その27
亜熱帯の国ラグナ。
気温は常に28度をこえ、空気は乾燥している。黒髪に黒い瞳、褐色の肌の人々が住む。日差しがきついからか、鮮やかな布を羽織って日除けにしている者をちらほら見かけた。
「パーじゃなくチョキにしときゃよかった……!」
「なによ、あたしと一緒じゃ不満なわけ?」
ジャンケンでレンヤに負けたヨウが頭をかかえ、ミカは冷めた目をむける。
国についたので、二組に別れて行動することにしたのだ。
宝石を売り、よさそうな土地の情報を集める組と、宿で留守番する組。
しっかり者でゲジ人の好みも把握しているミカと、通訳と護衛役にヨウ。二人が前者になり、残りは留守番となった。
オオゲジサマがいるからレンヤもむこうについて行ってもいいといったのだが、「どちらか一人は残していく」と彼はゆずらなかった。
「俺の守備範囲は14から30歳までだ」
ヨウが無駄に凛々しい顔で主張する。
エマは軽く100歳をこえていたはずだから、外見年齢という意味だろう。18にして年下から年上までいけるとは末恐ろしい。
「興味ないから安心しなさい」
ミカがヨウを引きずっていく。
「いってらっしゃい」
とナギ。
「気をつけてねー」
オオゲジサマはごろんと寝台に転がった。
今は東洋人の青年の姿で、白装束を着ている。混じりけなしにまっ黒な瞳は切れ長で大きく、謎めいていた。女神もかくやという顔立ちで髪も長く、細身なので女といっても通用するだろう。
宿に入る前に通行人たちを片っぱしから魅了していた艶姿だが。いつもの姿を知る者には通用しなかったらしく、千夏たちはいっそう気味悪がっていた。部屋の隅に固まり、ろくに話もしない。
レンヤはナギのそばで剣の手入れをしているが、彼もおびえられているようだ。
あまり笑わないから、とっつきにくいのかもしれない。ヨウとは普通に会話していたし。
「ナギ」
主がつんつんと肩をつついてきたので、その口におやつを2,3かけら放りこむ。
ちなみにここは女部屋なのだが、ミカたちが帰ってくるまで二人とも居すわるつもりだろうか。
昼間とはいえ隣の男部屋に追い出した方がいいか。悩んでやめた。これから一緒に暮らす仲なのだし、少しずつでも千夏たちになれさせた方がいいだろう。
それはともかく。
なんだか見覚えのある姿だなと主を観察していたら、彼はなにかを期待するように目を輝かせた。
「抱きしめてもいいよ?」
「遠慮します」
愛らしい小動物の姿ならともかく、今はいい。
「前もこの人に化けたことがありましたよね。うちの一族の人みたいですけど、だれなんですか?」
「御巫だよ」
平然と答えられて、ナギは軽く血の気が引いた。
巫女を食ったというのか。
「えっと……何代目ですか?」
「初代だよ」
「ご先祖さま?」
「そうだね」
「私と似てませんね」
この美貌はぜひ受け継ぎたかった。
「ナギは御巫の妻に似てる」
「さいですか。……私のご先祖さま、なんで食べちゃったんですか?」
「奥さんが死んだときに、いっしょに死にたいから食べていいよって本人がいったから」
ナギはほっと胸をなでおろす。
「愛想がつきて殺したとか、そういうわけではないんですね」
「好きだから殺したんだよ」
願いを叶えてあげたくて、とオオゲジサマは無邪気にほほえむ。
冗談でも「死にたい」なんていえないな。
ナギはひそかに戦慄した。
◆
「微妙」
「次の国で探した方がいいかもしれないわ」
ヨウとミカは、もどってくるなり肩をすくめる。
むこうものり気で色々な土地を薦めてくれたが、どれも断らざるを得なかった。定期的に領主の視察があったり、他にも住民がいたりしてはオオゲジサマを見られてしまう。
先住民のいない、ひっそりした土地を。
その条件にあう場所が一つ、あるにはあったのだが。
ニ,三日前から謎の竜巻が発生し、危なくて近よれないという。
「竜巻」
オオゲジサマがぽつりとつぶやき、ミカが補足した。
「かなり威力が強いらしくて、巻きこまれると人も建物もバラバラになっちゃうらしいわよ」
「行ってみようか、そこ」
鶴の一声というか、強権発動というか。
主の決定で、ナギは国のはずれにある森をおとずれた。
この森を抜けた先に平地があり、川も流れている。村を作るにはうってつけだそうだ。
「私がついていっても足手まといにしかならないと思うんですけど」
危険な竜巻がある場所に老人やかよわい女性を連れていくわけにも行かず。いっしょに来たのはオオゲジサマとレンヤだけである。
私も留守番したかった。
諦め悪くしぶっていたら、主がさとす。
「このまえ、おいて行ったら酷いことになったじゃん」
ちなみに、ここも一応国内に入るのでまだ青年の姿をしている。
「今回はたくさん仲間がいるから、大丈夫ですよ」
「ダメ」
森に入ってすぐ、竜巻は見つかった。
というより、そこら中が竜巻だらけだった。草木が巻き上げられ、ごうごううなっている。近くにあったそれに、オオゲジサマが何気なく右手をつっこんだ。
すぐさま右腕が折れ、刃物で切断されたようにちぎれて空の彼方へふっ飛んでいく。
「うでー!?」
ナギが絶叫するが、オオゲジサマはケラケラ笑った。
「すぐ生えるから大丈夫だよ」
血まみれの右腕半分から、カブトムシの前足が生える。
「生やすもの間違えてますから」
どこまで本気なのか謎だ。
レンヤはというと。早くもこの生き物になれてしまったのか、さして動じずに告げる。
「これ以上進むのは厳しそうだな」
オオゲジサマは少し考えるようなそぶりをしたが、
「面倒だな……つっきるか」
不穏な一言をもらすと、ナギをつかんではるか上空へ放り投げる。
「え」
私はあなたとちがって髪と爪以外は切っても生えてこないんですよ。そこんとこ、わかってますか?
あわやあの世に一直線かと脳裏に文句が浮かんだが、現実には「ぎゃああああああ」と悲鳴がもれたのみ。やや曇りがちな青空を落ちていくとき、小鳥とすれちがったような気がした。
いいのかな、辞世の句って、五七五で。
思わず一句よんでしまうと同時に、地面近くで抱きとめられてどっと汗がでた。
「はい、到着」
とオオゲジサマ。
いつのまにか森の奥へついている。
どうやら竜巻が届かないほど高くナギを放り投げ、自分は竜巻の中をそのままつっきってきたらしい。
あちこち血だらけで欠損し、骨とか内蔵とか。出てはいけないものがいろいろ出ている。
「は……早くそれ回復してください」
解剖中のしかばねみたいな美青年の腕からおりる。ナギは飛び出しそうな心臓を押さえた。
「大丈夫か?」
レンヤがぽんと頭をなでてくる。
「ええなんとか……って、なんで無傷でここにいるんですかあなた」
後ろでは今も、地雷原よろしく竜巻がうなりを上げている。
オオゲジサマでさえ傷だらけで通過したというのに、なぜそんな涼しい顔をしていられるのか。
「斬ったら通れた」
いわく、竜巻の中心に見えない核のような力場があり、それを斬ると三秒ていど竜巻が消えた。
それを繰り返して走りぬけてきたらしい。
「あなた本当に人間ですか?」
問うと、彼は不思議そうにこちらを見つめ返した。
◆
森の奥には竜巻がなく、おだやかな風だけが吹いている。
木漏れ日が熱気を和らげて心地良い。
「竜巻さえなければ、よさそうな所ですね」
彼がいるんじゃないかな、という予感がする。
どうしてわざわざ危険な森に行くのだろうと思ってはいたが、直に竜巻を見てようやく気づいた。
あのときはってもらった結界と、気配が同じなのだ。
ひんやりした神社みたいな空気とか。雨の匂いがするところとか。
ナギ以外の二人は竜巻と聞いたときに気づいていたのかもしれない。オオゲジサマはかすかに殺気を秘めているし、レンヤも警戒した様子だ。
ヨウたちが街で聞いてきた噂によると。
復活した死神はジルベール共和国を滅ぼしたあと、ヤケになったように各地を襲っているらしい。
ここも焼け野原にしてしまうつもりなのだろうか。
「あの……オオゲジサマ。前にもいいましたけど、ユルドゥズにはお世話になったんです。殺さないでくださいね」
死神だか虐殺者だかしらないが、現場を目撃したわけでもないし。こちらにとっては恩人である。
「えー……」
主はあからさまにふてくされた。
やがて。
木々が少ない平地に出た。
緑の草原が広がり、点々と赤い花が咲いている。
その中央に白髪の麗人がうずくまっていた。
腰までとどく純白の髪。ゲジ国の着物や装束とはまったくちがうけれど、全身まっ白な服を着ている。人形のように整った顔はかわらず美しく、荘厳ささえ感じさせた。
「こんにちは」
声をかけると、ユルドゥズはぼんやりとこちらを見上げる。
「……こんにちは」
「このまえはどーも」
オオゲジサマがへの字口でいう。
その目は爬虫類のように無機質で感情が読めない。
ユルドゥズはやる気なく視線を動かしたが、オオゲジサマの姿を見たとたん形相が変わった。
赤紫の瞳孔が開き、一瞬で竜へと変貌する。
そのまま一直線にオオゲジサマへ襲いかかった。