その17 初代とオオゲジサマと、御巫たちの関係

 パキラ国から少しはなれた森の中。
 外から見えないようにと、奥へ足を踏み入れたとたん。大きな怪鳥がおそいかかってきた。

「キイイイイイイイ!」

 人間の何倍もある、大きな猛禽類だ。
 タカでもワシでも、ハヤブサでもない。よくわからないけど、かわいい顔してる。

 体は白と黒。鳥にしてはごつくて、胸も足も太い。
 目は黄色。黒いクチバシが丸くてかわいい。でも、肉をさけそうなくらいとがっていた。

「うわっ」

 御巫はすくみ上がった。

「うるさい」

 オオゲジサマがにらみつけたとたん。怪鳥はびくうっと急停止した。
 しかし、すぐにまたおそいかかってくる。

 すかさず黒いツタが絡みとり、地面に激しくたたきつけた。

「ピイイイイイイイ!」

 鳥はフラフラになりながら、飛びかかろうとする。

「しつこいな。死にたいの」

 いま食べたい気分じゃないんだよ、とオオゲジサマ。

「ちょっとまってください。この子、もしかしてレンヤが飼っている鳥じゃ……?」

 よくみれば、どことなく見おぼえがある。

「ご主人さまが殺されるってカンちがいしてるわけか。ムリもない」

 なんだか投げやりにシュカが解説する。

「ふーん……」

 全員を地面におろしたあと。
 黒いツタが怪鳥をとらえて、少年の前にひきよせた。彼は鳥にむかってピーピーキーキー鳴く。

「もう暴れないと思うよ」

 鳥の言葉でなにか説明してくれたらしい。大きな猛禽は暴れるのをやめた。
 オオゲジサマがツタを消し、まともな人間の姿にもどる。

「本当だろうな……?」

 シュカはおそるおそる、レンヤの患部に手をかざした。

「集中したいから終わるまで話しかけんなよ」

 呪文の詠唱が始まるとともに、彼女の両手があわく光る。
 怪鳥は大人しく見守っていた。

「しばらくかかるだろうから、あっちに行ってようか」

 シュカたちの姿は見える。でも声は聞こえないくらいの距離。
 そこでオオゲジサマは腰をおろす。御巫が彼のうでからおりると、さびしそうな顔をされた。

「ボクもいろいろ探したんだけど、この国に御巫一族はいなかったね。ナギは……なんであんなところにいたの? 迷子? ボクがイヤになって逃げたわけじゃ、ないよね?」

「いろいろ、ひどい目にあったんです」

 御巫はここ最近のグチをたっぷりと語った。

 親切なお姉さんについていったら売られた。
 ヘンタイジジイの家でなぐられたり、追いかけまわされたり。
 双子に保護してもらったと思ったら、牢屋入り。

 ほんの2週間くらいで、よくもここまで災難にあうものだ。
 しみじみしていたら、オオゲジサマが頭をなでてくれた。

「1人にして、ごめんね。人がたくさんいる場所には悪いやつがいるって、うっかり忘れてて……あとちょっと。久しぶりに思いきり暴れたくなっちゃって、つい」

 とても申し訳なさそうな顔をしている。

「いえ、そんな……私も、もっとよく考えればよかったです」

「ナギを売ったオネエサンとヘンタイジジイと、あと使用人たちはちゃんと殺しておいたから、安心してね」

「えっ?」

 手ぶらにみえたのに、どこにかくしていたのか?

 オオゲジサマがさしだしたのは、みおぼえのある着物。
 あのお姉さんがもっていった、御巫の青い着物だ。

「え……いつのまに? いま、事情を話したばかりじゃないですか?」

「ナギを探してるときにみつけたんだ。ボクのキバや毒液のにおいがついてたから、いろいろきいて、それで」

「殺したと」

「うん。大丈夫だよ、食べなかったから! ボクがあいつらの姿に化けたらイヤでしょ? 食べてないから、化けないよ」

 ほめてほめて、とニコニコする美少年。
 複雑なきもちがこみ上げてきて、御巫はすぐに言葉がでてこなかった。

 ひどいことをされたし、死んだところでべつに悪いと思わない。手なれていたし、他にも被害者がいるはずだ。

 でも、こんなにハッキリ「おまえのために殺した」っていわれるの、イヤだなぁ~……。

 役人につきだして逮捕、処罰してもらった。

 とかならこんな罪悪感はなかったけど。そう考えるのはぜいたくだろうか。

 特にお姉さんは売ったとき以外は優しかったし。もしかしたらお金にこまっている事情があったかも。殺すほどの罪じゃなかったかも……なんて考えてしまう。

 だけど、

「ありがとうございます」

 御巫はお礼をいった。

 こんな風に考えるのは無事だったからだ。あのときヨウにたすけてもらえなかったら、自分から「あいつらを殺してくれ」と頼んだはず。

 だから、申し訳ないなんて、思わないことにした。

◆

「そういえば、血のにおいで私をみつけたんですよね? 御巫(みかなぎ)一族の血ってふつうの人とちがうんですか?」

「えっと……ナギがどこまで知ってるかわからないから、最初から説明するね」

 オオゲジサマは初代の御巫によって造られた。

 御巫は親のようなもの。
 それなら、御巫と子孫たちが主。オオゲジサマは従者というのがふつうのはず。

 なのにどうして逆なのか?
 オオゲジサマより強いのは初代だけだからだ。

 この世界の生き物は、自分より弱いものに服従したりしない。
 だけど、

「殿さまより御巫や神獣の方がえらいなんて、やめてよ。わしの立場ねーじゃん」

 殿さまにそうたのまれた。
 だから、こんなウソをついた。

 一番えらいのは殿さま。
 次が神獣で、神獣は殿さまにしたがう。
 御巫は神獣に仕える巫女だから、三番め。

 本当は、初代御巫だけはオオゲジサマの主だったけど。彼がそれでいいといったから。

 だがしかし、初代は考えた。
 自分が亡くなったあと、こいつらは上手くやっていけるのか? いやムリだ。

 自由にさせたら、神獣は子孫たちや国民をぜんぶ食い殺してしまう。

「それで、初代は呪い(まじない)をかけた」

 子孫たちとオオゲジサマをつなげる呪い。

 子孫たちには、初代から受けついだ呪力(じゅりょく)がある。
 それをオオゲジサマが使えるようにした。予備の燃料みたいなものだ。

 そしてオオゲジサマは不死身になった。
 切られても燃やされても、死なない。御巫一族が死にたえて、呪力がつきるまで。

 御巫一族はまったく呪力を使えなくなってしまった。
 だけど、それからは神獣となかよくなった。

「ナギは特に呪力が強いから。君の血はとってもおいしくて、良いにおいがするんだよ」

 食べたい食べたいと顔に書いてある。御巫は気づかないふりをした。

「はあ、そうですか」

 呪力はあるけど、使えない。
 そういわれても、使ったことないからピンとこない。まあいっかという気分だ。

「オオゲジサマのそばにいるだけで、役に立てるんですね」

「うん。あんまりはなれると効果ないから、そばにいてね」

 御巫は自分に利用価値があって、ホッとした。
 それなら、殺されたり見すてられたりしないはず。

 イヤな経験をしたせい、かもしれない。無条件でそばにおいてもらえるなんて、信じられなくなっていた。
 だって、そんなに仲良くないし。

「バケモノと別れた方が幸せになれる」

 おばさんにいわれた言葉が、忘れられない。
 それでも、そばにいたい。

 そう思うくらいには、この生き物が好きだった。
 そもそも、ずっと神獣のために育てられてきたし。いまさら他の生き方なんて、考えられない。

「でも、どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか? そんな大事なこと。オオゲジサマじゃなくても長老や先代が教えてくれてもよさそうなのに」

「一族のおきてに”お役目中の御巫は自殺厳禁”ってあったと思うけど」

 死なれると弱体化しちゃうから、と少年。

「そんなたった一文で、いまの長い説明が理解できると思うんですか?」

「あはは、ムリだねー。まあ、これから何十年もいっしょにいるんだからさ。そんなにあせって説明しなくてもいいじゃん」

 今日はここまで、と頭をなでられる。
 あたりまえのようにいわれた言葉が、なぜか嬉しかった。

◆

 太陽が地平線にしずんだころ。
 治療が終わったらしく、シュカの手のひらから光がやんだ。

「かぁーっ! 疲れた!」

 酔いつぶれた親父みたいに、たおれこむ。傭兵連中に聞いたが、これが”ざんねん美人”というやつだろう。

「お疲れさまでした」

 声をかけると、彼女はそばの小川に顔をつっこんだ。
 そのままガブガブ水を飲み、そでで顔をぬぐう。

「鳥も治療してくれたんですね」

 レンヤにくらべればかすり傷。でも、かわいそうだったから安心した。

「ああ。レンヤはしばらくは安静にしろっていっとけ。動きまわると傷がひらくからな。あのまま寝かせておくといい。傷を治すと体力つかうし、眠くなるんだ。ヨウにも眠り薬かがしといたから、全員しばらくおきねーぞ」

 たしかに、みんな草原の上で寝ころがっている。まつのにあきたのか、オオゲジサマまで寝ていた。

「眠り薬?」
「……まあ、あわす顔ねーからな。あたしはもう行く」
「そんな、シュカがたすけてくれたのに。せめて休」

 いきなり目の前にヤリを突きつけられて、息を飲んだ。
 ヤリは突くもの。そんな印象だけど、ちょっと皮膚に押しつければよく切れそうだ。するどい刃がついている。

「やめてください大丈夫です」

 御巫はシュカではなく、オオゲジサマに告げた。
 ざわりと毛を逆だて、いまにも彼女におそいかかりそうだ。

「たいした護衛だ。こんなバケモノ、どうやって手なずけたんだ?」

 シュカが笑う。

「護衛じゃなくて、主です。私が仕えているんですよ」
「なんだそりゃ」

 彼女はヤリをおろして地面につき立てる。

「本気で殺そうとしたわけじゃない。ただ、おまえがあんまり……わかってないから」

 ヨロイを外し、布の服をずらして肌をあらわにする。
 彼女の白い肌には黒い焼印のあとがあった。
 丸い印の中に星と十字。城下町で何度か見たことがある。たしかパキラ国のシンボルだ。

「あたしは奴隷なのさ」