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●ウサギのお墓

 小学2年生くらいのころ。
 飼育小屋で世話していたウサギが通学路で惨殺された。原型がわからないほどグチャグチャに切りきざまれた肉塊がいくつも散らばり、道路をまっかに染めていた。
 その場から徒歩5分くらいはなれた校門では、別の人だかり。
 私はこっちは見ていないけれど、ウサギの生首が校門の中央に置かれていたらしい。
 昔騒がれていた、ネコの生首を置く殺人鬼の影響を受けた愉快犯だろう。
 校長先生が全校集会でそんなことをいっていた。
 それから飼育小屋にパスワード式のカギがつけられ、先生たちが定期的に校内を巡回することになった。
 けれど犯人は見つからず。
「こんなことするやつ、死んじゃえばいいのに」
 同じ飼育係の女の子はそういって、泣いた。
 当時しーちゃんと呼んでいた彼女は蚊も殺せないような優しい子。家ではペットを飼えないからと人一倍動物たちをかわいがっていた。
 後日。
 しーちゃんはかわいいウサギのマスコットを作ってきた。
 ビーズでできた小さなあみぐるみ。短いヒモがついていて、キーホルダーになっている。
「かわいい。器用だね」
 そういうと、彼女は照れたようにほほえむ。
「これ、お墓にかざろ」
 学校が終わってからむかった先は校庭ではなく、通学路だった。
 生首を埋めたお墓ではなく、ウサギが殺された現場だ。あちこちに大きく飛びちった血はまだ落ちず、黒ずんで地面に残っている。
「ここも、ちゃんとお墓にしてあげないとかわいそう」
 しーちゃんがいう。
 散乱していたウサギの身体はお墓に埋められていない。
 授業中に先生たちが捨ててしまったのだと聞いた。
 私たちは道路のすみを小石で丸く囲み、花を飾った。しーちゃんが大きな石に名前ペンで「ウサちゃんのお墓」と書いて中央に置く。
 そして最後にマスコットを飾った。
 それから少しして、奇妙なことがおこり始める。
 ウサギのお墓は坂の上にあるので、すぐ下には別の大きな道路が走っている。その下の道路で、交通事故が多発するようになったのだ。
 車が横転し、警察と救急車がきているのを見かけたこと2回。直していたガードレールがまた歪み、道路に大きなブレーキ痕が残っているのを見かけたこと数えきれず。花束が置かれたことはないので、死者は出ていないのだろうが。赤い血だまりが広がっていたこともある。
 ただの偶然とは思うが、前は事故なんてぜんぜんなかったのに。
 怖くてしーちゃんに相談したかったけれど、そのころには彼女は転校していなくなってしまっていた。連絡先は聞いていない。
 お供えでもすれば収まるだろうか。
 そう思ってランドセルにお菓子をかくして、学校へ行った。朝は他の生徒がいっぱいいて目立つから、帰りにこっそりお墓参りしに行こう。
 そんな予定だったけれど、お墓について絶句した。
 朝はなんともなかったのに。
 お墓を囲んでいた小石はグチャグチャに踏み荒らされ、定期的に変えていた花がまとめて透明のゴミ袋へつめられている。
 掃除用具に身を固めたおじさんとおばさんたちが周囲の清掃をしていた。
 芝刈り機で雑草を刈り、鉄の長バサミでゴミを拾って袋につめていく。
「……」
 なんともいえずぽかんとしていたら、近くにいたおばさんが笑う。
「秘密基地だったの? ごめんね、壊しちゃって」
 彼女のもつゴミ袋の中に、首のとれかけたウサギのマスコットが雑草に混じって入っていた。
 それきり、交通事故はぴたりと止んだ。

●いもむし

 高校の授業が終わってから、週末のデート中。
 車をとめて夜道を二人で歩いていたら、和也がおだやかにたずねた。
「なんか良いことあった?」
「わかる?」
「わかる。今日ずっとニコニコしててすごくかわいい」
 嬉しそうにそんなことをいうものだから、ふふふと更に頬がゆるむ。
「あのね、明日ね……」
 久しぶりにお姉ちゃんと遊びに行くんだ、などといいかけて口をつぐむ。
 大学四年生の彼はいつも余裕たっぷりで、落ちついた大人である。が、たまに変な所で心がせまいというか……私の女友だちや姉にまで嫉妬する人なのだ。そのせいで一度痛い目にあったことがあるので、ひそかに冷や汗をかく。
「うん?」
 さらさらの黒髪。
 整った顔がどこまでも優しげにこちらを見下ろす。
「あの……いいことが、あるんだよ」
 別にかくす必要はないけれど、わざわざ見えている地雷を踏みに行くことはない。
 私は笑って誤魔化した。
「いいことって?」
 ニコニコしながら和也が問う。
「秘密」
 いい切ると、彼はなにもいわずにじーっと見つめてきた。
 なにをかくしてるの? とでもいいたげな瞳。
 このままでは白状させられそうだと察し、あわてて彼の手を引く。
「も、もう帰ろ」
 その日はなんとかかくし通した。
 翌日。
 某百貨店内にあるカフェで、私は姉と巨大パフェをつついていた。
「思ってたよりはずかしいね、これ」
 以前から一度挑戦してみたいと思っていたのだが、予想していたよりかわいらしく大きなデザインで、周囲の視線がちょっと気になる。
「いいから食え」
 姉は食べるのに夢中になっている。
 私も彼女も食の好みは似ていて、大の甘党なのだ。でも、周りから見られているのはパフェのせいだけじゃないかもしれない。
 短い茶髪にキリッとした顔つき。服もボーイッシュで、今日はズボン。胸はないわけじゃないけど、着やせするタイプ。
 ……姉と二人でいると、よくカップルに間違われるのだ。
「なんで今日スカートはいてこなかったの、お姉ちゃん」
「そういう気分だったから」
 ほら食えとポッキー状のお菓子をつまんでこちらへさし出してくる。
 あきらめて私は口を開けた。
「そういえばさぁ、あんたアレ覚えてる? いもむし」
 食事中になにをいいだすのか。
 姉はいつも唐突だ。
「むかし捕まえたじゃん。こんなでっかいの。売れば良かったなぁ」
 いわれてみれば、と思い出す。
 幼稚園くらいのときに、姉が異様に大きなイモムシを捕まえてきたのだ。
 全体的に緑で、つつくと頭から黄色い角をだす。ポ●モンのキャ●ピーそっくりな、30センチくらいの生き物。
 姉がわしづかみにしたそれを見て、母はオペラ歌手みたいな悲鳴を上げた。
 捨ててきなさいといわれていたけれど、父が「面白い」とのり気で。
 大きな水槽に入れて一週間くらい飼っていたっけ。
 当時はアゲハチョウの幼虫だとばかり思っていたけれど、アゲハの幼虫はせいぜい5,6センチらしい。なんだったんだろう、あのイモムシ。
「いつのまにかいなくなってたけど、アレどうしたの?」
 問うと、姉はイチゴをフォークでさしながら答えた。
「お母さんが遠くの山に捨てた」
 姉から聞いた母の言い分によると。
 気がつくと虫が水槽を脱走して追いかけてくる。水槽のフタにガムテープをはったり、重しをのせてもムダ。いつのまにか台所で床をはっていたり、廊下でふり返ると足元にいたり。
 ひいっと逃げると方向転換までして後をついてくる。
 父の影にかくれても、正確に母の後をついてくるのが不気味でしかたなかった。
 それに、あのイモムシがいる間すごい数の羽虫が窓にたかって気持ち悪かったという。
「そんなことあったんだ……」
 ある意味、幽霊より怖い。
 二人でパフェを完食し、ブラブラして帰ったその日の夜。
『お姉ちゃんとデート、楽しかった?』
 和也に電話でそんなことを聞かれて、ちょっとヒヤリとした。

●お父さん

 姉は母似で、私は父似だ。
 お父さん似といわれると嫌がる女の子もいるらしいが、うちの父はわりとキレイな顔をしている。くわえて母は「ひなたがお父さんに似てるところが大好き」とよくいうので、嫌だと思ったことはない。
 その父の様子が、最近ちょっとおかしい。
 もともと無口な人だが、それだけではなく塞ぎがちというか、どんよりとしている。
 もしやうつ病にでもなったのではと母が心配していた。
「大丈夫?」
 朝食を前にうつむいたままの父に問うと、彼がひかえめに微笑む。
「最近、暑いだろ?」
「うん」
 まだ5月になったばかりだというのに、すでに初夏のような気温だ。年々、夏の期間がのびているのではと思えてしまう。
「なのに夜になると凍えそうになって、眠れないんだ」
 その顔には覇気がなく、うっすらとクマが浮かんでいる。
「熱があるんじゃない?」
 話を聞いていた母が体温計をもってくる。
「風邪じゃないと思うけど」
 父がそういって体温をはかるが、熱はない。
「調子悪いなら、今日は休んだら? 顔色悪いよ」
 と姉。
「……」
 父は迷っているようで、だまりこむ。
 いいたいことぜんぶ先にいわれたので、私は黙々とご飯を食べていた。
 やがて、母がポツリという。
「また死体でもみたの?」
 彼は偶然5回くらい死体を目撃したことがあるそうなのだが、その度に体調が悪くなり、死にそうな顔をするという。
「実は」
 この前の休日、同僚と海へ釣りに行った。
 その帰り、警察が来ていたのでなにかと思ってのぞいてみたら、水死体が発見された所だったと父は語る。
「やっぱり! 塩まきなさい、塩」
 母はそういって彼を玄関に立たせ、塩をぶつけていた。
 これで治ったらいいんだけど。
 そうは思いつつも、なにかいいたそうな彼の横顔が妙に気になっていた。
 まだなにか、かくしていたりして。
 それから間もなく父が風邪で寝こみ、心配になった私は和也に相談した。
「お父さん、大丈夫かな」
 夜、電話がかかってきたときに聞いてみると彼は軽く笑う。
『これは憑いてますねー。ほっといてもその内消えるけど……ひな?』
「なに?」
『俺にこういう頼みごとするってことは、わかってるよな?』
「えっ」
 意味深なセリフにドキッとしたが、
『今年こそ海かプールに行こう。どっちがいい?』
 想定の範囲内だった。
 ……まあ、最近はかなり露出度の低い水着もあると聞くし。それなら。
「じゃあ、プール」
『イエス!』
 和也がエセ外国人になった。
 黙っていれば男性アイドルよりカッコイイのに。黙っていれば。
『俺、忘れないから。夏になったらプール行くから』
「……わかった」
『じゃ、お父さんの写メとかある? あったら送って。それでみるから』
「直接会わなくて大丈夫なの?」
『今回は写真で十分。”俺、霊とか詳しいよ~”とかいって会いに行くの、うさん臭いからあまりやりたくないんだ』
 少し前に撮った写メがあったのでそれを送ると、十分後くらいに電話が来た。
『片づいた』
「速っ」
 なにをしたのか気になるが、こういうとき彼はあんまり教えてくれない。
 口で説明できないこともあるらしい。
「もう大丈夫なの?」
『ちょっと呼ばれてただけだから。あと、家にクーラーボックスあるだろ? その中に変なもの入ってないか探してみな』
 いわれたとおり探してみると、小さな石みたいなものが見つかった。大きなものがヒビ割れて欠けた一部みたいな、白いもの。
 使った後ちゃんと洗ってあったのに、底にこびりついて残っていたらしい。
「なにこれ?」
 また電話して聞いてみると、彼は苦笑して言葉をにごす。
『海に捨てるか、斉藤にわたせばいいよ』
 斉藤さんというのは、和也と共通の知人だ。
 彼もいろいろとみえる人で、特にこういう妖しい物のあつかいが上手い。正確には相性が良いらしく、下手にさわると祟られるようなものでも、彼に任せると上手くいくのだと和也はいう。
 外見は不良というかヤクザというか闇金融というか……ちょっと怖いけど、優しいお兄さんである。
『俺から斉藤にわたしておこうか?』
「ううん。直接たのみたいからいい」
『……まあ、俺もついてくからいいけど。じゃ、7月楽しみにしてるから!』
「……あ、うん。ありがとう」
 ほぼ服と変わらないような水着じゃダメかな、やっぱり。