その19 初代御巫、竜と会う
パキラ国から少し遠ざかった山の中。
レンヤは1本の大木の前に立っていた。
うでの長さと同じくらい横幅がある、どっしりとした木だ。
その幹を右手でポンとたたく。
バキバキイッ!
大木はまっぷたつにおれた。
「……」
レンヤがふり返り、オオゲジサマをみる。
無表情なのに、そこはかとなく不満そうだ。
神獣は口元だけでほほえむ。
「体になじめば加減もできるようになるよ。でも、気をつけてね。ボクに逆らったら、そのうでが君を食べるから」
ちなみに、いまの姿は巨大ミミズ。ぬめっとしていてきもち悪い。でも、右腕がちぎれたレンヤの姿でケタケタ笑われるよりマシだ。
「先にいえよそーいうことは」
ヨウが顔をしかめる。
「おまえ死ぬ腕は?」
「ん?」
レンヤの問いにミミズが首をかしげる。
「オオゲジサマが死んだらこの腕はどうなる? って意味じゃないですか?」
ナギがくちをはさむ。ヨウがニッコリ笑った。
「お、よくわかったなちびちゃん」
「その腕は、ほとんど君の細胞の記憶どおりに復元してある。腕が体になじんだあとなら、そのまま使えるんじゃないかな。ボクが死んだあとなら、あやつられたりしないだろうし。いつまでも体になじまなければ、腐って落ちるだけさ」
「あやつる?」
イヤなひびきだ。
「こんな感じ」
オオゲジサマがニヤリとする。
レンヤの右腕がひっぱられたように動く。ヨウの首をしめた。
「兄貴!?」
「レンヤ!?」
ナギとヨウが声を上げる。
レンヤ自身もおどろいているらしい。左手で右腕をひきはがそうとしている。だけど右腕はびくともしない。ヨウの顔がくるしそうにゆがむ。
「……このっ!」
ヨウがレンヤの腹をけっとばして、ようやく解放された。
首をさすりながら、彼はぜえぜえと息をととのえる。双子がミミズをきっとにらんだ。
「おまえがやったのか?」
「もちろん」
ヌメヌメの軟体生物は楽しげに答える。
完全な円形のくちからのぞくのは、びっしりはえたキバ。
ピリッと空気がはりつめた。
ぞわぞわと寒気がして、ナギの肩がはねる。彼ら3人……いや、2人と1匹の顔が怖い。いまにも殺しあいを始めそうなふんいきだ。
「オオゲジサマ、そーいうことはしないでください! 彼らは味方だっていったじゃないですか」
「だって、こいつらのめつき気に入らない」
手かげんはしたとそっぽをむく。
「あなたはどこぞのチンピラですか」
レンヤはともかく、ヨウは警戒していただけだったのに。ひどいことしたから、すっかり嫌われてしまった。
「うちの虫……主がすみません」
ナギが頭をさげる。少しだけ空気がやわらいだけど、だれもくちをきかない。
うわあなにこれ、胃がいたい。
「あの……本当にこれからいっしょにきてくれるんですか? やめてもいいですよ」
おきたら双子が食われていた、なんてことになったらおそろしい。
しかしレンヤは首をふった。
「有言貫通」
「なんかちがいますよ」
もしかして、私がこの2人と1匹をなかよくさせないといかんのか?
ナギは早くもめんどくさくなってきた。
◆
「人種差別っていうんだけど。どこの国でも、自分たちとちがう人種はイヤがるもんなんだ」
ヨウはいう。
「まあ、同じ人間どうしで……? 髪や肌の色のちがいなんて、たいしたことないのに」
「うん、まあ。ちびちゃんはもっとえげつないヤツといっしょにいるもんな」
それはともかく。
「白人や黒人といてもおちつかないだろうし。ゲジ国の人たちはきっと、同じ黄色人種がいる場所にいると思うんだ」
彼の考えにしたがって、東南あたりの国をめざすことにした。
しかし。
あわててパキラ国を脱出したから、旅支度がまるでできていない。
そこで、とりあえず近くの村で買い物をすることにした。
人里へ入るため、
「また人間に化けてください」
とたのむと、オオゲジサマは美女に化けた。
20歳くらいで、おちついたふんいき。
長い茶色の髪を朱色のかんざしでまとめた、白と紺の着物姿。
肌の露出はほとんどない。だけど、服の上からでもわかるごりっぱな胸。まとめ髪の下にある、細く白いうなじが色っぽい。
「これがあのミミズ!?」
ヨウが顔をまっかにする。2秒でほれたらしい。
「なに?」
美女の流し目をくらったとたん。
「あれは虫、あれは虫、あれは虫……」
彼は木にむかってブツブツつぶやき始めた。
この1人と1匹、意外とカンタンになかよくなれるかも?
ナギはひそかにレンヤを見る。問題はこっちだ。
なかよく、とまではいわないけど。せめてケンカしないで欲しい。
そんなことを考えていたら、レンヤに頭をなでられた。
◆
その夜、月が真上にのぼるころ。
旅支度をととのえて、ナギたちは村の宿屋に泊まっていた。
「うまうま……」
ナギはうっとりした顔で寝息をたてている。
ちなみに、夕飯に食べた魚の塩焼きの夢をみていた。
以前はそうでもなかったのに。まともな食事をとれない経験をしてから、すっかり食いしんぼうになりつつある。
オオゲジサマは美女の姿のまま。ナギをだきしめて、同じふとんで眠っている。
寝まきではなく、よそいきの着物。髪にはかんざしがささったまま。
寝るにはおかしなかっこうだが、ミミズよりはマシ。みんなそう考えて、そのままになっている。
彼女のねぞうのせいか、かけ布が床に落ちてしまっていた。
同じ室内には、あと2つ寝台がならんでいる。
レンヤとヨウが1つずつだ。
まくら元には荷物。剣だけだしてあって、残りはしまわれている。なにかあれば、いつでも逃げられるようになっていた。
やがて、レンヤが音もなく身をおこす。
うす暗い室内で人影が動き、オオゲジサマの前で止まった。
左手にはさやに収まったままの剣。右手は剣のつか……ではなく、床へのびかけて止まる。
「……」
そうしてくるりときびすを返し、部屋の外へ。
扉が閉まると同時に、美女の背中にたくさんの目玉があらわれた。まるで、いままでは目を閉じていただけだというかのように。パチリパチリとまばたきしている。
着物に目がついている姿は、木の葉そっくりの羽をもつチョウににていた。
爬虫類の目みたいなそれは、レンヤのさっていった方角をみつめる。
「トイレだよ。あいつ眠り浅いから、たまに夜中に行くんだ」
2つ隣の寝台で、目を閉じたままヨウがささやく。
「ついでに、さっきのは寝こみをおそおうとしたわけじゃない。ちびちゃんが寒そうだから、布をひろってやろうとしたんだ。でも、そしたらあんたが攻撃してくるんじゃないかと思って、やめただけ。他意はないよ」
「……」
美女はしっぽをはやして布をひろう。それを少女にかけて、元通り目を閉じた。
◆
むかし、むかし。
パキラ国の近くに竜の島があったそうです。
すべての竜はそこで生まれ、死ぬときにまた帰ってくるとされています。
いわば聖域ともいえる島ですが、むかしは人も行くことができました。「観光地かよ!」ってくらい気軽でした。
というのも、竜は人に比べるとはるかに強いからです。
たまに人がやってきても「スズメが庭に遊びにきた」くらいのきもちでした。悪さすれば殺しますが、なにもしなければ放置です。あんまりきょーみないのです。
しかし、変人……もとい、変わりものの竜がいました。
人に恋してしまったのです。
幸か不幸か恋は実って、2人は夫婦になりました。
しかし、人である夫は70年くらいで死んでしまいます。
種族によりますが、竜の寿命は500年から2000年くらい。
竜は悲しみのあまり、3年くらい泣き続けました。涙で川ができました。
それを見かねて、仲間が人間をさらってきました。
「新しいの連れてきたから元気だせよ」
というつもりでしたが、その人間は呪い師(まじないし)でした。御巫(みかなぎ)とかいう変な名前の、美しい男です。
「報酬をくれるなら、この竜を元気にしてみせましょう」
彼は竜から夫の記憶を消してしまいました。
もう思いださないように。
島から人を追いだし、近よれないようにしてしまったのです。
こうして竜の島は地図から消えました。
いったいどこへ消えてしまったのか?
それは、呪いをかけた呪い師と竜しか知りません。
◆
「ひどい目にあいました」
オオゲジサマにくわえられたまま、ナギがつぶやく。
「まったくだ」
とヨウ。
彼は近くの木に変なかっこでひっかかっていた。
「きゅいー」
巨鳥は地面へ大の字型にめりこんでいる。
この鳥は卵のころにレンヤがひろった。
食べようとしたら生まれてしてしまったので、飼っているらしい。白黒だから名前はシロ。
村をでたあと。
ナギは鳥のガイコツに化けたオオゲジサマに。レンヤたちはシロにのって海をわたっていた。
べつの大陸が見えてきたころ。
いきなり竜巻におそわれてふっとばされ……気がつくとしらない島にいたのだ。
「地図にこんな島なかったけどな……」
ヨウが木からおりる。
ナギも地面に着地。前をみておどろいた。
すぐそこはガケだった。そのずっとずっと下に、海がある。
横をみると、白い雲。
「え!?」
ガケから下をのぞきこむと、強風にあおられた。
飛ばされそうになって、オオゲジサマにパクッとくわえられた。どっと冷や汗がでる。
「う、浮いてます! この島」
はるか遠くの下界に、大陸のようなものが見えた。
「浮いてるー? ちょっと高い山の上とかじゃ……浮いてるじゃん!?」
ヨウがガケをのぞきこみ、ナギと同じように強風にあおられる。
「なんだこれ。こんなの初めて見たし聞いたことない」
彼はなんとか自力で踏みとどまった。体が大きいから飛ばされにくいようだ。
「島を空に浮かせるなんて、人間技じゃねーな」
ヨウのつぶやきを聞きながら、ナギはオオゲジサマをふり返る。
もはやガイコツくらいじゃ動じなくなってきた自分が怖い。
……というのはさておき、なんだか主が大人しい。じっとある方角を見つめている。
「どうしたんですか?」
「呼んでる」
だれが?
きくより先にヨウが「げっ」と声をあげた。
「レンヤがいない!」
「それより、あっちの方になにかいるよ」
とオオゲジサマ。
しゃれこうべの奥で、5つの目玉がくるくる動いている。
「それより、じゃねー! 海にでも落っこちてたらどーすんだよ!」
「まずはレンヤを探しましょう」
「そう? 近くにいる感じはするし、とりあえず死んではいないよ」
どうでもいいとばかりに答えたガイコツを、説得すること数分。
「あそこ気になる。行ってみたい」
とオオゲジサマがいうので。
二手にわかれてレンヤを探すことになった。
「夕方にまたここで会いましょう」
ナギとオオゲジサマは気になる方角へ。
ヨウとシロは反対方向の川をめざした。
やがて、数十分後。
「なにも、いませんね」
こっちこっちとみちびかれて、ナギはいう。
あたりには緑の草原。初夏のような暖かい風がふいている。
その頂上には、白く細長い石碑が立っていた。
表面は無地。裏にも表にもなにも書かれていない。ただ、赤黒いシミがついている。
「御巫?」
オオゲジサマが石碑に鼻を近づける。
ぺろりとそのシミをなめると、陽炎のように消えてしまった。
「えっ?」
ナギがあたりを探したけれど、どこにもいない。
まるで最初から一人だったかのように。しんと静まり返っていた。