その48


 カタコトのスクイート語で町に入りたいことを告げると、彼らはしぶしぶ門を通してくれた。
「入らない方がいい。ここはなにもない町だぞ」
 どこか後ろめたいような、心配してくれているような顔だ。
 みんな一様にやせ細り、やつれていて元気がない。
「中に仲間がいるはずなんです」
 ナギがそう答えると、複雑そうにため息をつく。
「……仲間は諦めたほうがいい。食料を買ったらすぐにここを出て行くんだ」
「なにがあったんですか?」
 聞いても苦々しい顔をするばかり。
「すまない。……妻や子どもを死なせたくないんだ」
 だからなにをしたというのか。
 彼らはそそくさと持ち場へ帰ってしまう。
 町の中には四角い建物がいくつも並んでいる。粘土や泥などでできた、レンガという素材を使った家らしい。他には天幕を張って作られた店などがあり、干し草やタルが置かれている。
 果物や肉、武器や防具、その他雑貨を売っている店はあるが、水を売っている所はなかった。
 双子たちは「手持ちの水が足りなくなったわけではないが、補給できるならしておきたい」といっていたから、無理に水を探す必要はないだろう。
 双子たちを探して、早く町を出たほうが良さそうだ。
 よそ者は珍しいのか、通りすがる人々がチラチラとこちらを振り返っていく。
 閉めきった家の中から、木製の窓を開けてのぞく者もいた。
 みんな門番と同じように衰弱している。
 ユルドゥズは人の気配に警戒しているらしく、町に入ってから一言もしゃべらない。命綱にすがるようにナギの手を強く握りしめている。だが、障害物の類はこちらが注意する前に器用に避けて歩いていた。
「あの、少し前にここへ双子が来ませんでしたか?」
 町の人たちにスクイート語で話しかけていくが、反応はいまいち。
 みんな「知らない」といってそそくさと逃げてしまう。
 一人だけ「来たよ」と教えてくれた子どもがいたが、母親に家の中へ引きずりこまれていった。
「ねー、ナギ。僕が片っぱしから」
「それは止めましょう」
 ウズウズしているオオゲジサマの提案をさえぎり、ナギは作戦を変えることにした。
 直接聞いても教えてくれないなら、他の情報を聞きながらそれとなく探りを入れてみよう。
「すみません、壁にあった竜の死体はなんなんですか?」
 通りがかったおばさんに声をかける。
「ああ、あれはねえ。最近あちこちの国で竜が暴れてるらしいじゃないか。怖いよねえ。その竜に襲われない呪いだって、呪い師さまがいうからさ。ああしてずっと飾ってるのさ」
 他の話題ならぺらぺら話してくれるようだ。
 いわれてみれば、町の店には「竜族お断り」と書かれた札が貼られている。
「前の国でもそんな話を聞いたことがあります。けっこう噂になってるんですね」
「いくつか国が潰されてるからねえ。北の方じゃ死神退治のために三国が連合を組んだそうだよ。消息不明の死神を探すために竜族に援軍を要請したって。どうせ竜族は死神の味方だろうってみんないってるけどね」
「まあ。物騒な話ですね」
 背後に本人がいることはおくびにも出さない。
 ナギは適当にあいづちを打ちつつ、スクイート語の話がわかるようになっている自分に少し感激していた。しゃべる方はたまに間違えているようで変な顔をされたりもするが、通じればいいのだ。通じれば。
「この町では水を売ってもらえないんでしょうか?」
 たずねると、おばさんは悲しそうな顔をした。
 この地方の民族衣装らしく、彼女は全身を薄手の黒い布でおおって両目だけ出している状態なのだが、布ごしでも顔を歪めたのが見えた。
「少し前なら、タダでいくらでもあげたんだけどねえ……オアシスが干上がっちゃったから、今は金の山を出されても売れないね」
 ふうとため息をつく。
 通りがかった妙齢の女性がこちらへよってきた。
「あら、もう少しまてば水が手に入るかもしれないわよ。呪い師さまが雨乞いの儀式をすることになってて……」
「リタ!」
 おばさんがお姉さんを叱りつけるが、もう聞こえてしまった。
 そういえばさっきもチラッとそんなことをいっていたが。
「この町には呪い師さまがいるんですね」
 何気なく聞くと、観念したようにおばさんは教えてくれた。
 この町にオアシスが出来て、枯れてしまうまでの話。
 そして、困っていたら旅の呪い師がきたこと。
 もう何百年も経っているから昔話の呪い師とは別人だろうが、今度こそいいつけを守るから助けてくださいと住人総出で泣きついた。
 その結果、雨乞いをしてもらえるようになったこと。
「へー、すごい人なんですね。会ってみたいです」
「雨乞いの儀式なんて、子どもが見るもんじゃないよ! 悪いことはいわないから早く町から出て行きな」
 おばさんは急に不機嫌になって立ちさってしまった。
「なにか失礼なことをいってしまいましたか?」
 ナギが眉を下げると、
「いいえ、そうじゃないの。でも呪い師さまは気難しいお方だから、会わないほうがいいと思うわ」
 お姉さんもあわあわとさってしまう。
 なんだか嫌な予感がしてきた。
 そのまま町を探して回るが、なかなか双子の手がかりはつかめない。
 どうしたものかと聞きこみを続けていたら、雑貨屋の中に花を見かけた。
 青と水色の花弁に黒いつるが少しだけついた、不思議な花だ。
 土に植えられているわけでもなく、水に浸しているわけでもない。なのに瑞々しく咲き誇って美しい。
「これは本物の花ですか?」
 全身を茶色の薄布でおおった店主にたずねると、彼女は力なくうなずいた。
「砂漠の名物さ」
 葉から空気中の水分を吸収するので根がなく、土がいらない。乾燥に強くわずかな水分で育つという。
 ナギはそれを1輪と、女の子が好きそうな甘いお菓子を買う。
 はぐれた時のために、と双子からお小遣いはわたされていた。
「花くらいいくらでもとってきてあげるのに」
 オオゲジサマの言葉に苦笑する。
「これは、私が自分で用意しないと意味がないんです」
 今夜眠るときにでもまた会えるかもしれない。
 それくらいの気持ちだったのだが、眠るまでもなかった。町中をウロウロしていたら、奇妙な空き地を見つけたからだ。
 町の人いわく、少し前まではここに泉があったのだが、今は枯れはててしまったそうだ。人々は水瓶に貯めたわずかな水でなんとか生き延びているという。
 広さはだいたい家10件分くらいだろうか。
 その地面の一点がキラキラと虹色に輝いている。
 オオゲジサマが右手をゴキャッと鳴らして爪をのばす。
「なにもしないでくださいね」
 すかさずナギが止めると、不服そうな顔。
「えー」
 ユルドゥズも物いいたげにこちらに顔をむける。目隠しと外套で見えていないはずなのだが、実は見えているのではと疑いたくなる。
 ナギはそれらをふりきって虹色の地面に近づき、砂漠の花とお菓子を供えた。
 せめてもの慰めのつもりだった。
 立ちさろうとすると、夢と同じ声が頭上からひびく。
「あなた名前は?」
「御巫(みかなぎ)です。普段はナギと呼ばれています」
 答えながら辺りを見まわすが、姿は見えない。
「どうりで会ったことがあるような気がするはずだわ」
 ふわりと顔をなでられたような感触がした。
「私の名前はプラウ・ルフェリーア・プラルニー。水で困ったら呼ぶといいわ」
 すーっと虹が消えていく。
 花とお菓子もなくなっていた。

◆

 不意に鐘の音がひびく。
 町の住人たちがぞろぞろと同じ方向へ歩きだしたので、ついて行ってみることしばし。朝通ったときにはなにもなかった中央広場で、怪しげな儀式が開かれていた。
 レンヤとヨウが木の棒に縛りつけられ、火あぶりされそうになっている。
「焼いて食べるのもアリだな」
 オオゲジサマが真顔でつぶやく。
 ナギはあわてて駆けだした。
「やめてください。なにしてるんですか」
 今まさに火をつけようとしていた人物がゆらりとこちらをふり返る。
 全身をおおった黒い薄布から、紫の目だけが露出していた。
「なにって、生贄。この二人を神にささげて雨を降らせてもらうんだ。そうしないと、この町の人たちが乾いて死んでしまう」
 よそ者ならば殺しても後腐れがないということか。
 仲間の中から生贄を選んでいた柚羅の村と、どちらが人間らしいのだろう。
 ナギはどちらもお断りだ。
「ちびちゃん気をつけろ! こいつ変な薬使うぞ」
 ヨウがさけぶ。
「息を止めておけ」
 とレンヤ。
 無茶いうな。
「変な薬とはシツレイな。由緒正しい睡眠香なのに」
 それなりに警戒心があり、弱くもない二人が囚われるなんてと不思議に思っていたが、どうやら睡眠香とやらにやられたようだ。
 彼だか彼女だかわからないが、これが噂の呪い師さまだろう。
「邪魔するなら、おまえも生贄にする」
 小瓶をとり出したその手を、オオゲジサマが軽く引きちぎった。
 辺りに鮮血が飛び、傍観していた住人たちが悲鳴を上げる。
「キャアアアアアア!?」
「呪い師さまになんてことを!」
 呪い師は滝のような涙を流してうずくまった。
「ひ、ひどい……いきなりなにするの……!?」
 そちらから攻撃しておいてそれはないだろう。
 ナギと同感だったのか、オオゲジサマは冷めた顔で告げた。
「ナギはもちろん、そこの下僕もいちおう僕のだから。横どりしないでくれる?」
 美青年の姿で人間の手首をおいしそうにムシャムシャやらないで欲しい。
 ある意味、化け物の姿で人を食べるより心臓に悪い光景である。
 悲鳴に反応して竜化しそうになったユルドゥズをなだめていたら、呪い師がさけんだ。
「助けて! こいつら雨乞いの邪魔をする!」
 その一言で町の住人たちが殺気立った。
 大した武器は持っていない。女子どもも混ざっているし、一人一人はそれほど脅威ではない。だが、ざっと300ほどの人数が一斉に襲いかかってくるのは十分な恐怖だ。
 ナギは主が暴れる前にその腕をつかみ、素早く彼女を呼んだ。
「プラウ様! プラウ・ルフェリーア・プラルニー、助けてください!」
 正直舌を噛みそうになった。
 はたして彼女がどこまでしてくれるのかわからなかったが、彼らを止めるには、水をどうにかしてしまうのが一番早い。
 いわば一種の賭けである。できれば死人は見たくない。
「水が欲しいのね?」
 どこからともなく少女がささやく。
「はい。百年はもちそうなくらい、たっぷりと」
 ナギがうなずく。
 空中に少女の形をした水の固まりが現れた。
 降ってきたように逆さまで、長い髪に青い砂漠の花を飾っている。彼女は水でできたスカートをひらりとなびかせ、悪戯っぽくほほえむ。
「この距離なら、地下水脈の突貫工事くらいお安いご用だわ」
 大地が、ゆれた。