その21 死神と呼ばれた竜

 急に空が黒くそまり、激しい雨がふりだした。
 どこか屋根のある所へ移動しようかと思った。しかし、エマによるとこの島の雨は「激しいけれど短時間で止む」そうだ。

 それならいっか。このままで。

 そんなわけで、ヨウとエマは木の下で雨宿りしていた。シロは見なれぬ少女を警戒し、少しはなれた所にいる。

「お兄さんを探してるの?」

「そーそー。双子なんだよ。俺と同じ顔の男みなかった?」

「ううん、みてない」

「そっかー、どこ行ったんだろ。ちびちゃんたちの方にいるのかな。オオゲジサマが”呼んでる”っていってたのがレンヤとか……?」

 あっちなにしてんだろ。あのバケモノ、子どもを雨から守るくらいはできるんだろうな?
 彼女たちがむかった方角をながめる。エマが表情をくもらせた。

「禁域に近づいたらダメよ」

「禁域?」

 他に人もいないのに。
 彼女はそっと声をひそめた。

「あそこには死神が封印されているから」

 むかし、むかし。
 ジュナという、小さくてまずしい国がありました。

 土地や資源が少なく、うえと寒さで人の数はへる一方。ほろびるのも時間の問題といわれていました。
 そんなとき、王子がどこからか竜を連れてきたのです。

 まっしろなウロコに赤紫の目をした、白竜。

 それはおそろしく強く。ジュナ国軍を援護して、近くの国をみんなほろぼしてしまいました。
 ジュナ国の民を食べさせるために。近くの国から金や食料をみんなうばってしまったのです。

 ちょっとまえまで、百姓集団とバカにされていたのに。いまやおそろしい盗賊。
 戦をおこすたび勝利をおさめ、国はどんどん富んで大きくなりました。

「へえ。すげーな英雄じゃん」

「あんなの、ただの盗賊よ。竜族の名声を地におとした、はじさらし。あいつのせいで竜がモンスターあつかいされるようになった」

 白竜は同族が大嫌い。自分以外の竜を見かけると味方でも殺し、死体をさらしました。
 城壁にずらりと敵兵の生首をかざったり。死体を串ざしにしたというウワサもあります。

 あまりにたくさん殺したので「北の死神」と呼ばれたほどです。

 敵味方とわず恐れられていました。でも、あまり長くは続きませんでした。
 きっかけは、彼をいさめようとした竜王を殺してしまったこと。

 竜王はその名のとおり、すべての竜の王です。狼の群れのリーダーが近いでしょうか。
 竜たちは気も狂わんばかりに怒りました。

 死神を殺すため、世界中から集結します。その味方をする国もいました。

 けれど、竜王の死体を食べた死神はいっそう強くなっています。ジュナ国軍も増えました。支配下においた他の国々からも兵をだせます。

 戦は約10年間つづきました。

 やっとのことで死神を封印。だれかが封印をといたりしないように、この島へかくされたのです。

「……そういや、そんなおとぎ話をきいたことがあったな。俺がきいた”死神”の正体は、大ガマもったドクロのバケモノだったけど。たしか死神がいなくなったあと、ジュナ国もほろびたんだよな」

「そうなの。王族もみんな死んで、いまはべつの国」

「ふうん。あっけないもんだな」

 ヨウはとなりのお姉さんへ目をやる。
 かわいいな~。ハデな美人ではないけど、色っぽい。結婚して欲しい。

「そういえば、この島ってなんで浮いてんの?」

 なにげなくきいたら、エマの瞳が爬虫類みたいになった。
 色はそのまま、たてにのびた黒目。

「え、エマ?」

「……ここがどこか知らないできたの? どうやってきたの?」

「竜巻にまきこまれて、気がついたらこの島にいたんだ」

「そういえば、あなた変わった匂いがする」

「えっ、くさい? フロ入ったんだけど」

「ううん……いい匂い……あの人と同じ」

 愛らしい顔が近づいてきて、心臓がはねた。

「エマ?」

 息がかかりそうな距離。こちらを見つめるうるんだ瞳。やわらかそうなほほとくちびる。少し下をみれば、軽く身動きしただけでたゆんたゆんするステキな物体が。

 これキスとかしちゃっていいですか?

「にんげん?」

 彼女の長い髪がざわりと広がった。

◆

 時刻はまだおやつ時くらい。なのに、いまの空は夜のように暗い。
 それが、いきなり昼間にふさわしい明るさにもどった。

 大きな大きな雷が生き物のように空をはしる。さっきまでいた丘の上へ落ちた。
 ドオオオオオン!
 頭が痛くなるような爆音が耳をつんざく。

「わっ」

 地面がぐらりとゆれた。頭から地面にこけそうになる。だけど、大きな手がナギをささえてくれた。

「ありがとうございます」

 ユルドゥズが身をおこす。

 しゃがんでいたからわからなかった。おきると、かなり背が高い。190センチくらいありそうだ。男にしては細身だけど、でかすぎてちょっと怖い。

「……」

 彼は雷が落ちた先……石碑があった丘をながめる。結界からでたせいで強い雨にさらされた。またぬれている。

 空はまた黒くもどっていた。丘の方角がなんだか赤い。
 落雷で木が燃えたんだろう。雨で消えるだろうけど、もうちょっとはなれた方がいいかもしれない。

 ナギも立ち上がる。彼がふり返ってくちをひらいた。

「……」

 なにもいわずにくちを閉じる。どう言葉にすればいいのか、わからないみたいだ。

「どこかへ行くんですか?」

 きいたら、コクッとうなずいた。

「体調が……悪いので」

 ゴウッとつむじ風がふきあれる。

「うわっ!?」

 目を開けていられなくて、腕で顔をおおった。

「逃げます」

 ユルドゥズの声。
 目を開けると、すでに彼はいなくなっていた。

「逃げる?」

 なにかに追われているってこと?
 あっけにとられていたら、地面におそろしく巨大な影がうつった。

 ツノとたてがみのある長い首に、しっぽ。コウモリみたいなギザギザの羽。
 ナギが空をみあげる。

 でも、そこにはもうなにもいなかった。

「……変わったひと」

◆

 ヨウとのまちあわせまで、まだ時間がある。
 オオゲジサマとレンヤを探そう。

 ナギに雨よけの術がかけられているらしい。歩いても、雨でぬれたりはしなかった。
 てきとうに歩くこと、数分。

 顔にぺちゃっとなにかがぶつかった。

「ひええっ!?」

 なにか、小さくてグンニャリしたものが!

 虫だろうとさっして血の気がひく。雷も嵐も平気だが、虫の類はだいっ嫌いだ。主のせいで、最近ちょっとなれつつあるけども。

 おそるおそる顔からそれをひきはがす。正体をみて、ほっと息をついた。

 黒くて3つ目のトカゲだった。
 魔物だけど弱そうだし、虫よりは平気だ。風で飛ばされてきたんだろう。この結界がふせいでくれるのは、雨だけらしい。

 近くの茂みにはなそうとしたら、逆にカサカサ腕をはいあがってきた。

「いやあああああああああ!?」

 鳥肌が立つ。
 トカゲは肩のあたりで止まった。それを、今度は両手でしっかりつかんで地面へおろす。

 トカゲは草の上に着地する。だけど、すぐに飛びあがって顔にはりついてきた。

「きゃああああああああああああ!?」

 10分におよぶ戦いのあと。ナギはようやく負けを認めた。

「もーいいです……好きなだけくっつけばいいじゃないですか」

 トカゲは満足そうだ。頭によじのぼってきたが、もうほうっておこう。

◆

 ナギが歩いていたら、鳥の群れを見かけた。
 大小さまざまで、赤やら緑やら。色とりどりの種類がいる。

 ただ、鳥にしては毛がないものもいた。
 代わりに固いウロコがある。ヘビみたいな質感。よく見ると、顔の作りもそれっぽい。

 トカゲに羽が生えたような生き物。
 あれはなんだろう? 魔物と呼ぶには、なんだかカッコイイ。

 彼らが飛んできた方角を見たら、町があった。

 そこへ行ってみたら、トカゲもどきとすれちがう。ナギを追いこし、落下しながら人型へ変化した。

「ねー、ちょっときいてー!」

 たてがみは髪へ、鋼のようなウロコは皮膚へ。大きな翼と尾がひっこむ。10代半ばくらいの少女になった。

「死神の封印、とけてるよー! 石碑こなごなー! 結界も消えてる!」

 彼女はタタンッと泥水をはねて着地。そのまま勢いを生かして町の奥へはしった。

「なんだと!?」

「ウソでしょ!?」

「死神はいたの!?」

 あたりの家から続々と人が顔をだす。

「しにがみ?」

 なんのこっちゃ。
 ナギがつぶやく。また1匹、丘から帰ってきた。

「死神は北へ逃げた! 応援たのむ!」

 そのまま町へ入ると家をこわしてしまうから? 彼は町へ入らず、近くの草原におりた。背中から血を流している。

「わかった、おまえはもう休め。ジゼ、手当をたのんだぞ!」

 男が婦人に声をかけ、とびだしていく。
 彼は灰色のケモノへ姿を変えて、空を舞った。

 他の人たちもそれに続く。みんなトカゲもどきになって飛んでいった。

「わあ……」

 ナギはのんきに見物する。
 どうやらここは彼らのすみからしい。

 人に化けられる生きものはごくわずか。オオゲジサマにそう聞いたことがある。ここの住人はすごい集団なのかもしれない。

 しかし、なんだか物騒なふんいきだ。
 御巫一族の情報は聞けそうにない。みんなと合流できたら、すぐたちさった方がよさそうだ。

 ふと頭に手をやる。
 大人しいと思ったら、トカゲは寝ていた。

 そっと足元におろす。おいていこうとすると、とたんに目をさまして追ってきた。

「どうしてついてくるんですか? エサの匂いでもしますか?」

 きいても、トカゲはしっぽをゆらすだけだった。