その30

 むかし、むかし。
 シマロという貧しい村がありました。
 作物の実りは悪く、他に売れるようなものもなく。村人たちは厳しい生活を送っておりました。そんな有様なので外から嫁もこず、若者はみんな都会へ出ていってしまいます。残っているのは老人ばかりで「わしらこの先やっていけるんじゃろか」と不安を抱えていたある日。
 村に行き倒れがやってきました。
 髪はぼさぼさ、服はボロボロ、肌もうす汚れて性別がわからないほどです。
「助けてください。もう二週間なにも食べていないのです」
「おお、こりゃ大変じゃあ」
 村人たちはひとまず食事を出してやりました。
 豆を煮ただけの味のしないスープに、ぬるい井戸水。
 元々ろくな物がないのでこんなものしかありませんでしたが、行き倒れはうまいうまいと喜んで食べました。村人たちは「良かった良かった」と笑い、衣服も整えてやります。ゴミの固まりのようだった行き倒れが身を清めると、絵から抜け出たような美青年があらわれて村中ひっくり返りました。
「おまえさん、精霊さまだったんか!」
 森羅万象に宿り、恵みをもたらすという精霊。
 その化身と思ってしまうほど、青年は美しかったのです。
「ちがいます」
 青年は軽く否定して頭を下げます。
「危うく死ぬところでした。お礼にあなた方の願いを一つだけ叶えましょう」
「おお、やはり精霊さま!」
「ちがいます」
 みんなで相談した結果、村人たちは「村を豊かにして欲しい」と願いました。
 お金があればなんでも買えるし、もろもろの問題も解決すると思ったのです。
「いいでしょう。ですが、金をわたしてもその場しのぎにしかなりません。あなた方には金を稼ぐ力を与えましょう」
 青年はほほえんで、村に呪い(まじない)をかけました。

◆

 名無しの村からシロで移動して約5日。
 砂漠地帯に近づき、緑がまばらになってきたころ。ナギたちはシマロという大きな町へ到着した。日が暮れてすぐのことだったので、入れてもらえないかもしれない。そう心配していたが、意外にも歓迎され、あっさりと中へ招かれる。
「お客さんたち運がいいね! 今夜は月に一度の精霊祭だよ」
 辺りに響くのは笛と太鼓の音。
 遠方からわざわざ来たのか、旅人風の者たちが大勢行きかっている。若者から老人までと年代がはば広いが、なぜか男ばかりでわいわい色めきたっていた。
 町角では酒がふるまわれ、ずらりと並んだ露店には串焼き肉や魚。甘味など様々な食べ物が売られている。ナイフ投げや紙芝居などの見世物もあるようだ。その中を着飾った美女たちが花をまいて歩き、奥に見える舞台ではこれまた綺麗な踊り子たちが舞っている。
 ヨウは無言で拳をにぎりしめた。
 心の歓声が聞こえてきそうだ。
「行ってきていいですよ。私はオオゲジサマとウロウロしてますから」
 なにかを察したナギが告げると、ヨウは笑って肩をたたく。
「なーにいってんだよ。保護者が子どもほっといて一人だけ遊びに行くわけないじゃん」
 それから一行は宿をとり、荷物を置いてから町を遊び歩いた。
 オオゲジサマはナギがだっこしていたが、早い段階で失踪。露店の酒ダルの中で酔いつぶれている所を発見した。空になった三つの酒ダルは店主に気づかれる前に買いとった。
 魚の塩焼きにトウモロコシ、甘い果汁水。肉と野菜をはさんだパンにいい香りのお茶。
 あちこち食べ歩き、おもちゃまで買ってもらうと眠たくなってきた。
 そんなナギたちを宿屋に送り届け、ヨウがいう。
「じゃ、俺ちょっとニ時間くらい遊んでくるから。ちゃんとカギ閉めて寝るんだぞー」
 さっきの言葉と矛盾する気もするが、ナギを遊ばせた後だから自分も遊んできていいという理屈らしい。
 しっかりした宿屋なので、子どもを置いていっても安心。
「いってらっしゃい」
 大人って遊ぶだけでも気を使うんだな。
 妙な感慨にふけりつつ、ナギは布団にもぐった。
 すぐにまどろみ、意識が遠くなる。
 やがて、朝のつもりで目を開けたが、室内はまだ暗かった。
 あまり時間が経っていないらしい。
 もう一度眠ろうかと思ったが、目がさえてしまっている。どうしようかと寝返りをうつと、巨大なゲジゲジがいて悲鳴を上げそうになった。
 無数の長い黒い脚。
 見ただけでぞわっと鳥肌が立ったが、オオゲジサマだと気づいて息をつく。いつのまにかいっしょに寝ているのはいつものことだが、わかっていても心臓に悪い。せめて隣の寝台で寝るように訴えてはいるのだが。
 そこまで考えて、主が呪いにかかっていたことを思い出した。
 変化できなくなっていたはずなのに、姿が変わっている。呪いがとけたんだろうか?
 見つめていたら、ゲジゲジが12歳くらいの少年になった。
 短い黒髪に褐色の肌。顔だちは女の子みたいにかわいらしく、上半身は裸。黒い文様めいた刺青が刻まれている。下は布を巻いたような簡素な服。両手首に腕輪をつけていた。
「オオゲジサマ?」
 呼ぶとぼんやり目を開ける。
 黒い瞳がこちらを見て、にこーとほほえんだ。満面の笑みにつられて笑い返すと、
「ひっく」
 としゃくり上げる。
 まだ酔いが覚めていないらしく、うとうとと寝入る。
 ナギがまばたきすると、少年がいた場所に大蛇がとぐろを巻いていた。
 わけがわからない。
 ふと視線を動かすと、同じ寝台で少女が暑そうに寝息をたてていた。
 年は11。
 おかっぱの黒髪に寝間着姿。象牙色の肌はほんのり日焼けしている。
 どこから見ても自分の姿である。
 あれは私で私はあれで。
 混乱しかけたが、
「夢ですね」
 と結論がでた。
 どうりでいろいろ変だと思った。夢なら気にしてもしかたない。
 せっかくだから夜の町を探検してみよう。
 扉を開けようとしたら、扉をすり抜けてしまった。
 おお、なかなか面白い。
「ちょっと散歩に行ってきます」
 声をかけると、主はいつかと同じ三つ目のトカゲになっていた。

◆

 宿屋の主人で試したところ。
 今のナギは他の者から姿が見えないし、声も聞こえないようだ。
 イタズラし放題だなと思ったが、さわれもしないので大したことはできない。
 とりあえず宿を出ると、町の様子が一変していた。
 美女が一人もおらずおっさんだらけになっている。
 宿の主人も奥さんらしき人から旦那さんに代わっていたし、時間帯で入れ替わったりしているのだろうか。露店や見世物の店主の中には女性もまばらにいるのだが、老人やおばさんしかいない。美女の代わりにおっさんたちが花をまいて歩き、踊り子がいた舞台ではムキムキのおっさん軍団が自慢の筋肉を披露している。それにむかって客たちは顔を赤らめ、声援を飛ばしていた。
「うおお! レーニャちゃーん!」
「こっちむいてー!」
 変なのー。
 首をかしげつつ、ナギは手近な店に入る。
 地下にあるそこは酒場のようだった。静かな音楽が流れ、ほんのりうす暗くていい雰囲気。そんな店内で、老人ばかりがひしめき合っている。
 客の隣におじいさんがすわり、お酒を飲みながら楽しくお話するという店らしい。
 たまに客がおじいさんを抱きしめ、「こら、おさわり禁止ー!」などと怒られたりしている。
「大丈夫~? 飲み過ぎちゃった?」
 心配そうなおじいさんの裏声が聞こえて、そちらを見ると知った顔がいた。
 短い黒髪に瑠璃色の瞳。中性的な風貌で、旅なれた軽装の剣士。
「ヨウ」
 近よるが、やはりこちらの声も姿も認識できないらしい。
 彼は眉間にしわをよせ、青ざめた顔でうつむいている。
「隣にこんないい女がいるってのに、鳥肌と目眩と吐き気が止まらないのはなぜなんだ……」
 彼の隣にはおじいさんしかいない。酔っているのだろう。
「おじゃましました」
 酒場を出てうろうろしていたら、路地裏から話し声が聞こえてきた。
「くくく……今月も大儲けだな。月に1度、満月の夜だけ住人すべてを美女にするなんて。精霊さまも粋なことをするぜ。おかげで美女めあての客がひっきりなし。あちこちから商人がやってきて店を出してくれるから、見世物や食べ物めあての客も増えて良いことづくめ。男ばかりで女がこないのが玉にキズだが、金があるせいか昔よりは嫁も見つかるようになったし、すばらしいな精霊さまは」
「フフフ……今月なんかイヴァン様がお忍びでやってきたからな。いったいいくら金を落としてくれるかと思うとヨダレが止まらないぜ」
「しかし大丈夫なのか? 俺たちが美女になれるのは夜だけなんだぞ? バレたらいったいどうなることか」
「フフフ……ぬかりはない。イヴァン様の接待だけは本物の女で固めてある。朝になって少々顔が変わっていても”化粧でごまかしてました”といいきればいいのさ!」
「くくく……天才だなおまえ!」
「フフフ……大儲けさ」
 住人すべてが美女になる町?
 月に1度でなく毎日ならぜひここに住みたいものだ。まあ、そんな願望がこんな変な夢を生み出してしまったのかもしれないが。
 ナギはそろりとその場をはなれ、町の中を歩き続ける。
 すると、いったいどうやって迷いこんだのか。いつのまにか見覚えのない場所にきていた。
 丸い月が浮かぶ空の下。
 うす闇の中にずらりと石碑が並んでいる。
 さっきまでいた町の中ではなく、どこかの墓場のようだ。
「すまないみんな……俺のせいで」
 だれかが石碑の前にうずくまっている。
 小さくて太った男の人で、出っ歯なせいかネズミに似た顔。歳は30代半ばくらい。灰色の外套をはおっていた。
「どうしたんですか?」
 聞こえないと知りつつも話しかけてしまう。
 ヨウのいいつけが頭をよぎったが、夢だからいいのだ。
 男がゆらりと力なくふり返り、目が合う。
「夜遊びは駄目だよお嬢ちゃん。あまり遠くまで行くと、帰れなくなってしまうよ」
 もしかして、見えてる?
 今までだれも気がつかなかったから、返事があっておどろいた。
「俺はね、魔術師なんだ。この村でみんなの傷や病を癒していたんだ」
「魔術師……前から思っていたんですが、魔術師と呪い師ってどうちがうのですか?」
 ゲジ国で呪いができるのは初代の御巫だけだったので、医者がいた。しかし、外国では魔術師や呪い師が医者をかねていると聞く。
「多くの人が混同しているけど、東洋の術師は呪い師、西洋は魔術師。醤油とソースくらいちがうんだ」
「ほとんどいっしょなんですね」
 やはりナギが見えているし聞こえているようだ。
「長年上手くやっていたのに、薬草を調達しに七日ほど山へ入っていた間に……みんな食中毒で死んでしまった。ルアルア貝がたくさんとれたっていってたから、嫌な予感はしてたんだ。あの時、生で食べるなと忠告しておけば……!」
 しくしくと男がすすり泣く。
 気がつくと、男の周りに老若男女さまざまな人たちが立っていた。
 うっすら体がすけていて、なにもいわずに彼を見つめている。表情はおだやかで、どこか申し訳なさそうでもあった。