その7 生贄の少女

「かっかっかっ。今日はでけえイノシシしとめたぞ」
「柚羅(ゆら)あー。おまえいまだれかと話してなかったかぁー?」

 おじさんたちの声。
 だけど、その姿をみて御巫の肩がはねた。

 一人は両腕が地面につくほど長く、頭に水牛のような角が生えている。まぶたがないのか、目は真円に近いむきだし。肌は腐った死体のようにただれていた。

 二人目はでっぷりと太った小男だが、目も鼻も耳もない。大きな口だけがついている。手足は指くらいの長さしかなかった。

「ひとりごとだ」
「そおかあー。イノシシ、バラしとくからよお。あとでとりにこいよー。好きなだけもってけ」

「他にも欲しいもんあったらいえよ。メシ食えるのも最後なんだからな」
「ああ、あとで行く」

 ズシンズシンと地面をゆらし、男たちがさっていく。
 柚羅がたずねた。

「おどろいたか?」
「う、は、いえ……オオゲジサマでなれてますから。それより、最後って……?」
「明日の夜、あたしは儀式の生贄として死ぬんだ」

 年に一度。
 須佐さまが儀式をおこなう。村人の中から生贄を選んで海へささげ、解呪を願うのだ。

 儀式のとき、村人たちは家の外にでてはいけない。
 儀式は見られると効力をうしなう。かえって呪いが強くなってしまうそうだ。
 いつも、日がのぼると同時に呪いは軽くなる。

「あと2,3年もすれば完全に呪いが解けるかもしれない」

 と柚羅。

「でも、柚羅は明日死んでしまうんでしょ?」

 御巫が眉をひそめる。

「あたしが死んでも、村のだれかが人間にもどれるなら……親も友達も、そのために生贄として死んでいった。中には嫌がる者もいたが、抵抗すれば……」

 しかたないんだ、と柚羅はいう。

 けれどその手は小さくふるえていた。
 御巫はそっと手をかさね、声をひそめた。

「私たちと一緒にきませんか? 逃げましょう」
「……」

 柚羅はしばらくだまったまま、返事をしなかった。
 やがて、

「ムリだ」
「どうして」
「みんな村のために死んでいったのに、あたしだけ逃げられない」
「そんな、生きたいと思ってなにが悪いんですか」

「それに、こんなバケモノが外の世界で生きていけるものか」

 そんなことない。
 反論しようとして、頭にオオゲジサマが浮かぶ。

 あの生物も、みにくいからと山に封印されていた。隣国で正体をあらわしたとたん、みんな恐れて逃げまどった。
 凶暴で人を食べるから。
 それはそうだが、そうでなくともあの外見はおそろしい。御巫でさえ、いまだに悲鳴をあげてしまう。

 だまって肩を落としていると、

「ボクがなんとかしてあげようか?」

 子どものような声がした。
 まわりの木々がざわざわと大きくゆれる。

 影にとけこんでいて気づかなかった。木の上にクモがいる。とても大きいのに、体をちぢめてのっていた。足がタラバガニみたいに長くて、目玉がたくさん。

 またキモイのに化けたなあ。ていうか、留守番しててっていったのに。
 あきらめにもにた気持ちで、御巫は思う。
 目玉グモことオオゲジサマは、くすくす笑った。

「柚羅には借りがあるしね」
「なんとか、って」
「呪いを解けるのか?」

 クモはすばやく、音を立てずに地面へおりる。
 そして、柚羅の腕にガブリとかみついた。

◆

 儀式の夜。
 まっくらな村の中。柚羅(ゆら)の小屋だけにかがり火がともされていた。
 そこへ、黒と茶の僧服をきた男がやってくる。

 歳は30代半ばくらい。いかにも優しくまじめな僧侶さま……といった雰囲気。とても200年も生きているようには見えない。だけど、これがおそらく「須佐さま」だろう。

 須佐が戸をたたく。
 小屋から柚羅がしずしずとでてきた。

「ついてこい」

 こくり、とうなずくように竹かごがゆれる。二人はゆっくりと村をでる。
 やがて海岸ぞいの自然洞窟へ入った。

 貝やフジツボが壁にこびりついている。天井はびっしりとコウモリでうめつくされていた。

 そこからさらに、奥のつきあたりへ。
 祭壇も仏像もない。味気ないほどさっぱりした場所だ。そこで、須佐はおだやかに告げた。

「竹かごをとり、目を閉じなさい。痛いのは一瞬だ」

 柚羅がうなずく。
 須佐は右手をふりおろした。

 少女の首が大きな血しぶきをあげた。首がふっとび、石の床をはねて落ちる。そばにおいていた竹カゴが赤くそまった。
 地面にたおれた小さな体。それを、長いカギヅメが乱暴にひきよせる。
 僧侶は毛むくじゃらのサルに変わっていた。

 ただ、サルにしては牙とツメが長すぎる。体も、洞窟をふさぐほど大きい。
 ケモノは少女の腹にかぶりつき、肉をむさぼる。

 そんなとき、

「なんだよ、食べるだけぇ?」

 柚羅の生首がケタケタと笑った。

「呪いを解く儀式とやらはどうしたんだよ。食べてから? ってことは死体は必要ないんじゃないか」

 サルが目をむく。
 入り口のほうから、少女の悲鳴がひびいた。

「オオゲジサマ!?」

 青い着物の少女――御巫がかけてくる。
 生首から昆虫の足がはえて、爆発するようにふくらんだ。

「うえ!?」

 御巫があわてて足を止める。

 二本の触覚に、のっぺりとした黒いコウラ。ゴキブリとにている。しかし内側は脚だらけで、ダンゴムシの腹みたいだ。
 生首ことオオゲジサマは、巨大なフナムシと化していた。

◆

 須佐に首を斬られたのは、オオゲジサマだった。
 柚羅の血をすい、彼女に化けて身代わりになったのだ。

 食べたものに化けられるとは聞いていた。だが、血をすうだけでもよいらしい。

 くわしい説明はされなかったから、御巫はとりあえずあとをつけていた。
 オオゲジサマがサルに食われていて、あわてて飛びだしたのだが……どうやら平気そうだ。

「須佐さまは……?」

 いっしょにいた柚羅がきく。
 こちらはまだ竹かごをかぶっている。左腕には包帯をまいていた。

「私もいまきたところだから、さっぱり……」

 御巫が視線をおよがせる。
 正面にはフナムシ。そして、半分くらい身体を食われた大ザルがいた。

「弱い。まずい。つまらない。まずい。まずい、まずい、まずい……」

 ガジガジかじりながらぼやくフナムシ。サルはギャアギャアおたけびをあげている。とてもうるさい。
 耳をふさぎながら、御巫がたずねた。

「オオゲジサマ、そのサルなんですか!?」

 フナムシの触覚がこちらをむく。

「須佐さまだよ。サルが人に化けて人を食ってたんだ」
「え!?」

 二人の少女がポカンとくちをあける。

 血まみれのサルがさけんだ。

「なにが悪い! 年にたった一人食うだけじゃないか! 代わりに村人の呪いを解いてやってるだろ? おたがい納得してやっていること。おまえにとやかくいわれる筋合いはない!」

「ふざけるな! サルに食われるなんて聞いてない!」

 柚羅の足腰がふるえていた。

「呪いを解く儀式に必要だって聞いたから、いままであたしらは……」

 サルが笑う。

「ああ必要だとも。だれがタダであんなめんどうな呪い解くもんか! 儀式で死のうが食われて死のうが、いっしょだろう? それが嫌なら、バケモノのまま全滅すぎゃあああああああああ!?」

「うるさいよおまえ」

 フナムシがサルの脳みそをかじった。

「ボクはそのへんどーでもいーよー。人間と共生しながら、合意の上で人を食べる。そこはボクも同じなわけだし?」
「な、なら」
「でもいうこと聞かないなら食べる」

 サルの頭部が半分なくなる。
 残っているのは上半身と、頭半分だけになってしまった。

「いうこと聞きますううううううううううううう!」

 ケモノの悲鳴が洞窟にひびく。
 あんまりうるさいから、コウモリはみんな逃げていた。

◆

 10分後。

「俺になにをさせたいんだ!?」

 息もたえだえにサルが問う。
 半分しかない、内臓たれながしの身体だ。よくこの状態で生きているものだ。

「村人たちの呪いをとけ」

 オオゲジサマがまともなことをいっている。御巫はひそかにこの生物を見直した。
 しかし、サルがわめく。

「こんな死にかけの状態で、呪いなんかとけるわけねーだろ!」

 フナムシがぱかっと大口を開ける。

「おおおおどしたってムダだ! 身体が完全に再生するのに百年はかかる。身体が元にもどらねーと、とても解呪なんかできねーよ!」

「え? そんなにかかるの? ボク一瞬で再生するけど?」

 本気でびっくりしてそうなフナムシ。
 御巫がおそるおそる声をかけた。

「動かない身体の分、私たちが手伝うというのはどうですか?」

「おまえ、まじないの印(いん)なんか結べんのか? 100個は暗記しないと使い物にならねーぞ。だいたい俺の精神力がもたねえ。元気な時でさえしんどいから年に1度しかしてねーってのに。こんな状態でやったら死んじまう!」

 キシャーッとキバをむくサル。
 洞窟内がしんと静まり返った。

「……どうするんですか?」
「なんとかしてくれるんじゃなかったのか?」
「どうしよっか?」

 てへっとかわいこぶるフナムシ。
 少女たちはそろって絶望したようにひざをついた。

「逃げましょうよ」
「できるかそんなこと!」

 柚羅はふらふらと、入り口の方へ歩いて行く。

「どうせ今夜死ぬはずだったんだ。みんなに本当のことを話して死ぬ気でわびる。運が良ければ半殺しですむかも」
「そんな……あっ」

 追いかけようとして、御巫がころんだ。
 とっさに柚羅のそでをつかんでしまう。ひっぱられて彼女もすっころび、竹かごが外れた。

「ご、ごめんなさ」

 顔をあげて見たのは――ちょっとキツそうな感じの美少女だった。
 切れ長の瞳にすっと通った鼻すじ。真一文字にひきしまったくちびる。顔の形も美しい。短い黒髪のせいか、美少年にも見える。

「みるな!」

 柚羅はとっさに着物のそでで顔をかくした。
 御巫がつぶやく。

「かわいいじゃないですか」
「気休めをいうな!」
「そーじゃなくて、呪われてるように見えないんですが」
「え?」

 洞窟の外。
 夜明けの海にそっと自分の顔をうつす。柚羅は両目を見開いた。

「どうなってるんだ……!?」