1話 クーなんとかさんとゲボク

 この広い世界には神さまや竜、精霊がたくさんいるそうです。
 とある国が、戦争で勝つために悪い神さま……”魔神”を召喚して契約しました。
 その結果、戦争は大勝利。
 でもだれも喜びませんでした。
 魔神は契約した国の人すべてをモンスターに変えて戦ったからです。
 モンスターになってしまった人たちは知性の低いケモノのようになってしまうので、命令以外は本能でしか動きません。
 だから、自分たちがなぜ戦っていたのかもわからなくなっていたのです。
 やがて彼らはただのモンスターとなってさまよい、契約を果たした魔神は自由の身となって世界で暴れまわりました。
 それから数年後。
 特に集中的に被害を受けた5つの国が協力し、同盟を組んで魔神を封印することに成功します。
 でも、いったいどこでどのように封印されているかは、だれもしりません。

◆

 この世に生まれて13年。
 人に優しく、謙虚で良い子でありなさい。暴力はいけません。
 私は両親にそう教わって育ちました。
 よそ者がめったにこないような田舎の村で、貧しい暮らしだけど家族なかよくて幸せでした。
 ある日、王都からえらい人がきました。
 ムキムキで背の高いおじさんで、大きな剣や鎧を身につけています。とっても強そうです。
 彼は辺境のこの村に、あるアイテムを隠したいといいました。
 魔神が封印されたオーブだそうです。
 たくさん人を殺した悪い神さまだから魔神。悪い人たちにみつかったら利用されてまた人がたくさん死んでしまう、と。
 それは大変。
 村のみんなは優しいから喜んで協力してあげました。
 裏山にある滝つぼの中にオーブを隠したみたいです。犬のお散歩に滝つぼへ行ったら、王都の人と村長がずぶぬれで話していたので間違いないでしょう。

◆

 村が襲われたのはその夜のことでした。
 真夜中に大きな物音や悲鳴がして、外をみると村中が燃えていたのです。
 王都のえらいおじさんを追って悪い人がオーブを奪いにきたみたいです。
 お隣の奥さんが教えてくれましたが、王都の人はもう殺されていました。
 かわいそうに頭から血を流してたおれています。
 ちょっと切ったくらいならヒーラーに治してもらえたけれど、完全に頭がつぶれているのでムリでしょう。
 みんなの前で村長が悪い人に拷問されて、オーブはどこだと聞かれています。
 みるからに悪人面でムキムキの男の人でした。
 大きな金棒をもち、鎧をきていて、やはり強そうです。王都の人を殺したくらいだから、彼よりもっと強いのでしょう。
 細身のおじいちゃん村長は踏まれただけで死にそうです。
 すでに両足を折られて悲鳴を上げています。
 みんなはどうしていいかわからなくてオロオロしています。火事を先に消すべきか、村長を先に助けるべきか迷っているのでしょう。
「村長がかわいそうだからオーブの場所を教えてあげようよ」
 そういいましたが、家族に怒られてしまいました。
 オーブを悪い人にわたしたら、もっとたくさんの人が死んでしまうからです。
 蹴っても殴ってもなにもいわない村長にイライラしたのでしょう。
 悪い人は村長の孫のアンナちゃんを連れてきて、彼女の服をビリビリに破いてしまいました。
「こいつを犯すぞ、殺すぞ」
 お年ごろなのにすっぽんぽんにされてしまった孫をみて、村長さんと奥さんが青ざめて泣いています。
 でも、他の人たちも良い人なのでオーブの場所はいえません。
 止めようとした村の人たちは返り討ちにされて、死んでしまいました。
 もう見ていられません。アンナちゃんは私がいじめられたときも助けてくれた良い子なのです。
 同じ女としてほうってはおけません。
 だから、私は良い子をやめることにしました。

◆

 空に月はありませんが、村が燃えているので暗くても道がよく見えます。
 こっそり村を抜けだして、裏山をかけ登り。
 滝壺にざぶんともぐってオーブを探すと、それはすぐに見つかりました。
 外からはわかりませんでしたが、水の中だとそれは赤く光っていたからです。
 これを使って悪い人をぶっ殺してやろうと思うのですが、使い方がわかりません。
 なでてもたたいても、ただの丸い赤い石です。
 泣きそうです。早くしないと村のみんなが死んでしまいます。アンナちゃんの貞操も大ピンチです。
「悪い人を殺してくださいお願いしますお願いします」
 オーブはなんの反応もありません。
 ただの石です。
 私は泣いて、その辺にあった大きな石でオーブを殴りました。
 使えないなら壊してしまえ。こんなもの。こんなものがあるから村が襲われたんだ。
「あっ」
 何度も何度も殴っているうちに、手がすべって自分の左手を打ってしまいました。
 痛い。
 オーブにはすり傷1つつかないのに、私の手からはみるみる赤い血が流れていきます。
 それがくやしくて、悲しくて。
 しくしく泣いていたら、血がオーブにかかって石が黒く染まりました。
「えっ?」
 一瞬しかみえませんでしたが、トゲか刃みたいなものが生えて心臓をつらぬきます。
 痛みはなく、ヤケドするような熱さだけが襲ってきます。
 息ができない。
 私は血を吐いて死にました。
『いいよ。その代わり今日から君は俺のゲボクだ』
 そんな声がしたでしょうか。

◆

 くさい。
 鉄がさびたような匂いが鼻をつく。
 次に目を覚ますと私は血だらけで村のまん中にいて。
 お父さんとお母さんが震えていました。アンナちゃんと村長さんは泣いていて、悪い人はいなくなっています。
 ……代わりに、悪い人がきていた鎧のカケラや内蔵が足元に飛びちっていました。物陰には生首が転がっています。
 燃えていた家の火はみんな消えています。台風の豪雨のあとみたいに、地面がずぶぬれでした。
「なにがあったの?」
「ヒッ」
 わけがわからなくて聞いたら、おびえられました。
「みんなどうしたの? あの悪い人、だれが殺したの?」
 なにも覚えていないと説明すると、少しずつ教えてくれました。
 ぜんぶ私がやったそうです。
 悪い人をこっぱみじんにして、魔法で水をあやつって火を消したらしいです。
 なんのことでしょう。そんなこと、できるわけがありません。
 こっぱみじんはよくわかりませんが、私には魔力がないし、村にいる魔法使いだってバケツ1杯の水を操るのがせいいっぱい。
 すべての火事を消すほどの水が操れたら、王都の魔法使いになれます。
 でも間違いなく私がやったとみんなはいいます。バケモノをみる目でした。
 たしかに身体は返り血でまっかです。傷はオーブを殴るときにうっかり自分でやった左手だけ。
 そういえば、とオーブに願いごとをしたのを思いだして話すと、みんなが怒りだしました。
「なんて恐ろしいことをしたんだ! おまえはもうこの村にいてはいけない! でていってくれ!」
「そうだ。あの人だってちゃんと話しあえばわかってくれたかもしれないのに、おまえが魔神になんて願うからあんなにむごたらしく死んでしまった。魔神がおまえにのりうつってやったにちがいない!」
「なにも殺さなくても良かったのに」
「殺してください、なんてそんな恐ろしいことを願うなんてどうかしてる。魔神がのりうつっていたとはいえ、あなたは人殺しよ」
「魔神が復活してたくさんの人が死んだらどう責任をとるんだ」
「暴力はいけない、優しい子になりなさいと育ててきたつもりなのに……殺人は暴力よりも重い罪よ」
「してはいけないことをした。おまえはもううちの娘じゃない」
 両親にまでとがめられて、朝には村をでていくことになりました。
 私は良い子のままでみんなを見殺しにして、自分も大人しく殺されるべきだったのでしょうか?

◆

 これからどうしよう……。
 着替えと旅支度はさせてもらえたものの、行くあてはありません。
 ぼんやり曇った朝の空と、木と草だけが道の先に続いています。
 トボトボと歩いていたら、頭の中に声がひびきました。
『まずは北へ行け、ゲボク』
「ひゃっ!?」
 びっくりして辺りを探しますが、周りは森ばかりでだれもいません。
 姿はみえないのに、真後ろからささやかれたようで落ちつきません。
「だれかいるの?」
『クーロアタロトス』
 男の人の声です。20歳くらいでしょうか?
「え? なんて?」
『クーロアタロトス』
 低音のセクシーボイス。
 えらそうなイケメンぽいですが、どこから聞こえるのかまったくわかりません。
 あと、名前が覚えられません。ちょっと長いです。
「クー……さん? どこにいるの?」
『おまえの心臓があった場所だ。おまえはもう死んで、動くしかばねと化している。村で暴れていた男を殺してやった代償に、これからは俺のゲボクとして仕えろ』
 名前を3回もくり返すのは嫌だったみたいです。
 クーさんで許してくれたのでしょう、きっと。
「え……? ええ? なにそれ。あなたが封印されてた魔神なの?」
 村のみんながいったように、私の身体に魔神がのりうつってるってこと? 
『あのオーブには俺の心臓が封印されていた。いまおまえは俺の心臓と魔力で動いている』
 そういえば、心臓をトゲトゲにつらぬかれたのに、すっかり元通りで傷1つありません。
 これもクーなんとかさんの力なのでしょうか?
 死んでいるといわれたのに、あまりショックではありませんでした。
 大好きだった家族や村のみんなにバケモノあつかいされた方がよっぽど悲しかったからです。
 どうせこれから野たれ死にするんだし……。
『おい、話を聞けゲボク。おまえはもう死んでるから野たれ死になんかしない!』
「人の心を読むの、やめてくれませんか……? プライバシーの侵害です」
『ゲボクのくせに主人に逆らうのか?』
 イラついたような声。
 でももう失うものなんてなにもないので平気です。
「だいたいさっきからゲボク、ゲボクって。私の名前は……」
 お父さんとお母さんが気持ち悪そうにこちらをみる目を思いだして、気が変わりました。
 あの悪い人を殺してと頼んだのは私で、彼はそれを叶えてくれたのです。
 クーさん……魔神だからクーさまと呼ぶべきでしょうか。
 村のみんなを助けてくれたクーさまには感謝しています。
「やっぱり、ゲボクでいいです。……お願い、叶えてくれてありがとうございました」
『ふん。わかればいいんだ』
 良い子だった私は死にました。
 今日から、悪いゲボクになります。
 それがお願いの代償だから、しかたないのです。