3話 22時間働くゲボク

 なにこれキモイ!
 ゾワ~ッと全身に悪寒が走る。身体がすくんで悲鳴はでなかった。
 顔や両手をブンブンふって払おうとしたけど、しがみついてきてぜんぜんはなれない。
 ピスキーたちは口を開けて、また歌い始めた。
 まったく同じ声だし1匹の声が小さいから、集団で歌っているのに1人の人間が歌っているみたいに聞こえる。
 近くにあったフェアリー・サークルがぼんやりと発光する。
 あ、コレほんとに魔法陣なんだ。すごーい。
 なんてことを考えながら、私はまた眠りに落ちた。
『寝るな!』
 そんなこといわれても~。
 まるでフワフワの羽毛につつまれているみたいに気持ちが良くて、わけもなく楽しくて。もう永遠にこうしていたい……。
『寝るなといってるだろうがこのバカ! このゲボク!』
「うるさいな~」
『この……っ』
 ピスキーの白い光とはちがう。淡い緑の光につつまれると、スーッと眠気が引いていった。
 これは、状態異常を治療する魔法?
 そういえば、治療してもらうまで永遠に眠り続けるってピスキーのイタズラがあったような……ハッ!?
『気づくのが遅い! こんなザコに引っかかりやがって』
 またクーさまにあやつられているらしい。
 鼻にくっついていたピスキーの1匹を、私はバチンと両手でつぶした。
 蝶の羽根がついた小人がイモムシみたいにつぶれて、ぶしゃっと青い体液をぶちまける。
 イヤーッ!? グロい! 顔にかかった! くさい! 汚い!
 やわらかい感触が虫みたいだし、人を殺したみたいで気持ち悪い! ていうか、こんなカワイイ生き物になんてことするんですか!?
『かわいくてもこいつらはモンスター。ただの敵だ。こんなところで行動不能にされてるヒマはない』
 仲間が殺されたことに気づいたんだろう。
 100匹近いピスキーの集団はざわりと殺気立ち、私の身体からはなれた。
 白く光っていた色がいっせいに赤へと変わる。
 彼らはくるりくるりと円をえがくように飛ぶと、大きなドクロの形にならんだ。
 集団で泳ぐ小魚が大きい魚に擬態する様子にそっくりだ。
 ピスキー集団の固まり……赤いドクロがくわっと牙をむくと、地面の魔法陣が光る。
 赤い霧が襲いかかってきて、全身にかぶってしまった。
 霧がふれた素肌がヤケドしたように赤くなる。
 毒だ。
 でも、あわてるヒマもなく解毒魔法がかかった。クーさまだ。
『死ね』
 爆発するような勢いで巨大な炎が生まれ、ピスキーたちをなめるように燃やしつくす。
 それはあまりに早く、圧倒的で。彼らが悲鳴をあげる隙さえない。
 あとにはチリ1つ残らなかった。
 クーさま、強っ。
 封印されている状態なのに、世界トップクラスの王都の魔法使いくらいかも。
 王都の魔法使いなんて会ったことないけど、ウワサじゃ山を1つ消し飛ばしたことがあるらしい。
 ちなみに、私の故郷ビエト村の魔法使いはこぶし大の石をくだくのがやっとだ。それがふつう。私はどっちもムリだけど。
 圧倒的な力にビビりまくって震えていたら、やっと身体が動かせるようになった。
『さあ進め、ゲボク』
 いやいやいや。
「いま、真夜中なんですけど。夜くらい休ませてく」
『何度も同じことをいわせるなトリ頭。おまえはもう死んでいる。1日2時間も寝ればじゅうぶんだ。夜の方が能力が向上するから昼に寝て夜におきた方がいいくらいだ』
「ええ~……」
 22時間働けだなんて、ひどいブラック魔神である。
 そんなご無体な、と思ったものの。
「あれ、本当だ。まっくらなのによくみえる」
 寝る前は気づかなかったけど、夜目が利くようになったみたい。
 不思議。
 ほぼ寝てないのに眠気もないし、疲れもとれてる。
 暗闇は怖いけど、いわれたとおり進むことにした。
 なんだかんだいってまた助けられた? みたいだし。素直にしたがおう。
 水筒の水で手と顔をよーく洗ってからだけど。
『俺は寝る。しっかり進んでおくように』
 眠そうな声でいわれてびっくりした。
「クーさまだけずるい!」
 ブーイングすると、あきれたように彼がいう。
『……おまえ俺が怖くないのか? もうちょっと恐れうやまえよ』
「怖いけど。どうせ私もう死んでるし、家にも帰れないしで失うものないんでヤケクソなんです」
『ピスキーのことはもっと怖がってたくせに』
「クーさまって本来の姿は怖いのかもしれないけど、いまは私の身体なんであまり怖くないんですよねー。そんなにひどいこともされてないですし」
 まあバチッとはされたけど。声がかっこよくて好みだし。
 アンナちゃんや村長さん、村のみんなが無事に助かったのもこの魔神のおかげだから、感謝している。
『ふーん』
 それきりクーさまは静かになった。
 寝ちゃったらしい。
 もしかして、ちょっと前に無視されたときもずっと寝てたのかな?
 私が2時間睡眠でいいのに、主人はあきらかにもっとたくさん寝ている。
 すごく燃費が悪いとか?
『それはおまえのせいだ』
 あっまだおきてた。
『俺の魔力は10万くらいあったのに、おまえが魔力0なせいでいまや50しかない。だから魔法を使うたびに魔力を使い切って気絶するはめになるんだ』
 へー。魔力もいろんな呼び方があるようだ。
「でも、村にいた魔法使いは魔力使い切って気絶したことなんてなかったですよ? ちょっと考えなしに使いすぎなんじゃ……」
『うるさい。俺はいままで5だの10だのしか魔力を消費しないせこい魔法は使ってこなかったんだよ』
「それに、10万がいきなり50になったのがぜんぶ私のせいとは思えませんよ。単に封印されてたからじゃないです?」
 魔力10万がバケモノじみたステータスということはわかるけど、ふつうどれくらいなのかわからないし。相手は魔神なのであまりおどろかない。
『かわいげのないゲボクめ……次におきたとき、覚えてろよ』
 それきりクーさまはだまった。
 どうやらたえきれなくなって気絶したらしい。

◆

 シカやコウモリに襲われながら森を進むこと数時間。
 すっかり太陽がのぼって暑くなったころ、やっとニヘンナ村にたどりついた。
 ……おかしい。変だ。森のまん中から3日はかかるはずなのに半日くらいでつくなんて。
 シカやコウモリから逃げるときがんばって走ったから……にしても早すぎる。
 あっ、そっか。そういえばクーさまが「夜は身体能力が向上する」っていってたっけ。そのせいか!
「いらっしゃい」
「きゃっ」
 背後から声をかけられてビックリ。
 またモンスターかと思ったら、知り合いのおばさんだった。
 このマロボ島にはビエト村とニヘンナ村しかないから、みんな知り合いだ。
「良いときにきたね。中央市場に行けばイケメンに会えるよ」
 ニヤリとしながら市場を指さすおばさんに、内心ホッとする。
 私をまったく怖がってない。
 だいぶ早くこれたから、こっちの人たちはまだビエト村の異変には気づいてないみたい。
 森を通らずに街道を行くと8日かかるから、あと7日くらいは安心かな。そんなに滞在しないけど。
「外の人がきてるんですか?」
 島の外から人がくるなんてめずらしい。
「王都からきた騎士さんだって。団長を探しにきたけどみつからなくて、いま市場でいろんな人に話を聞いてまわってるんだ。あたしも話したけど、女みたいにキレイな人だったよ~。あんな線の細いタイプは好みじゃないんだけどね、若い子はみんなうっとりしてたよ。まああたしにゃ年が若すぎるし、旦那もいるからなんにもしないけどねアハハハハハハ」
「へー、行ってみようかな」
 バイバイと手をふって、市場へむかう。
 朝ごはんもお昼ごはんもまだだし、そこで買えばちょうどいい。
 目の保養もできて一石二鳥っと。
 中央市場へむかうに連れて道に女の子が増えてきて、到着すると人だかりができていた。
 どんだけイケメンなの?
 苦笑しちゃったけど、マロボ島に若い男の子は少ない。特にイケメンは5人くらいしかいない。
 それくらい貴重なら人だかりできてもしかたないか。私も気になる。
 長い長い行列にならんでまつこと30分。
 みえてきた青年はたしかにイケメンだった。
 顔だけだったら島一番のイケメンと同じくらい。
 うすいというかシンプルというか。どちらかというと地味だけど、整ってる。
 細身のスタイルで、優しそうで爽やかな雰囲気。あと着こなしっていうの?
 王都のエンブレムが小さくついた白銀の鎧がすごく似合ってて、総合的にみるととってもカッコイイ。
 キャー握手して欲しーい。
 やっぱり都会の人は垢ぬけてるなぁ。短い金髪なんだけど髪型もなんかオシャレな気がする。
 目は赤? いや紫かな。腰が細い。足なっがい。背は平均より高いくらいかな。
 年は18歳らしい。前の女の子が聞いた。ほほう。
 ……なんて興奮してる間に私の番がきた。
「こんにちは。僕は王都騎士団のルファスです。こんな人みませんでしたか?」
 たくさんの人に質問しまくり、逆に質問責めにもされて疲れた様子。
 青年が広げた羊皮紙には、似顔絵がえがかれていた。
 ムキムキで大剣を背負った鎧のおじさん。黒髪で目はまんまるでパッチリしている。
「あ、王都のえらい人だ」
 いま気づいたけど、このお兄さんと同じ鎧きてたんだ。
 2人の印象がちがいすぎてわからなかった。
「そうだよね……えっ、知ってるの!?」
 ルファスが目を見開く。
「あ、はい」
 悪い人に殺されちゃったよとはいえない。
 そっか、あの人を追ってきたんだ。
「むこうにあるビエト村にいましたよ」
 ウソではない。
 わざわざ探しにきたのにかわいそうだなと思うと、興奮が冷めてしまった。
 彼は目を白黒させると、まぶしいくらいにほほえんだ。
「ありがとう! さっそく行ってみるよ。じゃあね!」
 そばにいた馬にのると、ピューッと風のようにさっていく。
 とり残された村の女の子たちと私はしばらく呆然としていた。