レンヤ


●恋バナ的なもの

 名無しの国の住人は元ゲジ人が4割。残りはさまざまな人種が入り混じっていて、神獣が一匹と竜が一匹。その他動物が少々。
 よって文化風習も混ざり合い、町の景観はなかなか奇妙なことになっている。
 例えば、純和風の家の隣がキラキラした西洋風の屋敷で、そのまた隣が東南アジア風の家。
 オモチャ箱みたいにごちゃ混ぜになっているのである。
 名無しの国がまだ村だった時はオオゲジサマとナギは普通の家に住んでいた。しかし、あるていど大きくなってきたときミカはこういった。
 ちゃんと”神獣さま”としてわかりやすく祀っておかないと新参者にナメられる、と。
 変に怖がられるよりはいいのではないかとナギは思ったが、ミカに「住人から死者が出るわよ」といわれて納得した。なにかあったら、死ぬのは住人である。
 そんなわけで家は大きな神社に作りかえられた。
 町のどまん中にでーんとそそり立つ、赤い鳥居の神社。
 そこにオオゲジサマ、ナギ、双子、ユル、ミカとお手伝いさんの女性が二人。
 みんな一緒に住んでいる。
 ある日。
 廊下でレンヤに出くわしたついでに、ナギは聞いてみた。
「レンヤは恋人欲しくなったりしないんですか?」
 数年前は興味がないといっていたが、今はどうなんだろう。
「しない」
 彼はあっさりと答えた。
「ヨウとは反対ですね」
「まあ、あまりあいつみたいにはなりたくないな」
 そういって軽く頭をなでてくる。
 ごつごつした手がくすぐったかった。

●水着

 ミカが神社に移ってくるときに彼女についてきたお手伝いさんたち。
 二人とも元ゲジ人で、19歳。
 魔術師エムリスに人体実験されていた後遺症で、亜人と化している。
 一人は華。
 頭に一対のヤギの角が生えた、大人しい感じの女性だ。長い黒髪を三つ編みにしてたらしている。
 二人目はしのぶ。
 下半身はヘビだが、上半身はちゃんと服を着ている。年齢のわりに童顔で、ふわふわした茶髪がかわいらしい。
 ナギは二人とミカといっしょに”水着”というものについて話していた。
 異国では熱いとき、水着をきて海や川を泳いだりするらしい。この国は年中わりと暖かいから、やってみないか。
 彼女たちにそう誘われて悩んでいたら、部屋の前を通りがかったヨウが苦笑した。
「やめとけちびちゃん。レンヤが発狂する」

●露出は敵

 後日。
 お手伝いさん二人組が水着を買ってきた。華にほれている商人に頼んで仕入れてもらったらしい。
「あの話は流れたはずでは……」
 ヨウに忠告されたので一応断ったのだが。
「もう買っちゃいました! 全員分!」
 と笑うしのぶ。
「ミカ様には”嫌だ”って逃げられちゃったんですけど、せっかく買ったので三人だけでも!」
 庭の池につかるくらいならいいかとナギは折れた。
 下着によく似たそれは着るとお腹や手足が出てしまう。しかし、下着に比べると柄や飾りがかわいい気がした。
 ナギの分はまだ布地が多めだが、二人は胸の谷間まで見えてしまっていてなかなか目のやり場に困る。
 他のだれかに見つからない内にと、三人はそそくさ水に浸かった。
 庭の池とはいえ泳げるくらいは深く、手入れの行き届いた広い池である。
 庭木や花のながめが美しい。
「これは……水風呂ですね」
 と悟るナギ。
「露天水風呂です」
 と華。
「ヘクショオォイ!」
 としのぶ。
 まだちょっと時期が早すぎたようである。これでは春の寒中水泳だ。風邪を引く前にと陸に上がると、肩に暖かい上着をかけられた。
 おどろいて顔を上げると不機嫌そうな青い瞳。
「そんな格好で外をうろつくんじゃない」
 少しいいにくそうに告げるレンヤにナギは素直にうなずいた。
「すみません」
 どうしても水着を着たい、というわけでもないし。彼にこんな顔をさせるくらいなら着なくていいと思ったからだ。

●余談

「レンヤほどじゃないけど、俺もちびちゃんが派手すぎるカッコしてたらヤダなー」
 しみじみとヨウがいう。
「そんなものですか」
「うん。彼女がしてても平気だけど、ちびちゃんだったらヤダみたいなのはある。なんつーか、もっと上品な色気を身につけて欲しいというか。健全なエロ?」
 わけがわからない。
 ナギが内心とまどっていると、レンヤが口をはさむ。
「ナギにそんな汚らわしいものはいらない」
 わけがわからない。

●ストーカー見参

 名無しの国、城下町。
 とはいっても城はないので実質、国内にあるただの町。
 そこでレンヤが歩いていたら、横から男が突進してきた。
「やっと見つけたぞレンヤ!」
 ギラリと輝く剣の切っ先が目に入るやいなや、レンヤは腰にある剣に手を滑らせ、男の剣を一刀両断した。
 フィロスの牙で作った剣に、今のところ斬れないものはない。世界のどこかにはあるのかもしれないが。
 まるで葉っぱでも斬るように軽い手応えで、折られた刃がふっ飛んでいく。
 男が思わず目を奪われ、硬直したすきにレンヤは彼のみぞおちを剣の柄で強打した。衝撃で男の身体が後ろへ投げ出される。それがまだ宙にある内に再び剣の柄で顔面に追撃。
 地面に倒れ、鼻血を流しながら気絶した彼の顔をしげしげながめ、レンヤはぽつりとつぶやく。
「だれだこいつ」
 その後、男にとどめを刺そうとしたとき。
「一応、話くらい聞いてあげたらどうでしょう」
 近くにいた住人に呼ばれたらしいナギがやってきた。

●ストーカー見参2

 あまり人目につかないほうが良さそうなので林に移動し、拘束した男から事情を聞いたところ。
 彼はルーゼル。
 異国の騎士で、レンヤへ復讐するためにずっと探していたそうだ。
 いわれてみれば、良い身なりをしている。
 かっちりとした白と赤の軍服に金髪が映えていた。
「騎士が勝手に復讐の旅なんか出て、怒られないんですか?」
 ナギが問うと、ルーゼルはへっと口を曲げる。
「替え玉をおいてきたから問題ない」
 騎士っていったい。
 思わず空をあおいでいたら、レンヤが重々しくうなずく。
「なるほど、わかった」
「ようやくわかったか、我が恨み思い知れ!」
 ルーゼルが縛られたまま挑発的に笑う。
「おまえは俺と双子の弟を間違えている」
 俺はお前の顔なんか見たことない、とレンヤ。
「おまえだー!」
 ルーゼルは絶叫した。
「双子とはいえおまえたちを間違える奴などいるか! 俺はずっとレンヤを探し求めて雨の日も風の日も旅してきたんだ! 昼も夜もおまえのことだけを考えて!」
「……」
 心なしか顔色が悪くなったレンヤはそっとナギの耳をふさぐ。
 この距離でふさいだところで聞こえてしまうが、とりあえずナギは大人しくしていた。
 そうして彼はいつも以上の仏頂面で告げる。
「おまえの気持ちは迷惑だ。帰れ!」
「ホモじゃねーよバカヤロー! 復讐だといっているだろうにキサマ耳がついていないのか!? 俺の婚約者がおまえに惚れて俺がフラレたんだこの俺が! というかキサマこういうときは社交辞令でも嬉しいといっておけご婦人が傷つくだろうが!」
 レンヤが傭兵だったころ、ルーゼルと婚約者に会っているらしい。
 短時間にたった1度会っただけだったのでレンヤはそのことをすっかり忘れていたという。
「おまえはご婦人じゃないし、男に好かれても気色悪い。帰れ!」
 レンヤはキッパリと拒絶する。
「復讐だといっているだろうがーッ!」
 ルーゼルはちょっと涙目になっていた。
 その後。
 彼はシロによって遠くへ捨てられたのだが、何度か舞いもどってきた。
 いつもレンヤに負けて逃亡するのだが、最近ちょっと町の女の子と仲良くなったりしているらしい。

●表情筋が死んでる系男子

 夜明け前の空を連想させる、黒髪に瑠璃色の瞳。鍛えぬかれてはいるものの、すらりとした身体に綺麗な顔。
 レンヤとヨウは外見だけは鏡のようにそっくりだ。
 なのに、彼らを間違える者は滅多にいない。初対面でも5分話せば見分けがつく。むかし御巫の里にいた別の双子は外見だけでなく中身もそっくりだったのに、不思議だ。
「どうした」
 じろじろ観察するナギに、レンヤが聞く。
「ちょっと笑ってみてください」
 頼むと、彼は不思議そうにほほえんだ。
 ひかえめだけれど優しいまなざしが色っぽい。
 快活なヨウとちがってレンヤは基本的に無表情で、ヨウ、ナギ、シロの前くらいでしか笑顔を見せない。たまに敵の前で嗜虐的な笑みを浮かべることはあるが。
 そのせいか、レンヤが一人でいるときは遠巻きにながめている女性が、仲間といるときを狙って突撃してきたりする。彼はすべて適当にあしらっている。実にもったいない。
 女性に押してフラれるヨウと、押されてフるレンヤ。
 この双子、たして割ったらちょうど良さそう。
「レンヤとヨウって双子で顔も同じなのに、パッと見ただけでちがいますよね。雰囲気とか」
 ヨウは太陽みたいに爽やかだが、レンヤは夜に浮かぶ月みたいに神秘的だ。
 なぜこうなったとナギが頭をひねるが、レンヤは聞いていなかった。
 なにやら片手で顔をおおっている。
「どうしたんですか?」
「顔が痛い」
 ナギが考えごとをしている間、ずっと笑顔をキープしていたのが原因らしい。