脇役組その2


●シロの性別
 ナギの顔より大きな黄色いクチバシ。
 白くてふわふわの頭。ネコみたいな瞳。黒くて大きな翼。
 ナギはシロのことがわりと好きだ。
 だが、シロは自分の主人である双子たち以外に興味はない。そしてナギがシロをかまうとオオゲジサマが嫌がるので、この一人と一匹が交流することはあまりない。
 のだが、今日はたまたまオオゲジサマが散歩に行っていたので、これ幸いと羽毛をなでさせてもらっていた。
 ふわっふわである。
「ちびちゃん知ってるか? こいつ機嫌いいと踊るんだぜ」
 ヨウが得意げにいう。
 ちなみにシロは名無しの国付近の森に生息していて、用があるときだけ双子が家の外などに呼んでいる。
 今日も彼らに呼んでもらったところだった。
「踊る?」
「そーそー。ジョギーって鳴きながらこう、翼広げたり飛び跳ねたり……」
「それは、鳥の求愛行動では?」
 種類にもよるが、鳥のオスは求愛するときにキレイな羽を見せたり歌ったり踊ったりするのである。ちなみにメスはしない。
 ナギの言葉にヨウはひどく裏切られたかのような表情でシロを見た。
「おまえはメスだって信じてたのに……!」
 オスだったらどうだというのか。
「好きなエサをやったときとか、単に嬉しいときも踊るから一概に求愛行動とは……」
 レンヤが冷や汗を浮かべる。
「二人ともメスだと思ってたんですね」

●ナギがジャクセンで幽閉されてたときの話

 塔の最上階。
 簡素な小部屋でのほほんと茶を飲みながら、グスタフがぼやく。
「なぜあの前王の息子がああ育つのか……遺伝って不思議ですよね?」
 ナギは自分の分の茶には手をつけず、なんともいえない表情で口を開いた。
「あの、殺しに来たついでに愚痴って帰るのやめてもらえませんか」
 処刑までの時間稼ぎに幽閉されているのはしっている。
 だからたまに殺しにくるのは理解できる。が、殺しに失敗すると「今日のノルマは終わったから」といわんばかりにくつろぎだすのである。
 なんの罠かと思ってしまう。
「私だって愚痴りたいときくらいあるんですよ?」
 黒衣の魔術師は気にした様子もなくほほえむ。
「他の人に愚痴ってくださいといってるんです。毒グモ放ってきた人から気さくに話しかけられたら、混乱するじゃないですか」
 半ばあきらめつつナギが抗議すると、彼はしかたないとばかりに告げた。
「じゃあ一日交代にしましょうか? 殺しと愚痴と」
 どんだけストレス溜まってるんだ。
 絶句するナギにグスタフが笑う。
「あなた話しやすいんですよ」

●ヨーゼフが寺院に入った後の話

 2,3ヶ月に1度くらい、グスタフはヨーゼフの様子を見に行っている。
 今日もまたいつものように寺院をたずねると、ヨーゼフがすっとんできてグスタフを大聖堂へ連れて走った。
「俺はおまえのことは信用している!」
 とヨーゼフ。
「へえ?」
 グスタフはしらっと答える。
「なにがあってもおまえだけは俺を助けてくれると信じている!」
「えー。そんなことありませんけど?」
 グスタフの両目はすでになく、今は義眼がはまっている。
 視力を失ったばかりのころは精霊たちに手を引かれながら歩いていたが、最近はなれてきたので普通に歩いている。障害物があるときなどは教えてもらっているが。
 しかしこの義眼は高価な魔石。
 疲れるから普段はやらないが、その気になれば一時的に視力を回復させることもできる。
 ヨーゼフの態度にピンときたグスタフは視力を回復させ、それを見つけた。
 大聖堂の壁ぎわ。
 立派な台座の下には、粉々に割れた高価そうなツボ。
 台座をよく見ると、「5代目ジャクセン国王ノーリスから寄贈」と書かれている。
「頼む! 院長に見つかる前に直してくれ!」
 ヨーゼフが青い顔をして肩をゆさぶってくる。
 グスタフはその手をぺしりとはねのけてから熟考した。
「うーん……見捨ててやろうか、このスキンヘッド」
 このあと本気で見捨てかけたが。けっきょくヨーゼフが院長へ自白したので見捨てたいゲージはかろうじて下がった。

●その後のフィロス

 神獣フィロスはあれからすっかり野生に帰っていた。
 せまい王宮を出て外に暮らすようになったからか、身体は2倍くらい巨大化。
 元々寡黙だったが、人間と話す機会が減ってほとんど人語を使わない日々。
 ジャクセンに敵でもこない限りは特にすることもなく。
 気ままに野を駆け、空を飛びまわっている。
 そんなある日。
 人間の血の匂いがして、谷底まで降りた。
 足をすべらせて落ちたのだろう。
 全身の骨が折れ、皮膚が裂けて内蔵がむきだしになった死体が転がっている。
 周囲に仲間はいないようだ。
 フィロスは軽く匂いをかぎ、そばに穴をほって遺体を埋めた。
 2,3日おいてイイ感じに醗酵させてから食べよう……というわけではなく、ごく普通の埋葬である。
 幼いころから王宮で飼育され、上等のエサを与えられて育ったフィロスは人肉を好まない。戦いの最中。噛みついた拍子に食べてしまうことはあるが、あまり好みの味ではないし、心情的にも抵抗がある。
 野生に帰ってからも、それは不思議と変わらなかった。

●タベナイデエエってさけぶ寄生草

 以前ジャクセンで見かけた、やたらテンションの高い草の魔物。
 あれの動きや歌が脳裏に焼きついて忘れられない。
 そこで、ナギはオオゲジサマにあれについて聞いてみた。
 魔物のことならたいていしってそうな気がしたからである。
「ああ、あいつ面白いよねー。僕もわりと好き」
「私は好きじゃありません。気になるだけです」
 見た目はちょっとかわいいかもしれないが、人の脳に根を下ろすだなんて考えただけでゾッとする。
「そう?」
 オオゲジサマは機嫌よくナギの手を引き、なぜかパスカルの診療所へやってきた。
「たぶん、ここにいるよ」
 ちなみに今日は本性の一つの美少年の姿なので、女性の患者たちから熱い視線を注がれている。が、彼女たちはナギに気づくと「あ、なんだあれオオゲジサマか……」とでもいいたげに失望をあらわにした。
 どうも名無しの国住人たちはナギを判断基準にオオゲジサマを見分けているようである。ナギのそばにいるのはバケモノという認識らしい。ひどい。
「ちょっと寄生草見たいんだけど」
 カーテンで囲まれた診察室に乱入するなり、主が告げる。
「診察中に邪魔したらダメですよ」
 あわてて彼の腕を引くが、
「いいですよ」
 なぜかパスカルは快諾した。
 ちょうどこれから治療に使うところだったのだという。
 ペンギンのごとくぽっちゃりした魔術師の前には、10歳くらいの女の子。そしてそのお母さんがすわっていた。
「御巫さまにオオゲジサマ……!」
 お母さんもとい女性はこちらに気づくと、ナギにむかって両手を合わせる。
「最近、日差しがきついので明日は雨にしてください」
 オオゲジサマは職業神さまなので、ナギを介してなにかを願われるのは日常茶飯事だが、さすがにそれはムリだろう。
「それはちょっと……」
 やんわり断ろうとしたが、主は軽く答えた。
「別にいいけど」
 できるんかい。
 のどまで出かかった言葉を、ナギは苦労して飲みこんだ。
 壊す殺す専門の破壊神だとばかり思っていたが、案外多芸なのかもしれない。
「ありがとうございます! 熱い日ばかりでイライラしてたんです!」
 ペコペコする彼女に診察を見学してもいいかとたずねると、あっさり許可が出た。見たところ、患者の女の子に寄生草は生えていない。なにをどう治療するのだろう。
 一度奥に引っこんだパスカルが持ってきたものは、あの寄生草のビンづめだった。
 大きさはちょうど人の頭蓋骨くらい。ガラスビンの中は茶色い液体で満たされていて、長い長い根をもつ双葉の植物が漬けられている。
 うわあ……。
 なんともいえない気分で見ていたら、ビンの中の双葉が楽しげにゆれる。
「ノンデミル?」
「けっこうです」
 ナギが即答すると、パスカルがつぶらな瞳をまたたいた。
「あれ、もしかして寄生草ってしゃべるの?」
「しゃべってますね……聞こえないんですか?」
「俺、魔力ほとんどないからねえ」
 うらやましい、といいながら。パスカルはビンのフタを慎重に開けて中の液体をコップへそそぐ。そしてすぐにフタを閉めた。
「はい、どうぞー」
 そういって彼がコップを差し出すと、患者の女の子はそれをぐびっと飲み干してしまう。
「えっ?」
 アレ飲んで大丈夫なんですか?
 思わずたずねようとした瞬間、女の子の頭に丸い黄色の花が咲いた。
「うわあああああああああ!?」
 ナギは絶叫した。
「寄生されてる! されてるじゃないですか、花……っ」
 恐慌状態におちいったナギの肩を、オオゲジサマが笑ってたたく。
「そのために飲ませたんだよ」
「なにそれ怖い」
 パスカルとオオゲジサマの解説によると。
 この草は体力の弱い10歳前後の子どもにのみ寄生する。そして人間の養分を吸って育ち、やがて花を咲かせる。通常、花がさくころには宿主が死んでいるからか、1度花を咲かせた人間には2度と寄生しない。
 そこで、栄養をたっぷり与えて花を咲かせやすいようにし、わざと軽く寄生させて花が咲いたら駆除してしまう。
 これが予防になるというわけである。
 パスカルが青い液体の入った霧吹きを女の子の頭にかけると、あっという間に花は枯れてしまった。
 患者の母娘が帰ったあと。
 「見たかったら見ててもいいよ」というパスカルの言葉に甘えて、ナギは従業員用の部屋で寄生草をながめていた。
「サイターサイターキーイロイオーハーナー」
 ビンの中でウネウネ踊る寄生草はちょっとキモイ。
 なのについ見てしまう……なんだろうこの気持ちは。恋?
 ネコじゃらしを追うネコみたいな目でオオゲジサマも寄生草を観察している。
「ちょっと食べてみたい」
 ぼそっと主がつぶやいたとたん、双葉はビビッと震えて絶叫した。
「タベナイデエエエエエエ!」