その33


 ヨウが町はずれの小屋へたどりついた時、すでにナギたちはそこにいなかった。
 退治されてしまった形跡はないが、周囲には安心したような雰囲気がただよっている。
 おだやかに笑う人々の中に一人、浮かない顔の少女が立ちつくしていた。旅人風の格好で、背中に大きな鍋を背負っている。
「なあ、ここにバケモノと子どもが閉じこめられてたって聞いたんだけど、どうなったか知らない?」
 ヨウが話しかけると、彼女は不安げに口を開く。
「イヴァン様の家来が町の外に連れてっちゃった。あの子、普通の子どもみたいだったのに……」
「外ってどこ? 具体的な場所は?」
「……あなた、もしかしてあの子の仲間?」
 少女が軽く身を引く。
 ヨウは正直に認めた。
「うん」
 襲われたりするリスクはあるが、答えた方がナギたちを探すのに手っとり早い。
 さてどう出るかと内心警戒していたら、彼女は正気を疑うようなまなざしをこちらにむけた。
「あ、暴れだしたりしない?」
 そろそろと距離をとり始める。ヨウはできるだけ優しく微笑んだ。
「俺や仲間に変なマネしなければ。で、場所は?」
「もし仲間がいたら町長の館へ連れてくるように、っておふれがあったから……町長に聞くのが早いと思う」
「ありがとう」
 軽く告げて、ヨウはきびすを返す。
 少女は複雑そうな面持ちで彼を見送っていた。

◆

 町長の館で事情を話すと、ナギたちはイヴァン王子の別宅に招かれたと説明された。
「招待って、バケモノと一緒にいた子どもを?」
 ウソつけよ、という言葉をすんでで飲みこむ。
「イヴァン様は少々か……個性的なご趣味の方だから。ゲジ人と会えるなら、細かいことは気にされないのだ」
 と町長。
 あの食人グロ生物のどこが細かいんだよ招待とかいってどっかで殺してねーだろーな。
 ヨウは内心気が気じゃなかったが、文句をいう前に王子の従者たちがやってきた。ナギたちの連れがいたら招待するようにいいつけられていた為、町に残っていたそうだ。
 うさんくさいことこの上ないが、ナギたちの元へ連れて行ってくれるというならちょうどいい。
 従者たちに伴われて馬車に乗ると、黒い石のようなものをさし出された。
「なにこれ?」
 さほど価値はなさそうだ。水晶か宝石の原石に似ていて、ゴツゴツしていて装飾もない。
 ふと、同乗していた従者の一人がボソッとガマル語でなにかをつぶやく。
 共通語じゃないからわからないとでも思ったのだろうが、あいにくヨウはガマル語にも長けていた。
「カスだな」
 銀髪の彼は笑顔でそう告げ、すぐスクイート語に切り替える。
「我が国原産の宝石です。よければお一ついかがですか?」
「ははは、どーも。いりません」
 こいつら敵だわ間違いねー。少なくとも俺はこいつ嫌い。
 そう確信していたので、馬車が人気のない森の中で止まったときもさして驚かなかった。
「こんな所にうちのちびっこが……いるわけねーか」
 町からそうはなれていない。
 おそらくシロを待機させている森の近くだろう。
「森をぬけた先でまっていろ」
 馬車を降りて従者が命じると、御者はすぐに馬を走らせた。
 従者たちは3人。
 カス呼ばわりしてくれた銀髪と、金髪と赤毛。
 お忍びだからか、いずれも私服。だが、規則正しく乱れることのない足音やキビキビした動作。整列体勢などは騎士らしさがただよっている。
 彼らは抜剣し、同じ仕草でいっせいに斬りかかってきた。
 ヨウは一番早く迫ってきた金髪の顔面めがけてナイフを投げる。それが打ち落とされる間に彼の背後へ回りこんだ。そのまま、勢いを生かして金髪の背中を切り裂く。赤い血しぶきが宙に広がった。
「レイ!」
 赤髪の男が逆上して突進してくる。
 横なぎに振り下ろされた剣をすんでのところでかわし、ヨウは振り向きざま彼の首を打ち落とした。
 直後、眼前に刃の切っ先。
 避ける暇はなく、血のりがこびりついた自分の剣でそれを受けると、ガアンと耳鳴りがしそうな反響がした。
「事情説明もなくいきなり斬りかかるなんざ、お貴族様もそこらの賊と大差ねーな」
 ヨウが薄く笑う。
 力はほぼ互角。たまに押し負けそうになる刃がぎしぎしと悲鳴を上げている。
 銀髪の青年は侮蔑もあらわにこちらを見すえた。
「下賤の者とかわす言葉などもたぬ」
 腹部に激痛。
 背後へふっ飛ばされながら、傾く視界で奴がなにか投げたのが見えた。
 泥?
 昨晩雨でも降ったのか。はたまた水辺が近いのか。
 水っぽい泥はヨウの両目に的中し、視界を奪った。
 目を開ければ痛みに気をとられる。水は持っているが、悠長に目を洗う時間などない。そう悟った瞬間、目を閉じたまま駆けだした。
 馬車を降りたときに見た、辺りの光景はまだまぶたの裏に焼きついている。
 10メートルほど先の大木の下に、木の実が大量に落ちていた場所があったはずだ。
 ヨウは木の実を踏み潰す感触がするまで走り、大木にたどりつくとその影にひそんでナイフを構えた。すぐさま木の実を踏み潰す音がこちらへ迫ってくる。
 その音めがけてナイフを飛ばす。
「がっ」
 手応えあった。
 小さな悲鳴とともに重いものが倒れる音。けれど、まだかすかに息づかいがする。
「あの子をどこへ連れてった?」
 新たなナイフをとり出してヨウが問う。まだ大木の影からは動かない。
「ゴミのくせに……よくも……!」
 恨み言だけが返ってきて、ヨウは乾いた笑いをもらす。
「あっそ」
 声にむかってナイフを放つと、周囲から生き物の気配が途絶えた。
 目を洗浄し、馬車がまつ森の出口へむかう。
 拷問もやむなしというつもりでいたが、御者はあっさり口を割った。
 ナギたちが連れて行かれたイヴァンの別宅とやらは、ここから3,4時間ほどの距離にあるらしい。
「よ、よければお連れしましょうか……?」
 びくびくと御者が提案する。
 ヨウは少し考えて、首をふった。
「馬車は目立つから、いい。あんた信用できないし。もう行っていーよ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
 馬車が逃げさったあと。
 ヨウは高く指笛を鳴らした。

◆

 翌朝。
「なんでやねん」
 目が覚めて主がいないことに気づき、ナギは衝撃のあまり軽く人格崩壊をおこした。
 が、立ち直るのは早かった。
 気まぐれなオオゲジサマのことだから、そのうち帰ってくるだろう。エムリスはヨウもこちらに連れてきてくれるといっていたし、あわてることはない。
 朝食の席でオオゲジサマのことをたずねてみたが、だれも知る者はいなかった。
 ほんのり心細いまま客室にいると、やがて侍女に呼ばれ、エムリスと彼の主がまつ部屋へ連れて行かれる。
 だだっ広いが、ケバケバしくはない。上質な素材で彩られた、簡素で趣味のよい部屋だ。客室や館の内装からだいたい察してはいたが、なかなか洒落た人物らしい。
 イヴァンは思っていたより若い少年だった。
 歳は16前後。銀に近い金髪に青と緑が混ざった不思議な目。造作は整っているが、ひどく気難しそうな顔立ち。常に眉間にしわがよっている。半袖のナギでも暑いのに、かっちりして露出の少ない服を着ている。その割にバテたそぶりもなく、彼は涼しげにこちらを一瞥した。
「で?」
 主語述語など皆無である。
 ぽかんとするナギをよそに、阿吽の呼吸を会得した熟年夫婦のごとく、エムリスがうなずいた。
「今までの中で1番かと」
「期待しておく」
 イヴァンは一言つげて軽く片手をふった。
 エムリスがうなずき、
「ゆくぞ」
 ナギに声をかけて退室する。
 大人しく後に続いて廊下を歩きながら、ナギがたずねた。
「あの……私一言もあの人と会話してませんけど、なんのために呼ばれたんですか?」
 とても”ゲジ人が大好き”な人物の反応には見えなかったが。
「単なる顔合わせだ。必要な話はこれからわしがする」
「……」
 主に会って欲しいというのが用件だったはずだが、いつのまに主旨が変わったのだろう。
 ちがう部屋でお茶など飲みつつ、エムリスは語り出した。
「我が主のために、おまえの力を借りたい」

◆

 むかし、むかし。
 ガマル帝国にキツネと呼ばれる呪い師見習いの少年がいました。
 まだ見習いではありますが、王さまに一目おかれるほど才能のある呪い師です。
 彼が12歳のとき、彼は隣国の魔女エリスと恋仲になりました。
 あのキツネも一応人間だったのだなと安心されたり、魔女と手を組まれたりしたら、魔王が誕生するのではないかと恐れられたりしていましたが、それも数年で終わりを告げます。
 エリスが魔法薬の生成に失敗して亡くなってしまったからです。
 キツネは嘆き悲しみ、なんとか彼女を生き返らせようと様々な呪いをかけました。
 どれが効いたのかわかりませんが、エリスは蘇りました。
 獣のように四足で歩き、人語をしゃべりません。キツネのこともわからず、噛みついてきます。
 それでも動くし、身体は腐りません。
 キツネは喜び、毎日せっせと彼女の世話をしました。
 けれども、ある日。
 キツネが王宮で仕事を終えて帰ってくると、エリスが犬を殺して食べていました。
 生前の彼女が大事に大事にかわいがっていた使い魔の犬です。
 彼女は人語を操るそれを友と呼び、殴ったことはおろか、しかることすら滅多にありませんでした。
 犬の骸をボリボリ貪る姿を見て、キツネは涙を流しました。
「おまえはエリスじゃない」
 そういって、動く死体を燃やしてしまったそうです。

◆

 ガマル帝国第六王子イヴァンには五人の兄と姉が一人、妹が二人います。
 すべて異母兄妹で、跡継ぎ問題などでモメていたため兄妹仲は最悪でしたが、姉のルシアにだけは心を許しておりました。
 元々はたまに王宮で顔を合わせるだけの仲でしたが、きっかけは十歳のとき。
 王の誕生日に用意した贈り物が、姉と被ってしまったのです。
 だれがなにを贈るかは召使に調べさせ、事前に聞いていたはずなのですが、どうやらハメられたようです。
 そういえば、その召使はまだ新参者でした。
 召使がだれかに騙されたのか、それとも最初からだれかの回し者だったのか。わかりませんが、兄の内三人がニヤニヤ笑いながら楽しそうにはやし立ててきます。
「姉上に恥をかかせるとはなにごとだ!」
「贈り物をするのに下調べすらしないとは、おまえはよほど父上を軽んじているとみえる」
「もう十歳になるというのに! 父上、こいつはもう一度初等教育からやり直すべきです! これが外国への貢物だったら大問題です!」
 残りの兄妹はオロオロしたり呆れたりしながら、黙ってながめていました。中にはあからさまに侮蔑の視線をよこす者もいます。
 イヴァンは怒りのあまり彼らに獣をけしかけそうになりましたが、
「同じ物を選ぶなんて、イヴァンと私は気が合うのね。嬉しいわ」
 ルシアのおっとりとした声に毒気が抜けました。
「下調べを怠ったのは私も同じです。幼い弟ならまだしも、本来は姉として手本をしめす立場。おしかりは私が受けましょう」
 そういって彼女は頭を下げ、罰として一ヶ月ほど僻地のカビ臭い塔に幽閉されました。
 兄妹から毒をもられたり闇討ちされたりすることはありましたが、このように庇われたのは初めてのことです。
 いつしか二人は親しくなり、四年の歳月が経ちました。
 幼いころから決められていたとおり、ルシアが隣国へ嫁ぐ日が来てしまったのです。
「手紙を書くわ。元気でね」
 と彼女はいいます。
 けれど、イヴァンは彼女が遠くへ行ってだれかのものになってしまうなんて耐えられませんでした。
 王の命令には逆らえません。
 いっしょに逃げようといってもルシアは首をふります。
 いい争う内に、イヴァンは彼女を殺してしまいました。