4話 アーちゃん

 たりない食料や水、道具などを買って旅支度を整えたあと。
 ニヘンナ村で仲の良い女の子たちといっしょにお昼ごはんを食べた。
 2人は姉妹で、イーラは同じ13歳。リーナは2つ下の11歳。
 彼女たちと他愛のない雑談をしながら、私は少し迷っていた。
 島をでていくこと。
 もうもどってこれないかもしれないこと。
 そしてクーさまと魔神の封印について。
 彼女たちに話してみようか?
 ビエト村の人たちには怒られたけれど、友達ならわかってくれるかもしれない。
 ……でも、私が逆の立場ならどうだろう。
 みんなを助けるためとはいえ魔神を解放して人を殺した女の子。
 やっぱり怖いな。実の親でもムリだったのに、しょせんは他人だし。
 でもでも、この子たちなら……。
 いやいや、わかってくれたとしても、巻きこんだらダメでしょ。迷惑でしょ。
 私をかばって友達まで島を追いだされたら責任とれない。
「おいしくない?」
 リーナが心配そうに聞いた。
 考えごとのせいか味わえてなかったし、不安や迷いが顔にでていたみたい。
「そんなことないよ。魚の塩焼き好きだし」
 ほんとはまったく味がしなかった。
 ちゃんと塩がふってあるから、調理法が悪いわけじゃない。きっと精神的な問題だ。
「……じつは村長さんのお使いで、これから島の外に行くんだ。しばらく帰ってこれないから、さびしくて」
 2人はビックリした様子で目を丸くした。
 だよねー。私も、島の外なんて一生行くことないと思ってたし。
「外ってどこの国? しばらくってどれくらい?」
 とリーナ。
 彼女の姉であるイーラは怒った。
「外は強いモンスターや怖い人がいっぱいいるんだよ。大丈夫なの!? 女の子に1人旅させるなんて、村長さんどーかしてるよ!」
 ごめん、お使いはウソだから村長さんは無実です。
 ほんとは村を追放されたんです。
 罪悪感にさいなまれながら質問責めをのらりくらりかわし、2時間後。
「じゃあ、今夜はうちに泊まっていきなよ」
 というイーラの言葉につい甘えてしまった。
 あと5日はバレない。
 クーさまもまだ寝てるみたいだし、1日くらい思い出づくりしたっていいよね。

◆

 泊めてもらうお礼に、姉妹の家の手伝いをすることになった。
 これはよくあることで、私も彼女たちを泊める代わりにお手伝いしてもらったことがある。
 リーナは家で洗濯と掃除。
 私とイーラは森の入り口で山菜と果物、たきぎ集め。
「そっち、ナイフ草が生えてるから気をつけてね」
 とイーラ。
 ナイフ草とは、ナイフみたいにするどい雑草だ。
 肌をかすったりするとスパッと皮膚が切れて血がでてしまう。
 この島は年中暑くて、みんな肌の露出が多いから特に危険なのである。
 お腹と手足が丸だしな彼女ほどじゃないけど、私も顔や手足には注意しないと。
「うん……あぁっ!」
 いわれたそばからやってしまった。
 私の左腕に10センチほど赤い線が走る。
「バカ! いまいったでしょ!」
 ドンくさくなったんじゃないの、と小言をいいながら彼女が近づいてきて、さっと傷口をみた。
「血がでてない。えっ、なんで? けっこう深く切れてるのに」
 怪訝そうにイーラが眉をひそめる。
 いわれてみれば。
 ナイフ草にやられると傷口のわりに血がたくさんでるものなのに、まったくといっていいほど血がでない。
 傷口は赤いけれど、ところどころ白っぽいくらいだった。
「ほんとだ。なんでだろ」
「それになんか腕冷たいよ? 風邪?」
「ううん、ふつーに元気だよ」
 答えると、彼女は傷口を不思議そうに観察しながらてのひらをかざした。
 魔法使いたちが使う独特の呪文を短くつぶやく。
 水色の光につつまれて、傷口がほんのりうすくなる。
 けれどそれ以上は回復せず、光が消えた。
「イーラ、魔法使いだったの」
 10年以上のつきあいなのにしらなかった。
「ちょっとしか使えないけどね。内緒だよ。バレたらヒーラーにされるから秘密にしろって親にいわれてんの」
 ヒーラーは回復専門の魔法使いで、よく薬師と兼任していることが多い。
 まずどこでも食いっぱぐれないし尊敬される職業なんだけど、この島のヒーラーは激務だからなりたくないのかもしれない。
「うん、ありがとう」
 聞こえなかったのか、無反応。
「ありがとう」
 もう1度いうと、
「うん……」
 イーラは私の方をみたまま、ぎこちなく後ずさった。
 なにかにおびえているようにみえる。
「どうしたの?」
「……ケガ、痛くないの? 昔からすごい痛がりで、ほんのちょっとのかすり傷でも痛い痛いって大騒ぎしてたのに」
 ひどいいわれよう。
「そんなことないよ。ふつーだよ」
「あるって」
 それきり、家にもどるまで彼女はずっと黙りこんでいた。

◆

 晩ごはんは大好きなサフランライスと魚のスープ、サラダにヤシの実ジュース。
 なのにやっぱりほとんど味がしなかった。
 ストレスのせいかな? 最近ごはんがおいしくない。水以外はなにもいらないくらいだ。
 夜はハンモックやマット、ソファをかき集めて友達と雑魚寝。
 女の子が3人もいれば話題がつきることなんてないので、水浴びしたあとはずーっとおしゃべりしていた。
 いつしか順番に恋バナが始まって、2人めにさしかかったころ。
「そろそろ寝なさい」
 イーラの母が顔をだして、灯りの火を消していった。
「はーい」
「おやすみなさい」
 口々におやすみを告げて、クスクス笑う。
 暗闇の中で、小声で続きをするだけだ。
 次はリーナの番だったから、彼女をみつめてまっていたら、
「その目なに!?」
 ビックリしたような、問いつめるような口調で聞かれて固まった。
 え? 私?
 イーラは小さく悲鳴を上げ、オバケでもみたような顔ではなれていった。
「私の目、なにか変?」
 聞くと、リーナがおそるおそる近づいて顔に手をのばしてくる。
「その目、血がでてるわけじゃないよね? ……うちのネコみたい」
 ネコ? 血?
 手がとどくより先にイーラがリーナを引きよせて私から引きはなす。噛みつくとでも思われているみたい。
「ネコっていうか、モンスターじゃん」
 ぼそっとイーラがつぶやく。
 その言葉に、リーナの肩がふるえた。いまにも逃げだしたそうにしている。
「モンスターって、そんな……私だよ。なにもしないよ」
 あわてて弁解したら、リーナは自分に言い聞かせるようにいった。
「そうだよね、アーちゃんいつもどおりだもん。なにか呪いでもかけられたんじゃない?」
 私はアがつく名前だからアーちゃんと呼ばれている。
「……今日食べたごはん、アーちゃんの好物ばっかりなのにおいしくなさそうだった」
 イーラがこちらをするどくにらむ。
「しばらく会えなくなるから、さびしくてごはんどころじゃなかったんだよ」
「昼間、ナイフ草でケガしたのに血がでなかった」
 それは私もわかんない。
「それにみてよ、この子影がないよ。アーちゃんじゃないよ。ピスキーがアーちゃんのふりしてるんだよ!」
 影がない? そんなバカな。
 そう思ったけれど、月明りが差しこむ窓辺にいるのに私の影はみえなかった。動いてもまったく変わらない。
 どうして?
 わけがわからなくて混乱しそうになったとき、クーさまの言葉を思いだす。
――おまえはもう死んで、動くしかばねと化している。
 そのせい!? ゲボクになったから影がないの?
 昼間からイーラの態度がおかしかったのは、そのせいだったんだ。
「こらこら、うるさいよ。もう少し静かにね」
 不意に、イーラのお父さんが部屋に入ってきた。
「お父さん! ピスキーがアーちゃんのふりして入りこんでる!」
 イーラがさけぶ。
「ちがうよ! 私だよ。ピスキーじゃない」
 とっさに反論したけれど、おじさんと目が合うなり彼はぎょっとして、私を殴り飛ばした。
 あっさり体がふっとんで、壁にたたきつけられる。
 そこからは記憶がない。
 気がつくとだれかの話し声が聞こえた。
「ほ……にピス……?」
 痛いくらいの視線を感じる。
「なにかのまちがい……」
「ビエト村の子じゃないか……よく遊びに……」
「ふつうの子……」
「……人間にしか」
 頭上で話しこんでいるみたい。
 この声はニヘンナ村の村長さんと近所の人たちだ。イーラのお父さんが呼んだんだろう。
 床の感触が変。ここは家の中じゃないのかな。湿った生ぬるい風が吹いていて、草と土の匂いがする。遠くで雷がゴロゴロと鳴っていた。
 ピスキーの森……かもしれない。
 体には固い、ゴザみたいなものが巻きつけられている。
「目が赤く光っていたし、ケガをしたのに血がでないと娘が……それにみてくれ、影がない」
 イーラのお父さんの声。
 周囲で息をのむ気配がした。5人……もっとたくさん。10人くらいいるかも。
 ダンッ!
 すごい音と衝撃が首を襲った。
 首をしめられたのかと思ったけれど、ちがう。切断されたんだ。
 胴体からはなれて首がごろりと転がる感触が、した。
「……っ」
 悲鳴をあげて泣きわめきそうになり、とっさに目を開けてしまう。
 そこにはだいたい予想どおりの光景。
 遠くで光る雷。黒と紫にそまった不気味な空。
 黒いバケモノみたいにみえる、ニヘンナ村のおじさんたち。彼らはそれぞれクワやこん棒、ナイフやたいまつ、スコップ、オノなどを手にこちらをみていた。
 何人かと視線がぶつかりそうになって、すぐに目を閉じる。
「おい、いま目を開けなかったか!?」
「いや、気づかなかったが……ピスキーならまだ生きているかもしれない」
「とどめを刺しておこう」
 ドッ、と固いなにかが胸をつらぬく。
 私の心臓はいま、クーさまの心臓のはず。クーさま死んじゃうかもしれない。どうしよう。
 体中から汗がふきだす。
 でも、動けない。
 ここで死んだと思わせたほうがいい。かこまれていて逃げられないし。きっと。そのほうが彼らはおびえなくてすむ。
 どうせ私死んでるし、あんまり痛くないし……ああでもクーさまが。これ以上心臓を攻撃されたらさすがに……。
「泣いてないか?」
「え?」
「……」
 すごくみられている。
 体が動かないようにとても神経を使った。あ、ダメ手足が震えそう。
 なるべく呼吸をしないように、と考えて。
 ずーっと息を止めていたことに気がついた。
 私、呼吸しなくても大丈夫みたい。
 ほんとだ。”動くしかばね”だ。これじゃ、モンスターっていわれてもしかたないよね。
 そのとき、とても大きな大きな雷が落ちた。
 昼とまちがえるくらい周囲が少しの間明るくなって、いっきに雨がふり始める。
「雨だろ」
「……そうだな」
 そのまま、私はピスキーの森に埋められた。