2話 めざせ北の頭

 村を追放された私に、クーさまは「北へ行け」という。
「北になにがあるんですか?」
『俺の頭が封印されている』
「頭? じゃあ、身体もあるんですか」
『そう。北に頭、東に右腕、南に胴体と足、西に左腕が封印されている。おまえが封印をといたのは心臓だ。これからすべて解除しにいく。まずは頭からだ』
「……それぜんぶ解除したら、クーさま復活って感じですか?」
『そう』
 いいのかなぁ。人をたくさん殺す、悪い魔神を復活させちゃうなんて。王都のえらい人ががんばって封印したのに。
 ちょっと考えただけなのに、すぐにしかられてしまった。
『良いも悪いもない。ゲボクは主の命令にしたがえ』
「はぁ~い」
 そうだった。ゲボクになったんだった。
 ……心を読むのはやめて欲しいなぁ。
 いわれたとおりに歩き続けていたら、行き止まりにさしかかった。
 北をめざすならこのまま道のない森の中へつっこんでいくことになる。でも、道は東の方へ続いている。
 私は東へ一歩進んだ。
『もどれゲボク。そっちは東だ』
 うーん、めざとい。
「あのですね。クーさまは封印されてたからしらないでしょうけど、ここは小さな島なんですよ。苦労してこの森をつっきったところで、北にあるのはニヘンナってさびれた村1つだけ。クーさまの頭はもっとずっと北、島をでて海をわたった外国にあるんでしょ? それなら、東にある港に行って船にのるのがいいんですよ」
『船? そんなもの必要ない。海だろうがマグマだろうが、まっすぐ北へ進め。その方が早いだろたぶん』
 たぶんて。
「マグマに落ちたら、私とけて死んじゃいます……。だいたい森は虫とかモンスターとかでるし、危ないじゃないですか。ケモノもでそうだし」
 動物が魔にとりこまれて凶暴化したものをモンスターや魔物という。
 それとは別に生まれつきのモンスターもいるけど、どちらにせよふつうの女子どもがであったら殺されてしまう。
『おまえには忠誠心がたりないようだ。……俺にもダメージがくるから、あまりやりたくないんだが』
 やれやれ、といわんばかりのため息とともになんかバチッときた。
「ピギャーッ!?」
 静電気のすごいやつというか、小さな雷が身体をつらぬく。
 べちゃっと地面にたおれた私に彼は告げる。
『おまえの人格を消して、身体を丸ごとのっとることもできるんだ。逆らわないほうがいい』
 えぇ~、ちょっと反論しただけで逆らったことになるの? 器ちっちゃすぎじゃない?
 なんてぶ~たれていたら、身体が勝手におきあがった。
『手本を見せてやる』
 私の身体は自分で動かせなくなり、おんぶされてるみたいに周囲の光景だけがどんどん変わっていく。
 わーお、自分じゃないみたい。
 ぴょんっと飛んだだけで10メートルくらい進む。目でみえないくらい足がめちゃくちゃ早く動く。
 正面に大きな岩があるのにまったくよけるそぶりがなくて、キャー顔からつっこむのはやめて~と思っていたら、ぶつかる前に岩がこっぱみじんに砕けちった。
 大きな木や葉っぱが前をふさいでいるときは、燃えて消えていく。
 ……これ、クーさまがやってるの?
 そんなことを繰り返して、あっという間に森のまん中までたどりついた。
 ほとんど使われていない、避難や休憩用の山小屋がまん中の目印。
 ふつうに歩くと、ここまでくるのに3日はかかるのに。
 ポカーンとしていたら、地響きがせまってきた。森の地面や木々がゆれて、葉っぱがひらひら落ちてくる。
 え? なになに地震?
『イノシシ』
 クーさまが指さした方向をみると、オバケみたいにでっかいイノシシモンスターがこっちに突進してくるところだった。
 ブモォーッとかなんとか、おたけびをあげている。
 キャーこっちこないでー!?
 縦も横も私の3倍くらいあるそれを、クーさまはひらりとかわして横からぶん殴った。
 ゴウッとすごい音をたててイノシシがふっ飛んでいく。
 同時に私の右手が死んだ。
 拳がグチャアッとつぶれ、手首もひじもバキベキと折れてひしゃげる。
 イヤー!? 私の手ー!?
 殴った反動で宙にいたクーさまは落下しながら宙返りし、その勢いでイノシシを蹴る。
 血の雨がふって、足も死んだ。
 胴体パンチで重傷を負っていたイノシシは頭蓋骨ごと脳みそつぶされてお亡くなりに。
 でも私の右足も骨バッキベキでつぶれて変な方向むいちゃってるし、血とか骨とか肉とか神経とかグロでスプラッターなものがみえちゃっている。
 もう言葉もでなくて呆然としていたら、
『なんて貧弱な身体……っ』
 絶望したようにクーさまがつぶやいた。 

◆

 尻もちをつくように転ぶ。
 なにかと思えば、ワンピースからはみでた左足がまっかに充血して、はち切れそうなほど血管が浮き上がっていた。
 足の腱でも切れたのか、ビクビクとけいれんし、内出血どころかちょっと血がふき出している。
 肉体の限界をこえる速度で走り続けたからだろう。
 あの……全身ボロボロなんですけど。どーしてくれるんですかコレ。
『こんなもんすぐ治してやるよ』
 不機嫌そうな声とともに、私の身体が青い光につつまれる。
 手も足もあっという間に元通りキレイになった。
 わっ、すごい。うちの村のヒーラーがやってくれたときはもっと時間がかかったし、きっとこんなキレイに治せない。
『……』
 クーさまは近くに生えていた3本の木に視線をよこす。
 すぐに1つが燃えて消滅。
 1つは氷漬けに。
 3つめは小さな雷に打たれて黒こげになった。
『魔法は大丈夫。……弱体化とMP消耗がひどいけど、肉弾戦よりマシか。こんなザコも1撃でたおせないなんて……本調子ならこんなやつ俺の半径5キロ以内に近づきもしないのに。だいたいなんなんだこの棒っきれみたいに細い手足は』
 彼は不機嫌にブツブツつぶやいている。怖い。
 あの~、そろそろ身体返してくれませんか? なんか怖いんで。
『俺の身体をとりもどしたら、すぐにでてってやるよこんな身体』
 そんなすてゼリフと同時に、身体を動かせるようになった。
「えっ、じゃあぜんぶ封印といたら、私の身体からでていってくれるんですね? やったー」
 バンザイしても返事はない。
 すねてるのかもしれない。
 でも、そういうことならがんばろう。
 私は前向きに森の奥へと進んだ。

◆

 背中まである赤い髪。
 自分でもお気に入りなんだけど、いまは枝や葉っぱに絡まって困るので、2本の三つ編みにして。
 ひたすら歩くことしばし。
 あきた。
「ねーねー、クーさま」
『……』
「クーさまクーさまクーさま!」
『……』
「いつまですねてるんですか? 無視しないでくださいよ~」
 ヒマだから話し相手になってもらいたかったのに、なぜかクーさまがまったく反応しなくなってしまった。
 なにもいわないなら、東の港にむかっちゃおうかな?
 なんて考えたけど、またバチッてされたら枝毛ができちゃいそうでイヤだし。さっさと封印を解いてしまいたいので大人しく直進し続ける。
「つまんなーいのー」
 やがて、夜になった。
 広い広い森の中で、月もかくれているから辺りはまっくら。
 一人ぼっちで歩いているとガサガサガサガサと、木が風にゆれる音だけが大きくひびく。
 急に心細くなってきて、小さく肩をふるわせる。
 今日はここで野宿にしようかな? 立ち止まってもクーさまがなにもいわないし、いいよね。
 そのへんの岩に腰かけて、リュックを開ける。
 中には水筒と、お母さんが作ってくれたサンドイッチが入っていた。
 すべての封印をといてクーさまが身体からでていったら、また村にもどってこれるかな?
 ほとぼりが冷めたころにごめんなさいすれば、きっと許してくれるよね?
 おまえはもう死んでるっていわれたけど、今のところ別に変わった様子もないし。
 サンドイッチをかじったらポロリと涙がこぼれた。
 大人になって結婚しても、ずっとあの村でみんなと暮らしていくんだと思ってたのに。
 13歳で島をでていくことになるなんて、いまだに信じられない。
「お母さん……」
 泣きながら食べたサンドイッチはあんまり味がしなかった。

◆

 上着にくるまって眠っていたら、夜中に目が覚めた。
 だれかの歌が聞こえる。
 男か女かわからないけど、小さい子だ。
 すごく高い、鳥みたいな不思議な声。なんていってるのかまるでわからないけど、かわいい曲だ。
 冒険者か、木こりかハンター……の子どもとか?
 歌の方へ近づいてみると、とてもキレイなものがいた。
 森の中の少しひらかれた場所。
 木々の合間からわずかな月光が差しこんで、幻想的なステージと化している。
 草木や切り株、岩などの上に、小さな丸い光の集合体がたくさん。
 よくみると丸い光には1つ1つ、蝶のような羽根がついている。さらに目をこらすと、人間みたいな顔や手足。はだかだけど男や女の特徴はない。
顔もすごくシンプルで、大きな目が2つと、小さな穴みたいな口が1つついているだけだ。髪っぽいものはあるけど鼻はない。
 かわいい!
 妖精かな……?
 100匹はいるかも。
 彼らは蝶のような動きでふわふわひらひら舞い踊り、童謡を歌うように鳴く。宙に浮いているのに、踊った跡の草はすべてたおれ、フェアリー・サークルができていた。
 魔法陣のような不思議なもようをながめていたら、なんだか頭がぼ~っとしてくる。
 いい夢みれそう……。
――悪い子はピスキーがさらいにくるよ。
 昔、小さなころにお母さんにいわれた言葉を思いだして、閉じかけた目を見開く。
 コレってもしかして”あの”ピスキー!?
 大人が小さい子どものしつけによく使う森の妖精”ピスキー”
 愛らしい小人のような外見だが、会ったら逃げろとよくいわれた。
 彼らはとてもイタズラ好きだから。
 基本的には森の奥にいるけれど、たまに村へ子どもをさらいにやってくる。さらった子どもを別の子どもやモンスターと入れかえたり。子どもの手足の位置を逆にしたり。旅人や冒険者を道に迷わせたりする、とっても迷惑なモンスター。
 直接人を殺すことはないけれど、間接的に殺しちゃうことが多い。
 体のパーツをあちこち入れかえた結果に発狂して死ぬとか、迷子になったままうえ死にとか。あとはなんだっけ? ヒーラーに治療してもらうまで回復しない状態異常があった気がする。
 我に返ると、私の全身は大量のピスキーたちでおおわれていた。