3話 イタズラ好きのピスキー
空を舞う鳥よりも速い。
彼女は人間ばなれしたスピードで進んでいく。
これってたぶん、クーさまが私の体を動かしてるんだよね?
意識はあるんだけど、私は指1本すら動かせない。自分の体が勝手に動くなんて、ちょっと気持ち悪いかも……。すごいって気持ちと怖いのとで、複雑な気分。
やがて、前方に大きなものが見えてきた。
「なにあれ? 岩?」
「イノシシ」
クーさまが告げる。
「えっその姿で声は男のままなの!? なんかやだ……」
「声なんかどーでもいいだろ」
「私の声はそんなに低くない」
いくら美声でも、違和感がすごい。
「ってキャーこっちきたーッ!?」
イノシシがこっちに気づいて、突進してくる。
クーさまはそれをひらりとかわして横からぶん殴った。ウソみたいにあっさりと穴があく。同時にこぶしがグチャアッとつぶれた。手首もひじもバキベキと折れてひしゃげていく。
「イヤー!? 私の手ー!? 腕がつぶれちゃってるんだけど!?」
クーさまが身をひねり、かかと落とし。
イノシシの頭がとびちっていく。血の雨がふって、私の足も死んだ。
どおん!
地ひびきを立ててイノシシがたおれる。
ただの動物じゃなくてモンスターだったみたい。よく見ると不気味なキノコが全身に根をはっていた。すでに体は腐っていて、骨や肉がちらほらのぞいている。
勝ったのはいいけど、私の体どーしてくれるんだろ……? なぜか全然いたくないけど、死にかけみたいになってるよ。
彼はハアとため息をついた。
「クソザコボディ」
口が悪いよ、この魔神。
「わ」
私の体が神秘的な青い光につつまれていく。
それはものの数秒で、腕と足を治してしまった。ぐっちゃぐちゃだったのに、もう傷一つない。
「回復魔法を使えるの!?」
とっても貴重な魔法だ。しかもすごい効果。
うちの村にも使い手が1人いるけど、かすり傷しか治せないのに。
前にさいこーちがどうのっていってたけど、回復魔法のことだったのかな?
「クーさまって……魔神ってすごいんだね」
「まぁな」
あたりまえって感じの態度で彼はうなずいた。
◆
ふと気づくと、自分の体にもどっていた。
「クーさま?」
返事がない。
「おーい……」
寝てるのかな?
返事がないので、私も寝ることにした。もう夜だ。
「あ」
木にもたれようとしたら、髪が枝にからまった。
自分の赤い髪は好き。
夕焼けみたいでキレイな色だと、昔お母さんにほめてもらったから。
だから背中までのばしてるんだけど、いまはじゃまかも。手ぶらで追いだされたから、髪をくくることもできない。
「はあ……」
枝から髪をほどく。
広い広い森の中は、月がかくれてまっくらだ。ぽつんと1人うずくまっていたら、心細くなってきた。
ガサガサガサガサ。
木が風にゆれる音だけが大きくひびく。寒い気がして、肩をふるわせる。村がモンスターに襲われるまでは、わらのベッドで寝てたのに。いまは固くて冷たい土の上。
「……」
いつか、ほとぼりが冷めたら村に帰れるかな?
きっと、いまはみんな興奮してるからああなったんだ。モンスターにおそわれて怖い思いしたから……。落ちついたら、わかってくれるよね?
ゾンビになったっていわれたけど、別に変わった様子もないし。
「お母さん……」
ポロリと涙がこぼれた。
◆
まだ暗い、夜中に目が覚めた。
だれか歌ってる。
男か女かわからないけど、小さい子だ。すごく高い、鳥みたいな不思議な声。なんていってるのかわからないけど、かわいい曲だ。
こんな森の中に子どもがいるなんて、迷子かな?
歌声に近づいてみると、とてもキレイなものがいた。
森の中の少しひらかれた場所。
木々の合間からわずかな月光がさしこんで、幻想的なステージと化している。草木や切り株、岩などの上に、小さな丸い光がたくさん。
よくみると丸い光には1つ1つ、蝶のような羽根がついている。
さらに目をこらすと、人間みたいな顔や手足。はだかだけど男や女の特徴はない。顔もすごくシンプルで、大きな目が2つと、小さな穴みたいな口が1つついているだけだ。髪っぽいものはあるけど鼻はない。
かわいい! 妖精かな……?
100匹はいるかも。
彼らは蝶のようにふわふわひらひら舞い踊る。ぴいぴいと童謡を歌うように鳴いた。浮いているのに、地面の草がすべてたおれていく。フェアリー・サークルだ。
妖精たちが作る美しい魔法陣。
それをながめていたら、なんだか頭がぼ~っとしてくる。
いい夢みれそう……。
「悪い子はピスキーがさらいにくるよ」
危ない。
昔、お母さんにいわれた言葉を思いだして、我に返った。
コレってもしかして”あの”ピスキー!?
大人が子どものしつけによく使う、森の妖精”ピスキー”
「かわいいけど、見たらすぐ逃げろ」とよくいわれた。彼らはとてもイタズラ好きだから。人間の子どもをさらって、妖精と入れ替えてしまう。
だから、変人や落ちこぼれは「おまえは人に化けたピスキーだろう」なんて言われる。
あとは、人を道に迷わせるとか。治療してもらうまで回復しない状態異常もあったような……。
「ヒイッ」
いつのまに?
私の全身は大量のピスキーたちにおおわれていた。
なにこれキモイ! もはや妖精というより羽虫に見えちゃう。
ゾワ~ッと悪寒が走った。
顔や両手をブンブンふっても、しがみついてきてはなれない。ピスキーたちは口を開けて、また歌い始めた。まったく同じ声だから、まるで1人の人間が歌っているみたい。近くにあったフェアリー・サークルがぼんやりと発光する。
あ、コレほんとに魔法陣なんだ。すごーい。
なんてことを考えながら、また眠りに落ちた。
「寝るな。おきろゲボク」
そんなこといわれても~。
これすごくふわっふわだよ? 気持ち良くて、わけもなく楽しくて。もう永遠にこうしていたい……。
「寝るなって」
「うるさいな~」
「この……っ」
ピスキーの白い光とはちがう。淡い緑の光につつまれると、スーッと眠気がひいていった。
これは、状態異常を治療する魔法?
そういえば、治療してもらうまで永遠に眠り続けるってピスキーのイタズラがあったような……ハッ!?
「気づくのが遅い。こんなザコにひっかかりやがって」
クーさまにあやつられているらしい。
鼻にくっついていたピスキーの1匹を、私はバチンと両手でつぶした。妖精がイモムシみたいにつぶれて、ぶしゃっと青い体液をぶちまける。
「イヤーッ!? グロい! 顔にかかった! くさい! 汚い! やわらかい感触が虫みたいだし、人を殺したみたいで気持ち悪い! ていうか、こんなカワイイ生き物になんてことするの!?」
「こいつらはモンスター。ただの敵だ。こんなところで足止めされてるヒマはない」
仲間が殺されたことに気づいたんだろう。
ピスキーの集団はざわりと殺気立ち、私の身体からはなれた。白く光っていた色がいっせいに赤へと変わる。
くるり、くるり。
彼らは円をえがくように飛んで、大きなドクロの形を作る。小魚の群れが大きい魚のふりする様子にそっくりだ。
ピスキーの群れ……赤いドクロがくわっと牙をむくと、地面の魔法陣が光る。赤い霧が襲いかかってきて、全身にかぶってしまった。霧がふれた素肌がヤケドしたように赤くなる。
毒だ。
でも、あわてるヒマもなく解毒魔法がかかった。クーさまだ。
「死ね」
巨大な炎が生まれ、ピスキーたちをなめるように燃やしつくす。
それはあまりに早く、圧倒的で。彼らは悲鳴をあげることすらできない。
あとにはチリ1つ残らなかった。