その8 犯人はご先祖さま
ぬき足さし足しのび足。
こっそり村の様子をうかがってきたところ。村人の呪いは解けていないようだった。
「最悪だ……みんなの呪いが解けるのが100年後になってしまった。あげく、あたしの呪いだけ解けるなんて。もう楽に殺してももらえない。八つ裂きのうえ、さらし首だ!」
よそ者なんか信用するんじゃなかった、と柚羅(ゆら)。
どう声をかけていいかわからない。
ナギがオロオロしていたら、オオゲジサマがよってきた。
「あいつ、ケガが治るまで洞窟にひきこもってるって」
「そうですか。どうしましょうね」
「村人全員がボクかナギを好きになっちゃえば、楽なんだけど」
「そうですねえ……ってなんの話ですか?」
太陽は東からのぼるんだよ、みたいにフナムシは語る。
「村人がよそ者を好きになれば解ける呪いなんだ。よそ者嫌いな村人が、よそ者に親切になるようにかけたものだから」
2人の少女が目を見開く。
「なんでそんなこと知ってるんですか!?」
「村人たちが呪いをかけられたとき、ボクもいたからね。解き方はボクしか聞いてなかったけど」
「でも、300年前っていったらオオゲジサマはまだツボの中――あああ!?」
この村に伝わる昔話を思いだして、ナギが頭をかかえる。
それじゃあ、もしかして。
「この村に呪いをかけたのは私の御先祖さま……? 初代御巫ってことですか!?」
「そうだね」
「どーして早くいってくれないんです!」
「聞かなかったから」
足の力がぬけて、しゃがみこんでしまった。
「あああ。うちの御先祖がごめんなさい! 本当にとんでもないことを……柚羅?」
彼女は顔をまっかにしていた。
目が合うと、さっと竹かごをかぶってしまう。
「ち、ちが……! 歳が近いやつと会ったの久しぶりだったから。ちょっと嬉しかっただけなんだ!」
そんなにテレることないのに。
「はあ。ところで、村の人はいまもよそ者が嫌いなんですか?」
「あ……ああ。呪いを解いてくれる須佐さまだけは別だった。でもよそ者に関わるとろくなことないって、みんな避けてる。石を投げたりはしないけど、見つけしだい村から追いだすし。よそ者と口をきいたのがバレたら、しばらく村八分だ」
ナギが息をのむ。
「なのに、たすけてくれたんですね」
「あたしはよそ者を見たことがなかったから興味があったし。おまえたちはとてもめずらしかったから」
だろうなあ。
ちらりとオオゲジサマを見る。目が合うと、嬉しそうにカサカサよってきた。まずいまずいと文句をいっていたわりに、須佐を食べてからキゲンがいい。ちょっとは腹の足しになったらしい。
「オオゲジサマ、私に考えがあるんですけど……」
◆
朝日が昇り、村人たちがおきはじめた。
ソワソワと期待するような、申し訳なさそうな……。何ともいえない表情で、それぞれ家族や友人の姿を確認する。
しかし。
呪いはちっとも軽くなっていなかった。
昨日の儀式に不備でもあったろうか?
みんながウワサしていたとき。集会の合図の鐘が鳴りひびいた。
「集まれ! 須佐(すさ)さまからお話があるそうだ!」
そんな声を聞いて、村人たちの顔色が変わる。
儀式が失敗したんだ!
村人たちは集会所へはしる。そこには、いつも通り竹かごをかぶった柚羅と須佐がいた。
どうして生贄が生きている? まさかこいつが逃げようとしたから、失敗したのか?
トゲトゲしい視線が少女にそそがれる。
異形たちにとりかこまれて、須佐は悲しげに口を開いた。
「私はもう儀式をおこなえない」
村人たちの顔がけわしくなった。
「どういうことだ!」
「何のためにみついでると思ってる!」
「あと少しじゃないか!」
「途中でやめるなんて、無責任だ!」
須佐と柚羅のそばにある草むらが、おびえるようにゆれる。
それを視界のはしにとらえて、須佐がかすかに笑う。が、すぐに青い顔で続けた。
「寿命がきたのだ。私は明日にでも死ぬだろう。……だから今回は生贄を使わない。私自身の命と引きかえにして、あなたたちの呪いを解こう」
村人たちは、それはそれはおどろいた。
よそ者が命をかけて自分たちを救う? そんなことあるものか!
ざわめきが広がる。
「そんなことが……できるのか?」
「そりゃあ、ありがたいが」
「いいのか、あんた」
「本気か」
「なにを企んでる?」
僧侶は健気にほほえんだ。
「200年も世話になったのだから、最後にみなさんに恩返しがしたいのだ」
よく見るとその視線の先は村人たちではない。草むらからつきでた板切れを見ている。
しかし、だれも気づかない。
ちなみに板切れには、さっき須佐がしゃべったセリフがそのまま書かれていた。イカスミを使って筆で書いたらしく、文字がすぐにじんでいく。
「須佐さま……」
村人はぜんぶで40人ちょっと。そのうち、3人の姿にモヤがかかった。
下半身がなく上半身だけ。皮膚は泥のように黒く、目と鼻の部分だけわずかな凹凸があるもの。
胴体がなく、頭から直に手足が生えているもの。
身長は普通なのに、小指くらいの厚みしかないもの。
彼らの姿が、ごく平均的な人間のものへ変化した。
「おい、おまえ、呪いが……っ!」
村人たちがどよめく。
須佐は「あれ?」という顔をした。しかし、板切れの指示にしたがって祈りをささげる。
彼の体が、砂のようにサラサラと消えていく。
黒と茶の僧服がすとんと地面へ落ちた。
「須佐さま!」
何人かが駆けよって、砂をかき集めようとする。だが、すでにつぶ1つ残ってはいなかった。
異形たちが顔をおおい、わっと泣きだす。その姿は次々とかすんでいく。
そのとき。
草むらから子どもがそっと村をぬけだした。だけど、だれも気づかなかった。
◆
「人間ってタンジュンだね」
村から少しはなれた森の中。
人間大くらいの毛虫がしゃべった。赤と黒のうねうねした体にトゲトゲつき。針山のような姿をしている。
「私もここまで上手くいくとは思ってませんでしたが……何はともあれ、お疲れさまですオオゲジサマ!」
ナギが笑いかける。
――すべては村人の呪いを解くための、おしばい。
脚本はナギ。役者は化けたオオゲジサマである。
ちなみに、本物の須佐はというと。いまも洞窟の中でウンウン寝こんでいる。
そのまま、まつこと数分。
柚羅がたたたっと駆けてきた。
「どうでした?」
「全員、呪いが解けた……! よそ者がここまでしてくれるとは思わなかったって。みんな泣いてて、須佐さまの祠を建てておまつりするっていってる」
「良かったですね!」
ナギがほほえむ。
「でも、どうしてまだカゴをかぶってるんですか?」
指摘されて、柚羅が竹かごに手をやる。
「落ちつかなくて」
そんなものだろうか。
「せっかくキレイな顔なのに」
何気なくいうと、巨大毛虫がうねうねとよってきた。
「ボクは?」
あなたはだいたいきもち悪いです。
そっと目をそらしていたら、柚羅がぽつりとつぶやいた。
「このカゴ、あたしが5歳の時に親がかぶせたんだ。きもち悪いツラ見せるなって」
「え」
そんな親がいるなんて。
直前に考えていた内容が内容なだけに、なんとなく罪悪感がわく。
「生まれたときから呪いつきだったから。……だからまだ、竹カゴなしで歩くのは怖い」
「……」
気の利いた言葉が浮かばない。
ナギは彼女の頭、というか竹かごをなでた。
たまに大人が自分にそうしてくれるように、はげましたかった。
「あの、柚羅がどんな顔でも私は好きですから」
竹カゴがびくっとはねる。
「呪いが解ける前の顔を見てないから、そんなこといえるんだ」
いかん、ますます落ちこませてしまった。
「いえ、ぶっちゃけ恋人や夫なら嫌ですよ? でも同性の恩人なんだから全然アリですよ。例えあなたがこの毛虫のような顔でも、お友達にはなれます」
我ながら説得力に自信あり。
「……」
竹カゴがうつむく。
なぐさめたつもりだけど、失言だったかな?
「どうすれば元気をだしてくれますか?」
「……このままここに残ってくれたら」
嬉しかったけれど、すぐにオオゲジサマが答える。
「残らないよ。ボクらにはやることがある」
「……ですよねー。残りたい気持ちはあるんですけど、主がこういってますし。私としても、行方知れずの家族やら親戚やらを探しに行かないといけないので……」
「そうか。残念だ」
「また遊びにきますね」
「ああ、色々とありがとう。おまえたちは恩人だ」
竹カゴがまっすぐ前をむく。
「村のみんなのよそもの嫌いもなくなっていくと思うし……おまえたちが次にくるころまでには、歓迎できるようにしておくよ」
柚羅はそういって、手をふってくれた。
◆
御巫とオオゲジサマの姿が見えなくなったあと。
柚羅はそっと頭にかぶっていた竹カゴを外した。1人と1匹が消えた道の先に、再び視線をむける。
「……」
やがて、少女は村の方へと歩きだす。
竹カゴをかかえた手は、ふるえている。そのうち村人と目があった。
「あ……あ……」
だらだらと冷や汗を流す柚羅。
村人はにっこりと笑いかけた。
「おまえもしかして柚羅か? べっぴんになったなぁ!」
少女の目からポロっと涙がこぼれる。
手のふるえが止まった。
その日。
村では盛大なうたげが開かれ、夜おそくまでにぎやかな声がひびいた。