その73


 一方、ナギたちはやっとジャクセンを脱出したところだった。
 双子は竜族たちと再戦を望んでいたが、オオゲジサマが竜の本拠地を潰してしまったので仇討ちもはたした。
 さっさと名無しの町へ帰ろうというわけである。
 距離があるので途中で何度か休憩したり買い物などをしなければいけないのだが、空に映しだされていた一件で、一行の顔が知れわたってしまった。
 「死神の残党を殺せ」という勢いはやや弱まったものの、その辺の国や村へ入るとたちまち追いかけ回されてしまう。
 そんなわけで、物資の補給などをするときは人里近くの森などに身をかくして待機。双子がこっそり顔をかくして買い物に行くという方法をとっていた。
 以前なら双子はオオゲジサマとナギを二人きりにするのを嫌がっていたのだが、最近はわりと寛容になっている。レンヤはたまに「アレは人とはちがうことを忘れるな」と釘を刺してくるが、なんだかんだでオオゲジサマのことを信用してきているのだろう。
 今日もそんな感じで、双子が買い物へ行っている間。
 一人と一匹は海辺で留守番をしていた。
 おもむろにオオゲジサマが口を開く。
「ねえ、ナギ」
「なんですか?」
 主は久しぶりにゲジゲジ姿になって問う。
「コウモリと虫、どっちが好き?」
「コウモリ」
 ナギが即答し、ゲジゲジは半泣きでさけんだ。
「コウモリなんか絶滅させてやる!」
「やめてあげてください」
 やがて双子がもどってきて、みんなでくつろいでいたときのこと。
 近くの海面が不穏にゆれた。
 いきなり大津波が出現したかと思うほど波が立ち、海水が一箇所に集まっていく。一同が警戒する中、オオゲジサマだけが平然としていた。
「そういえば、いたっけ」
 妙齢の女性の高笑いが辺りに木霊する。
「またせたわね! レベルアップして帰ってきてあげたわよ! 私がきたからにはあのいけすかない人魚野郎もギッタギタよ!」
 たなびく長い髪に青い花飾り。見覚えのある艶やかな顔立ち。ワンピースドレス姿だが、それらすべては水でできている。
 ついこの間まで十代半ばくらいの少女の姿をしていたのに、なにをどうしたのか。すっかり色気ムンムンな大人の女性と化したプルプルさまが海面に仁王立ちしていた。その周囲にはいくつかの水柱が立っている。
「……」
 忘れていたわけではない。復活までやけに時間がかかっているなとは思っていた。
 しかし、いっていいものか。
 ナギは数秒ほどかける言葉に悩み、それから彼女を出むかえた。
「お帰りなさい。無事でよかったです」
「当たり前よ。あれくらいで消滅なんてしてたまるもんですか! で、あいつはどこ? コテンパンにしてやるわ!」
 ナギは答えに困って周囲をうかがう。
 オオゲジサマはかまって欲しそうにこちらを見ている。レンヤは「また変なのが増えた」とでもいいたげに諦めた顔をしている。レベルアップ後のプルプルさまは彼にも見えるらしい。
 自分がいうしかない。
 覚悟を決めて、できるだけ優しく彼女に告げた。
「あの……もう、終わりました」
「終わった?」
「敵、彼らが倒してくれました」
「……」
 その後。
 「どーして私の分を残しておかなかったのよ!?」とプルプルさまがキレまくったのはいうまでもない。
 ちなみに目をキラキラさせていたヨウが「好みだ」と彼女にせまったものの、「私、気弱で大人しくて従順でドMな男が好きなの。あんたみたいなのタイプじゃないわ」と一瞬でフラれていた。
 人外にほれてたまるか同盟の絆は、けっこうもろい。

◆

 名無しの町へ帰るまでの道中でわかったことだが、フィロスの牙はものすごかった。
 ちょうど双子の剣がボロボロになっていたから牙を剣にしてもらおう。
 そう思って町の鍛冶屋へ持ちこんだら、鍛冶師が卒倒したそうだ。
「これを俺なんかに打たせようだなんてとんでもない! こんな超一級の素材は超一級の鍛冶師に頼まなきゃ素材が泣く!」
 と二時間にわたって力説され、紹介状までわたされた。
 運良く通り道にある国だったので、よってみたところ。
「任せてくれ! いや、むしろこの牙を打たせてください! 俺が金を払ってもいい!」
 図体の大きな鍛冶師が涙とヨダレをたれ流しながらすがりついてきて、とても恐ろしかったと双子は語った。
 かなり名のある鍛冶師らしく、彼の仕事は見事の一言。
 それぞれの牙から剣と鞘を作りあげた。
 けして華美ではない。必要最低限の装飾がわずかにほどこされているだけなのに、宝石よりも目を惹きつけられる。
 うっすら青みがかった白い刃は淡く光り輝き、生きているかのようだ。
 同じ牙で作った剣の鞘は非常に頑丈で、たいていの攻撃なら盾のように受けきってしまう。鞘を切ろうとした鉄の剣が折れるほどだ。
 二本の剣を見下ろして、鍛冶師は「しばらく他の剣は打たない……」と恋する乙女のような顔で吐息をもらしたとか。
 ヨウは「なんだこれ。斬れすぎて怖っ!」とかいっていた。
 レンヤは特に感想らしきものはいわなかったが、黙々と試し切りしていたのできっと気に入ったのだろう。
 ちなみに、ナギの握りこぶしくらいのカケラが余ったのだが。それだけで小さな国の国家予算並の値段がすることが判明して、一同の時が止まった。
「一番の稼ぎ頭がちびちゃんとか……てか、カケラでコレなら剣の値段はいったい……」
 ヨウはなにやら苦悩していたが、フィロスにもらっただけなのでナギが稼いだわけではないと思う。
「もらい過ぎたでしょうか?」
 こそっとオオゲジサマにたずねると、主はナギにもたれかかりながら答えた。
「牙くらいまた生えるからいいんじゃない? 僕のも売ればそれくらいするし」
 ちなみに今日はしっぽが9本あるだけのかわいいキツネ姿なのでまったく問題はない。かわいい。
 ヨウは「負けない! 俺は負けないからなちびちゃん!」とかなんとかいっていた。
 さすがにムリだろう。

◆

 後日。
 路銀をさし引いてもかなりお金に余裕ができたので、プルプルさまの借金をすべて返済しておくことにした。
 彼女はふだん姿を消しているが、呼べば出てくるし気まぐれに姿をあらわす。
 お菓子に宝石に服に花。
 人目につかない草原で今までの借金を返すと、彼女は有頂天になって宙で踊りだした。くるくると回り、飛びはねるごとに花びらが舞い、小さな虹の環が出現していく。
 あんまりキレイな光景なので、ナギはしばらく魅入っていた。
 双子やオオゲジサマも目を留めていたように思う。主の目つきがネコじゃらしを前にしたときのネコに似ているような気もしたが。
「ナギも踊ろう」
 ふんわりとこちらによってきてプルプルさまが手をのばす。
「嫌です」
「なんでよ!?」
「いつか、二人っきりでならいいですよ」
 踊り方をしらないし、人前で踊るのはちょっとはずかしい。
 そう伝えると、プルプルさまは「しかたないわね」と青い花を一輪、ナギの髪にさしてほほえんだ。
「また、私と遊んでね」
 髪に花を飾るのはちょっと……と双子が渋い顔をしたが、せっかくだし。赤ではなくて青色なのでしばらく見逃してもらった。

◆

 名無しの町につくまで、もう少しかかりそうだ。
 そんなある日、ヨウにモテ期がやってきた。
 つい先日も大勢の女性に追いかけられていたそうだが、「アレはモテたんじゃない。狩猟されかかったというんだ」と本人が真剣な顔で否定するのでふくめないでおく。
「彼女ができました」
 デレデレの顔で紹介されたのは気が強そうで胸の大きな美少女。
 わかりやすい趣味だ。
 町に出かけたとき。暑くて物陰でフードをとっていたら「空に映ってた人」と気づかれ、「あれは兄の方」などと話している内にいい感じになったらしい。
 性格も良さそうだったのだが、半日もたたずに二人は別れてしまった。
 運悪く大蛇に化けていたオオゲジサマを見た彼女が、悲鳴を上げて逃げていってしまったのである。
「オオゲジサマのこと、ちゃんと説明したんだけどなー」
 ヨウは残念そうにしていた。
 冗談だと思われていたのだろう。
 しかし、それから間もなくまた新しい彼女ができた。
 名前はリーノア。今度も似たようなタイプだが、運良くオオゲジサマが人間の青年に化けているときだった。リーノアは少しだけオオゲジサマに見惚れていたが、我に返るとヨウと親しげに話し始める。
「彼女がなれるまで、人間っぽくしててくださいね」
 いずれバラすとしても段階をふまなくては。
 ナギがそう頼むと、オオゲジサマは不思議そうにこちらを見つめ返した。
「人間に化けているときは、いつも人間っぽくしているよ?」
「……人間は人間を食べたり、虫の足やトカゲのしっぽを生やしたりしないんですよ」
 金髪碧眼。お人形みたいに整った華やかな顔だち。すらっとした体型で、軍服が妙にサマになっている。
 今のところ見た目だけならまともなので、「しばらく変形しないでください」といっておいた。