初代の少年時代


 むかし、むかし。
 平凡な両親からとびきり優れた男の子が生まれました。
 混じりけなしの漆黒の髪と瞳に陶器のような肌。顔と身体の造りは黄金比率でできています。幼いころから人間ばなれした美しさで、男も女もまどわします。だれに教わったわけでもないのに、親ですらしらない小難しいことをしっています。
 そして、手足を使わずに物を動かしたり、人をカエルにしてしまったりする不思議な力をもっていました。
 彼は生まれながらの天才呪い師だったのです。
 両親はそんな息子を自慢に思っていましたが、だんだん気味が悪くなってきました。
 子どもらしさがまるでなく、少しも自分たちに似ていないからです。
 父は「あれは本当に自分の子か、よその男の子ではないか」と母をなじるようになりました。濡れ衣をきせられた母は否定しますが、証明しようがありません。
 男の子の優秀さに嫉妬した者たちからは「モノノケと浮気して作った子どもなのだろう。だからあんなに人間ばなれしているのだ」などとよからぬウワサまで流され、母はすっかり息子が嫌いになりました。
 外国では犬神と巫女や、竜と人の間にできた子どもを神のように敬うところもありますが、この国では人外をひどく忌み嫌っていたので、なおさらです。
 5歳の息子につめより、「おまえがおかしいのが悪い! おまえのせいで私が悪くいわれるんだ」とののしります。
 彼はなんでもないようにいいました。
「では、責任をとりましょう」
 直後、そばで様子をながめていた侍女の頭が破裂しました。
 なにがおきたのかもわからず、呆然とする母の前で侍女がどさりと床に倒れます。割れたざくろのようになった頭部からくずれた脳漿がどろどろと赤くこぼれていました。
 部屋の外からも大きな悲鳴がいくつもひびきわたります。
「これでもう、あなたを悪くいう者はいないでしょう?」
 彼はたった一言で、今まで母の悪口をいった者たちすべてを呪い殺してしまったのです。
 二人? 三人? 外から次々と聞こえてくる悲鳴だけでは想像もつきませんが、それがけして少なくないことをさっして、母は血の気が引きました。
「み、みんな……殺したというの」
「父上は残していますよ」
 平然と告げられた言葉に彼女は再び逆上します。
「このバケモノ!」
 当時、この国の貴族の女性は守刀を携帯していました。
 邪気や災厄を払うためのお守り代わりの小さな刀です。ほとんど殺傷能力はありませんが、5歳の子どもの腹くらいはやすやすと刺せました。
 男の子はびっくりして、反射的に母も殺してしまいました。
「あ……」
 新たなざくろと化した彼女を見て、思わず手をのばした直後。
 騒ぎを聞きつけた父と家来たちがやってきました。
「自分の母親を殺すとは……やはりおまえは人ではない。人の皮を被ったケダモノめ!」
 母の亡骸を見た父は泣いて激高し、息子を殺そうと家来をさしむけます。刀をもった武士たちが彼をぐるりと囲み、一斉に斬りかかります。
 けれどその刃は途中でいきなり軌道を変え、すべて同士討ちになりました。
 ざくり、ざくりと男たちの首が仲間の手によって斬り落とされていきます。
 ただ一人残された父が異常に気づき、悲鳴ともおたけびともつかない声を上げながら息子へ突進します。
 その刃の切っ先がとどくよりも早く。
 背後から飛んできた刀が彼の背に深く刺さり、心臓をつらぬきました。
 だれも刀をもっていません。死体と化した家来の一人がもっていた刀が一人でに動いてつき刺さったのです。
 すべて男の子のしわざでした。
 そうして彼は逃げ出します。
 腹に刺さった刀をぬき、血の足あとを残しながら。
 やがて出血多量で倒れてしまったとき。彼を介抱し、かくまってくれたのは小さなお寺の住職でした。
 貧しい廃寺で目が覚め、もうなにも失うものがない男の子はすべてを打ち明けました。
 なにかしようとしたら、殺すまで。
 ひそかに警戒しながら話していましたが、
「大変だったな。もう大丈夫だ」
 しわくちゃの老爺にそういって頭をなでられて、彼の心は少しだけ癒やされました。
 今までの名前を捨て、御巫(みかなぎ)と名づけられて育っていきます。
 お寺には住職以外に小坊主が何人かいて、たまに魔物も遊びに来ます。彼らとは兄弟のように過ごし、なかなか幸せな日々を送っていました。
 それも8歳のときに終わってしまいます。
 両親のときの反省を活かし、御巫はできるだけ人を呪わないように気をつけていました。
 けれど小坊主の1人とケンカになり、住職の悪口をいわれて我を忘れ……気がつくと小坊主は死んでいました。
「ごめんなさい」
 御巫は住職へ何度も謝ります。
 老爺は彼に茶を飲んで落ちつくようにすすめ、自分も飲み干してから口を開きます。
「わしのために怒ってくれたのは嬉しい。だが、兄弟のように共に暮らしていた者をあっさり殺すおまえが恐ろしい」
「もう二度としません。この寺に住んでいる者はけして殺しません」
 御巫がいいつのりますが、住職は悲しげに、どこか恐れるような目をむけてきます。
「おまえは確かにバケモノかもしれない……わしの手には負えない」
「……っ」
 御巫は絶望しましたが、悲しむヒマはありませんでした。
 住職が血を吐いて倒れたのです。
 とっさにかけよろうとしましたが、御巫もまた血を吐きました。
 吐いても吐いても胸がやけつくようで、のどをかきむしりながらのたうち回ります。全身が痛くて熱くて意識がもうろうとする中、老爺はいいました。
「あの日、おまえを助けたのはわしの落ち度だ。だからわしも一緒に死んでやる」
 二人のお茶には猛毒が入っていたのです。
 彼の言葉を聞いて、御巫の身体から力がぬけました。
 両親に、命の恩人にまで死を願われているのに。生きてなんになると考えてしまったからです。
 そうしてすべて諦めたのに、死にませんでした。
 亡くなったのは年老いた住職だけ。若い御巫の身体は毒にたえてしまったのです。
 親殺しの件で「人の姿をした魔物」としておたずね者になっていましたが、今回の件で見つかり、いつのまにか捕まったようです。
 牢の中で目覚めたときには全身が重く、焼けつくようで動けませんでした。
 2,3日たって身体をおこせるようになり、看守に水桶をさしだされます。
 その水面に映る御巫の顔は醜くドロドロにただれていました。
 毒と高熱のせいでしょう。顔だけでなくあちこちの皮膚が膿んで腐っています。ぐるぐると顔に巻かれた包帯をさわると、ドロリと血のりがつきました。
「ははっ」
 それがおかしくておかしくて、御巫は笑いました。
「あはははははははははは! バケモノだ! どこからどう見てもバケモノだ!」
 枯れてガラガラになった声で、いつまでも。

◆

 ぺちぺちとほおをたたかれて目を開けると、異形がこちらをのぞきこんでいた。
 人間より大きなそれは身体がカマキリで、頭部は赤い花。花弁の奥には無数の牙が生えていた。
「嫌な夢でも見たの?」
 ずいぶんうなされていたけど、とカマキリもどきが問う。
 これはオオゲジサマという、御巫の使い魔みたいなものだ。一度食べたものにならなんにでも化けることができる。今日のは見たまま、花とカマキリの合成体だろう。
 花カマキリという虫に化けたつもりかはしらないが、なにか間違っている。
「……鏡を持ってきてくれ」
 まだ夢うつつのまま御巫が口を開く。
 さし出された手鏡には見なれた自分の顔が映っていた。どこも腐っていない。
「……」
 もう何年も昔のことなのに、今さら夢に見るとは思わなかった。この国は自分が生まれた国ととても良く似ているから、過去の記憶が刺激されたのだろう。
 あれから数十年。
 26歳になった御巫は紆余曲折を経て、今はゲジ国で巫女をやっていた。表向きは神獣のオオゲジサマに仕えていることになっている。
「おまえは身も心もバケモノだよな」
 問うと、オオゲジサマは気にした風もなくうなずく。
「まあ、そうだね」
「私はバケモノだろうか?」
 枯れた声は3ヶ月。ただれ落ちた皮膚は2,3年で元通りになった。
 しかし中身は生まれた時からなにも変わっていない。
「難しいことを聞くね」
 花カマキリはめずらしく言葉を濁す。
 答えをさっして、御巫はかすかに自嘲した。