その18 魔術師シュカの人生
「あたし、伯爵令嬢だったんだ。ウソみたいだろ」
お上品な言葉づかいなんて、もう忘れちまった。
たくさんのメイドにかしずかれて、毎日ドレスきて。コルセットで腰をぎゅうぎゅうに締めつけられたり。おじぎの角度の特訓したりして暮らしてた。
いつか金持ちの家へ嫁がされて、子どもを産んで。
あたしの人生なんてそんなもんだろうなと思ってた。
ところが、あるひ王さまが死んじまってね。
あやしい死に方だったから、暗殺されたんじゃないかって。父や仲間たちがいろいろ調べてたんだ。
そしたらやっぱり暗殺だったんだろうね。父もその仲間もみーんな殺されちまったよ。
病気に見せかけて殺されたのもいるし。ぬれぎぬを着せられて、犯罪者として処刑されたのもいてね。父は後者だった。
犯罪者の家族だし。あたしも処刑されそうになった。
でも、長年うちに仕えてたばあやが逃がしてくれてさ。母や従者たちといっしょに国を逃げだした。
そのうち従者が1人野盗にやられて。母は心の病で亡くなった。
あたしと従者2人っきりになっちまったんだけど。それもあまり続かなかった。
家から持ちだした金銀財宝や食料、ぜんぶもち逃げされたのさ。
小娘つれて逃げ続けるのが、しんどかったんだろうなあ。あるいは最初から金めあてだったのか?
当時はさんざんうらんで泣きわめいたもんだ。いまは、しかたないと思うね。ゆるしはしねーけど。殺されたり犯されたりしなかっただけ、マシかな。
腹がへって死にそうだったところを、奴隷商人にひろわれた。
元がお姫さまだからな。なんど死のうとしたことか。でも自殺ってけっこうむずかしいんだよ。失敗ばかり。
死ねないからたえるしかなくて。逃げる機会をうかがってた。ヘドのでるご主人さまから信用をえて、監視がゆるむのを。
そして18の時にとうとう逃げだした。
2年くらい山にこもって、サルみたいに暮らしてた。そしたら、傭兵の男にあってさ。
そいつがさあ。あたしに「美しい」とかいうわけよ。
髪はボサボサでいたんでるし。肌は日に焼けてまっくろ。服もボロボロ。
人間の言葉すら忘れかけてたのに。
「こいつメンタマくさってんじゃねーの」
って思ったんだけど。
メシくれたり服くれたり……優しいから、いつのまにか恋仲になっちまってね。
しばらくそいつと暮らしてたんだけど……戦でぽっくり死んじゃった。
またサルにもどるのは、あいつに会ったことを無にするみたいで嫌だった。
でも身売りする気にもなれなくて。恋人と同じ傭兵になった。
たいして強くはないけど。戦場にいるうちに、あたしには魔力があるってことがわかった。
貴重な回復魔法の使い手だ。どこの戦場でも歓迎された。
でもね、奴隷の焼印は消せないんだ。
逃亡奴隷だとバレたら死罪。かくまった者も同罪だからね。傭兵仲間からもうとまれる。焼印がないかどうか、服をひんむいてくる雇い主もいたな。
だからあちこち転々とした。奴隷検査のゆるい所を探して、働いて。
でも、とうとうつかまっちまった。
「死にたくなければ」ってことで、反乱軍のスパイなんかやってたわけよ。だからほら、手甲の下にも焼印があんの。こっちが古いほう。
本当ならいまごろ身分証もらえて、解放奴隷になって。金までもらえてたはずなのに、おまえのせいでぜんぶパア。
「どーしてくれるんだよ?」
悲しそうに笑うシュカ。御巫(みかなぎ)はひたすら頭をさげた。
「ごめんなさい」
シュカはふんと鼻を鳴らす。
「ま、またどっかで傭兵でもやるさ。雇い主も死んで、解放されたことだしな」
「よかったら、シュカも私たちといっしょにきませんか?」
「あ?」
にらむ彼女に、御巫は自分の生いたちを語った。
故郷がほろんだこと。生き残った仲間を集めて、またみんなで暮らそうとしていること。
そこにシュカもすんだらどうか? 奴隷だとバレても処罰されないようにする、と。
シュカは顔をしかめて、乱暴に髪をかいた。
「だから……おまえさあ」
「なんですか?」
「裏切られて、ヤリつきつけられといて。なんでそんな事いえるわけ? バカなの? 3歩あるいたら忘れるの?」
「事情を話してくれたじゃないですか」
「事情があれば許されるってことじゃねーんだよ。許すも許されるもないの! 裏切りは死あるのみ! 常識だろが」
「そんな常識はじめて聞きましたし。シュカからは味方になってくれそうな気配がしますよ」
なんだかんだで、たすけてくれたし。
「気のせいだそんなもん!」
怒ったような顔で彼女はいう。
「……いつかまた、どっかで会えたら考えてやるよ。もう会うこともねーだろーけど」
「また会いましょう」と聞こえたのは、御巫の願望だろうか。シュカはふり返らずにさっていった。
◆
双子たちが目を覚ましたのは、月が高くのぼってからだった。
「ちびちゃん、これどーいう状況?」
「え~と……オオゲジサマとシュカがたすけてくれたんです」
さっくり事情を話して、双子になにがあったのかを聞いた。
御巫が魚に食われていたあいだ、彼らもいろいろあったらしい。
王に殺しあえと命じられ、双子はケンカしたふりをした。
まず、レンヤがヨウを殺すふりをして池へ逃がす。ヨウは、そのへんに浮いてた死体を使って死んだふり。
物陰にかくれ、2人で脱出できる機会をうかがっていたらしい。
そしてレンヤが王さまと相打ちになって、こうなったと。
「そうだったんですか……」
ふと、腰のあたりがモゾモゾ動いた。
虫でも入ったかとみてみたら、首かざり。落とさないように腰ひもにくくっておいたのだ。すっかり忘れていた。
手のひらにのせてみたが、特におかしなところはない。
首かざりが動くわけないし、気のせいだったみたいだ。
「ちびちゃん、それ」
ヨウが目を丸くして首かざりを指さす。
「あ、すみません。これ牢屋の中でオバケにもらったんです。なんか気になって……」
「ライゼン」
弟とそっくりな顔で、同じことしてレンヤがいう。
「あ、そうです。たしかライゼンっていうオバケだって、シュカがいってました」
「親父が大事にしてたペンダント!」
ヨウがさけんだ。
レンヤもたぶん同じことをいってたと思う。ただ、そっちはパキラ語だからわからなかった。
「はい? おやじ……?」
そこでようやく、思いだした。
そーいえば、ヨウが思いで話としていっていた。双子をひろった貴族の名前はライゼンだと。
「えええええ!?」
双子は語った。
ライゼンが生きているというのはウソ。彼はとっくの昔に自殺していたと。
御巫は牢屋でであったライゼンの様子を伝えた。
「たぶん、あなたたちにわたして欲しかったんでしょうね」
首かざりを返すと、双子はうつむいた。
「ちょっとあっちで頭ひやしてくる」
「……」
双子と鳥が森の奥へと入って行く。
もどってくるまで、そっとしておいた方がよさそう。
「世話になった借りはこれで返したよね? ボクらは次の国へ行こっか?」
内乱中だし。あの国にはもどらない方がいいと、オオゲジサマはいう。
「うーん……眠いから明日にしませんか?」
山ぶどうを食べながら、御巫がいう。
そのへんに生えていた雑草である。
これはすっぱいだけで、おいしくない。小さくて食べた気がしない。でも、なにも食べないよりマシだ。今日は、池の水くらいしかくちにしてない。
……そういえば、食料や生活用品を買いそびれてしまった。
「お金は手に入りましたか?」
隣の少年を見あげる。
この生物は、少年の姿が一番しっくりくる。キモくなければ、もうなんでもいいけど。
「もち切れないから、高そうなやつだけとってきた」
主はキラキラと輝く宝石を3つとりだした。
とってきたって、どこから?
浮かんだ質問を飲みこんで、御巫はいう。くわしく知りたくない。
「たしかに、なんか高そうです」
赤、青、黒の3色。
どれも玉子大くらいの大きさ。ずっしりと重くて、金の鎖がついている。装飾もとてもキレイだ。
「うん。それで?」
「え?」
「ボクになにかいうことは?」
少年は笑顔でさいそくしてくる。
事実とはいえ、恩きせがましい神獣だ。
つい真顔になってしまったものの。御巫はにっこりほほえんだ。
「オオゲジサマ、ありがとうございます!」
「嬉しい?」
「もちろんです」
彼は「なでてくれ」とばかりにすりよってきた。
頭をなでると、うっすら顔を赤らめて目を閉じる。
強くておそろしくて、かしこい。なのに、たまに小さな子どもみたいなそぶりをする。
この生き物は謎だらけだ。
◆
次の日の朝。
青くはれた空の下、森の中で。
「いりません、いりませんって本当に! ひいいいっ」
うっかりおなかが鳴ってしまった。
そのせいで、御巫はネズミの死体を食わされそうになっている。巨大ゲジゲジがたくさんもってきたのだ。せめて、煮るか焼くかして欲しい。
「ちびちゃん、大丈夫か!?」
モンスターに殺されそうになっている。
そうカンちがいしたらしい。ヨウが御巫をだきあげた。
「あ、これオオゲジサマだから大丈夫です」
「えっ!?」
彼はあわてて手を止める。あやうく斬りかかるところだった。
「……」
レンヤは気づいていたみたい。
イヤそ~な顔でゲジゲジを見つめていた。
◆
ささいな誤解がとけたあと。
ヨウはほほえんだ。
「いろいろありがとう。兄貴をたすけてもらったし、ライゼンの首かざりのことも……なにか礼させてくれないか?」
寝てないのか、目の下にクマがある。
「お礼なんて……私も、あなたたちにたすけてもらいました。それに、治療してくれたのはシュカです。だから、これで貸し借りなしでどうですか?」
「それじゃ俺たちの気がすまないよ。護衛なんてどうだ? ふたり旅でいろいろ苦労してるっていってただろ。俺も兄貴も行くあてなくて、あちこちで傭兵やってただけだし。仲間が見つかるまで、ついてってやるよ」
たしかに、彼らなら野宿にもなれているだろう。
オオゲジサマと2人でいるよりは、人らしい生活を送れそうだ。
「それはありがたいですけど……本気ですか? あの巨大な虫と、ずっといっしょに生活するんですよ。説明したとおり人間も食べますし。レンヤがうでをなくした原因です」
名前を呼ばれて、ゲジゲジが嬉しそうによってくる。
100本ちかい脚が、カサカサと地面をはう。それを見たレンヤは、とっさに剣の柄へ手をかけた。しかし、やがてその手をおろす。
「借り返す」
ヨウも青ざめていた。でも、なんとかその場に踏みとどまっている。
「ほ、本気だよ。俺も兄貴も、それだけ君らに感謝してるんだ」
”君”ではなく”君ら”
なんとなく、それならいいかなと思った。
たすけたのはシュカとオオゲジサマ。御巫はなにもしていないから。
「オオゲジサマ。彼らが、御巫一族を探すのを手伝ってくれるそうですよ」
「へえ?」
成人男性の何倍も大きなゲジゲジが、身をかがめる。
長い触角を双子たちに近づけて、ゆらゆらさせた。双子はかなり落ちつかないらしく。何度も剣に手がのびそうになっては、ひっこめている。
「あ、こいつ食べたことある」
ゲジゲジの姿がグニャリとゆがむ。神獣はレンヤに変化した。
だけど、両腕があるし。ニコニコしてるからヨウみたい。双子が同時に顔をしかめた。
「みてみて、ナギ。三つ子三つ子」
キャッキャとはしゃぐ黒髪の美青年。
「本当についてきてくれるんですか? やめてもいいですよ」
兄弟は冷や汗を流して、うなずいた。
「じゃあボクのゲボクだね」
「旅仲間!」
ヨウが反論する。
オオゲジサマは自分の右腕をひきちぎった。
ブチブチ皮膚がさけ、ブシャーッと血がふきだす。神経や骨、肉がむきだしになった。
「な……なんのマネだよ!?」
「ゲボクに腕を返してあげようと思ってさ。ほらおいでよ。これから一緒についてくるんだろ? ボクのいうこと聞けるよね?」
ちぎった腕をブラブラゆらす。にんまり細めた瞳は、肉食獣のようだった。
双子を食べてしまいそう。
御巫はあわてて声をかけた。
「敵じゃないんだから、いじめないでください! だいたい、ちぎった腕がくっつくわけないじゃないですか」
「ボクの細胞を少し混ぜてあるから、くっつくよ。ものすごく痛いだろうけど。元の腕より強くてジョーブだし。鉄くらいなら素手で握りつぶせる。どうする? 受けとらないなら連れてかないよ」
えらべ、と。
悪魔のささやきに双子は顔を見あわせた。
◆
後日、風のウワサによると。
パキラ国の王が双子に殺された。
その場には黒髪黒目。黄色い肌の少年がいて「王家の血はたえた」と宣言したという。
神の使いを素手でひきさき、ブキミな術を使う。バケモノじみた少年らしい。
人々は「キツネが予言を成就させた」と語りついだ。
ちなみに、クダラ公爵は革命を成功させた。
なかなか評判のいい王さまになったそうだ。