その9 双子の予言
むかし、むかし。
パキラという国に王子が生まれました。
パキラはそこそこ大きくて豊かな国です。だから、いろんな国の使者がお祝いにきます。王とお妃は顔をほくほくさせていました。
ところが、ガマル帝国の使者がとんでもないことをいったのです。
「王家の血は双子の手によって絶えるでしょう」
正確には、使者のつきそい。呪い師(まじないし)見習いの少年の発言です。
長い黒髪に紫のローブ姿。女のように美しい男の子でした。御巫(みかなぎ)とかいう、変な名前らしいです。
「運命から逃れるには我が帝国と同盟を結び、トス鉱山をさしだす以外にありません」
みえみえの脅迫でした。
パキラの名産はダイヤモンド。トス鉱山からしかとれません。
この鉱山をうしなったら、パキラは何のとりえもなくなってしまいます。
「なにこいつ……運命とか同盟とかぜったいウソじゃん。強国だからってカツアゲする気だな!?」
王は大変ムカつきました。
御巫の隣には正式な使者がいます。なのに、彼をしかりません。それどころか、ニヤニヤと笑っているではありませんか。あきらかにケンカを売っています。
「いいかげんなこというな! おまえたちはトス鉱山が欲しいだけだろうが!」
少年はしれっと答えます。
「それがそうでもないのですよ。たしかに”難癖つけて鉱山を頂いてこい”と命令は受けました。ですが、何の因果か。本当にそうなのです。あなたのご先祖が、鉱山で双子の奴隷をなぶり殺したりしたんじゃないですか? ひどくうらまれている」
呪いをかける手間は省けましたがね、と。
じつは。
鉱山でダイヤモンドが採れることがわかるまえ。そこは奴隷の闘技場として使われていたのです。
特に人気だったのが、双子。
殺しあわせて、どちらが勝つかを賭けて楽しんでいたとか。
いまとなっては王族だけが知る秘密です。しかし、それを知っていた王は青ざめました。
「なっ、なにをでたらめを……!」
そのとき。
側近の1人があっと御巫を指さしました。
「思いだしたっ! 黒い髪に黒い瞳、黄色い肌。おまえ帝国のキツネでは」
別の側近がたずねます。
「キツネ?」
「有色人種嫌いの帝王がはじめて認めたという、東洋人。この世のものと思えぬほど美しく。北の死神と何度も交戦してなお、生還している呪い師だとか!」
広間に集まっていた王侯貴族、兵士たちがざわめきました。
北の死神の名を聞いて、悲鳴を上げる者もいます。
「顔が黄色いからキツネなどという、不愉快なあだ名です。東洋人はこれが普通なんですがね……まあ私のことはいいでしょう。王、ご返答を」
ガマル帝国の正式な使者が「俺のことも忘れないで欲しいんだが。俺だって戦場ではそこそこ名の知れた剣士で……」とかブツブツいっています。
話が進まないので、キツネは聞こえないフリをしました。
「殺せっ! そいつらを殺してしまえ!」
王がさけびます。
兵士や魔術師たちが、彼らへおそいかかりました。
御巫は卵のような石を床にたたきつけます。中から怪鳥がとびだし、それにのって使者と共に逃げました。
「お返事、たしかに承りましたよ」
王はすぐに追手をだしました。しかし、彼らを捕らえることはできませんでした。
それからというもの。
不吉な予言を信じたわけではありません。けれどなんとなく気味が悪い。
そんな理由で、王は国中の双子を追放したり、処刑したりしました。
そして、パキラ国とガマル帝国の戦争が始まりました。
戦は約5年間、続きます。
本来の戦力差でいえば、ガマル帝国にぷちっとつぶされてもおかしくありませんでした。
しかし、
「ここまでコケにされたら、死んでもトス鉱山を手ばなさないもんね!」
とパキラ国はがんばりました。
ガマル帝国はというと。
「トス鉱山も欲しいけどよ~、いま1番ほしいのはクァッカ共和国の小麦なんだよなぁ」
じつはそんなに本気ではありませんでした。
さらに、戦の終盤ごろ。
「この国に愛想がつきたんで、でていきまーす。バイバーイ」
御巫が帝王の怒りを買って処刑されそうになり、逃亡。
などなど、いろんなことがあって、2国は停戦しました。
パキラ国は大きな湖と島をいくつかとられました。しかし、なんとかトス鉱山はうばわれずにすんだのです。
王子も老いるまで死ぬことはなく、予言は破られました。
けれど……いまでも、パキラ国では双子は不吉とされているのです。
◆
きゅ~ん、ぐきゅ~……。
犬が鳴いているわけではない。
どこか切ないその音は、少女の腹からひびいていた。
「ナギ? もしかしておなかすいてるの?」
オオゲジサマは目を丸くして、彼女をながめる。
「……ええ、まあ」
八代目の御巫(みかなぎ)、ナギは力なく答えた。
「またなにかとってこようか?」
「いえ、お気持ちだけでけっこうです」
オオゲジサマは食料を狩ってきて、わけてくれる。
変な魔物が多かったけど、彼女が食べられそうなものもあった。イノシシとか。
でも御巫は火打石がないと火がおこせない。刃物もないから、ケモノの解体もできない。そもそも解体作業はやったことがなかった。
オオゲジサマにたのんでみたものの。
「ボク、火はだせないんだよね。生じゃダメなの?」
彼も火のおこし方はしらないらしい。
イノシシをバラバラにひきさいてくれたが、血がしたたってるし。とても食べられなかった。
そんなわけで。
ここ数日。ナギは自分で見つけた山菜くらいしか食べていない。もちろん生で、味つけもなし。
こんなんで腹がふくれるかァ!
お下品な言葉が頭に浮かぶくらいには、腹がへっていた。
川があったから、水分はとれている。でもお茶が飲みたくてしかたない。水浴びじゃなくて、あったかいお風呂に入りたい。
夜はオオゲジサマに動物っぽいものに化けてもらう。その背中や腹とかで寝ているのだが……布団とまくらが恋しい。
こんなことなら、柚羅に生活用品をわけてもらえばよかった。火打石とか。
ナギは激しく後悔した。
次の機会があれば、必ず生活用品を手に入れようと決意した。
そこで、新たな問題に気づく。
「オオゲジサマ、お願いが……」
「どうしたの?」
神獣が首をかしげる。
この生き物はまたキモイ姿になっていた。
馬とオオカミ。そしてなぜかコオロギをごちゃ混ぜにしたような……。せめて顔が馬かオオカミなら良かったのに。コオロギの顔にオオカミのキバが生えている。
「もうすぐ別の国につくんですよね? この辺りにもだれかいるかもしれないし。人間に化けてくれませんか? めだちたくないんです」
「これ、めだつ?」
「めだたないと思うんですか?」
このまま国に入れば、魔物と呼ばれる。ぜったいに。
「馬だっていうことにすれば」
「こんな馬いません」
「ちぇー」
「それにですね。できれば何日か宿屋に泊まりたいんです。旅に必要なものをそろえたいし。一族のみんなを探すなら、聞きこみとかもしたいし……でも、でもですね」
ナギは小さなこぶしをぐっとにぎりしめた。
「私一人では武器を売ってもらえません。宿屋にも泊まれないんです。オオゲジサマが大好きなお酒だって買えません!」
ナギはまだ10歳。
子どもだけでは入れない店がある。
「それは大変だ」
オオゲジサマがするりと人間の少年に化けた。
15歳くらい。知性を感じる、かしこそうな顔だち。御巫と同じ黒い髪と目。
髪が長いし、美しい顔だから女かと思った。
でも、まちがえようがない。
「わあ、ありがとうございます。……ところで、服は作れないんですか?」
彼はすっぽんぽんだった。
中身は人外だし。別にはずかしくも何ともないが、このまま国には入れない。
「やっぱりきなきゃダメ? 人間の服って動きにくくって」
「ダメです」
オオゲジサマの身体がぐにゃりとゆらぐ。服をきた状態になった。身体を変化させるのと同じように、服も作れるらしい。
みなれない異国の服だ。
紫色で、体の線がわかりにくい。異国の呪い師がきてそうな衣装だと思った。
異国の服ということは、外国人? でも顔や髪などはゲジ人にみえる。罪人って雰囲気でもない。
オオゲジサマが化けられるのは、食べたことがある人間だけ。
こんな美しい人、いったいいつ食べたんだろう? 歳はちがうけど、まえにもザイ国で化けていたような……?
「これでいい?」
オオゲジサマに聞かれて、我に返る。
「あ、はい」
安心しかけて、ハッと息をのむ。
「お金もってないのを忘れてました」
オオゲジサマがきょとんとする。
「そういえば、人間はお金がないと生活できないんだっけ。どれくらいあれば足りる?」
「さあ……外国の通貨はわからないので、なんとも」
なぜか、少年はニタリと笑った。
「わかった。じゃあ、こうしようか」
オオゲジサマはお金を集めてくる。その間、ナギは町で一族の情報を探す。
夜に城門の前でまちあわせしよう、という計画だった。
「国の中なら魔物はでないし、安全だよね」
「そ、そうですね……?」
どうしてそんなにウキウキそわそわしているの? なにか問題をおこしそうで、不安だ。
でもいい計画に思えたから、ナギはうなずいた。
「そうだ。これあげる」
オオゲジサマは自分のキバを一本、おった。
おったとたんに、包丁くらいの大きさにのびていく。
白く、刃物のようにとがっていた。切れ味がよさそうだ。
「なんに使うんですか?」
「お守りみたいなものだよ。ボクまだ人間の見分けがつかないから、目印にもってて」
オオゲジサマはそういって、ナギの頭をなでる。
ちょうど正午くらいに国へつき、二人は一時解散した。
◆
「パキラ国城下町へようこそ」
門番らしい兵士が声をかけてくれる。
「ここが、ぱきら……」
城門をくぐって、ナギはぽかんと口を開けた。
うじゃうじゃ人がいる。家や店がいっぱいある。
小さな山里で育った彼女は、こんな大きな町にきたのは初めてだった。
ど、どこから調べれば……?
立ちつくしていたら、優しそうなお姉さんが声をかけてきた。
そこでナギは気づく。
「しまった、外国の言葉がわからない……!」
さっきの門番は、外国人をみなれていたのかもしれない。
ナギがゲジ人だとわかったから、わざわざゲジ語で話しかけてくれたんだろう。だけど、ただの町民がゲジ語を話せる確率ってどれくらい?
これじゃ、一族の情報が調べられない。
とんだ計画だおれである。
静かに落ちこんでいたら、お姉さんが顔をのぞきこんできた。
心配してくれているみたい。
「気にしないでください。てきとうに夜まで時間をつぶして……」
ふと、言葉を止める。
お姉さんの目に見覚えがあったからだ。
黒髪に青い瞳。
性別や年齢はちがう。でも、いつか会った双子たちと同じ色だ。
あたりを見ると、同じような特徴の人々がたくさんいる。濃い灰色の髪をしていたり、茶髪っぽかったり。青というより水色の瞳だったり……個人差はあるけど。これがパキラ人の特徴なんだろう。
あの双子はパキラ人だったのかもしれない。
「きれい」
いつまでも門の近くにいたから、気になったらしい。さっきの門番のおじさんがよってきた。
「お嬢ちゃん迷子か? お母さんは?」
ナギは少し考えて、答える。
「この国にいると思うんです。私と同じゲジ人、知りませんか?」
親とはぐれたのはウソじゃない。そういうことにしておこう。
「ああ、ゲジ国つぶれちゃったんだって? 大変だな。ちょっと前にたくさん入国してきたけど……いまどこにいるかまではしらねえなぁ。もう出国してるかもしれないし」
俺はこの門しか見てないから、と。
ここは東門。門はあと三つもあるらしい。
だけど、入国してきたと聞けただけで嬉しい。ゲジ人は全滅していなかった。
「ありがとうございます。探してみます」
ナギが頭を下げる。
様子をうかがっていたお姉さんに手を握られた。
「え?」
「いっしょに親を探してくれるってさ。良かったな」
青い瞳が優しげにほほえんだ。