その4 ???

 隣の牢屋にいたお兄さんは、レンヤの双子の弟らしい。
 名前はヨウ。

 兄といっしょに故郷を追いだされ、あちこちを転々としてる傭兵。
 彼はザイ国の女王スウに恋してしまった。

「君かわいいね! 彼氏いる? 好き! つきあって!」

 けれども女王は男嫌い。

「死刑!」

 それをレンヤが「なんでもするから命だけは助けてやってくれ」と交渉。
 その結果。

 レンヤはどこかへ連行され、ヨウはずっと閉じこめられていたという。

「くどいたら死刑なんて、よっぽど男嫌いなんですねぇ」

 おたがいの身の上話をしたあと、ナギがいった。

「ひどいだろ? ほっぺにちゅっとしただけなのに」

「それは殺されますね」

 ゲジでも切腹ものだ。

「いやあ、まさか女王さまだなんてしらなかったらからさぁ~。お忍びで町を視察してたらしいんだよ。ころびそうになったところを受けとめたら、かわいかったから、つい」

 軽く笑うが、平民だとしてもいきなりちゅーはないだろう。

「とにかく、ごめんな。俺のせいでこんなとこ連れてこられちゃって。たぶんレンヤは俺を許す条件にオオゲジサマの暗殺を命じられたんだ。それで失敗したけど、手ぶらで帰るわけにも行かなくて……苦しまぎれに君を連れてきたんだと思う」

 しおらしい声でヨウがあやまる。
 ナギは冷めた目をむけた。

「処刑されたらうらみます。たたります。呪います」

「こえーよ、ちびちゃん」

 入り口の扉が耳ざわりなほど大きくきしんだ。
 ガチャガチャと鎧のこすれる音がたくさん。牢屋の壁ごしに2人が目を合わせた。

 だれか連れて行かれるのかもしれない。
 ひそひそ声やいびきでうるさかった、他の部屋からも音が止む。みんなが息をひそめていた。

 やがて、ナギの前で2人の兵士がとまる。

「でろ」

 ゲジ語で告げられ、血の気がひいた。

 ああ。自殺。話すのに夢中でまにあわなかった!
 のどを突くつもりだったのに。剣はいつのまにかしまわれていた。

「ひきずりだされたいか」

 兵士が乱暴にヤリで地面をつく。ナギはふらふらと立ちあがった。
 ちらりと壁の穴を見る。

 青い瞳が心配そうにゆれていた。開かれた扉の前に立つと、

「ま、まった!」

 隣の牢でヨウがさけんだ。

「俺を代わりに連れて行け!」

「ヨウ!?」

 ナギがおどろき、兵士たちも顔を見合わせる。

「なあ、あんたらこれくらいの子どもいるんじゃない? こんなちっこいのが殺されるなんてかわいそーだろ? 俺にしとけって!」

「おれたちはドクシンだ」

 兵士たちは声をそろえて答えた。

「ジョオウはおまえをおよびだ。はやくしろ」

「……はい」

 ナギはうなずいて、いきなり兵士たちの後ろを指さす。

「あっ! あの人逃げちゃってる!」

「なにっ!?」

 そうして、懐剣を壁の穴から隣に落とした。

「おい、ゴキブリしかいないぞ」
「じかんかせぎのつもりか」

「すみません、気のせいでした」

 兵士に左右を固められ、隣の牢をふり返る。
 黒髪に青い瞳。整ったキレイな顔だち。中肉中背だけど、ひきしまった身体つき。見覚えのある、異国の服。

 レンヤそっくりの美青年が、青ざめた顔つきでこちらを見ていた。

 彼のほうが死にそうな顔してる。
 おかしくなって、軽く笑った。

「呪うなんて、ウソですよ。許してあげます。……さようなら」

◆

 兵士から女官にひきわたされ、風呂に入ったあと。
 髪飾りとそろいの、青くてキレイなザイの服をきせられた。

 殺すのにどうしてこんなことを?

 ナギは内心首をかしげた。
 連れてこられた場所もおかしい。ここは処刑場じゃない、来客をもてなすような広間だ。大きいし、豪華すぎる。

 じっさいにたくさんの貴族たちがいた。料理や酒もたくさん。どんちゃんさわぎの宴が開かれていて、楽しそうだ。

 だけど、ここには女しかいない。貴族たちも、女官も。武装した戦士までみんな女だ。しかもみんな美人ばかり。

 ……もしかして、女王さまってそういう趣味? 男嫌いってそういうこと?
 ナギもいちおう女だし。愛想をふりまいたら、たすけてくれないかな。

「奥へ進みなさい」

 と女官。
 いわれたとおり先へ進む。なにかキラキラしたものがあって、まぶしかった。

 アレがウワサのザイの神さま?
 壁ぎわの中央に、金ぴかの女神像がある。 

 天井を突きぬけそうなほど巨大な聖女。瞳を閉じて祈りをささげるさまが、なんとも美しい。オオゲジサマとは大ちがいだ。

 ……そういえば、オオゲジサマって「美しい神獣」といわれているのに。じっさいはぜんぜん美しくなかった。「気高い神獣」ならそんなに的外れじゃないのに。どうしてわざわざ、あんなウソをいいふらしてるんだろう?

 そんなことを考えていたら、また会いたくなった。

 オオゲジサマ、どうしてるかな。さびしがってないかな……。
 九代目がきたら、私のことなんて忘れてしまうんだろうな。ほんの数日しかいっしょに過ごしていないんだし。

 ナギが切なくなっていたら、だれか近づいてきた。

 とてもキレイな女の人。おそらく20歳くらい。

 長い黒髪を美しくゆい上げている。高そうな宝石やかんざし、首かざり。顔だちは少しキツイけど、華やかで色気がある。上品な朱と黄色の着物を身につけていた。

 おそらく、この人がザイ国の女王スウだろう。

 ぼうっと見惚れていたら、女官がナギを押さえつけた。ひざまずき、頭をたれる。
 女王がなにかをささやくと、女官がゲジ語で通訳した。

「こんばんは。ごきげんいかがかしら御巫さん」

 どうやら顔をあげていいらしく、女官の手がはなれる。

「……こんばんは」

「あなたに命乞いをさせてあげるわ」

 ほほえみながら女王は告げた。……正確には通訳が。

「オオゲジサマの暗殺を命じたら使用人なんか連れてこられて、こまってるのよね~。あっ、ごめんなさぁい。巫女だったかしら? とにかく、小娘なんて人質にもならないし。海へ沈めるか、ダルマにしてゲジへ贈ってやろうかと悩んでいたのよね」

「ダルマってなんですか?」

「両手両足を切り落としてしまうことよ。やってみたい?」

 やっぱり処刑だった。

「いいえ!」

 女王は笑みをひそめ、ナギのあごをつかんだ。長いつめが肌に食いこむ。

「知ってること洗いざらいはきな。良い情報よこすか、客人を楽しませることができれば殺さないでやるよ」

 ぺいっと手をはなすと、女王は人を呼んだ。
 酒を飲みながらやってきたのは、これまたキレイな人。

 長い黒髪。人間らしくないほど整った顔だち。女にしては背が高いなと思ったら、のど仏があった。

 男? この顔で男?

 ついまじまじと見てしまう。女王は気づいていないのか、ニコニコ彼に話しかけている。ゲジ国では男も長髪が多い。しかしザイ国の男はみんな短髪。彼の髪が長いから、美女だと思っているのかもしれない。

 白装束だから体格がわかりにくいし……白装束?

 白装束は御巫の証。
 一族のだれかが助けに来てくれたの? こんな美人いたっけ?

 ナギは期待したが、彼は首をかしげた。

「御巫?」

「はい」

 返事をすると、子どものように顔をしかめた。
 ……こんな表情をどこかで見たような気がする。気のせいだろう。こんな美形、1度みたら忘れられない。

「ちがうよスウ。あの子は白いんだよ。この子は青い」

 大人の男の声だ。だけど、こんな風にしゃべる人をしってるような……。

 ナギは彼を見つめたが、すぐに視線をそらされてしまった。
 白ずくめがさっていく。女王はあせったように彼を追った。

「なんなんですか……?」

 ついつぶやくと、すみっこの方から返事があった。

「女王はあいつに射殺された。いまなら脱走をオススメする」

 レンヤが逆さまにつるされていた。

◆

 彼はミノムシのように天井からぶら下がっている。
 とりあえずナギは返事した。

「射殺って、女王さま生きてますけど……」

「死でない。心臓を射殺」

「だから、心臓を射ぬかれたら死……って、ああ、もしかして好きになっちゃったってことですか?」

「そう」

 ゲジ語を覚えなおしたほうがいいと思う。

「で、なにしてるんですか。恩しらずなミノムシさん」

「その節はとてもすまん」

 おおよその事情はヨウに聞いた通りだった。

 レンヤは弟をたすけるために、オオゲジサマを暗殺しようとした。
 しかし失敗。

 手ぶらよりはマシかとナギをさらった。だがそれでも女王のキゲンをとることはできず。レンヤは鎖で巻かれて逆さづりにされた。

 女王や貴族たちの宴のサカナとして、いたぶられていたそうだ。的に見立ててナイフやら弓やらでねらわれたという。新しいケガがたくさん増えている。

「ひどい……」

 会ったらたくさん怒るつもりだったのに。レンヤの下に大きな血だまりができているのを見たら、そんな気が失せてしまった。肩の手当てもされてないし。このままじゃ、死んでしまう。

「もーいいです。……この鎖、外せないんですか?」

 素手ではムリだ。オノかなにかないかな。
 あたりを探していたら、左右から女官たちに腕をつかまれた。

「来なさい」

 そういえば、自分もこれから拷問されるかもしれないんだった。

 ひきずられた先には、不機嫌な女王さま。
 高価なイスに腰かけて、ふわふわの扇子をへし折っている。

「あんたのせいで恥かいたじゃない! 責任とってよね」

 彼女がぱちんと指をならす。
 ひかえていた女戦士がオノと小剣を持ってきた。

「いくつか質問をするから答えなさい。1つ答えられなかったら、1つ身体のどこかを切り落としてあげる。耳とか足とか鼻とかね。鼻をそがれたらすっごくブサイクになるわよ? せいぜいがんばるのね!」

 左右の腕はがっちりと女官につかまれている。
 ナギは逃げられない!

「オオゲジサマの正体は?」

「虫です」

「オオゲジサマが天罰を下すというのは具体的になにをするの?」

「罪人を食べるんです」

「オオゲジサマはどこにいるの?」

「いつも聖山にいます。初代御巫の封印で山からでられないんです」

「オオゲジサマはあなたのいうことを聞くの?」

「オオゲジサマのキゲンしだいです。強制はできません」

 次々ふってくる質問に、ナギはすらすら答えていく。

「拷問しがいのない子ね」

 女王が軽くほお杖をついた。
 ナギは上目づかいで瞳をうるませた。

「それはもう。私は国より自分の命が大切です。知っていることならぜんぶ洗いざらいしゃべります」

 だからどうか殺さないで!

「そう。それじゃ、これを話したらもう二度と国にはもどれない、というような秘密を話しなさい」

 そんなこといわれても。
 冷静に問いつめられて、冷や汗をかく。

「私はオオゲジサマにつかえて、まだ1週間も経っていな」

「左手の指をすべて切り落としなさい」

 女戦士がオノをかまえた。

「ほとんどの国民はオオゲジサマが虫だって知りません! キレイな獣だと思ってます!」

「それがなに? キレイな虫か獣かのちがいでしょ」

「ぜんぜんちがいます! すっごく気持ち悪い虫なんです。国民がアレを見たらイヤになると思います!」

 ああ、オオゲジサマ悪口いってごめんなさい。キモイのは本当だけど。

「それだけじゃねぇ……」

 まったく興味をそそられていない様子で女王がつぶやく。
 女戦士はオノをかまえたまま、命令をまっている。
 ナギはつい、いってしまった。

「お、オオゲジサマの弱点はふ●きらーです」

 もちろんデタラメだ。
 弱点なんて聞いたことない。殺されるのがイヤで口走ってしまっただけだった。

 しかし、女王は満足そうにほほえむ。

「そうなの。よくいってくれたわ。質問はこれで終わりよ」

 たすかった。ウソだとバレる前に逃げなくちゃ。
 思わず息をついたとき、女王はすわったまま優雅に告げた。

「一撃で楽にしてあげなさい」

「そんな!?」

 ナギの顔が絶望にそまる。
 左右の女官がいっそう強く彼女を押さえる。女戦士がオノをふり下ろした。

 肉がブチブチちぎれるような。金属がバキンと折れるような。いろんな音が混ざって、ひびいた。

 どこか斬られたんだと涙がにじむ。

 ……だけど、いたみも衝撃もやってこない。
 おそるおそる目を開ける。たくさんいたはずの貴族や女官たちがいなくなっていた。オノをふりおろした女戦士も見あたらない。

 残っているのは女王と通訳、ナギ。それを押さえつける2人の女官。そしてすみっこでつるされてるレンヤ。
 いや、もう1人いた。

 黒髪に白ずくめの美しい男。
 白い着物にはおびただしい返り血。まるで赤じゅばんのようになってしまっている。

 女王がザイ語で話しかける。
 色男はにこにこして答えた。

「な……なんていってるんですか?」

 ナギが聞く。
 女王と女官たちはぼうぜんとしていて、答えてくれない。

「人まねあきた、だそうだ」

 つるされたままレンヤが通訳した。
 よくわからなかった。