その16 予言の成就


 ルイはすばやく身をおどらせ、レンヤの斬撃をかわした。腰の剣をぬいてさけぶ。

「手をだすな!」

 護衛たちが青い顔をする。
 彼らは同じように闘技場へ落とされ、主君の元へ駆けつけようとしていた。

「殿下!」

「このような時にまでたわむれはおよしください!」

 頭上の観覧席からも臣下の心配する声がひびく。

 一般市民や貴族たちはとまどっているようだ。傭兵たちが無残に死んでいく姿を笑い転げてみていたのに。さすがに彼らも、王の危機とあれば血相を変えるらしい。

 王に忠誠をささげる側近たちは顔をこわばらせている。しかし、王の死をのぞむ者もいるようだ。爵位のある貴族たちなど、期待の色をかくせていない。

 あとで「なぜたすけようとしなかった」と罰されることを恐れているのだろう。心配するふりをしている者もそれなりに見かけた。バレバレのみえすいた態度だ。

「いいからそこで見ていろ。ちょうど2つめのドクロが欲しかったところだ」

 ルイは舌なめずりして軽く腰を落とす。そのまま流れるようにレンヤへ斬りかかった。

 身長と体重がしっかりとある。鍛えぬかれた身体は、力も速さもかなりのもの。だが、彼が剣豪と名高い理由はそのどちらでもなく、剣技にこそあった。

 剣術の中で最もよけにくいとされる突き。

 彼の攻撃はほとんどがその突き。たまにふいうちで斬りや、なぐるけるその他がくりだされる。
 そこまでなら、まだいい。ルイの動きはかなり変わっていて、読みづらいのだ。

 踊るような動きで相手をあざ笑う。かと思うと、一度のふみこみで五つの突きをくりだす。

 剣を突いてひいて、また突くというのがふつうの動き。

 だが、彼は突いたあと後退しない。そのまま前進しながら突く。そのため、五つの剣が同時におそってくるような錯覚を相手にいだかせる。曲芸のような技である。

 あつかう剣も名刀。

 突きに特化し、斬撃にむかない細身のレイピアではない。斬りや打撃むきの厚い剣。一度でも食らえばひとたまりもない。
 こんな剣ですばやい突き攻撃など、ルイ以外にはできない。

 レンヤは同時に突くことでそらし、すぐさま下段に斬りつけた。
 2人の激しい打ちあいはしばらく続く。終わりがないようにすら思えた。

 そんなとき、ルイが大上段にふりかぶった。
 めずらしくムダの多い攻撃。罠だ。わざと隙をみせて誘っている。

 いつものレンヤは、こんな見え見えの罠に飛びこまない。おくびょうといえるほど用心深い。危険な賭けはしない性質だ。
 だが、いまはかつてないほど怒り狂っていた。

 かまわずルイのふところへ攻めこむ。ヨロイにおおわれた胸ではなく、素肌をさらした首をねらう。

 罠だと気づかなかったわけじゃない。すて身でかからなければ、このゲス野郎をたおせないと判断したからだ。

 おまえは道連れにしてでも殺す。

 もはやそれしか考えていなかった。

 ルイは身をそらしながら剣の軌道を変える。レンヤの腹部めがけてないだ。厚く、鋭利な刃が風圧とともにおそいかかってくる。レンヤはかまわずルイにたいあたりした。その左目に、全力で剣を突きたてひきさいた。

 ほぼ同時に、ルイの剣がレンヤの腹部を切りさく。
 ルイの顔面とレンヤの腹部。
 2箇所から鮮血が飛びちった。

 すてみでくるとは思わなかったらしい。ルイは残った右目をみひらいて、レンヤを見つめた。

 さかれた眼球と顔面から、大量の赤い血がふきだす。
 そのとたん。彼は痛みを思いだしたようにさけんだ。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 瀕死のケモノの鳴き声だ。人の言葉ではない。

 頭を体を、闘技場の土を。狂ったように見境なく全力でかきむしり、地べたをはいずり。のたうちまわる。

「殿下ッ!」

「ルイさま!」

「きっさまあああ!」

 命令通り手をださず、見守っていた王の護衛たち。彼らがはじかれたように駆けてくる。

 レンヤはぼやけた視界でそれを見た。

 絶叫しつづける王の首に、剣を突きたてる。切り落としてはやらない。
 ルイのくちから血泡があふれだす。

「ざまあみろ」

 へっとレンヤが笑う。
 そうして、力なくたおれる。ルイの刃は深くとどき、内蔵をズタズタに切りさいていた。

◆

「な、なんとかしてください!」

 ナギは観覧席でみていた。

 でていこうとするオオゲジサマを、なんとかひきとめた結果である。
 ちなみに、ここまでは彼にかかえられてひとっ飛びだ。

 いきなりあらわれて、神の使いをたおしてしまった少年。
 まわりは恐れおののいて近づこうとしない。遠まきに様子をうかがっている。

「うん、じゃあおいで。早くここをでよう。面倒なことになるよ」

 主がにっこり笑って両手を広げる。
 ナギはそれを無視して闘技場を指さした。

「どーしてそうなるんですか。レンヤをたすけてくださいっていってるんです。ああ、ほら斬られちゃう」

 近衛兵の1人が、たおれたレンヤへ近づく。
 とどめをさそうと剣をかがげていた。

「レンヤってどれ? なんでたすけなきゃいけないの?」

 少年は小さくあくびする。
 だめだ、まにあわない。
 ナギはわっと両手で顔をおおった。

 キィンッ! キィンッ!

 金属と金属がぶつかる音が、何度かひびく。ドサドサッとなにかがたおれた。
 観客がおどろいたような声をあげる。つられて、ナギもおそるおそる手をどける。

 闘技場に浮かぶ2つの島。
 1つは反乱軍の生き残りが上陸。息をひそめて成りゆきを見守っている。

 もう1つ。レンヤと王たちがいた島に立っている者が、1人だけ。
 ヨウだ。

 そういえば途中から見失っていた。いままで、どこにいたんだろう?

 彼が近衛たちをたおしたらしい。剣を地面に突きたて、レンヤの応急処置をしている。
 だけど、彼の傷はここからみても重傷だ。このままじゃ、たすからない。

「なんとかなりませんか?」

「どうして? 彼は御巫一族じゃないよ」

 この生き物は一族以外どーでもいいのだろうか?

 ナギがもし一族の人間じゃなかったら、きっと同じように見むきもしないんだろう。
 そう思うと、少し悲しかった。

「危ないところを、彼らにたすけてもらったんです」

 そう答えると、オオゲジサマは眉をさげた。

「ナギが世話になったんなら、しかたないね。でもボク、他人を治す力はないんだ。できるとしたら……」

 カマイタチのような突風が吹く。
 思わず目を閉じて、再びひらく。

 そしたら、めのまえにシュカがいた。

 植物のツタでグルグルまきにされている。いばらのような黒いツタは、オオゲジサマの背中から生えていた。そういえば彼女は観覧席にいた。それをさらってきたんだろう。

「こいつならできるんじゃない? 魔術師だし」

 魔力を感じる、と少年。
 そういえば、シュカは回復魔法が使えるといっていた。

「なっ、なっ、なにしやがる!?」

 ぎゃああとシュカが青ざめて暴れる。でも、絡みついたツタはびくともしない。心底オオゲジサマにおびえているようだ。いまの姿は、そんなにキモくないのにな……。

「シュカ、あなたが裏切ったかどうかはどーでもいいです。お願いがあるんです」

「うるせえ! はなせバケモノ!」

「ええっ、私までバケモノあつかい!?」

 ちょっと涙目になりつつ、ナギは続けた。

「あの通りレンヤが死にそうなんです。たすけてあげてください」

「しるか! 魔術師なら他にもいるだろ! あたしはとっととこんなとこおさらばしたいんだ!」

「だめです。他の魔術師はきっと反逆者をたすけてくれない。あなたしかいないんです」

「おまえだって呪い師(まじないし)だろ、自分でやれよ!」

「えっ?」

 私が呪い師?
 意表をつかれて目を丸くする。代わりにオオゲジサマが答えた。

「ムリだよ。ナギの呪力はぜんぶボクが使ってるから、ボクがいるかぎり、ナギは力を使えない」

「ええええ!? なんですかそれ。聞いてないんですけど」

「説明すると長くなるから、後でね」

 いそがないと騒がしくなってきたよ、とうながされた。ナギはシュカの服をがっしりとつかむ。

「シュカ、お願いします!」

 彼女はギリギリと犬歯をのぞかせ、苦虫をかみつぶしたような顔をした。

「あたしは……おまえを王に売ったんだよ。金のために。あそこの連中もみーんな」

「じゃあ、たすけてくれたらチャラでいいですから」

 だまされたばかりのナギだが、彼女は良い人だろうと信じている。
 どことなく、子ども好きそうなふんいきがあるのだ。

「なっ、おまえ……バカ!? なんでそんなあっさり他人事みたいに」

 シュカはなにかブツブツいっていたが、

「しかたねえな!」

 ヤケになったように顔をあげた。
 すっとこちらへ手をのばす。

 青い光につつまれて、ナギの手のすり傷が治った。
 これがウワサの回復魔法?

「ありがとうございます」

「フン」

 話がすんだとみて、オオゲジサマがナギをだきかかえる。

 残りのツタで双子を捕獲してひきよせた。びっくりして暴れるヨウを、壁にぶつけて失神させる。ナギは見なかったフリをした。緊急事態ということで。

「ついでに、他の人たちもひき上げられませんか?」

 少年は「めんどうだな」とでもいいたげに、横目をむける。
 ツタを1本、観覧席の柱に巻きつけて切りはなした。ツタの先を闘技場へ投げる。

「これで登ってこれるでしょ」

 そうして、そのまま観覧席の出入り口へむかう。
 城下町へでたところで、大きな影が目の前に立ちはだかった。

 縦にも横にも大きい。いくつも古傷が残る身体は、鋼のようにたくましい。両腕で大きな斧をかまえるその顔に、見覚えがあった。

「リャン……でしたっけ?」

「うろ覚えかよ」

 アジトにいた傭兵の1人だ。彼は捕らえられていなかったらしい。それはわかるが、どうして後ろにたくさんの兵隊をひき連れているんだろう。

「それよりなんだそいつは……最近、町にでるとウワサの魔物か!?」

 触手のような黒いツタを、うじゃうじゃ背中に生やしたブキミな少年。そして、そのツタに捕らえられている3人。腕の中の少女。

 はたから見れば、魔物におそわれた人たちだ。

「いえ、魔物ちがいでしょう。彼は味方で、私たちもおそわれているわけではないんです。気にしないでください。ねえ、シュカ?」

 同意を求めたけど、彼女は気絶したふりをしている。
 裏切ってあわせる顔がないからって、ひどい。

「ちっ、魔物におどされてんのか……!」

 リャンが大斧をかまえた、そのとき。

「王は死んだよ。この国はおまえたちの好きにすればいい」

 オオゲジサマがささやいた。

 この声はどうしてか、大きくもないのによく通って人の注意をひきつける。
 彼らはあぜんとし、まるで呪いにかかったように動きを止めた。

 その頭上を一瞬で飛びこえ、一行は国をでた。

◆

 城門を通らず、城壁をよじ登って出国したあと。
 軍隊が城門へなだれ混んでいった。

「あの兵士たちはいったい!?」

「さっきの男が、クダラ公爵のところから援軍を連れてきたんだよ。彼らは別動隊。公爵本人は城を落としてから、闘技場へ攻めこむみたいだね」

「なんでそんなこと知ってるんですか」

「彼らの会話が聞こえたから」

「……つくづくバケモノだな」

 だまりこんでいたシュカがげんなりとつぶやく。
 やっぱり気絶したふりだった。