脇役組多めな話
●知り合いの知り合い(シュカとエムリス)
ガマル帝国反乱軍アジト。
最近加わった味方の魔術師や呪い師と一通り顔を合わせたあと。廊下を歩きながらエムリスはついため息をついた。
「やはり御巫(みかなぎ)より見込みのある奴はなかなかおらんな」
2,3年前に少し会っただけの子どもだが、あの呪力の高さはいまだに忘れられない。育てればかなりの戦力になっただろうにとくやしく思う。
「御巫って、もしかしてこれくらいの?」
通りがかりにシュカが声をかけてきた。
治癒が得意で体術もそこそこ使えるという、貴重な女魔術師である。彼女ほど高度な治癒術が使える者は滅多にいない。
訓練帰りらしく、鎧はつけていない。
自分の腰のあたりに手をかざした彼女を見て、エムリスがうなずく。
「そう、確かそれくらいのやつだ」
おまえたち知り合いかと問うと、シュカが笑う。
「まあね。数年前に一度会ったっきりだから、今ごろはもう少し育ってるだろうけど」
そういってかざした手の高さを上げる。
白色人種の平均くらいのそれを見て、エムリスが首を振る。
「いや、ああいうタイプは大人になってもそこまではのびん」
せいぜいこのくらいだろうよ、と彼もまた手をかざす。
それは東洋人の平均身長よりやや低いくらいだった。
「あれ、そんなもん? もうちょっといくだろ」
と彼女が示したのは西洋人の中では低い身長。
「いや、のびてここだな」
エムリスの予測は東洋人の平均身長ジャスト。
少しはなれた場所にいた兵士たちが、二人を見て首をひねる。
「なんだあの手?」
「なにかの暗号だろう。あの二人のことだから、きっと重要な機密でも話しているに違いない」
兵士たちの士気が1上がった。
●シュカとナギが会ったばかりのころ
パキラ反乱軍アジトの酒場にて。
ナギの頭をなでながら、シュカがパキラ語でつぶやいた。
「こんな娘欲しいなー……」
近くを通りがかったヨウが足を止め、わざわざ引き返してきて問う。
「手伝おうか?」
「死ね」
眉一つ動かさずにシュカが即答する。ナギは不思議そうに彼女を見上げた。
「今のはどういう意味ですか?」
「子どもはしらなくていい」
●村に入りたい(須佐、柚羅)
かつて初代御巫によって村人全員がバケモノになる呪いをかけられ、子孫である八代目の御巫とオオゲジサマによって呪いが解かれた村。
その近くの林にて。
「なあ、これどう思う?」
身体が右半分しかない巨大なサルが柚羅(ゆら)にむかってたずねる。
その断面は大量の包帯でかくされ、頭の部分はちょう結びになっている。
「キモイ」
柚羅は冷ややかに告げる。
「なんでだよ!? これなら内蔵みえないだろ?」
「でかいちょう結びが似合ってなくて不快だ。おまえメスだったのか?」
山菜をとる手を休めない彼女の後を追いながら、須佐が弁解する。
「いや、俺オスだけど。「ごつい男がちょう結びしてたらかわいい」って前に村の女が話してたから」
「なんと」
柚羅はそれを聞いてしばらく眉根をよせていたが、やがて首を振る。
「女の趣味はわからん」
「おまえも女だろうが」
●須佐の村にナギが遊びに来た話(柚羅、ナギ)
たまには女の子だけで遊びたい。
そんなわけでオオゲジサマには遠慮してもらい、ナギは柚羅と和んでいた。
「ナギ、僕も女の子だよ」
主がゆるふわ巻き髪でたれ目の美少女になって乱入してきたりもしたが、
「ダメです。なんとなく」
とにかく遠慮してもらった。
家で二人でお茶など飲みつつ、柚羅が口を開く。
「ところで、ナギ」
「なんですか?」
「友達と遊ぶってなにすればいいんだ?」
この村に彼女と年の近い子どもはいない。
たまによそからやってくる男友達はいるものの、女友達と遊ぶのが久しぶりすぎて忘れてしまったのだという。
遠くで鳥のさえずりが響いている。
良い声だなあなどと目を細めつつ、ナギが答える。
「実は私もよくわかりません」
死にかけたり旅に出たりオオゲジサマの世話をしてばかりいたから、普通に女友達と遊ぶ時間がほとんどなかったのだ。
しいていうならアンリ、プルプルさま、ミカくらいだろうか。
「アンリっていう私の友達は”甘いものをいっしょに食べたり服を買いに行ったり恋バナしたりする”といってましたが」
柚羅は困ったように眉を下げた。
「甘いのは苦手だ」
ナギは彼女の肩をそっとたたく。
「塩辛いもので代用しましょう」
その日はいっしょにスルメを食べた。
●ぽちとエマ
青い水平線に大きな入道雲が浮かぶころ。
浜辺でエマとくつろぎながら、ぽちは思った。
イチャイチャしたい。
具体的には抱きしめたい、と。
「ぽち、見て見て」
「そうか」
キレイな貝殻をひろったと喜ぶ彼女の肩へそーっと手をのばす。
が、ふれる直前にエマは波打ち際へかけていく。
「もう泳げるかな」
太陽の下ではしゃぐ姿はとてもまぶしい。
「……」
なんとなく出した手に引っこみがつかず、ぽちはその辺にいたヤドカリをなでた。
1時間後。
「ぽちー、そろそろ帰ろう」
エマの方から抱きついてきて、ぽちがつい赤面する。
「そ、そうだな」
照れつつも今がチャンスとばかりに抱きしめ返す。
彼女はすぐはなれるつもりだったらしく少し驚いていたが、はにかむように微笑んだ。
そのまま、愛おしげにこちらを見下ろす。
「懐かしいな。ぽちが人間だった時はよくこうしてたんだよ」
「……そうなのか」
いつのまにか竜になっていた彼女の身体は大きく、固く、たくましく。とても暖かかった。
●ヨーゼフのその後
暖かくなってきた春先のこと。
寺院では院長が子どもにテーブルマナーを教えていた。
ソルという男の子なのだが、こんど貴族の家に3日ほど預けられることになっているらしい。まずはおたがいのお試し期間、ということなのだが。上手く行けばそのまま養子になれる。
そんなわけで彼らはがんばってお勉強中なのだ。
院長に掃除が終わったことを報告しに来たヨーゼフがひょいと顔を出す。
「テーブルマナーの勉強か、懐かしいな」
子どもたちから「まぶしい」と苦情が多いのでまた髪をのばし始め、今はほんのり坊主頭になっていた。
「ヨーゼフか。掃除が終わったなら薪をひろってこい」
いそがしそうに院長がいう。
なにせ昨日急に決まったものだから、あせっているのだ。
テーブルにおかれた空皿とソルがもつ食器を見て、ヨーゼフが笑う。
「テーブルマナーは他の教師に教わるべきだな」
「なんだと!?」
怒る院長を無視してヨーゼフはソルから食器をかりる。
「正しくはこうだ。今どきあんな古臭い作法でメシを食う奴はいない。……まあ、頭の硬い一部の年より連中と食事するときには使ってもいいが」
「どっちなの?」
ソルは混乱している。
「相手に合わせろということだ」
いうだけいってヨーゼフは食器を返し、退室しようとする。
壁がうすすぎて聞こえていたらしく、廊下から女の子が走ってくる。以前パンをくれようとした小さな女の子だ。メリーというらしい。
「ヨーゼフさん、院長さんに失礼なこといっちゃダメ! 院長さんはいつも私たちのために一生懸命なんだよ!」
「じ、事実をいっただけだろうが」
子どもたちに暴言を吐かれるのはもうなれてしまったが、ちょっと仲良くなった子に怒られると辛いものがある。
「すまん。悪気はなかったんだが……」
院長に謝罪すると、彼はしわしわの顔をゆがめて口を開く。
「……あんたなら、一流のマナーをしっているだろう。ソルに教えてやってくれ」
この寺院に教師をやとう金などない。
はずかしそうにそう告げられ、王のときにもっと寄付してやればよかったと少し後悔する。
彼からたくさんの命令を受けたが、頼みごとをされたのは初めての気がした。
「まかせろ」
ヨーゼフはおだやかに微笑んだ。
●ミカのお悩み相談室(ミカ、ヨウ)
オオゲジサマはいっさい政治に関わらない。
ナギも双子もユルもプルプルさまもそういったことに興味がないので、実質ミカが名無しの国の王のようなものである。
そんな彼女は自然と人から相談事を受けることが多くなる。
今日はヨウから悩みを打ち明けられた。
「うちのちびちゃん、せっかく女の子らしく育ったのに。人外にばっかりモテて、人間にまったくモテないんだけどなんでだろう」
「そりゃそうでしょ」
ミカは梅こぶ茶をすすって答える。
「あるときは変なバケモノといっしょにいる女だし、またあるときは人外とはいえ超がつくほどの美形二人がそばにいる女だし。あんたら双子も超はつかないけど美形だし、だいたいそばにいるし。あんたらを倒さないと話もできないなんて、ふつーの男はまずよりつかないわよ」
ふつーの男に嫁にやりたいなら、まず人外ふくめてあんたらがはなれなさい、と一喝。
「でも、目をはなしてちびちゃんに変な虫がついたら困るし」
「嫁にやりたいのかやりたくないのか、どっちなのよ。あと一番近くにいるでっかい虫はいいわけ?」
「あれは……もうどうしようもないから」
ヨウはそっと目をそらした。