オオゲジサマ


●バケモノの作り方

 むかし、むかし。
 初代御巫(みかなぎ)が帝国に仕えていたときのこと。
 彼の評判を聞いて、ある貴族の夫婦が訪ねてきました。
 長年子どもができなくて悩んでいる。どうにかして欲しいというのです。
 御巫はあまり乗り気ではありませんでした。
 正直、この忙しいときに面倒な依頼をもってこられたと難儀していました。殺すのは簡単でも、命の誕生となるととても手間がかかるのです。
 断るつもりでいましたが、
「私たちの子なら、どんなに不出来でも大切にする。たとえバケモノだって愛してみせる」
 そんな夫婦の言葉で気が変わりました。
「本当に?」
 眠たげにまたたいていた目を見開き、怖いくらい彼らを見つめてたずねます。
「その言葉は真実であると誓えますか? 誓うのならば、あなたたちに子どもを授けましょう」
 夫婦はすぐに誓いました。
 御巫は満月の夜に彼らを呼び出し、台座に横たわらせます。
 そしてそれぞれの腹に手をかざすと、白と赤の小さな玉をとり出しました。右手と左手の中にただようそれを、手のひらを重ねるようにして混ぜます。
 一つの玉になったそれを見て、御巫がいいます。
「もう帰っていいですよ。次は三ヶ月後にきてください」
 夫婦は戸惑い、服の上から自分の腹部をさすってたずねます。
「あの、今のはいったい……?」
「……呪いです」
 今日は安静にしてください。
 そういって御巫は強引に彼らを追い出し、三ヶ月の間その玉を大切に育てました。
 このまま普通の赤ん坊を造ることもできましたが、そんなつもりはさらさらありません。
 とびきり美しくて、目を背けたくなるほど醜い。
 そういうバケモノを造るつもりです。
 幸い夫婦は美男美女でした。どちらも絵物語や英雄譚にでてきそうなほどですから、彼らの遺伝子なら美の要素は十分。
 あとは醜さが必要です。
 どうしようかな、と部屋を見渡したとき、”それ”が目につきました。
 夫婦がやってくる少し前。
 御巫は皇帝に新しい使い魔を造るよう命じられて、蟲毒(こどく)を作っていたのです。
 雷を操る三つ目のトカゲ。
 人間を千人食らった巨大なゲジゲジ。
 神の末裔だとされる黒ヘビ。
 その他、見こみの有りそうな魔物とその辺に転がっていた動物の死体をいくつか。
 それらすべてを飢えた状態で一つのツボに封じこめ、殺し合い喰らい合いをさせていました。厳重に封印されているにも関わらず、ツボの周囲にはどす黒い瘴気がただよっています。
 ……これを使えば。
 手をのばしかけて止めます。
 これは皇帝に献上する品です。今から他の使い魔を造る余裕はありません。
 でも、予感がするのです。
 これと玉を使えば、それはもうすごいバケモノができるに違いないと。
 そういえばある神話に、あらゆる生き物の姿をもつという神がいます。
 アレをモチーフにした使い魔ならばこれと玉で造れそうです。しかしできた子どもは夫婦に授けたい。
 迷った末、御巫は皇帝に謝罪することにしました。
 使い魔を造るつもりがうっかりバケモノを造ってしまったのでとても献上できない、と。
「うわー手がすべったー」
 御巫は棒読みでそういいながら、落ちつきはらって玉を蟲毒に入れました。
 それからしばらく寝かせて、バケモノの素ができました。
 なのに、三ヶ月たっても夫婦はやってきません。
 どうしたというのでしょう。
 御巫は待ちきれず、次の日彼らに会いに行きました。
 夫婦は旅行中にガケから落ちて死んでいました。二人とも即死です。
「……」
 御巫は心の底からガッカリしました。
 正真正銘のバケモノを産んだときの夫婦の反応が、見たくて見たくてしかたなかったのです。
 本当に愛することができるのか。それともやっぱり拒絶するのか。
 どちらでもいいからしりたかった。
 でももうわかりません。
 一気になにもかもどうでも良くなって、御巫は床に倒れました。
 飲み食いせず、ひたすら無為に眠り続けるか、ぼうっとしています。何度か人が訪ねてきましたが、なにをいわれたか覚えていません。
 気づけば着のみ着のままで宮廷に引っぱり出され、使い魔を献上せよと命じられていました。
 そういえばあの子どもはどうなったか。母親の腹にもどしてから産ませて、完成するはずだったが……。
「おいで」
 呼ぶと、それはすでに人の形をとっていました。
 放置していたので死んでいてもおかしくなかったのですが、予想以上に魔力が強く、自力で成長したようです。
 身体は14歳くらい。漆黒の髪と目。うすい褐色の肌はなめらかで、両親に似て美しい顔立ち。上半身がほぼ半裸なので男だとわかるものの、見ようによっては少女にも見えるかわいらしさでした。
 上半身に刻まれた黒い刺青は魔がとりついた印。魂の深くまで混ざり合ったアレはもうとりのぞけないでしょう。
「なんだそいつは、人ではないか」
 いきなり現れた少年におどろいていた皇帝が顔をしかめます。
 かなり捨て鉢になっていた御巫はくすりと笑いました。
「暴れていいぞ」
 隣に立つ少年の姿が蜃気楼のようにぐにゃりと歪みます。
 直後、そこにはおそろしく大きなゲジゲジがいました。軽く人を踏み潰せそうな黒くて長い胴体。全身からくまなく生えた数百本の鋭利な脚。そのすき間からは無数の目玉が金色に光っています。
 帝国のキツネと呼ばれた呪い師、御巫が出て行く原因になった出来事でした。

●お年ごろ

 ある晩。
 いつのまにかすっかりオオゲジサマと一緒に寝るのが自然になってしまっていることに気づき、ナギはやんわりと告げた。
「私ももう小さな子どもではないので、別々に寝ましょう」
「ヤダ」
 本性の一つである少年の姿で布団に横たわり、オオゲジサマがいう。
「なんでそんな一緒に寝たがるんですか。先代から聞きましたよ、別に今までの御巫とはいっしょに寝てなかったって」
「……今までの御巫は、そい寝しよっていったら全力拒否だったし」
「私もわりと最初から拒否ってましたよ」
「畳で寝るならいいっていったじゃん」
「そのレベルで許容と判断されるんですか」
 すでに同じ布団まで侵食しているが、今までどんだけ拒否られていたのか。
 頭を悩ませていたら、オオゲジサマがニヤリと口を釣り上げる。
 同い年くらいの少年の姿なのに、手練手管に長けた大人みたいに色香のただようまなざしだ。
「冷たいなぁ……ゲジ国が滅んだ直後はよく夜中にうなされて、僕にすがりついて泣いていたのに」
「うわあああああああああああ!」
 ナギは耳をふさぎ、騒ぎにならならない程度に絶叫した。
「そんな大昔のこともう時効です! 忘れました! だいたいあなたあのとき犬っぽい姿だったじゃないですか!」
 とっさのことで言動が支離滅裂になってしまうが、もう勢いでごまかすしかない。
 黒歴史を掘り返さないで欲しい。
「えー? 僕は忘れられそうにないなー。一人寝になったら夜な夜な思い出してだれかに愚痴ってしまいそう」
「わかりました。わかりましたからそのことはもう金輪際口に出さずに記憶の中に封印しておいてくださいお願いします」
 オオゲジサマは機嫌よく微笑んだ。
「うん、じゃあ今日もいっしょに寝ようね」

●神かくし

 青く晴れた空の下。
 ゆるやかな風が吹く中、ナギは庭池の魚にエサをやっていた。鯉ではないが、人からもらった赤っぽい魚である。
 庭に出てすぐユルがきたので、話しながら手を動かしていたのだが。
 あんまり見つめられるので不思議に思って彼を見上げると、綺麗な顔が近づいてきた。
 すぐそばでこちらを熱っぽく見下ろす赤い瞳。彼の白い髪が少し顔にかかってドキリとする。
「ユル?」
 さっきまでごく普通に世間話していたのに。
 おどろいて名前を呼ぶと、彼は我に返ったように赤面した。
「あの……」
 ナギがいい終わるより先に身をひるがえし、空へ逃亡する。
 呆然としながら、森へ入っていく竜の影をながめていたら物音がひびく。
 いったいいつから見ていたのか。
 三つ目のネコに化けていたオオゲジサマが静かにこちらを観察していた。
 その夜。
 ナギは真夜中におこされた。
「ナギ、ナギ」
 そんな声がして目を開けると、近くに主の顔があって心臓がはねる。
「ど、どうしたんですか。まだ夜ですよ」
 火事でもあったかと不安になったが、彼はいつもの少年の姿でおだやかに微笑んだ。
「散歩に行こうよ」
 うさんくさっ。
 怪しい。確実になにかある。オオゲジサマはたいがい非常識だが、なにもないのに夜中にたたきおこしたりはしない。
 なにを企んでいるんだろう。
 優しげなのに目は笑っていないのが怖い。拒否したらなにをするかわからないような雰囲気があった。
「じゃあ、着がえてきます」
「すぐもどるからそのままでいいよ」
 そういってナギを抱きかかえ、窓からふわりと外へ出る。
 今夜は金色の満月だった。
 辺りは黒と藍色にそまり、ところどころ月に照らされている。
 顔は近いし、体温が伝わってくるし、非常にそわそわする。しかしオオゲジサマはひょいひょい家や建物を飛びこえていくので、大人しくしていないと落っこちそうで怖い。
「どこまで行くんですか?」
「もうちょっと」
 町を出て、森をこえても彼は足を止めない。
「けっこう遠くまできましたけど」
「あと少しだけ」
 そうはいうものの、一向に止まる気配がない。
「あの……もう国が見えないんですけど」
 主のほおをつまむと、ようやく木の上で止まった。
 ナギを抱えたまま、大きな枝の一つに腰かける。足元では木々が風にゆれ、ざわざわと音を立てていた。
「もうあそこには帰らないよって、いったらどうする?」
 オオゲジサマは優しく問いかける。
 短い黒髪がふわりと風に舞って、その合間から金の瞳がのぞいていた。黒い瞳に月が映っているようだ。
「嫌です」
「僕はずっといっしょにいるから」
 彼はそういってほおをなでてくる。
「帰りましょう」
「……僕だけじゃ嫌?」
 すらりと細い指。少し大きくて骨ばった手のひら。
 ふれられている所が熱い。
 この気もちをどう説明すればいいのかと悩みながら、そっと主の手にふれた。
「愛してます。でも、それは少し寂しいんです」
 はずかしくって、いいながらちょっと笑ってしまう。
 いま間違いなく顔が赤い。それくらい顔が熱くってしかたなかった。
 オオゲジサマは数秒目を見開いていたが、やがて幸せそうな笑みを浮かべた。
「両思いだ」
 こつんとおでこを合わせてくる。
 その笑顔があんまりかわいくて、ナギのほおもゆるむ。
「そのようです」
 その後、主の手のひら返しは早かった。
 一気に機嫌を治した彼はナギを連れてさっさと家に帰り、それから一週間くらいなにをいっても常にニコニコしていた。