その31

「ああ、だれかの役に立ちたい。どこか、魔術師を必要している場所はないだろうか」
 墓石の前で男がうなだれる。
 太い背中が丸まってますますネズミっぽい。ちょっとかわいい。
「え、なぜそうなるんですか? 死にたいとでもいうかと思ったんですが」
 ナギの問いに男が首をかしげる。
「死んでなんになるんだ? この村を救えなかった分、他のだれかを救いたいんだ。それが俺の贖罪にもなる……と思いたい。そうとでも思わないと生きていけないよ。罪悪感で毎晩うなされて、夜も眠れないんだ」
「それでこんな夜更けにこんな所で……でも、そんなに恨まれてないように見えますが」
 すけた体の人々を見渡すと、彼らはうんうんとうなずいた。
 たぶん、亡くなった人たちの幽霊だろう。
 彼らが安らかな顔をしているせいか、感覚がぼんやりしていて現実感がうすいせいか。不思議と怖くはない。
「今だからこうしておだやかな顔をしているが、亡くなったばかりのころは自分が死んだことにも気づかず、苦しみ続けていたんだよ。もう、かわいそうで」
 男はまた塞ぎこんでしまう。
 なぐさめても無駄なようだ。
 少し考えて、ナギがたずねる。
「虫やバケモノの類は平気ですか?」
「なんだい、唐突に」
「私の村はできたばかりで小さくて、呪い師も魔術師もいないんです。あなたのような人がいてくれれば、心強いのですが」
 男はぱあっと表情を明るくした。
「いいのか!? その、俺は魔術はからっきしで、薬学や医学しかできないんだけど……」
「大歓迎ですよ」
 書くものを借りてミカたちへの紹介状と名無しの村までの地図を書き、彼にわたす。
 バケモノを信仰しているが大丈夫かと再三念押ししておいたが、どうも冗談だと思われている気がする。まあいいか。行ってみて、駄目なら出ていくだろう。
「ありがとう。必ず行くよ!」
 それから後は覚えていない。
 気がつくと、ナギは宿屋で布団にくるまっていた。
 窓からは朝日がさしこみ、鳥のさえずりが響いている。枕の横では黒ヘビが寝息をたてていた。つんと指でつつくと「ぬ」と鳴き声のようなものをもらしたが、姿は変わらない。隣のベッドにはヨウが寝ていて、頭にぬれた布をのせていた。二日酔いでもしたのだろう。
 ナギはまじまじと自分の体をながめ、ぽつりとつぶやいた。
「変な夢」

◆

 お忍びで滞在中のガマル帝国の王子がゲジ人の奴隷を召し抱えている。
 昨晩、ヨウは町でそんな噂を聞いたらしい。
「どうする?」
 宿屋の食堂で朝食をとりながら、彼が問う。
「本当かどうか確かめて、助けに行きましょう」
 とナギ。
 オオゲジサマは机の上でとぐろを巻いている。
 ヨウはあっさり了承した。
「まあ、そうなるよなー。じゃあもうちょっと探ってみるから、ふた……一人と一匹? とにかくおまえら留守番! 宿の中なら自由にしてていいけど、外に出るなよ。あと、わかってると思うけど人前でオオゲジサマに話しかけないよーにな」
 夕方までにはもどる、といって彼が出ていく。
 なぜか不吉な予感がした。
 食堂はわりと広く、木製の長机がいくつか並んでいる。近くには談話室や本が読める場所もあった。あちこち旅人風の客でにぎわっている。
 ヒマなので、情報収集もかねて彼らに話しかけることにした。
 ナギのスクイート語はカタコトで、話すのも聞くのも下手である。なので、何度か聞き返されたりしつつ。こっそりオオゲジサマに通訳してもらいながら声をかけていく。
「ゲジ人? 悪いけどしらないな」
 二人連れの青年。
「イヴァンさまが最近ゲジ人の奴隷にお熱らしい。え? イヴァンさまをしらない? ガマル帝国の第6王子さ。昔あの国は有色人種嫌いで有名だったんだが、何代か前の王さまに東洋の呪い師が仕えて以来、ちょっとマシになったみたいだな。それでもまだ嫌いなやつはとことん嫌いなんだが、イヴァンさまは東洋人がお好きでな。伝説の”キツネ”のような呪い師を手に入れたいといってはばからないんだよ」
 太った商人。
「昨夜の精霊祭にイヴァンさまがきていたらしいぞ」
 小間使いの少年。
「イヴァンさまはよく奴隷を買うが、一部のお気に入り以外は酷いあつかいだそうだ。気に入っている間は奴隷とは思えないくらいかわいがるが、飽きたら消耗品のように殺してしまうとか」
 いかついヒゲのおじさん。
「私家出してきたんだ。料理人になりたくて小さいころから修行してきたのに、お父さんが家を継がせてくれなくて。どこか、いい所ないかなあ。大きな町だとライバルが多くて場所代も高いでしょ? だから最初はこじんまりしたとこがいいんだけど」
 人なつっこそうな赤毛の少女。
 旅姿で巨大な鍋を持っている。
「家に帰るつもりはないんですか? 仲直りした方がいいと思いますが」
 ナギの言葉に彼女は思い切り顔をしかめた。
「ぜったい嫌! 一人前になるまで帰らないよ。店が大きくなったらお父さんを招待して、見返してやるのが夢なんだ」
「そういうことなら、うちの村にきてみますか?」
 名無しの村について説明すると、彼女は飛び上がらんばかりに喜ぶ。
「行く! 私そこへ行く!」
「ほとんど言葉が通じない者ばかりで、仕入れも大変ですよ。それに、ば」
 どん、と後ろからなにかがぶつかってきた。
 床にふっとばされ、ふり返ると赤い顔をしたおじさんがへらへらと笑う。
 どうも酔っているらしく、ふらふらしている。室内に酒は見当たらないから、朝帰りでもしてきたのだろう。小さいから見えなかった、というような弁解をする彼に赤毛の少女がなにか怒っていた。早口で聞きとれない。立ちつくしていたら、オオゲジサマがいないことに気づく。こけた拍子に落としてしまったらしい。
 辺りを探していたら、
「なにするんだよ。ナギが転んじゃったじゃないか」
 主の冷ややかな声がした。
 ふり返った先では、おじさんが青ざめて硬直している。
 その前の床には金色の目をした黒ヘビがいて、背筋がぞくりと震えた。異様な迫力に言葉を失っていると、オオゲジサマがおじさんにスクイート語でなにかを話しかけながら近づいていく。
 誘うような、問いかけるようなささやきだ。
 今の見た目はあまり恐ろしくないのに、その場にいた客すべてが凍りつき、動けないでいる。
 主がおじさんの足元へたどりついたとき。
 金縛りのごとく震えていたおじさんが、ヘビを踏み潰そうとした。
 オオゲジサマが笑う。
 おじさんの足をかいくぐって高く跳躍したかと思うと、一瞬で彼の全身を飲みこんでしまった。ゴキャバキゴキャキャッと全身の骨を粉砕したような音が耳をつんざく。成人男性一人分にふくらんだ黒ヘビは一瞬で元の大きさにもどった。あっという間に消化してしまったらしく、血の一滴すら残らない。
 しんと辺りが静まり返った。
 ナギが主をたしなめるより先に、周囲のだれかが悲鳴を上げる。
「魔物だ! 宿屋に魔物が出たぞー!」
 わあわあキャアキャアと怒号が上がり始める。一人が出口へと駆け出したのを皮切りに、店内の半数ほどがいっせいに逃げ出した。残りは腰をぬかす者と、武器を構えてナギたちをとり囲む者とに分かれる。
 オオゲジサマが彼らに飛びかかりそうな仕草をしたので、ナギはとっさに主を抱き上げた。
「だ、駄目です! 彼らは殺しちゃ駄目です! ぶつかったくらいで殺さなくってもいいんです!」
「でも、こいつら攻撃してくるよ?」
「駄目ったら駄目です!」
「しかたないなー」
 一人と一匹は武器をむけられたまま、町はずれの納屋へ連れて行かれた。中へ押しこまれ、外からカギをかけられる。物音がするところをみると、扉の前に重しまで置かれたようだ。
「今日はここに泊まるの?」
 人外はのん気なものである。
「頃合いをみて脱出しましょう」
 だが、主がいっしょならなんとかなるだろう。

◆

 イヴァン王子は町長の館に滞在していた。
 噂を頼りに彼を探し出したが本人とは会えず。
「たしかに主はゲジ人の奴隷を数人、所有している。いまお気に入りの翠(みどり)以外なら、売ってやってもよい」
 代わりに、侍従の中でも地位の高そうな男が出てきてそう告げる。
「身ぐるみはいでおまえを奴隷に落としてやろうか」
 とか思いつつ、ヨウは見積りを聞いて館を出た。
 無理やり奴隷たちをさらって逃げることも不可能ではないが、大国を敵に回せばいずれ手痛い報復を受ける。金で解決できるなら、そうしてしまう方がいいだろう。宝石を売った金であがなえる金額だ。
 名無しの村で留守番中に女子どもに食わせまくったり。彼女たちの服や装飾品、生活用品などと散財。加えて道中ナギの服を買いかえたり飲み食いしたり、自分自身に使ったり……などなどで懐がさびしくなっていたので、少々厳しいが。
 ちょっと使いすぎたか?
 しかしみんな喜んでたし。女にはかわいい服や綺麗なものを着せてやるべきだ。千夏は村の女連中が面倒をみているからいいが、ナギは俺がおしとやかに育てなければ。
 朴念仁のレンヤは女が喜ぶものとか、かわいい服なんてわかんねーから。あいつに任せてたらナギが男みたいになるだろうし、オオゲジサマになんか任せたら山ザルになっちまう。
 ……ナギの為だけでなく、ちょっと娯楽に使ったりもしたが。
 もう、済んだことだ。
 一稼ぎ、戦に出るか?
 しかしそうなると長逗留になる。なにか短期の仕事を探そうか。
 などと考えながら宿屋への帰り道を歩いていると、よからぬ噂が耳に入ってきた。
「おい聞いたか! 宿屋で子どもが魔物に襲われたらしいぞ」
「いや、バケモノが子どもに化けてたらしいぞ?」
「え? あたしゃ悪魔使いの子どもが出たって聞いたけど」
「はずれにある納屋に閉じこめてるらしい。外から火をつけて退治しちまうか、どっかからバケモノ退治の手だれを雇ってくるか、町長たちが話し合ってるとこなんだと」
 大人しくしてろっつったのに。
 ヨウは軽く空をあおぎ、町はずれの納屋へと急いだ。