2話 魔神クーなんとかさま
こげくさい。
気がつくと、焼け野原に立っていた。
家が1つもないから最初わからなかった。でも、なんとなく見覚えがある。
ここは生まれ育った私の村だ。
井戸が残ってるし、裏山も無事。地面にこびりついた黒いすすみたいなのは……もしかして、人面フナ虫の死体? ちょっと脚が残ってる。
ふと、視線を感じた。
ふり返ったら、村のみんながすごい顔してこっちをにらんでた。
傷だらけですわりこんでるけど、お父さんと村長さんもいる。
「お父さん!」
駆けよろうとしたら、モリを向けられた。
大きい魚もグサグサ刺せる、フォークみたいな便利な武器。
威力をよく知ってるだけに、身がすくむ。
「危ないから」ってさわらせてもらえないし。「絶対に人へむけるな」って教わったのに。どうしてそんなことするの?
「よるなバケモノ!」
「は?」
みんな、こっちを見ておびえてる。
「まさかバケモノって私のこと?」
あ、お母さんいた。
みんな合流したみたい。亡くなった人たちは……まだ道ばたに転がってる。
「お父さん、お母さん……」
お母さんとお父さんはさっと顔をそむけた。
ゼフおじいちゃんがいう。
「みんな見てた。アカネは虫に食われて死んだんだ。人間が空を飛んで火をあやつったりできるもんか」
「なにをいって……」
まさか、さっきの夢のこと? アレは夢じゃなかったの?
でも、どうやって。私にあんな力はない。私そっくりのアレはだれ?
「アカネのふりをするおまえはだれだ!?」
「私がアカネだよ! 本物の! なんでか知らないけど、こうして生きて……生きて?」
そういえば死んだような。
海の中で変な声が聞こえて。命と引きかえにモンスターやっつけてくれるって話じゃなかったっけ?
なのにケガ1つないし、破れた服まで直ってる。
どうなってるの?
「でていけモンスターめ!」
混乱してたら石を投げられた。
「ちょっとやめてよジェスターおじさん!」
「こいつ、どうして俺の名前を!?」
「だから本物なんだって! モンスターじゃないよ!」
モンスターの襲撃からたすかったのに、どうしてモメなきゃならないの。
「みんなのことちゃんとわかるよ。ネリーお姉ちゃん、リック。タバサおばさん。ダドリー兄さん。モンスターだったらこんなの知らないはず」
「たしかに……」
「でも、さっきまで……」
必死の訴えが通じたのか、みんながザワつく。
よし、もうちょっとで信じてもらえそう。
「娘は死んだ! 俺の娘をぼうとくするな! 汚らわしいモンスターめ!」
「えっ」
私の説得を台無しにしたのは、お父さんだった。
そりゃないよ。
お母さんにたすけを求めようとしたけど、ダメだ。泣きながらこっちをにらんでる。
「あの子を返して!」
まったく信じてない目だ。実の娘にむける顔じゃない。
「……」
抵抗する気がなくなっちゃった。
このままここにいたら殺される。
モリやクワで威嚇されながら、私は村をでていった。
◆
親なのに、なんでわからないの?
生んで育てて、13年でしょ?
いくらみんながモンスターだっていってもさあ……親だけは信じてくれたっていいのに。
別に冷え切った家庭とかじゃないし。ちゃんと、愛されてたはずなんだけどな。
『みんな見てた。アカネは虫に食われて死んだんだ。人間が空を飛んで火をあやつったりできるもんか』
たしかにそんな人がいたら怖いよね。モンスターだって思うのもしかたない。しかた……。
「ひっく」
ぽろぽろ涙がでてきて、息がつまった。
「ひっく、ひっく」
しゃっくりまででてきたし。
これからどーすればいいの? このままだと、その辺のモンスターに食われて野たれ死になんだけど。
「ゲボク、ゲボク。なんで泣く? 願いは叶えてやっただろ」
ゾッとするほど美しい声が耳元でささやく。
「うわっ!?」
びっくりしてふり返ったけど、近くにはだれもいない。
今度は天から声がふってきた。
「ちゃんと虫は皆殺しにしたし。契約時点で生きていた村人はたすけた」
頭の中から聞こえるみたい。
何度か聞いた低い声。
「もしかして海にいた人? なんでここにいるの? 私生きてるの?」
「うるさいだまれ。一度にたくさん質問するんじゃない」
彼は魔神クーなんとか。前にも聞いたけど、長すぎて覚えられない。
海の底に封印されてたんだって。
年月が経って封印がとけてきたけど、体がなくて動けない。
そんな時に私を見つけた。
「気に入った」
彼は私と契約して、体をのっとることにしたらしい。
「そういうことだ。わかったか?」
「う~ん、少しは」
あの夢にでてきたのはこの人ってこと?
この人が私の体を使ってフナ虫をやっつけてくれたんだ。
「でも私の体、もっとボロボロじゃなかった? ケガはどうやって治したの?」
回復魔法だってこんな完璧に治せない。
「食べた。ボロボロだったから、1度とりこんで再構築した」
食べた? さいこーち? ちょっと意味がわからない。
「……私って、死んでるの? 生きてるの?」
「死んでる。いまのおまえは下級ゾンビ。俺のゲボクだ。せいぜい働いてもらおうか」
さらりといわれた言葉になんか傷ついた。
ゾンビ。人間じゃない。
つまり……。村のみんなが正しかったんだ。
「泣いても契約のとり消しはできない」
「わ、わかってる」
いまさら村には帰れない。
「私はアカ……」
名のろうとして親の顔が浮かぶ。
『娘は死んだ! 俺の娘をぼうとくするな! 汚らわしいモンスターめ!』
『あの子を返して!』
さっきの言葉がいつまでも耳に残ってる。
私の名前はお父さんがつけた。
お父さんは島をでたことがない。でも、たまに島にやってくる旅人から聞いて、外国にあこがれていたらしい。
遠く東の果てにあるという国。
そこでは赤をアカネって呼ぶ。
赤い髪だからおまえはアカネにした、と聞いたっけ。この島の人はみんな赤い髪なのにってよく笑い話にしてた。
「ゲボクでいいや。どうせ私ゾンビだし……ゲボクって呼んで」
「ゲボク。とりあえず北に進め。俺は寝る」
「うん。おやすみクー……さま? お父さんとお母さんと、あと、みんなをたすけてくれてありがとう」
嫌な別れ方だったけど、みんな死んでしまうよりは良かった。
お父さんとお母さんは、村のみんなと平和に暮らしていけるはずだ。
「願いを叶えて感謝されたのは初めてだ」
魔神って詐欺師かなにかなの?
◆
いわれた通りにひたすら北へ歩いて3時間。
目の前には草原と森。遠くに小さく海が見える。
暗くなってきたけど、やっぱり野宿するしかないかな? モンスターとかでないといいけど……。
寝ようとしていたら、
「なんでさっきの場所からほとんど進んでないんだ?」
クーさまの嫌そうな声が聞こえた。
「あ、おきたの?」
「ちゃんと歩いた?」
「うん。12キロは歩いたよ」
もう足がくたくただ。早く寝たい。
「……全力でそれ?」
「うん。もうムリ!」
「……」
勝手に足がぐいんっと動いた。
「わっ」
ぴょんとはねるように立ち上がり、地面をける。
「体の動かし方を教えてやる」
すぽんと体からはじきだされた。
いつの間にか私は宙にぷかぷか浮いている。目の前には私そっくりの女の子。彼女はまばたきしたら見えないくらいの速さで走りだした。