5話 私はバケモノ


 気がつくとだれかの話し声が聞こえた。

「ほ……にピス……?」

 痛いくらいの視線を感じる。

「なにかのまちがい……」
「ビエト村の子じゃないか……よく遊びに……」
「ふつうの子……」
「……人間にしか」

 頭上で話しこんでいるみたい。
 この声はニヘンナ村の村長さんと近所の人たちだ。

 固い土の感触。
 湿った生ぬるい風が吹いていて、草の匂いがする。遠くで雷がゴロゴロと鳴っていた。
 ここはピスキーの森……かもしれない。

「目が赤く光っていたし、首を斬ったのに血がでない! これが人なわけあるか!」

 ハンザさんの声。
 周囲で息をのむ気配がした。5人……もっとたくさん。10人くらいいるかも。

 血がでない?
 そんなバカな。イノシシと戦った時だってちゃんと……血、でてなかったかも。

 イノシシの返り血はたくさん浴びたけど、私の血じゃない。手足がぐちゃぐちゃになったのに、どうして……?
 これも、魔神のゲボクになったから?

「ピスキーならまだ生きてるかもしれんな」
「とどめ刺しとくか」

 ダンッ!
 すごい音と衝撃が胸にふってきた。

「……っ」

 とっさに目を開けてしまう。
 そこにはだいたい予想どおりの光景。

 遠くで光る雷。黒と紫にそまった不気味な空。

 黒いバケモノみたいにみえる、ニヘンナ村のおじさんたち。彼らはそれぞれクワやこん棒、ナイフやたいまつ。スコップ、オノなどを手にこちらをみていた。

 何人かと視線がぶつかりそうになって、すぐに目を閉じる。

「おい、いま目を開けなかったか!?」
「なに!?」

 おじさん達がざわつく。
 私はなるべく動かないように気をつけた。

 かこまれていて逃げられない。死んだと思わせたほうがいい。
 ラッキーなことに痛みは感じなかった。昼間もそうだったけど、これは私がモンスターになったからなの?

「泣いてないか?」
「え?」
「……」

 すごくみられている。
 死んだふりを続ける。あ、ダメ手足がふるえそう。
 なるべく呼吸をしないように、と考えて。ずーっと息を止めていたことに気がついた。

 私、呼吸しなくても大丈夫みたい。

 これじゃ、モンスターっていわれてもしかたないよね。ほんとのことだから。

 そのとき、とても大きな大きな雷が落ちた。
 昼とまちがえるくらい周囲が明るくなって、いっきに雨がふり始める。

「雨だろ」
「……そうだな」

 そのまま、私はピスキーの森に埋められた。

◆

 ザアアアアアアアアア……。
 ゴロゴロとうるさい雷と雨の音。落とされた深い穴の中に、重くしめった泥状の土がかぶせられていく。
 スコップを動かす音とともに、おじさんたちの話し声がする。

「ピスキーにさらわれたんじゃ、たすからないだろうが……いちおう明日森の中を捜索してみよう」
「親御さんへの連絡はどうする」

 森の妖精モンスター、ピスキー。
 ピスキーはたまに人をさらって入れかわる。
 だから本物の私は森で死んでると思われてるらしい。

「若いやつが早馬でむかってる。2日後にはなんとかつくだろう」
「そうか……かわいそうにな」

 かわいそうなのはいま埋められてる私だよ。
 私がなにをしたっていうの? これが悪い神さまと契約した罰?

 完全に埋められて、おじさんたちの声や気配がしなくなった。
 だいたい1時間ほどまって、土をほり返した。重くて、なかなか体が動かせない。土ってこんなに固かったっけ?

 このままここにいるのはイヤ。
 早くしないと朝になって、また人がくるかもしれない。

 爪にヒビが入って、何枚かはがれた。それでも無理やり手足を動かして、約1時間。
 深夜1時くらいかな。

「ぷはっ」

 雲で黒くぬりつぶされた空の下で、久しぶりに空気をすった。
 雨も雷もまだ続いていてうるさい。

 まわりに人はいない。
 全身泥水で汚れてびしょびしょで気持ち悪かった。

 首切られちゃったけど、くっつくのかな。

 ほりおこした首を胴体にのせようとして、ためらう。断面が泥で汚れていて、小石とか入っちゃってそう。もしこのままくっついたらすごくイヤだ。どこかで洗ってからにしたい。

 首をかかえて立ち上がって、胸元の服が破れていることに気がついた。グロテスクな傷口がのぞいている。
 そうだ。心臓をさされたんだ。

 ここにあったのは魔神の心臓。つまりクーさまが危ない?

「クーさま、大丈夫!?」

 呼びかけても返事がない。

「クーさま、おきて!」
「……」
「死んじゃったの?」

 私のせいだ。
 ビエト村であんなことがあったばかりなのに。ニヘンナ村に入ったりするからこんなことに……。

「ごめんなさい」

 もう島にはいられない。

 ニヘンナ村からできるだけはなれたくて、それからしばらく走り続けた。

 足の皮が破れて爪が折れた。足腰に力が入らなくなって、がくがくとヒザが笑い始める。よろけて木にぶつかったとき、海がみえた。

 森をぬけて、島のはしまできたんだ。

 森の終わりはガケになっていて、大きなごつごつした岩がいくつかならんでいる。岩の上に飛び降りて、しがみつくようにしながら1番はしの岩までたどりついた。

 その先には黒い空と海が一面に広がっていて、水平線のむこうに緑の大地がいくつかみえた。
 陸地は遠い。泳いであそこまではわたれない。
 行けたところで、もうなんの意味もない。 

「……」

 海は嵐で荒れ狂っていて、何度か波をかぶってしまった。

「あ」

 雷が光ったとき、水面に顔がうつった。
 泥だらけの汚い顔。暗い空の下、赤い2つの目が不気味に光る。

 わー、バケモノだこわーい。ピスキーよりも怖いかも。
 あははははははははははは……。

「うわああああああああああああああああああああああ!」

 なぜか無性にこらえきれなくなって、赤ちゃんみたいに泣いてしまった。

「わああああああああああああああ!」

 みっともないけど、止まらない。
 海の波が顔を洗ってくれるのをいいことに、わんわんさけんでいたら、

「うるさい!」

 聞き覚えのある男の声がして、涙が止まった。

◆

 それは空からふってきたみたいに頭の中にひびく。

「せっかく気持ちよく寝てたのに、なにさけんでる」

 ね、寝てたって?

「クーさま、生きてたの?」
「むしろなんで死んだと思った? 寝るっていっただろ」
「心臓、さされたから」

 よく見えないけどすごい衝撃だった。つぶれてるかもしれない。

「心臓……? そういえば少しかゆいな」

 かゆいだけ!?

「心臓をさしただけで死ぬなら、わざわざ封印なんてされない」
「そーいうもんなの……」

 泣いてたのが急にはずかしくなってきた。

「っておまえボロボロじゃないか! なんだこの首! 手足も!」

 クーさまが私の体をあやつり、ガケの上へもどる。
 水魔法でざぶんと体を洗い、首と胴体をくっつけた。

 青い光とともに全身の傷がすべてキレイに治っていく。はがれた爪まで再生している。
 この島の魔法使いはすり傷くらいしか治せないのに……。

 神さまだからこんなことができるの?

「たった数時間でなんでこうなるんだか……」
「ごめんなさい」

「いいかゲボク、おまえには俺の心臓が宿ってるんだ。ちゃんと戦えばそのへんのザコモンスターくらい蹴ちらせる」
「ごめんなさい」
「……もういい。泣くな。許す」

 魔神は優しくたずねた。

「それで、だれにやられたんだ?」
「……ニヘンナ村の人たち」
「ニヘンナ村ってどこだ」
「あっち」

 指さすと、ぼっと炎の玉があらわれた。
 もちろん私にはそんなことできないので、クーさまだろう。

 かと思うと、ものすごい速さで飛んでいった。まばたきしていたら、指が爆発したと勘ちがいしてたかも。

「えっ?」

 大砲で撃たれたみたいなおっきな音。
 ニヘンナ村の辺りが赤く燃え上がって、血の気がひいた。