5話 消えてしまいたくなった朝

 ザアアアアアアアアア……。
 ゴロゴロとうるさい雷と雨の音。落とされた深い穴の中に、重くて冷たい泥と土がかぶせられていく。
 スコップを動かす音とともに、おじさんたちの話し声がする。
「ピスキーにさらわれたんじゃ、助からないだろうが……いちおう明日森の中を捜索してみよう」
「親御さんへの連絡はどうする」
「若いやつが早馬でむかってる。5日後にはなんとかつくだろう」
「そうか……かわいそうにな」
 かわいそうなのはいま埋められてる私だよ。
 ピスキーじゃないっていったのに……私がなにをしたっていうの?
 これが魔神の封印をといた罰なの?
 完全に埋められて、おじさんたちの声や気配がしなくなってから。だいたい1時間ほどまって、土をほり返した。重くて、なかなか体が動かせない。土ってこんなに固かったっけ?
 このままここにいるのはイヤ。
 早くしないと朝になって、また人がくるかもしれない。
 爪にヒビが入って、何枚かはがれた。それでも無理やり手足を動かして、約3時間。
 深夜1時くらいかな。
「ぷはっ」
 雲で黒くぬりつぶされた空の下で、久しぶりに空気をすった。
 雨も雷もまだ続いていてうるさい。
 周囲に人はいない。
 全身泥水で汚れてびしょびしょで気持ち悪かった。
 首切られちゃったけど、くっつくのかな。
 ほりおこした首を胴体にのせようとして、ためらう。断面が泥で汚れていて、小石とか入っちゃってそう。もしこのままくっついたらすごくイヤだ。どこかで洗ってからにしたい。
 首をかかえて立ち上がって、胸元の服が破れていることに気がついた。グロテスクな傷口がのぞいている。
 そうだ。心臓を刺されたんだ。
 クーさま、大丈夫?
 心で呼びかけても返事がない。
「クーさま、おきて」
 返事はない。
 やっぱり、死んじゃったんだ。
「……」
 ゲボクなのに役に立てなくてごめんなさい。
 守れなくってごめんなさい。
「……」
 もう島にはいられない。
 ニヘンナ村からできるだけはなれたくて、それからしばらく走り続けた。
 足の皮が破れて爪が折れた。
 足腰に力が入らなくなって、がくがくとヒザが笑い始める。
 よろけて木にぶつかったとき、海がみえた。
 森をぬけて、島のはしまできたんだ。
 森の終わりはガケになっていて、大きなごつごつした岩がいくつかならんでいる。
 岩の上に飛び降りて、しがみつくようにしながら1番はしの岩までたどりついた。
 その先には黒い空と海が一面に広がっていて、水平線のむこうに緑の大地がいくつかみえた。
 外国は遠い。泳いであそこまではわたれない。
 行けたところで、もうなんの意味もない。 
「……」
 海は嵐で荒れ狂っていて、何度か波をかぶってしまった。
「あ」
 雷が光ったとき、水面に顔がうつった。
 泥だらけの汚い顔。暗い空の下、赤い2つの目が魔物のように不気味に光る。
 わー、ほんとだこわーい。ピスキーよりも怖いかも。
 あははははははははははは……。
「うわああああああああああああああああああああああ!」
 なぜか無性にこらえきれなくなって、赤ちゃんみたいに泣いてしまった。
「わああああああああああああああ!」
 みっともないけど、止まらない。
 海の波が顔を洗ってくれるのをいいことに、わんわんさけんでいたら、
『うるさい!』
 聞き覚えのある男性の声がして、涙が止まった。
『せっかく気持ちよく寝ていたのに、なにをギャンギャンわめいてる』
 ね、寝てたって?
「クーさま、生きてたんですか?」
『むしろなんで死んだと思った』
「心臓、さされたから」
『心臓……? そういえば少しかゆいな』
 かゆいだけ!?
『魔神だからな。殺せないから封印されてたんだよ。というかおまえボロボロじゃないか! なんだこの首! 手足も! 満身創痍か!』
 早々に体の支配権をとったクーさまは、いったんガケの上までもどった。
 水魔法で体を洗い、首と胴体をくっつける。
 青い光とともに全身の傷がすべてキレイに治った。はがれた爪まで再生している。
 この島の魔法使いじゃ、ここまで完璧な治癒魔法は使えないだろう。
 それでも破れた服は治らなかったので、スカートを破って胸元をかくす。
『おきぬけに魔力使わせやがって』
「ごめんなさい」
『だれにやられた』
「……ニヘンナ村の人たちにやられました」
『ニヘンナ村ってどこだ』
「あっち」
 指さすと、クーさまはニヘンナ村めがけて右手をかざし、怪光線をはなった。
 なにそれレーザービーム!?
 ピキュンッという音と同時に爆炎が広がるのがみえた。
 え? なに? 火?
 火をすっごい速さでだしたの?
 木がたおれ、草木が黒こげになった跡が村まで続いている。村のみんなが無事かどうかは、煙でよくみえなかった。
 ピキュンッ!
「やめて! やめてください! 友達がいるんです!」
『知るか。俺のゲボクをボロボロにしやがって』
 思いがけない言葉にドキッとした。
「うえっ? え……まさか私のために怒ってくれてるんですか?」
 ただの使いすての手下なんじゃないの?
 うす気味悪さと嬉しさ半分で聞くと、彼は冷めた口調で答えた。
『自分の所有物を壊されたら怒るだろ、ふつう』
「あー……そういう怒りですか」
 ちぇっ。
 村の方角から火がみえる。雨だし、すぐに消えればいいんだけど。
 みていると胸がざわざわする。
 だってすごい威力だ。私のお腹より太い木がまっぷたつに折れて、地面の草まで黒こげになっている。こんなのが人に直撃したら、死んでしまう。当たったのが家だとしても外壁がくずれるか、火事になるだろう。
「だれか死んでしまいましたか?」
『わからん』
「……」
『助けに行くなんていうなよ』
「無事かどうか、遠くからみるだけでも」
『ダメだ。せっかく回復した魔力がもうすぐつきる。これ以上時間をムダにできない』
「……はい」
 大人しくしたがった私は最低だ。
 クーさまが体を動かしていて抵抗できないから、しかたない。
 そんな”いいわけ”ができてほっとしたのだ。
 ニヘンナ村のみんなが心配なのに、私はみんなに会いたくなかった。
 イーラ、リーラ、姉妹のお父さんとお母さん。他の友達や村の人たち……彼らとは小さいころからのつき合いだ。優しくしてもらったことがたくさんあるし、たまにしかられたこともある。親戚みたいなおつき合い。
 でも、また”ピスキー”っていわれてバケモノあつかいされるかもしれない。友達におびえられる。優しかったおじさんに殴られて、知り合いのお兄さんに首を斬られて、心臓まで刺されたのすごく怖かった。あのときの光景わすれられない。
「長いつき合いなのに、どうして私が本物だってわかってくれなかったの?」
 いえなかった言葉。
 私はニヘンナ村の人たちをうらんでいる。
 だから、見捨てるんだ。
「!」
 びくっと肩がはねる。
 クーさまがポンポンと私の頭をなでていた。
「さて、行くか」
 みにくい思考はすべて伝わっているはずなのに、彼はなにもいわなかった。

◆

 空は飛べない。魔力もつきそう。
 そんな状態でどうやって海をわたるんだろう? やっぱり船を使うのかな?
 見守る私をよそに、クーさまは森の奥めがけてまた怪しい光線を撃った。
 ニヘンナ村の方角じゃないし、あんなとこ撃ってもクマかモンスターに当たるだけじゃ……なんて思ったら、爆炎が広がる森の奥で、なにかが光った。
 炎とはちがう、白の強い光。
 目がくらんで視界がぼやけた数秒の間に、それが飛びだしてきた。
 まだ雨がふり続く空を、落雷のような速さでまっすぐこちらに襲いかかってくる。
 まるで煙のような、ピスキーたちの大群だ。
 小さいのが何百匹も集まっていて、気持ち悪い。近づいてきたそれはウネウネと動いて、なにかの形を作っていく。
 巨大な人間……?
 ちがう、これもピスキーだ。
 背中に大きく生えた蝶のような羽。
 はだかの人間そっくりの姿形だけど、鼻や生殖器はない。髪の毛のようなものがある。
 顔が私の身長くらいで、全体は空にとどくんじゃないかと思うほど巨大。
 えっと、50メートルくらいかな……?
 小さなピスキーたちが集まって、巨大なピスキーに変化してしまった!
 怖い。でもちょっとなれてきた。きっと、クーさまがたおしてくれる。
『いや、これはたおさない。もう魔力もないしな』
「ええっ!?」
 どーいうこと? 海をわたれない八つ当たりで適当にビーム撃ったら当たっちゃったの?
 なんか怒ってるよ!
『失礼な。ねらったに決まってるだろ。こいつらはダメージを受けるとまれに巨大化する習性があるからな』
 前回は運が良かったのかな?
 巨大化する前にたおしただけかもしれない。
 殺気立ったピスキーが大きな腕をふりまわす。
 波が津波のように高くわれて、ほんの数秒、海の底と魚やサンゴがみえた。
 高く飛んでそれをかわし、その腕を駆け上りながら彼はいう。
『こいつに乗って海をこえる!』
「えええ!?」
 そんなムチャな。
「魔力もうないんでしょ?」
『頭にしがみつけば攻撃できないだろ』
 逆の腕が爪を立てて攻撃してくる。かわすと腕に大きな傷の線がいくつか走り、ピスキーが悲鳴をあげる。白く光っていた体が緑に変わり、なにかさけんだ。
 あっ、毒かな? 体の動きが鈍くなってきた。回復魔法使わないと死んじゃうよクーさま。
『もう死んでるから問題ない。死んどけ』
「ひどい!」
 さっきの優しさはなんだったの?
『せいぜい皮膚がただれ落ちて動きが鈍くなるていどだ。あとで治してやるよ』
「ひどい!」
 彼はピスキーの頭によじのぼると、その触覚にしがみついた。
「ピィイイイイイイイイイイイイイイイイ!」
 超音波のような絶叫がひびき、ピスキーが暴れまわる。
『進め!』
 クーさまがピスキーの頭をどつく。
 両手両足をふりまわしてもムダだとさとったのか。ピスキーはとうとう大きな羽をふるわせ、空へと飛び立った。
 状態異常魔法をどんどんかけ続けているらしい。赤や緑に発光しながら、どんどん高度を上げていく。
 やがて、島の全体が見下ろせるまでになった。
 私の故郷、ビエト村とニヘンナ村があるマロボ島。
「すごい。これなら本当に海をわたれるかもし」
 目の前がまっしろになった。
 金色の光につつまれて、一瞬自分の腕の骨がみえた気がする。
 ピシャアアアアアン!
 そんな耳をつんざく音がして、ピスキーの体が燃える。
 うそ、雷に撃たれた!?
 遠ざかっていく意識の中で、ピスキーがゆるやかに墜落していくのを感じた。