その6 呪われた村

 女の子が泣いている。

 歳は10歳くらい。黒髪のおかっぱ頭に青いゆったりした服。ぺたりと地面にしゃがみこんでいた。
 かたわらには毒々しい異形の怪物。たまに少女に飛んでくる火の粉を、コウモリ羽で防いでいる。

 あたりは炎につつまれている。

 山も家も、みんな燃えていた。
 戦でもおきたのか、死体がいくつも転がっていた。
 この近くだけではないらしい。国のあちこちに火がついていた。

 異形がぽつりとつぶやく。

「ミカはしっかりしてるから大丈夫だろうけど、他のみんなが心配だな……特にゴンベはもう歳だし」

「い、いったい、なにが」

 少女がしゃくりあげる。

「さあ、内乱みたいだけど。どのみち、この国はもう終わりだ」

 終わり。
 不吉な言葉に、少女は肩をふるわせた。

 異形は1つしかない目玉でそれをじいっと見つめる。
 少女を丸のみにできそうなほど大きなくち。けれど、その口元は優しくほほえんでいた。

「だからナギ。生き残った御巫(みかなぎ)一族を探しに行こうよ。それで、またどこかに御巫の里を作ろう。そうすればきっと、前みたいにくらせるよ」

 少女はしばらくぼーっとしていた。涙だけがぼろぼろと落ちていく。
 だけどやがて、

「……はい」

 顔をぬぐってうなずいた。

◆

 暗い夜道を、老人がとぼとぼ歩いていた。

 彼はくすり売り。
 医者みたいなものだ。いつもいそがしい。今日も患者をみていたら、おそくなってしまった。

「ああ疲れた。そろそろ息子にまかせて、引退しようかねぇ……」

 そうため息をついたとき、

「くすりの匂いがする」

 いきなりだれかの声がした。

 びっくりしすぎて、心臓が止まるかと思った。
 あわててあたりを探すが、声の主は見あたらない。

「だ、だれかいるのか?」

「泣きすぎたみたいで子どもが熱をだしたんだ。薬をわけてくれない?」

 男の声。
 ひどく近くで聞こえるが、どこからかよくわからない。

「それなら、ちょうどいいものがあるから売ってやろう。……しかし、おまえさんどこにいるんだ? 暗くて見えないよ」

 薬箱をおろして老人が問う。

「ここ」

 足元の地面からいきなり、ごつい両手がとびだした。
 老人は目玉をひんむき、

「きいやあああああああああああああああああああああああああ!?」

 うら若い乙女のような悲鳴をあげた。
 死にもの狂いで逃げだしていく。すっかり疲れもふっとんだようだ。

 夜道にとり残された両手は、

「……おかしいな。ちゃんと人間に化けたのに」

 ボコボコ地面をわって土からぬけだす。ケモノのように身ぶるいして土をはらった。

 がっしりとした大男だ。
 何人か殺していそうな凶悪面。鋼のような肉体にはいくつも傷跡が残っている。男は老人が置いていった薬箱に鼻を近づけた。フンフン匂いをかいで、こまったように眉根をよせる。

「どれが熱さまし?」

「見せてみろ」

 幼い声がして、男が顔をあげる。

「ナギ?」

 少しはなれた木の影に、子どもがひっそりと立っていた。

「ちがう」

 竹であんだカゴをすっぽりかぶっていて、顔が見えない。しかしその下はふつうの町民の格好だ。細い手足が着物からでている。

「熱さまし、どれかわかる?」

 子どもはこくりとうなずく。

「近くに村がある。病人を連れてくれば、看病してやる」 

◆

「うう……」

 なんか生臭い。でもって息苦しい。
 ナギは冷や汗を浮かべ、うなされていた。

 歳は先日10歳になったばかり。
 黒髪おかっぱ。愛らしい顔だちの少女。ほっそりした手足が、白い寝間着と布団からのぞいている。

「う~ん……?」

 彼女がふと目を開ける。胸の上にぬめっとした生物が寝ていた。

 大型犬くらいの巨大ナメクジ。それを黒くそめて、青紫に光る触手をいっぱいつけたような……つまりは巨大ウミウシである。

「のわああああああああああああああああっ!?」

 とびおきた衝撃でウミウシがぼてっと転げおちる。

「あ、ナギ。熱はどう?」

 そこそこの勢いで床に落とされたのに。気にもせず、ナゾのグニャグニャが話しかけてくる。
 男か女かよくわからない、不思議な高い声。
 それでようやく正体に気づいた。

「お、オオゲジサマでしたか」

 オオゲジサマというのは、ナギがつかえる主の名前だ。

 主食は罪人や行き場のない死体。1度食べたものになら、なんでも化けることができる。食べた物を合成して化けることもできるらしい。よくキモイ姿に好んでなっている。

 つい最近まで、ゲジ国の守り神として大切にされていた。しかし、なんやかんやで留守中に国が滅亡。2人は行き場を失ってしまった。

「熱って? ここはどこですか?」

 どこかの小屋みたい。すぐそばに囲炉裏(いろり)と戸が見えた。

「ここはゲジ国の近く。名前はわかんない。ナギは熱だして寝てたんだよ」

「そうだったんですか」

 熱のせいか、泣いたあとの記憶がない。

 小屋の扉ががらりとあいた。

 同い歳くらいの子ども。なぜか竹かごを頭にかぶっている。
 こちらを見るなり、一言。

「うちでは人のふりしてろっていっただろ。ここせまいし、こわされるとこまる」

 着物は女物。だから女の子だと思うのだが、少年のように凛とした声だ。

「はあい」

 黒ナメクジはにゅうとのびて、あでやかな美女に化けた。

 ゆるく波うつ茶髪。よく日焼けした小麦色の肌。大きな胸元がかすかにゆれる。
 はだかで床に寝そべろうとするオオゲジサマ。

 見かねたのか、竹かごの少女が大人用の着物をかしてくれた。
 そうしてナギをふり返る。

「熱はさがったか」

「はい。ここはあなたの家ですか? 泊めていただいてありがとうございます」

「べつに。なにもないけど、治るまでいればいい」

 竹かごのせいで顔は見えない。だけど、じーっと見られている気がする。てれくさくて、ナギは話を変えた。

「あなたはオオゲジサマを怖がらないんですね」

 うなずいたように竹かごがゆれる。

「バケモノなのは、あたしもいっしょだから」

◆

 むかし、むかし。
 よそ者をひどく嫌う村がありました。

 彼らはずっと村だけでくらし、外とは交流をもちません。
 たまによそ者が迷いこんでくると、石を投げておい返していました。

 そんなある日、村の浜辺に若い男が流れつきました。

 船がしずんだのでしょう。全身ぐっしょりとぬれて青ざめ、いまにも死にそうです。彼は変なツボをかかえていました。
 村びとたちは男から荷物だけうばって、見殺しにしました。

 しようとした、というほうが正確でしょうか。
 瀕死の男は死ななかったからです。

 怒り狂った男は村びとすべてをみにくいバケモノに変えてしまいました。
 彼は呪い師(まじないし)だったのです。

◆

「この村に伝わる昔話だ」

 竹かごをかぶった子どもがいう。

「じゃあ、あなたが」

「柚羅(ゆら)」

「私は御巫(みかなぎ)といいます。柚羅が竹かごをかぶっているのは、その呪いのせいなんですね」
「ああ。見ると目が腐るぞ」

 気にした様子もなくそう告げる。彼女は食事の支度を始めた。

「呪いを解く方法って、ないんでしょうか……?」

 ナギがつぶやく。
 オオゲジサマは彼女のひざまくらで寝ていた。なにかいいかけたが、先に柚羅が口をひらく。

「気にすんなよ。これでも須佐(すさ)さまのおかげで、良くなってるんだ」

「須佐、さま?」

「先祖が呪いにかけられたあと、村に旅の僧侶が来たんだ。先祖は僧侶にみつぎものをして、呪いを解いてくれるよう頼んだ。それからずっと僧侶は村にいる。あたしらのために呪いを解く儀式を続けているんだ。それが須佐さまだ」

「へえ……って、ご先祖さまが呪いをかけられたんですよね? 須佐さまが来たのって、けっこう最近なんですか?」

「呪いを受けたのが300年と少し前。須佐さまが来たのは200年前だ」

「長生きしすぎですよ!?」

 びびるナギ。柚羅は平然としている。

「1000年生きた人魚や仙人がいるというし。竜はゆうに500年いきるというからな。徳の高い僧侶ならそんなものじゃないのか」

「そうなんですか……?」

 そういえば、うちの主君も人間じゃないけど300年くらい生きてる。見ると、彼女は眉をひそめ、つまらなそうにつぶやいた。

「バカなことしてるな」

 柚羅が包丁をもつ手を止める。

「バカ?」

 ナギがあわてた。

「失礼ですよ恩人にむかって!」

 主は平気な顔でしっぽをゆらしている。人間にあきて生やしたようだ。ふわっとしたキツネの尾だが、やたらでかい。

「だってバカじゃないか。手枷を外すために手首を切るみたいなことして」

 どういう意味?
 聞きたかったけど、それより先に柚羅がうなった。

「わかったようなこというな!」

「かすかだけど、血とケモノの匂いがするんだよね。200年間どんな儀式を続けてきたのか、気になるなぁ」

 オオゲジサマがそういったとたん、柚羅の顔がさっと青ざめる。
 彼女は少しだけ口ごもり、

「う……うるさい!」

 外へ飛びだしていってしまった。

「柚羅!」

 よろめきながら御巫が追いかける。
 当然のようについてこようとしたオオゲジサマは、

「ちょっと留守番しててください!」

「えっ」

 怒られて固まった。 

◆

 外は日がしずんだばかり。目の前には暗い森が広がっている。
 木の合間から海も見えた。

 少しはなれた所にいくつかの家。
 この小屋は村の外れに建っているようだった。ちょうど木がしげっていて、村から見えない位置にある。

 彼女はどこだろう?

 人気のない所かなと目星をつけて、森の奥へ進む。
 柚羅(ゆら)は大きな岩の上に腰かけ、うつむいていた。

「オオゲジサマが失礼なこといってごめんなさい。悪気はないんですけど、ちょっと無邪気というか無神経というか。素直すぎるだけなんです」

 そっと声をかけると、竹かごが少し上をむいた。

「……御巫は?」
「え?」
「おまえもあたしらはバカだと思うか」

 長生きしているだけあって、オオゲジサマはナギよりかしこい。

 まだ人間をよくわかっていないような節はあるものの。あの生き物が「バカ」というからには、それなりの理由があるのだろう。でも柚羅がおろかなようにも見えない。僧侶に呪いを解いてもらって、なにが悪いのか?

「……わかりません。まだよく知らないし」

「そうか」

 柚羅は立ち上がると、不意に森の奥をふり返って告げた。

「かくれろ!」

 ナギがびくっとして、あわてて草むらにつっこむ。
 やがて、小さな地鳴りのような足音が近づいてきた。