1話 ゲボク誕生
死ぬ前に恋とか、してみたかった。
お相手は美少年がいい、なんてぜーたくいわないから。幼なじみの男の子とかいればなぁ……。
この島って田舎すぎて、同年代の男の子少ないんだよね~。いても争奪戦だから、もうとられちゃってるし。
「ぎゃあああああああああ!」
あっ、現実逃避してる場合じゃなかった。
目の前のガケ下では、どんどん人が死んでいってる。でもかわいそうとかいってられない。もうすぐ私の番だから。
「お父さん、大丈夫かな?」
「……」
聞こえてないみたい。
お母さんは青ざめた顔でガケの下をながめている。
これ大丈夫じゃないやつだ。
やっぱり私たち死んじゃうのかな……。ヤダな~。まだ13年しか生きてないのに。
いつか島の外に遊びに行こうって友達と計画してたし。それに、収穫祭ではごちそうたくさん食べるんだって楽しみにしてた。……なのに、こんなところで死ぬのかぁ。
ガケ下では男たちが戦ってる。相手は手のひらくらいのフナ虫。
ただし、1万匹くらいいる。
おまけに人面虫……っていうのかな? 背中に人の顔がついている。
髪の毛ないし、まぶたも白目もない。黒目が2つあって、鼻が1つ。口が1つ。甲羅の形がそのまま顔。そんな不気味な顔から細長い脚がうじゃうじゃ生えている。
キモイ……。
これがニヤニヤ顔で「ヒヒヒヒ」とか「ホホホホ」とかしゃべるのだ。本来の口で人間をむしゃむしゃ食べながら。
すごくキモイ。
いきなりこんなのが襲ってくるなんて、ついてない。
村長の指示で男は戦い、女子ども、年よりは山に避難してる。
「男たちは強いから大丈夫だ。みんな筋肉モリモリの漁師だし、モンスターとも戦いなれてる」
大人たちはそういったけど。
なんか……ダメそう。数が多すぎてキリがない。
「あっ」
だれかが声を上げる。
見ると、下で村長さんがたおれたところだった。
目をやられて転んだみたい。すぐにわっと大群が襲った。頭から足のつま先まで。全身をモンスターたちに食べられていく。
「あーっ! あーっ! あああああ!」
耳をつんざくような断末魔がひびく。とても見ていられなかった。
目をそらそうとしたら、
「村長っ!」
お父さんが群れにつっこんでった。
「お父さん!」
あんなに食べられてたら、どうせもうたすからないのに。
ひどいことを考えてしまう私をよそに、お父さんは走る。虫におおわれてまっ黒になった村長さんをかつぎ、海へ飛びこんだ。
なんで海に?
びっくりしたけど、見たらわかった。村は人面フナ虫にうめつくされてる。
でも、海にはまったく虫がいなかった。
もしかしてあいつら、泳げないの?
きっとお父さんもそう思ったから、海に逃げたんだ。
ドキドキしながら見守っていると、なにかが浮かび上がってきた。黒いダンゴムシみたいな……フナ虫だ!
海でおぼれ死んで、村長さんの体からはがれたの? 期待したけど、まだうねうね動いてる。海は苦手だけど、死ぬほどじゃないのかな?
フナ虫が10匹くらい浮いてきたけど、2人は浮いてこない。
まさか、し……。
「お母さん、お父さんが!」
「……」
お母さんはうつむいて泣いていた。目を閉じて耳までふさぎ、震えている。
とても話ができそうにない。
下で戦ってる他のみんなは?
だれかお父さんと村長さんをたすけて。まだ生きてるかもしれない。
そう思って身をのりだしたけど、ムリそう。
みんな、だれかをたすける余裕なんかない。
全身を虫に食われながら戦い続けてる。もうだれも海なんか見てない。
だったら、自分で行くしかないよね。
「お母さんごめんね。私行ってくる」
それだけ告げてガケから飛びおりた。
どうせ、ここに残ってても死ぬだけだ。モンスターたちは山に女たちがいるって気づいてる。さっきからすっごい目が合ってるからね。
ガケの途中にはあちこち岩がでっぱってる。
木が生えてるところもいくつかある。
だからその枝につかまって着地すれば――ボキッ。
「え」
まさか枝が折れてモンスターの上に落ちるなんて。
ぐちゃっとなにかを踏み抜いた足。
とびちる緑の体液。
「きゃーキモイー!」
「ヒイイイイイイイ!」
まわりのフナ虫たちがびっくりして、はなれていく。
いまだ!
必死に走ると、ぐっちゃんぐっちゃんとフナ虫がつぶれていく。足に脳みそだか内臓だかがついちゃってひたすらキモイ。
でもこいつらけっこー弱いじゃん。
これなら私でも戦える……なんて思った直後。
なめんなよとばかりにフナ虫の大群がおそいかかってきた。
「きゃー!? やっぱムリー!」
終わったー! 私の人生終わったー!
泣きながら海へ走る。せっかくここまで来たんだから。お父さんたちの無事を確認してからじゃないと、死んでも死にきれない。
太ももや足首がズキズキする。フナ虫がはりついて噛みついてるみたい。チラっと見えたけど、ふりほどく余裕はなかった。
止まったら全身やられる。
やっとのことで海辺について、岩からジャンプ。
いつのまにか顔や上半身も虫にやられてたみたい。海水が傷口にしみて、声にならないさけびがでた。
痛い痛い痛い痛いしみる。
水中だからわからないけど、たぶん涙でてる。痛くて動けなくて、うつむいたらなにかが見えた。
暗い暗い海の底に、人影が2つ。
お父さん!
村長さんといっしょだ。
目を閉じたまま動かない2人を見て、ゾッとした。
急いでたすけなきゃ!
彼らの腕をひっぱると、虫がポロポロとはがれ落ちていく。おぼれ死んだらしい。まさかお父さんと村長さんも、と考えてしまって背筋がふるえた。
バタバタ足を動かして海面をめざすけど、ぜんぜん浮かばない。2人が重すぎて、私までしずんでいく。
水中だからちょっとは軽いかと思ったのに。必死でバタバタ泳いだけど、ダメだった。ゴボゴボと口から泡がでていくばかり。
もう息ができない。目も見えなくなってきた。
両手につかんだ2人を離したくなくて、ぎゅっとにぎった。
◆
「その2人をたすけたいか?」
いきなり頭の中に声がひびいた。
うっとりするような、美しい男の声。
「だれ?」
気づくと私は自分を見下ろしていた。
お父さんと村長さんをつかんだまま、海の底へとしずんでいく体。不思議といまは苦しくない。
私、死んじゃったのか……。
「俺は魔神クーロアタロトス。おまえが気に入った」
おそろしく大きなバケモノの手が、私たちを受け止めた。
海の底は暗くて、腕の先にあるはずの体は見えない。でも、3人を軽々とすくい上げた手はうっすら透けていた。
獣みたいに毛むくじゃらで、魔物みたいにゴツイ。指が6本あった。長い爪はナイフみたいにギラギラ光ってる。
「魔神? 魔神って、たしか悪い神さまのことだよね。それがなんで私を?」
まさか、私たちを食べるつもり?
ついみがまえたら、彼はケラケラと笑った。
「おまえは面白そうだ。無力なくせに空まわって自爆するブザマな姿がなかなか良かった」
「どーせ、なんの役にも立てなかったよ」
役立たずって自覚はある。
せめて、たすけたあとに死ねば良かったのに。
「まだまにあう。おまえの魂をよこせば、2人をたすけてやる」
「えっ」
いま、たすけてくれるっていった?
「私は? 3人ともたすけて!」
「それはできない。3人で死ぬか、2人助かるかだ。わかったらさっさと”はい”といえ。あと30秒であいつら死ぬから」
「だだだだって! 魂よこせとかいわれても!」
「早く」
「じゃあ、2人だけじゃなくて村のみんなもたすけて! あのキモいフナ虫みな殺しにして!」
「いいよ」
男の笑い声が、ひびく。
なんでだろ? とっても優しそうな話し方なのに。
死ぬよりも怖いあやまちを犯してしまった、気がした。
◆
小さいころはよく、空を飛ぶ夢を見てた。
見なくなったのはいつからだっけ? 人間は空を飛べないって、バカにされてからだったかな。
夢の中で、私は久しぶりに空を飛んでいた。
「あー、数百年ぶりの外だ。体があるってすばらしい!」
上空から村を見下ろして、嬉しそうにケラケラ笑っている。
なにがそんなに面白いの? 村が人面フナ虫におおいつくされて、人が死んでるってのに。緑の瞳のはずなのに、なぜか赤く光ってて怖いし。
両手をあわせると炎が生まれた。めらめらと燃える、大きな青い炎。
私は空中でくるくると踊るように回る。
まるでワルツみたい。
くるくる。くるくる。楽しいな。
それに合わせて炎も踊る。巨大な炎は竜巻のよう。あっという間に村を焼いた。
「ヒイイイイイイイ」
「ほあああああああああ」
人面フナ虫たちがのたうちまわって死んでいく。
あはは、ざまあみろ!
……ってちょっとまって。村のみんなは? いっしょに焼いてない!?
さけぶと、”私”と目があった。
見たことないような邪悪な目つきでニヤアと笑う。
「寝てろ。じゃまだ」
プチンと意識がとぎれた。