プルプルさま/ヨウ


●花飾り

 水の精霊プルプルさま。
 彼女は名無しの国のどまん中に豪奢でキレイな礼拝堂を建ててもらった。ふだんはそこにいて、訪れる人々の願いを叶えたりチヤホヤされたり、子どもたちと遊んだりしている。
 そのため、ナギは彼女に会うため一人で礼拝堂をたずねた。
「お呼びでしょうか?」
 今朝、ウサギと羊にかこまれる夢を見ている最中にプルプルさまが出てきて、「ナギ、ちょっと会いに来なさいよ。オオゲジサマは連れてこないでね」といわれて目が覚めた。
 ただの夢ではなさそうだったので来てみたら、正解だったらしい。
 宙に青い水滴が集まり、妙齢の美女の姿を形作っていく。
 波たつ水面のようにゆれる長い髪とドレス。いつもは勝ち気にほほえんでいるその顔は、どんより沈んでいた。
「お花枯れちゃった……」
 プルプルさまが悲しげに花をさしだす。
 彼女がよく髪や服に飾っていたものだ。ヨウが「髪に花を飾るのは俺の国では娼婦の印で……」と止めたりもしたが、「あんたたちの国の風習なんてしらないわよ。うちはうち、よそはよそ!」と愛用していた。
 元は青い花だったのに、すっかりしおれて黒くなってしまっている。
「あげてから2,3年くらい経ちますからね。よくもった方だと思います」
 懐かしいなぁとしみじみつぶやくと、彼女が少し身をかがめ、顔をのぞきこんでくる。
「新しいのちょうだい?」
 うるんだ瞳。滅多に見せない気弱な表情。
 かなり年上の同性にもかかわらず、ナギは見事に胸を撃ちぬかれた。
 朝からなにかと思えば、なんてかわいいおねだりを……!
「いいですよ。今度はちがう色にしましょう」
「やった」
 ふっふふーと鼻歌を歌い出すプルプルさま。
 他の人たちからもお花やお菓子、宝石などをいっぱいもらっているのに。数年前にあげた花を大切にしてくれていたのが嬉しくて、ナギは目を細める。
「アクセサリーとかでもいいですよ。それなら枯れませんし」
「花がいいの」
 透きとおった青い瞳が楽しげにこちらを見つめる。
「また髪に飾るんですか?」
 綺麗で似合うとは思う。だが、ヨウとレンヤから「プルプルさまの真似はしないように。髪に花なんて言語道断」と口を酸っぱくしていわれているので、ナギも少し抵抗をもつようになってしまっていた。この価値観を押しつけるつもりはないが。
「もちろん」
 彼女はにこりと微笑み、独り言のようにささやいた。
「私の国では、花は死者を弔うためのものだったわ。死者が男なら胸に、女なら髪に花を飾るの。だから、私は彼女のために花を飾りたい」
 その横顔はどこか謎めいていて、笑っているのに悲しんでいるようにも見える。
「えっ?」
「なんてね」
 いつもどおり明るくて勝ち気で、堂々とした風情で彼女はいった。
「あの、今のはどういう意味ですか?」
 思わずナギが問うが、
「秘密よ」
 教えてあげない。
 そういって彼女は霞のように消えた。

●水の精霊

 むかし、むかし。
 砂漠地帯に小さな村がありました。そこには井戸がありましたが、長い間雨が降らなかったため、水がつきかけていました。
 このまま雨が降らなかったらみんな死んでしまう。水の精霊に雨乞いをしよう。
 村人たちはそう考えました。呪い師も魔術師もいませんが、「こういうときは生贄を捧げればよいのだ」と一人がいいます。彼は元旅人で、魔術師が雨乞いをする儀式を見たことがあるのだそうです。
 生贄には若く美しい少女が理想的。
 彼のいうまま、村で一番綺麗な16歳の少女が選ばれました。
 なにも説明されずに村長の家に呼ばれ、「なんでも好きなものを与えよう」といわれます。彼女は不思議に思いましたが、甘いお菓子にご馳走。綺麗な花に服。とても高価な宝石を次々もらって有頂天になりました。
「嬉しいな嬉しいな。これ本当にぜんぶもらっていいの」
 幸せいっぱいにはしゃいでいましたが、食事に盛られていた薬によって眠りこんでしまいます。
 村人たちはさっそく彼女を清めて着替えさせ、化粧を施して花で飾りつけました。
 そうして祭壇を作り、水の精霊に祈ります。
「水をください。雨を降らせてください。このままではみんな死んでしまいます。この娘を捧げる代わりに我々を助けてください」
 眠り続ける少女の胸を短剣で一突き。
 少女は一瞬両目を見開き、涙を流して絶命しました。
 ただの素人が見よう見まねで行った儀式です。本来ならなにもおこりませんが、幸か不幸か水の精霊は一部始終を見ていました。
 彼らはまるで見当違いの方向に話しかけ、祈りを捧げていましたが、たまたま声が届いていたのです。けれど彼らはこちらに気づいていないようだし、見なかったふりをしようかと迷います。
 そもそも、雨が降らないのは土地の問題だし。この精霊は別に人間の命なんて欲しくなかったのです。
 ただ、ひたすらあるがまま。自然と一体化しているだけで満足するタイプでした。
 なのに、少女の遺体を見て思いとどまります。
 血の気が失せていくなめらかなほお。涙の粒が残るまつ毛。棺に散りばめられた色とりどりの花に飾られた長い髪。悲しく、苦しげな表情はなぜか艶かしく。まっ白なワンピースが彼女の血で赤く染まっていくさまは散りぎわの花のごとく、儚い。
「かわいそうに」
 精霊はいいます。
 遺体にふれますが、村人たちはだれも気づきません。彼らは遺体と祭壇を残して帰って行きました。
「おまえを生き返らせることはできないけれど、せめて私の一部にしてあげよう」
 水の精霊は彼女を吸収し、一つになりました。
 元は水たまりのような姿で性別はなく、感情らしいものもほとんどありません。なにかを食べる必要もないし、娯楽がなくても平気です。
 それが、いきなり人間の女の子みたいな容姿になりました。性格も好みもまるで人間そっくりです。
 本質は精霊のままなので、少女の記憶はありません。
 けれど、かなり人間よりになった精霊はもうこの村が嫌いになってしまいました。
 生贄を受けとった代償として一度たっぷりと雨をふらせ、それからすぐに別の地へさってしまいます。
 それから彼らがどうしているかは、彼女はしりません。

●お母さん

 ナギが14歳になっても、ヨウはずっと「ちびちゃん」と呼び続けている。
 まさか名前を覚えていないのではと心配になったりもしたが、別にそういうわけではないらしい。
「私はいつまで”ちびちゃん”なんでしょうか?」
 気にしていないので別にいいが、それなりに身長はのびているぞとアピールしつつナギは問う。
「え? 嫁に行くまでかな。大人になってもたぶん小さいし」
 芝生にすわりながらヨウが答える。
 事あるごとに「早く人間と結婚しろ。人外だったら泣くぞ」と匂わせてくるのだが、未婚だったら一生呼ぶつもりだろうか……?
 そんな疑問をいだいていたら、彼が笑う。
「いいじゃん。ちびちゃん、ってかわいくて。俺のことも”お兄ちゃん”とかって呼んでいいよ?」
 語尾にハートマークついてそうというか。
 ”お兄ちゃん”のいいかたがやたらかわいこぶってキャピキャピしていて、軽くイラッとする。
 ナギは満面の笑みで口を開いた。
「お母さん」
「えっ」
 ヨウがぎょっとする。
「お母さーん」
 愛想をふりまいてそう呼ぶと、彼はとまどったように口をパクパクさせた。
「や……やめろ! 俺はこんなにおっきな子を産んだ覚えはない! 育てた覚えはあるけど、8歳差だから! 俺ら8歳しかちがわないから! 男だしっ」
「じゃあ、お父さん」
 ふっと笑顔をひっこめてそういうと、ヨウは顔を引きつらせた。
「……それはもっとイヤだ」
 お父さんと呼ばれる心当たりでもあるのだろうか。

●将来設計

 ある日。
 オオゲジサマが「散歩」と称して外の魔物を殺したり食べたりしにいっているときのこと。
 ナギがのんびり町を歩いていたらヨウが声をかけてきた。
「なー、ちびちゃん。いっそ俺の嫁になっちゃうか?」
 いきなりなんの話だとおどろいたが、彼なりにナギの将来を心配してくれていたらしい。
 なんでも、「このままだと人外の嫁になる未来しか見えない」とか。
 ……そんなことはない。たぶん。きっと。
「ご遠慮します」
 きっぱり告げると、ヨウはなぜか三角ずわりしていじけ始めた。
「ちびちゃんにまでフラれた……!」
 風にそよぐ短い黒髪はサラサラだし、青空みたいな瞳は見惚れるくらいに美しい。
 出会ったばかりのころは女装も似合いそうな中性的な容貌だったが、いまやすっかり男らしい美丈夫になっている。背は高いし胸板厚くてたくましいし、優しくて気が利く。
 正真正銘の人間だし、どこぞのだれかとちがって理想の夫候補になりそうな人なのに、彼に惚れないのが自分でも不思議だ。
 ヨウは自分の心配をした方がいいんじゃなかろうか。
 などと余計な言葉を飲みこみ、ナギはそっと彼の肩をたたく。
「いいじゃないですか。私はヨウの好みじゃないでしょう?」
 髪は肩下くらいまでのびた。
 身体はほのかに育ちつつあるとはいえ、けしてバインやボインではない。ネコ目でもないし勝ち気な性格ともちがう気がする。
「確かに好みとはちがうけど、ちびちゃんだったらそれでもいいよ」
 あんまりあっさりそんなことをいうので、ナギはしばらく彼の顔が見れなくなった。

●ナギの趣味

 別の日。
 オオゲジサマとナギが話していたら、ヨウがやってきてつぶやく。
「なんでよりによってそいつなんだろうな……」
 なにかを諦めたような遠い目だ。
「なんのことでしょう?」
 そしらぬ顔でナギはいう。
「同じ人外でもユルはずっと美形じゃん。人間だったら俺もレンヤもいるのに……なんでこんな趣味の悪い子に育ってしまったのか」
「……そんなにいうほど悪くないですよ」
 キモイ姿になったりするが、最近わりと人間でいることも多いし。優しいし。
「そうか?」
 まだ疑わしげな彼を見て、ナギはオオゲジサマを手まねきした。
 巨大なゲジゲジ姿だったのでとぐろを巻くようにかがんでもらい、ゴニョゴニョと耳打ちする。
 直後、オオゲジサマは美少女に化けた。
 腰まで届く長い茶髪。どことなく意地悪そうな顔だが、それがなんともサマになっていて華やかだ。開いた胸元や大きくスリットの入ったスカートからはメリハリの効いた身体が露出している。
 ナギはその背をぐいぐい押してヨウへ近づけた。
「どうですか? 趣味悪いですか?」
「さっ、さすがちびちゃん。俺の好みを把握してやがる……!」
 彼はオオゲジサマに見惚れながらじりじりと後ずさりした。