その77


 ザイ国女王スウはかつてオオゲジサマに女神像を破壊され、軍や民を喰らいつくされたあげく臣下から革命をおこされた。
 あれから数年。
 その間に彼女は旧ゲジと反対方向にある隣国イーシャンへ助力をこい、長い年月をかけて反乱を鎮圧していた。
 現在、国内に火種はなく、イーシャンとの仲も良好。
 数カ月後には彼の国の第3王子を婿にもらうことになっている。
 なのに女王は優美な顔を不快そうにゆがめていた。
「どうしてやってくる使者は美女ばかりなの?」
 王さま業に社交はつきものである。
 毎日毎日いろんな国の使者と顔を合わせているのだが、なぜかいずれも美女だった。
「良いではないですか。お好きでしょう?」
 バルコニーで夜空を見上げる彼女の肩を抱きながら、ディアナ国の使者がいう。
 女王スウは月の女神もかくやといわんばかりの美しさだが、使者も十分美人と呼べる。
 キリッとした知的な女性で背が高く、首まですっぽりおおう、露出の少ないえんじ色のドレスを着ている。
「好きだけれど、良からぬウワサが流れているのが気に食わないといっているのよ。私が同性愛者だとか? イーシャンとの婚約は政治的なものでしかないとか?」
「ちがうのですか?」
 キスしそうな距離で使者が見つめる。
 スウは花が咲くような顔でほほえみ返した。
「あら、私にだって気になる男の一人くらいいるのよ?」
 もう会うことはないでしょうけど。
 そうささやきながら使者のなめらかな頬をなで、ドレスのすき間へ手をすべりこませる。
 そして突然その首筋に指輪を強く押し当てた。
「がっ、な、なにを!?」
 ぽうっと見とれていた使者が悲鳴を上げ、抵抗しようとする。
 スウは使者の首から指輪をひきぬき、同時に後ろへ飛び退って逃げた。
 使者は彼女を追うこともできず、自らの首をかきむしって床へ倒れる。小さく痙攣し、血泡をふいて動かなくなった。その首筋からは赤い血が一本の線のように流れている。
 スウの指には大きな青い石のついた指輪がはまっていた。
 けれど石は箱のフタのようにひらかれ、中からは黒い粘液と血のついた針が飛び出している。
「女王さま、いったいどうされたのですか!?」
「ディアナ国を敵に回すおつもりで……!?」
 後ろに下がっていた侍女たちがあわてて駆けよってくる。
 スウは自分の手が汚れないように、慎重に指輪を外しながら答えた。
「よく見なさい。喧嘩を売られたのはこちらの方よ」
 使者のスカートの下からは数本の短剣と毒薬がでてきた。
 彼女がバルコニーにもたれかかったときに金属の音がして気づいたのだとスウはいう。
 そしてふと、侍女たちがめくった使者のスカートの下に目を留めた。
「あら、あなた男だったのね」
 私が女に襲われるなんておかしいと思ったわと笑う。
 ほぼ同時刻。
 どこかの空の下で、双子の片割れがくしゃみをした。

◆

 バケモノになる呪いをかけられていた村の住人、柚羅(ゆら)はナギと同じ14歳になっていた。
 狩りや畑仕事、ときには漁にも出るため筋肉がつき、背がのびている。長い髪は邪魔になるので短く、鋭い眼光は変わらない。くわえて、ほとんど脂肪がないからか胸の方はひかえめ。
 要するに、美少年にしか見えない美少女へと成長していた。
 女らしい格好をすればきっと似合うのに、と村人たちは語るが柚羅にその気はないらしく、「動きやすいから」と男物の服ばかり着ている。ちなみに昔かぶっていた竹カゴは家の中で野菜おき場と化していた。
 そんな彼女は森で岩に腰かけ、嬉しげに手紙をながめている。
 近くの物陰がかすかにゆれた。
「めったに外と交流しなかったこの村に、手紙が届くようになるとはなぁ」
 半分しかない大猿があらわれ、のん気に話しかける。
 傷はふさがりつつあるものの、横から見るとまだ断面が露出していて気持ち悪い。
「おまえ、また村を見に来たのか」
 柚羅はなれた様子でため息をつき、手紙をしまう。
「俺が祀られてると思うと嬉しくて、つい」
 須佐はもじもじしながら毛むくじゃらの顔を赤くした。
 傷が完治するまでまだ96年くらいはかかる。
 その間、彼はずっと海辺の洞穴で寝ているつもりだった。
 けれど、なんだか村のほうでしょっちゅう名前を呼ばれる。気になってのぞいてみると、須佐は命をとして村を救った守り神として祀られていた。
 人間のふりをしていたころも感謝はされていたが、上辺ばかりで心に残らなかった。けれど、ただのエサだと思っていた人間たちに涙を流しながら自分の名を呼ばれて、鳥肌が立つ思いがしたのだ。
 みんなオオゲジサマが化けた須佐に感謝しているのだと柚羅に聞いたものの、それからもちょくちょくのぞきにきてしまう。
「見るくらいならかまわないが、変な気をおこしたら殺すぞ」
 そばにおいていた草刈り鎌に手をかけながら柚羅がいう。
「今さら食ったりしねーよ……俺、本当に守り神になっちまおうかな」
 猿がデレデレと相好を崩す。
「信じられるか。私の親や友達を食べたのはおまえなんだぞ」
 柚羅は冷たく彼を見すえ、横を通り過ぎる。
「そういうわりにはおまえ、村の連中に俺のことを告げ口したり攻撃してきたりしねーよな」
 須佐の言葉に彼女の足が止まり、軽くふり返る。
「今日は機嫌がいいから見逃してやるだけだ。近々、ナギとオオゲジサマが遊びに来るらしくてな」
「お、オオゲジサマッ!?」
 猿は一気に青ざめ、洞穴へ逃げ帰っていった。

◆

 竜王の側近ドロシーとエマの友人リコリスはお友達になっていた。
 竜の島が崩壊し、放浪する内に出会ったのである。
 ドロシーは竜王を、リコリスはエマをそれぞれ心配していたが、「あの二人が一緒ならきっと大丈夫だろう」と結論づけ、今は仲良くやっている。

◆

 そのころ、竜王とエマは人気のない浜辺で特訓中だった。
「がんばってぽち! しゅっとしてパッてやるの!」
 犬っぽい美少女から本性である赤茶色の竜へと一瞬で姿を変え、エマは愛しの夫を見下ろす。
「しゅ……しゅっとしてパ……だと……?」
 ぽちは冷や汗を浮かべ、驚愕に目を開く。
 わずか2年ほどで彼はすっかり成体となり、外見年齢は人間の20歳くらいになっている。
 記憶をなくしてからも好みは変わらなかったようで、エマとの仲は良好。
 けれど、どうしてか竜の姿に変身できなくなっていた。
 以前は人型の時も角や耳、しっぽを出したままにしていたのにそれもいつのまにかなくなっている。おそろしく頑丈で成体になるまでの成長が早く、寿命が長い以外はまるで人間の青年のようである。
「すまない。俺にはむ……へくちっ」
 凛々しい美青年に成長したのに、やたらかわいいくしゃみをしたとたん。
 ほんの一瞬、角としっぽと翼が出てまたひっこんだ。
 エマがぽんと手をたたく。
「頭から粉かなにかかけてみよう」
「えっ」

◆

 姉の蘇生に失敗したガマル帝国の第六王子イヴァンは長い長い戦争のまっただ中だった。
 彼はさして優れた者ではなく、あまりカリスマもない。けれど、ろくに休みもせずに戦場を駆け続けるその姿に少しずつ人望は集まっていた。
 ゲジ人の翠はまだ奴隷として彼のそばにいる。
 愛想は悪いし態度も冷たくそっけない。
 そんなイヴァンだが、戦から帰ってきた時には正室も側室もほうってまっさきに翠に会いにくる。
 男女の関係はない。ただ顔を見て話し、たまにそばで休んでいくだけだ。
 けれど翠は十分幸せだった。
 魔術師エムリスもいまだイヴァンに仕えている。
 最近、その部下にシュカが加わった。
 1回かぎりの傭兵として参戦したのだが、治癒の腕をエムリスに気に入られて正規兵に昇格したのである。あまり長居すると逃亡奴隷だとバレやすくなるため、シュカは当初しぶっていた。
 しかし、他ならぬエムリスから「おまえが奴隷だということはしっている」と見破られ、その上で勧誘された。身分証を与えて解放奴隷にしてやろうとの言葉につい承諾してしまったのだが、正解だったらしい。
 実力さえあれば身分にこだわらないこの魔術師に仕えるのは、なかなか居心地が良かった。

◆

 料理人見習いのアンリは父に捕まった。
 家出した一人娘を探して、父もはるばる旅をしていたのである。
 ガミガミしかられ、やがて仲直りした二人は親子そろって旅を続けている。
「高いけどすっごいおいしいキノコが安く手に入る国があるんだって。行ってみようよ」
 アンリが地図を広げて笑う。
「ほう。ちょうどキノコ料理が食いたかった所だ」
 父は二つ返事でうなずく。
 数年前に会った少女とそこで再会することになるとは、アンリは夢にも思わなかった。

◆

 ナギの血を吸ったコウモリは群れのボスになっていた。
 呪力の高い血を何度か飲んだおかげで急成長し、キングコウモリにレベルアップしたのである。いまや犬くらいの大きさだ。しょせんコウモリなので槍でフルスイングされたりしたらぺちゃんこになる程度の防御力だが、吸血されたらひとたまりもないので、近隣住人からはそこそこ恐れられている。
 少女を襲った寄生草はいまもどこかで根をのばしている。
 たまに「悪いことしてたら頭から草が生えるよ」などと子どものしつけ用怪談として利用されたりもしているらしい。
 オオゲジサマが遊びで作った鋼鉄製のアリは順調に各地の魔物を消化・吸収して大きくなっていた。
 攻撃さえしなければ人間は見逃してくれるので、「魔物にあったらアリ神さまを呼べ」などと一部で信仰されつつある。