4話 ニヘンナ村


 ビエト村には攻撃魔法が使える人もいた。
 威力は、10メートル先の鳥を1羽しとめられるていど。

 弓やモリを使った方が早いって笑われてた。たぶんアレがふつうの人間だと思う。

 つまりこれは……。
 焼け野原になった周囲をながめて、ごくりとつばを飲む。

 ビエト村が燃えたときは、モンスターから助けてくれて嬉しかった。みんなが生きてるだけで満足というか。でも、冷静に考えてみると……もしかして、魔神ってやばいやつ?

 怒らせたら私も燃やされるかも……。

「さあ行け、ゲボク」

 体が動く。クーさまが体を返してくれたみたい。

「……は~い」

 いま夜中だよー。夜くらい寝かせてよー。
 なんていえやしない。
 池で顔と手を洗ってから歩きだすと、魔神は告げた。

「いっておくけど、おまえの心つつぬけだからな」
「えっ?」
「夜は寝たいとか。ゾンビに睡眠なんかいるかよ」
「ほあっ!?」

 ゾンビ寝なくていいの?
 いわれてみれば、眠くない気がしてきた……ってそんなことより。心つつぬけって! これも聞こえてるの?

「俺はいまおまえの体にとりついてるからな。ずっとぴぃぴぃ聞こえてくる」
「それってプライバシーのしんがいじゃない?」

「再構築もわからないくせに、なんで侵害は知ってるんだ」
「ジェリーお姉ちゃんがよくいってるから」

 実家の3件先に住んでるお姉ちゃんだよ。

「俺は少し寝る」
「ゾンビは寝ないのに、魔神は寝るの?」
「まだほとんど封印されたままだから、弱体化してるんだ。本調子なら100年は寝なくていい」

 目がくらむほどの青い光。
 岩みたいに大きな心臓が宙にあらわれた。血はついてないのに、ドクンドクンと脈うっている。

 それをつつみこむ、これまたおっきな手。
 毛むくじゃらだけど人間の骨格に似てる。でも6本指。
 オオカミのバケモノがこちらを見下ろしていた。

「うわあ!?」

 大きな耳に長い鼻。
 特徴は犬とにてるけど、雰囲気がぜんぜんちがう。

 犬は怒らせなければ噛まない。野良犬だってほとんど人を殺さない。でも目の前のオオカミは……気まぐれで私を殺しそう。

 怒ったとか、お腹がすいたとかじゃなくて。

「足元のアリをちょっと指でつついたらうっかり殺しちゃった。まあ、いっか!」

 みたいなノリで……。

「いま俺の体はこの心臓しかない。残りはバラバラになって、各地に封印されてる」

 魔神の声でバケモノがしゃべった。

「クーさまなの!?」

 これがクーさまの本当の姿……?
 よく見れば、ハッキリ見えるのは心臓だけ。オオカミの全身は透けていて、うっすら発光していた。

 目の前にいるのは魂ってやつ?
 獣なのに美しいからか、毒々しいのに神秘的。

 ありがたい神さまだといわれたら、信じてしまいそうなほどだった。
 なんか羽根まで生えてるし。

「そんなでっかいの、どこに隠してたの?」

 心臓だけになったら、ふつう死ぬんだけどね。
 魔神って謎の生き物だ。
 あ、でも鬼とかは首を斬っても1カ月くらい生きてるらしいし。そんな感じ?

「縮小して、おまえの心臓があった場所に入れてる」

 しゅんっと心臓が消える。
 胸に手を当てると、ドクンと脈うつものがあった。

「あった場所って……私の心臓はどこいっちゃったの?」
「食べた」

 ひどい。
 まだまだ聞きたいことがたくさんあったのに、彼はさっさと寝てしまった。

◆

 いわれた通りに北へ進むこと、数時間。
 ニヘンナ村にたどりついた。

 島に2つしかない村のうち1つだ。私にとっては第2のふるさと。

 徒歩だったら3日くらいかかるはずなんだけど……半日くらいでついちゃった。ゾンビになってから、足が速くなったのかも。クーさまのお手本ほどじゃないけど、がんばって走ったらけっこースピードだせたし。

「クーさま、村についたよ。ここに来たかったの?」

 ここより北はもう、海しかない。
 島の外にでるとしたら船にのらないとムリだ。

「……」

 返事がない。まだ寝てるみたい。

 さて、どうしようか?
 空はまだ暗い。

 いま3時くらいかな?
 ずっとおきてると、夜ってこんなに長いんだ。
 たまに夜ふかししても途中で寝ちゃうから、知らなかった。

 濃いグレーの雲でおおわれた空は、なんだか不気味。もうすぐ雨が降るのかな。月も星も見えなくて、どんよりしている。生あたたかい風が肌にまとわりついた。

 ざくっざくっ。
 静かな村に私の足音がひびく。

 ビエト村であんなことがあったばかりだ。人に会うのは怖い。でも、こっちのみんながモンスターにおそわれてないか気になる。
 こっそり無事を確かめたい。

 ざくっざくっ。
 村の中央まで来たけど、どこも壊れてない。
 いつもどおりの風景で、だれかのいびきが聞こえてくるくらい平和だ。
 こっちは大丈夫だったみたい、良かった。

「シャーッ!」

 草むらで寝ていたネコが逃げていった。おこしちゃったみたい。
 いつもは人なつっこい子なのに。びっくりしたのかな。

◆

 ニヘンナ村をでていく前に、友達の家によってみた。
 ほんのりお香の匂いがする。どこの家でも使われている、虫よけだ。

 ビエト村とほぼ同じ、木でできた高床式の家。
 布で目かくししただけの玄関と窓。

 この目かくしでだれの家かわかる。男性やお年よりは木製のすだれをよく使う。女性は濃い原色の布が多い。

 リーナの家は赤い布に黄色い花がかいてあった。
 近づくと、すやすやと寝息が聞こえてくる。木の皮で作った枕とブランケット1枚で、床に寝ている。

「リーナ」

 勝手に入るのは気がひけて、窓の外から声をかけた。

「リーナ、おきて」
「う……」

 ごそごそと身じろぎする気配。
 大きい声をださなくてもおきてくれてたすかった。
 彼女はまだ寝ぼけているみたいで、ちがう方向をむいていた。

「アカネ? どこにいるの?」
「窓の前にいるよ。あのね、お別れをいいにきたの」

 今後の予定はクーさましだい。
 でも、ビエト村の事件は明後日くらいにはこっちにも伝わるだろう。
 それならここも出入り禁止になる。

「お別れ? どゆこと?」

 まだ眠いみたい。

 彼女は半分目を閉じたまま床にすわっている。赤いワンピースの寝間着がぐちゃぐちゃになっていた。はだけたそれをのんびり直しながら、あくびなんかしている。

「魔神と契約したら村を追いだされちゃったの。もうここには来れない」
「魔神? 変な夢みたんだねー。まだ夜中だよ? 帰って寝な?」

 寝ぼけてると思われてる。……まあ、いっか。

「うん。またね、リーナ」

 いつかまた会えたらいいね。

「あ、そうだ。リ……」

 いい忘れたことを伝えようとして、ふり返っただけなのに。

 いきなり殴られて頭がまっしろになった。
 土の上を転がって、目が合ったのはリーナのお父さん。

 いつも優しいハンザおじさん。
 彼はおびえた目つきで私の前に立ちはだかった。

「バケモノめ! 娘に近づくな!」

 ビエト村にアカネそっくりのモンスターがでたって、もう聞いたの?
 とっさにそう思ったけど、ちがう。彼はまだ寝間着だし、ビエト村の使いがくるには早すぎる。
 話し声でおきた? でもなんでこんな……。

「パパ!? なんでアーちゃん殴るの!?」

 リーナが外に飛びだしてきた。

「リーナ……」

 めまいがする。体がふるえてまともに動けない。
 かけよろうとした彼女を、ハンザさんが止めた。

「ビエト村の子どもがこんな時間に1人でいるわけないだろ! いつも馬車で親父さんと来てるのに、他にだれもいない。それに……あの目を見ろ! あいつはピスキーだ! 人間のふりしておまえをさらいに来たんだよ!」

 リーナの短い悲鳴。
 彼女はおびえて父親の影にかくれてしまった。
 目?

「目ってなに? 私の目が……なにか変なの?」
「この野郎、とぼけやがって! だまされねえぞ!」

 ハンザさんの声で、近所のみんながおきてくる。

「朝からなにさわいでんだ?」
「うるせえなあ……」

 目があったとたん、顔色を変えた。

「モンスターだ!」
「オノ持ってこい!」

 私がモンスターの目をしてるって?
 だからって、態度を変えるみんなが恐ろしい。

「ま、まってよ! 私がなにしたっていうの!? お話してただけだよ!? それに、もう帰るから! 村をでていくから、なぐら」

 ドッ!
 そんな鈍い音がして、首と体がずれた。

 ぐるぐると空が回る。
 地面から見上げたそこには、たおれた私の体。首のない胴体と、オノをかまえたおじいちゃん。
 そこで意識がすとんと落ちた。