その23 再会の約束

 エマがおきるのをまっていたら、女の人がやってきた。

「エマ!」

 長い緑の髪と瞳。町娘っぽいふんいきだ。そぼくな感じだが、胸がでかい。

「おまえたち、エマになにをした!?」

 これまたトカゲみたいな目。彼女も竜らしい。くちから大きなキバがのぞいていた。

「すいません。ナンパしてずつきして、羽を食べてしまいました」

 ナギがぺこりと頭をさげる。

「……ナンパ?」

 彼女はとまどったようにこちらを見おろす。
 そのすきに、ヨウが事情を説明した。

「世間話してたら、人間どーのこーのってあばれだしちゃって……」

 ひととおり話をきいて、彼女は眉をさげた。

「私はリコリス。友人が迷惑をかけてすみません」

 リコリスはとある昔話を教えてくれた。
 人間と結ばれ、死別した竜のお話。

「エマがおきる前に島をでて行ってくれませんか。あなたたち……人間に会うまではこんなことなかったんです。記憶を失ってから、毎日笑ってすごしていた」

 見ただけで人間と気づいたらしい。なんか匂いとかちがうんだろうか。

 ナギとレンヤはヨウを見る。
 私たちはすぐ立ちさっても別にいいけど……?

「……」

 ヨウはここに残りたそうにしている。
 リコリスが彼をにらんだ。

「なにか文句でも? ここにいると、死神がおそってくるかもしれませんよ」

「あんたたちは逃げなくていいのか?」

 ヨウがきく。

「エマがおきたら、私たちも逃げますよ」

「……俺が旦那の立場だったら、忘れられたままなんてヤだけどな」

「ずっと泣き続けろって?」

「そーいうわけじゃ……」

 ヨウは軽く頭をかき、眠る竜に近づいた。
 その大きなひたいにちゅっとくちづける。

「元気でな」

 うっひゃー。

 ナギが顔を赤らめる。すぐさまレンヤに目かくしされた。もう見たあとだから意味はない。
 リコリスの悲鳴がひびく。

「人妻になにをする!? 人前で!?」

「ハハッ。あんた、すましてるよりそっちの方がかわいいよ」

 ヨウは悪びれもせずにへらへら笑う。

「ふざけないで!」

 きっと、リコリスが竜の姿になればヨウより大きい。でも人の姿だと彼の方が大きい。そのせいか、ちょっと強気だ。

 いや、エマにちゅーしたし。ヨウにとって竜はアリなのかな。ふところの広い男だ。

「へーへー。わかったわかった。でて行きますよー。ったく大げさだな、でこちゅーくらいで」

「また投獄されてもしりませんよ」

 いくらイケメンでも許されぬ。ほっぺにちゅー罪を忘れたか。

「そのときは粗大ゴミにしてやる」

 レンヤがうなずく。たぶん、みすてるって意味。


◆

 人間たちを見送る、といえば聞こえはいいけれど。でて行ったことを確認したあと。

「エマ?」

 リコリスがもどってきたら、友人の姿が消えていた。

◆

 死んだ夫の記憶をうしなう。

 それがエマにかけられた呪い。あることをすると、解けるしくみになっていた。
 他の男からのキスである。

 呪いをかけた本人は、はずかしがって説明しなかった。だからだれもしらない。
 新しい恋を見つけたあとなら、記憶を思いだしてもいいだろう。

 そんな気づかいだったけれど。ヨウのせいで呪いがとけてしまった。
 エマの心に、愛しい声がよみがえる。

 ――すっかり爺さんと孫みたいになっちまったな。

 ――せめて子どもがいりゃよかったんだが。あ、すまん。責めてるわけじゃないって!

 ――そんなに泣くなよ、おいてく方だって辛いんだぞ?

 いままでの思いでが一気にあふれだす。
 エマは泣きながら目をさました。

 やっと思いだしたのに、もう会えない。

 涙をポロポロこぼしていたら、木の葉がひらりと落ちてきた。
 見おぼえがある葉だ。

 老衰で寝たきりになるまえ。彼があの泉に植えて、教えてくれたものと同じ。

「花言葉みたいに木言葉っていうのがあってさ。この木のそれは”再会”らしい。寿命は1万年でエマより長い。だから……」

 彼はてれくさそうにモジモジした。

「この木に誓うよ。次は人じゃなく、竜に生まれ変わっておまえに会いに行く。だから俺が死んでも泣くな。笑え。これっきりじゃねーんだから」

 どうしてこんな大事なことを忘れていたんだろう。
 我に返って、エマは青ざめた。

「たいへん」

 初めはたった1本。
 木に花が咲き、実がなって。その種をまくとどんどん増えて、森になった。

 大事に大事にしていた彼との思いでの木。それを、さっき自分で燃やしてしまったなんて。
 生きた心地がしなかった。

 いつのまにか片翼がなくなっている。上手く飛べない。地面や岩に何度もぶつかった。
 それでも走るよりは速い。地面へ体あたりするみたいに飛んで、森へつく。

 すでに火は消えている。森のほとんど焼けてしまった。残っているのは少しだけ。

 泉のそばに1本の木。
 夫が植えた、はじまりの木だ。

「よかった」

 エマは泣く。こんどはよろこびの涙だった。

「まってる。私ずっとまってるから……」

 いつのまにか空の雨はやんでいる。太陽にてらされて、泉がキラキラとかがやいていた。

◆

 数日後の夜。
 かつてジュナ国だった場所。ジルベール共和国へ白い竜がまいおりた。

 それは神を思わせるほど幻想的で、美しい。しかし、ルビーのような赤紫の目は怒りに燃えていた。
 伝説の怪物を前に、兵たちはおびえる。

「竜がでた! 矢をはなて!」

 弓兵と魔術師たちが、城壁にとまる白竜をねらう。
 フッと竜の姿がかすんだ。

「ぎゃあああああ!」

 兵士たちが肉のかたまりと化す。食いちぎられたのだ。あっというまに城内へ侵入している。

「やれ、魔術師ども!」

 竜を炎がおそう。魔術師たちの攻撃魔法だ。
 純白のウロコが燃えていく。しかし、竜は顔色1つ変えない。大きな翼で強くはばたく。

「うわあああああ!」

 兵士たちがふきとばされていく。高い城壁から、地面へおちたものだから……つぶれたトマトみたいになってしまった。

 その風で、竜を焼く炎は消えていた。ズシンズシンと兵をふみつぶしながら、竜は進む。

「うわっ」

「ゲブッ」

 彼のうしろには、赤い血の道ができていた。

「とまれ! バケモノめ! とまらんと殺すぞ!」

 兵士たちが弓矢をはなつ。
 それを援護して、電撃が竜をおそった。新たな魔術師たちの攻撃である。

「……」

 竜は顔をしかめて、足をとめた。風がまきおこる。カマイタチのようにするどい、切りさく風だ。それは弓兵と魔術師たちを細切れにきざんだ。

「ぎゃあああ!」

 手足や内臓がとびちっていく。純白だった竜の体は返り血で赤くそまっていた。

「おや、死神がおむかえにきたようだ」

 ジルベール共和国の玉座。
 元首は泣きもせず、おちついてそこにいた。

 サルのミイラ。または梅干しみたいな顔した老人だ。1発なぐられただけで、死にそう。

「おまえは伝説の死神だろう? ジュナ国がほろんで約200年。王族はみんな処刑されて、もうなにも残っていない。なのにいまさら、なにをしにきた?」

 白竜は答えず、元首につっこんだ。

 大群の兵士たちが立ちふさがる。ヨロイをきこんだ重装歩兵が、ざっと50人。ふつうの竜なら、これで勝てる。
 しかし、ふつうの竜なら死神とは呼ばれない。

「うわあああああああ!」

「ひいいいゲブッ」

 かみつき、ふみつぶし、ふきとばし、カマイタチ。
 ありとあらゆる手で兵士たちを殺していく。

「お逃げください元首さま!」

 怒声と悲鳴がひびく城内。兵士長がさけんだ。
 元首は首をふる。

「老いぼれのために若者が死んではいかん。おまえたちこそ、逃げなさい」

「し、しかし……!」

「しし、し、死神が!」

 ある者は立ちつくし、ある者は腰をぬかしている。失神したり失禁したりする者もいた。

「いいから行け!」

 その声を合図に、ほとんどの臣下は逃げだした。
 なのに、竜へ突撃していく者たちがいる。

 側近たちが連携して斬りかかった。魔術師たちが詠唱をはじめる。

「なにをしている!? ムダなことをするな。わしはもう覚悟ができている」

 元首が声をあらげる。
 5,6人の騎士たちが彼を守るようにかこんだ。

「ヤです!」

「ヤって、おまえ……こんな時までしまらないやつだな。あ、自分も嫌であります!」

「我ら最期までお供いたします」

 白竜は青い炎につつまれている。全身に弓矢がささり、次々に斬りかかられていた。
 なのに、大して効いていない。

 傷口はすぐに治り、跡形もなく消えていく。矢は刺さったままだが、動きは少しもにぶらない。
 次々と食い殺していき……。

 生きた人間は、元首1人だけになってしまった。

「おのれ……」

 老人は竜をにらみつける。
 水晶玉に両手をかざした。ボッと緑の炎が2つ、宙にあらわれる。

 ポッ、ポッ、ポッ、ポッ、ポッ、ポッ、ポッ……。

 緑の炎は2つずつ増えていく。最後につながって、円になった。中央に線がはしって、魔法陣をえがく。

「呪われろ、死神め!」

 魔法陣から巨大な鬼がとびだす。そのまま、白竜へおそいかかった。

 決着がついたのは明け方。
 ジルベール共和国は、滅亡した。