その14 兄VS弟

 双子がライゼンにひろわれたとき。養子になると決意するまで、少し時間がかかった。

 かび臭い路地にすんでいたのに。近づくことすら恐れ多い、大きな屋敷に連れてこられた。あたえられた部屋も広いし、ピカピカ。おいしいごちそうもたくさん。

「このオッサンあやしい! しんじられねー!」

 6歳のヨウは警戒心をあらわにした。
 ライゼンはしずかに2人へ告げる。

「考える時間も必要だろうから、明日の朝までまつ。それまでは兄弟水入らずでそっとしておく。ゆっくり考えてみて欲しい」

 その言葉どおり、召使たちが退室していく。ライゼンも部屋からさろうとしたとき。

「やだっていったら?」

 ヨウが彼をにらんだ。

 当時のヨウは、みすぼらしい子ども。髪も、肌も、服も。すべて汚くて、ドブネズミみたいだった。
 そもそも、平民が貴族にしていい態度ではない。
 けれどライゼンは怒らなかった。

「元の場所へ返すだけだ。危害を加えるつもりはないし、必要もなかろう」

「きがいってなんだよ?」

「……ひどいことはしないという意味だ」

「うそつけよ。しんじられっかそんなこと」

「ふむ。では神の名にちかおうか? 食事代なども請求したりしないから、安心して食え。狂人のたわごとを聞いてもらった迷惑料、ということでチャラにしてやる」

「キョウジン? なにいってんのかわかんねーよ!」

 やせっぽちの6歳児が野良猫のように怒る。
 対して30代後半のいい大人。もといライゼンは口をへの字にまげた。

「おまえがバカなんだ」

「はあ!? バカっていったやつがバカなんだよ! バカバカバカ!」

「ここまで知性がないとは思わなかった。剣の腕より先に教養をたたきこむ必要があるな。教師を手配しよう。なれるまでは2人いっしょに勉強させて、なれたら1人ずつ武芸と勉強を交代で教えてやる」

「まだやるっていってねーだろ! きけよおっさん!」

「レンヤ。それでどうだ?」

 ライゼンが問う。
 スープに肉、サラダ、パン。フルーツにスイーツ。その他ごちそう。
 もっしゃもっしゃと無言で食べ続けていたレンヤが、手を止めた。

「俺はそれでいい」

「ほら、兄貴は承諾したぞヨウ。あ、しょうだくの意味もわからんか? オッケーってことだぞ」

「なにいってんだよ! つーか1人でバクバク食ってんじゃねえええええ! へんなもん入ってたらどーすんだよ!?」

 レンヤは無視してジュースを飲みほす。
 外見は鏡のようにそっくりな兄弟。だが、いまは心なしかレンヤのほうが満ちたりた顔をしている。

「殺すつもりならつれてこないだろ」

「どっかに売りとばすつもりかもしれないじゃん!」

 去年まで、孤児の女の子が仲間にいた。

 彼女はしらない大人にもらったジュースを飲んで、気をうしなった。そのままどこかへ連れさられ、帰ってこなかった。双子はまだ5歳で、大人に勝てなかった。たすけられなかったのだ。

「売られたか、奴隷にされたんだ」

 歳上の仲間が教えてくれた。そうなった者がどういうあつかいを受けるかも。

「本人が目の前にいることを忘れてやしないか」

 ぽつりとライゼンがつぶやくが、それどころではない。

「ヨウ。こいつは金もちだ。こどもを売りとばして小銭をかせぐ必要はない。いくらでもキレイな奴隷を買えるのに、わざわざ汚いガキをつかまえたりしない。あと、ケモノのエサにするなら、こんなキラキラした部屋に入れたりしないぞ」

「で、でもさあ」

 口ごもる弟に、レンヤは肉と野菜のサンドイッチを手わたした。

「クサリでつながれてるわけじゃないし、みはりもいない。いつでも逃げられるようにしてるのは、たぶんこいつなりの……なんだ、アレだ」

「誠意というのだ」

 わかってるじゃないかとライゼンがうなずく。
 レンヤはとことこテーブルまで歩く。食事用のナイフを手にとると、軽くゆらしてみせた。

「もしライゼンがへんなことしたら、こいつで刺して逃げればいいんだ」

「命しらずなこぞうどもめ」

 ライゼンは軽く顔をしかめ、

「だが、それくらいでなければ暗殺などできまい」

 脱力したように笑った。
 ヨウはサンドイッチをにらむ。……だが、やがて一口かじった。

◆

 どうして、こんな昔のことを思いだすんだろう。縁起でもない。走馬灯みたいじゃないか。

 逃げ場のない浮島の上で、ヨウはひそかに歯がみした。
 はるか頭上で、従者の長い前口上が終わる。
 ルイはあざけるように笑った。

「どっちがどっちだかわからんが、聞け双子。おまえたちはたがいに殺しあってもらう!」

 ハイハイ、そういうと思った~。悪趣味なんだよ、おまえはよ。

「右腕がない方! おまえが勝ったら、養父ライゼンをたすけてやる。ただし、むかいの島にいる反乱軍どもは、神の使いにささげる」

 ”神の使い”というのは、池にいる怪魚のことだ。

 パキラの神が騎乗し、使役するといわれている魚。
 国の慶事に生まれ弔事に死ぬ。性質は凶暴で肉食。するどいキバと背ビレは、どんな名剣より斬れるという。

「五体満足な方が勝ったときは、反乱軍を減刑! 終身刑にし、ライゼンはこの場で打ち首だ! 2人とも戦おうとしなかった場合は、浮島をすべて水没させる。神の使いに食われるのだ。光栄だろう?」

 いま立っているこの浮島は、高低を操作できるらしい。イヤなしかけだ。

 ルイをにらんでいたら、視線を感じた。

 金色の髪に赤い瞳。観客席から、シュカがこちらを見おろしていた。その顔には喜怒哀楽のどれも浮かんでいない。彼女は冷たく双子を見つめた。

 やがて、自分の仲間だった反乱軍たちに視線をうつす。

 あそこにいるってことは、裏切り者はシュカだったのか。
 ヨウは怒りでこぶしを握りしめた。なんて女だ。好みのタイプだったのに!

「よそ見している場合か?」

 ルイがヒゲをなぞりながら笑う。

「浮島は2つともゆっくりしずんでいく。急がなければ、だれもたすからんぞ」

「ライゼンの顔を見せろ。無事なんだろうな?」

 ヨウがさけぶ。
 ルイがあごをしゃくると、2人の兵士が男を連れてきた。

 乱れてあれた、灰色の髪。布で目かくしされ、両手をうしろで縛られている。くちにはさるぐつわ。長身をつつむ黒衣の胸元には、3本の剣が描かれた家紋。

「ライゼン!」

 ヨウがさけび、ライゼンが軽く身をよじる。

 生きている。

 レンヤとヨウを逃したとき、殺されてしまったと思っていた。

 じわりと目頭が熱くなった瞬間。ルイがライゼンを蹴りたおした。灰色の髪が地面にしずみ、視界から消える。

「さあ、殺しあえ」

 ルイは楽しそうに瞳をゆがめた。

◆

 全身の毛がざわりと逆だつ。ヨウは血が逆流するような感覚をいだいた。

 ルイがほうり投げた2本の剣は、足元にある。
 それを、レンヤが乱暴にひきぬいた。

 考えるより先に身体が動いた。

 ヨウはもう1つの剣をぬきながら、後方へ飛ぶ。するどい剣先が目の前を通りすぎていく。左のほおを切りさいた。小さな血しぶきがとんだ。

 怒号のような歓声がわきおこる。

「殺せ!」

「殺せ!」

 観衆がいっせいにはやしたてる。

「レンヤ!?」

 あわてて剣をかまえ、体勢を立て直しながら問う。
 片われの瞳は暗い怒りに燃えていた。

「ここへ来た目的を忘れるな。ライゼンには返し切れないほどの恩がある」

「わかってる! でもちびちゃんや革命軍のやつらはどーすんだよ!? っつーか、血をわけた弟を殺す気かァ!?」

 レンヤはじりじりと距離をつめてくる。
 まばたきする余裕もなく、ヨウも間合いをはかる。

「俺はあんなクソッタレのいいなりなんてごめんだからな。なんか、他に方法があるはずだ」

「あればとっくにそうしてる。ライゼンに救われた命だ。ライゼンに返せ」

 怒りを押さえるあまり、つい歯ぎしりをした。

「てめえ……条件逆でもいえたか? その言葉? いまここでおまえが魚のエサになればライゼンたすけるって。あいつがいったら死ねんのか? ああ?」

「ああ、その時は死んでやる」

 レンヤは眉ひとつ動かさない。電光石火の連撃がヨウをおそった。

 手足などではなく、ようしゃなく急所をねらってくる。ギリギリでかわしつつ剣で受け流し。時に反撃しながら、くちびるをかみしめる。

 やべえ、かんっぜんに頭きた。

「わーかったよ。やってやるよ。そんなに死にたきゃ死んじまいな!」

 思い切りレンヤの剣を打ち落とす。
 衝撃で彼の上体がかたむいた。ステップで素早くまわりこみ、彼の右肩めがけてたいあたり。

 まだ傷が治ってない右肩である。本気で兄に勝とうとするなら、とことん弱点をねらうしかない。
 軽くふっ飛ばされ、レンヤの無表情がかすかにゆがんだ。

 ヨウはすぐさま再び斬りかかる。

「ライゼンには悪いけど……だいたい、双子のくせに兄貴ヅラしてんのが気に食わなかったんだよ昔からさあ。同じ顔なのにスカしやがって、この能面野郎ッ!」

 レンヤはわずかに笑んだ。

「おまえなんか俺がいなきゃ10回は死んでる」

◆

「きゃーっ!? うわーっ! みぎゃーっ!?」

 ナギは右へ左へ逃げまわっていた。

 浮島はどんどんしずんでいくし。とびはねた怪魚が、もう何人も傭兵を食い殺している。水面へ近づかなくても、むこうからおそいかかってくるのだ。いまも、背後で傭兵が丸のみにされた。

「はあ、はあ……なんだかよくわかりませんが、公開処刑ってやつですかこれは」

 なんでレンヤとヨウだけあっちにいるの?
 考えて、思いだした。

 そういえば、この国はもともと双子の殺しあいが人気だったとか。そのせいで国が呪われて、双子のせいで王族死ぬよって予言された。予言にあやかって、双子は王を殺そうとしてた。

 そういう話を聞いたっけ。だから双子は双子で、なんか大変な目にあってるのかもしれない。

 そして、あまり考えたくはないけど。

 シュカだけここへ落とされてないのは、なぜ? 彼女は仲間のふりをした敵だったってこと?
 ちらりと頭上をあおぐ。しずかに見下ろす赤い瞳と視線があった。

 もしそうなら人間不信になってしまいそうだ。

 つい「クソババアー!」とさけびたくなった。でも、さっき「逃げろ」って忠告してくれたから。もう少しだけ彼女を信じてみようかな……。あとちょっとだけ。

 怪魚にビクビクおびえていたら、傭兵の1人にひょいとつまみ上げられた。

「……なにをするんです?」

 いかついお兄さんだ。
 それをおじさんが気づいて、問いつめる。
 こんな時になにをモメているのか? ケンカみたいなふんいきだ。

「おろしてもらえませんか。このままじゃ逃げられま」

 目の前に血しぶきがまった。