はなかった。
彼の護衛にとらえられ、家へ連れて行かれた。
そこで、この国が双子を恐れるわけをきいた。
彼が王子ルイを激しくにくんでいることも。
◆
貴族の名はライゼン。妻は国1番の美女だった。
その妻がルイに目をつけられ、犯された。
悲しみのあまり、彼女は自殺した。遺書には謝罪と後悔がつづられていたという。
「おまえたちを養子として育ててやる。その代わり、いつか必ずルイを殺してくれ。予言どおり王家の血を絶やしてやるんだ」
パキラ国の王子はルイ1人。
他の王子たちはみんな亡くなっている。暗殺されたのだと、よくウワサされていた。
ルイはおそく生まれた子。
だから、他に世継ぎは誕生しないだろう。可能性があるとすれば、彼の子ども。
他人の妻に手をだすくらい、欲望にまみれた王子だ。
愛人も多いし、子どもがたくさんいてもおかしくはない。……なのに、ふしぎと1人もいない。
生まれてすぐ、うらみをもつ者に殺された。
じつはいるけど、かくしている。
王子には種がない。
さまざまなウワサがあるが……正直どうでもいい。
「双子の予言はあくまでオマケだ。ルイの暗殺に双子の協力者がいれば、士気が上がる」
ライゼンはそう告げた。
◆
「つまりただのゲンかつぎなんだけどさ~。毎日のメシにこまってる孤児にとっちゃ、いい話だったから。のることにしたんだよ」
暗殺が成功するまでは、双子と気づかれるわけにはいかない。
2人は交代で1人のふりをした。
ライゼンの家で剣技をみがき、順調に育っていく。
だが、13歳の時に事件はおこる。
ライゼンの養子が双子だと、王にバレてしまったのだ。
「やっぱり、性格や仕草のちがいで……?」
外見はそっくりなのに、性格がちがいすぎる。彼らをまちがえる人なんて、いないだろう。
ヨウはなぜか視線をおよがせた。
「いやー、それが。当時モクレンって恋人がいたんだけどさー……あ、レンヤに俺のフリすんのはムリじゃん? だから、いつも俺がレンヤのフリしてたんだけど。あんまり彼女がかわいかったもんで……自分の名前を呼んで欲しくなっちゃってさ。つい、双子なんだってしゃべっちゃって。そしたらモクレンがびびって父親にチクって。その父親が王に密告したんだ」
「あなたという人は」
女運が悪いというか、女で身をほろぼす性質というか。
「ああっ、そんな目でみるなよー! 初恋だったんだよー! それに、当時兄貴にもちょっと仲がいい子がいてさ。兄貴はその子に本名で呼ばれてんのに、俺はレンヤって呼ばれるのがすげーイヤで」
うがーとヨウが頭をかきむしる。
「はあ。それで、どうなったんですか?」
「復讐のために俺たちを育てたのに。ライゼンは俺たちを国外へにがしてくれたんだ」
それから5年間。
双子には剣しかとりえがなかったから、傭兵になった。あちこちを転々としてくらしていた。
ところがザイ国をのがれてすぐ。
あれからライゼンがどうしているかを、知ってしまった。
彼は財産を没収され、反逆罪で投獄されているという。
殺されたと思っていた彼が、生きていたなんて。
「俺たちは、親父をたすけるためにもどってきたんだ」
しかし、2人だけで城の牢に忍びこむのはきびしい。
傭兵仲間や呪い師をやとおうか。だがそれには金がかかる。しばらく戦で稼ぐしかないか?
なやんでいたら、レジスタンスに声をかけられた。
「れじ……?」
「レジスタンス。革命軍、反乱軍っていったらわかるか?」
国王に反感をもち、むほんをおこそうとしている集団だという。
ちなみに盟主はこの国の公爵クダラ。軍資金も私兵もたんまりもっている。
さらに、彼はライゼンを気に入っていたらしく。革命が成功したら、彼を釈放すると約束してくれた。もちろん、双子が革命に参加することが条件だが。
革命軍では、歓迎された。
予言にでてくる双子の協力は、縁起がいいらしい。ふしぎと、戦場には信心深い者が多いのである。
「ちなみにここは革命軍のアジト。あ、かくれがって意味な」
「いつ、決行するんですか?」
「さあ。当日ちびちゃんは留守番だけど……俺たちが負けたら、ここもガサ入れされて殺される。でも、勝てば自由の身だ。だから、勝つように祈っててくれよ」
人だすけとはいえ、人を殺す計画をこんなに明るくいうなんて。
ヨウってじつはこわいお兄さんなのかもしれない。そういうところはオオゲジサマと少しにている。
「ええ。勝ってくださいね」
オオゲジサマにあいたいなあ。
ナギはぼんやり思った。