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●みえる人たち+α
6月に入ったばかりの、ある雨の日。
台風がきていて外出できず、家でのんびり過ごしていたら電話がかかってきた。
『こんど友達とメシ食いに行くんだけど、ひなもくる?』
和也の問いに、即答する。
「ううん、行かない」
彼は来年就職なのにしょっちゅうデートやら電話やらしていて大丈夫なんだろうか。ふと思ったので聞いてみたら、すでに内定はとれたから遊べる内に遊んでおくつもりらしい。
『かなり天然だけど良い奴だよ。斉藤と知り合うきっかけになった下村ってやつ。前にも話しただろ?』
えーと……たしか、霊感がある人だ。
和也の大学仲間で、斉藤さんが働いてるとこのお客さんだったっけ。
「覚えてるけど、行かない。楽しんできて」
『え? なんで?』
「知らない人と会うと疲れるから」
『俺だけならいいんだ?』
「うん」
『へぇ~……じゃあ、斉藤も呼ぶから。それならまだいいだろ? 俺とひなと斉藤、下村で』
「男の人ばっかりの集まりに行きたくない」
『わかった。女も呼ぶ!』
「……そこまでしなくても、普通に男だけで遊んだら」
『ひなに会いたいんだよわかれ』
「……」
そんなこんなで、連休の夕方。
電車を降り、まち合わせ場所の改札口付近へ行くとすでに和也がまっていた。
道行く女性たちからチラチラされてて目立つからすぐわかる。
立ち姿とかスラッとしてるし、涼し気な横顔が黒髪に映えてキレイで、私もたまに見惚れてしまう。いつも笑っているから気づきにくいけど、よく見るとけっこうSっぽい顔立ちなのが格好良いとひそかに思う。
合流後。
「考えてみたら、大人ばっかりの中に高校生が混じってたら変じゃない?」
不安になってきてそう聞くと、彼は軽く答えた。
「大丈夫、大丈夫。みんなそんなの気にしないから」
その後、時間ぴったりに斉藤さんがくる。
茶髪三白眼に長身。
これだけ聞くとそんなでもないのに、ただよう威圧感はいったいどこから出ているんだろう。ごくまれにおだやかに微笑むときがあって、そのときは全然怖くないから、やっぱりこの無愛想のせいかもしれない。
「早いな」
彼はこちらを見てそういうと、和也に問う。
「あいつちゃんとこれるのか?」
和也が苦笑する。
「女二人ついてるし、さすがに大丈夫だろ」
下村さんのことらしい。
以前、彼ら三人で遊ぼうとしたときのこと。
まちあわせ場所に下村さんが現れないので電話したところ、なぜか2県隣で迷子になっていたそうだ。
出発駅からめざした路線までは合っていた。しかし、のる電車と降りる駅を間違えて混乱。反対側にきた電車にのればもどれるだろうと適当にのってさらに迷い。
その繰り返しで気づいたら、聞いた覚えもない名前の駅のホームに立っていたという。
「助けて。帰れない」
「バカ野郎」
そのときは和也と斉藤さんで遠路はるばる迎えに行ったとか。
ちなみに一度覚えたルートなら問題ないので、大学には普通に通えているらしい。
そんな話をしている内に三人がきた。
男性一人に女性二人。
下村さんは聞いたイメージとは裏腹にキリッとした感じのイケメンだった。
和也がアイドル系、斉藤さんがヤクザ系だとすると、知的な理系お兄さんといったところか。さっきの話が事実ならば大きく外見を裏切る性格なわけだが……。
その右隣にはすごくキレイなお姉さん。
白い肌に黒髪のボブ。ぱっちりネコ目にマネキンみたいな整った顔立ち。スタイルも良くてモデルさんみたいだ。ノースリーブにタイトスカートがセクシーで、「これから合コンかデートです」という雰囲気。
そういえば男3に女3のこれは合コンだったりするんだろうか……? いやまさか。
彼女は山野さんというらしい。
残る一人はゴシック系というか、ややロックっぽい黒ずくめのお姉さん。
すごく落ちついた雰囲気で、斉藤さんと同い年くらいに見える。細身に長い黒髪が似合っていた。
名前は田村さん。
山野さんの友達で、和也の大学の知人だそうだ。
全員と合流したのでお店の個室に移動し、それぞれ席についたのだが……。
「席順、変じゃない……?」
こっそり和也に問う。
このメンバーなら私は女性陣と同じ列のすみっこの席だな。
などと思っていたら彼に呼ばれてまん中の席へ。その両隣に和也と斉藤さん。
対面に下村さんで、彼の隣を女性陣が埋める。
なんだこの席順。違和感しかない。
そわそわしていたら、和也がニヤリとした。
「いや、これでいい。ひなの人見知りをフォローし、下村のボケを封じる。完璧な布陣だ」
確かに、気心しれた人が隣だから安心するけれど。
変に思われてないかなとむこうをみると、下村さんがニコッと笑った。
「お互い両手に花だね」
「そ、そうですね……?」
私の両側も花、あつかいでいいんだろうか。
店内はちょっと照明の暗い、落ちついた雰囲気のお洒落な居酒屋。
食べ放題二時間制でお酒とタバコはナシらしい。
高校生の私に気を使ってくれたのかと心配になったが、下村さんと山野さんはお酒を飲まないし、タバコも嫌いなのでちょうどいいそうだ。
やがて料理が来て、女子力の高い女性陣や和也に世話を焼いてもらっていたら。
「そろそろ始める? ホヤホヤの体験談がありますよ」
田村さんがそんな不可解なことをいって親指を立てた。
体験談?
「じゃあいいだしっぺってことで、田村さんから時計回りで」
何食わぬ顔で和也がいう。
「なにするの?」
斉藤さんに聞くと、彼はチラリと横目をむけた。
「怖い話」
みんなみえる人で、今日はそのために集まったらしい。
「……」
聞いてない。ごはん食べに行くとしか聞いてない。
心霊スポットに突撃、とかは嫌だけど、怪談くらいなら私も好きだ。
しかし前もって説明しておいて欲しかった……。
後で覚えていろとにらむと、和也は愛想よくほほえむ。
なるほど、わざとか。
「やめとけ。おまえが怒っても喜ぶだけだ」
なにかを察したらしい斉藤さんが告げた。
●田村さんの怖い話
立っているだけで汗が流れてくるような、炎天下。
陽炎がゆらめく中、好きなバンドのライブへ行った。
数えきれない人混みで自分の席を探していたら、妙な視線を感じる。ふと前を見ると、全身緑色の中年男性が立っていた。
頭からつま先まで、色のついたフィルターを通したようにすべて緑がかっている。
うわ、幽霊だきもちわるっ。
かなり距離もあったし、関わりたくなかったので見なかったことにした。
それからしばらくライブに夢中になって忘れていたのだが、一息ついたときにそれが視界に入ってくる。
緑の男はじーっとこちらを見たまま、さっきより近い場所にいた。
くるなくるな、こっちくんな! 私ムリ! あなた助けたりとかできません!
その時点で嫌な予感がしたので、必死にそう念じる。
けれど、次の曲が終わってチラリと様子を見たら、男はさらに近づいてきている。
逃げたかったけれど、苦労して手に入れたS席。楽しみにしていたライブの途中で帰るわけにはいかない。
そう思ってライブが終わるまで必死に我慢した。
最後の曲が終わる直前。
男はもう目の前にいて、こちらへぬうっと右手をのばしていた。
肩をつかまれる寸前、走って逃げるように会場を出る。
まっすぐ自宅まで帰って、ようやくふり返った。
男の姿はない。
無事に逃げ切った……と思ったのに。
夜中、目が覚めると。
「枕元にそいつが立って、じっと私を見下ろしてたんですよ」
気持ち悪い、と田村さんが吐き捨てた。
●2番手・下村さんの怖い話
嫌すぎる。
田村さんの話に背筋が寒くなり、さりげなく壁に背中をくっつける。
「それからどうしたんですか?」
こわごわ聞くと、彼女は切れ長の瞳をこちらへむけた。
「電気つけたらいなくなってました。でも、なんかそれからしばらくいたような気がするんですよね。気配がするっていうか……もう、ほんと気色悪い!」
よほど恐ろしかったらしく、彼女はぞわっと肩を震わせた。
「私もうユキの家行けない」
と真顔で山野さん。
「えー、きてよ! 怖いときこそきてよ!」
じゃれあう田村さんたちにはさまれながら、下村さんがつぶやく。
「ストーカーはよくないな」
彼が真顔なせいか、一瞬妙な空気が流れた。
「まあ、たしかにストーカーですけど……下村さんの場合ネタじゃなくて本気でいってそうですね。いってやってくださいよ幽霊に」
と田村さん。
「出発地点でいきなり逆方向へ歩き出した人ですからね」
と山野さん。
彼女たちはぽんぽんと彼の肩をたたいてうなずいた。下村さんは不思議そうな顔をしている。
「やっぱりツッコミがいると楽だな」
和也がしみじみとつぶやく。
下村さんは軽く腕を組み、悩むように口を開いた。
「次は俺か。あまり怖い目にあったことはないんだけど……」
とはいえ、怪談に変わりはない。
内心ちょっと身構えて、壁と仲良くしていたら。
テーブルの下で左右から手がのびてきた。
斉藤さんの手がなだめるように軽く私の手にふれ、すぐにはなれる。
和也の手は絡みついてきて、ぎゅっと私の手を握った。
うわぁ!?
びっくりして声を上げそうになり、あわてて口を閉じる。
ち……ちがう意味で心臓に悪かった。
やがて、下村さんが語り始める。
「去年の夏だったかな。大学帰りに本屋へよって、それからのんびり帰り道を歩いてたんだけど。呼ばれた気がして足を止めたら、だれかがこっちにむかって大きく手を振っているのが見えたんだ」
大通りから横手に見える、細い路地。
強い日差しとは対照的に濃い影で塗りつぶされたその奥で、陽炎のようになにかがゆれている。
遠目なので男か女かもわからないが、知り合いかもしれない。
周りには他に人もいないから人違いではないだろうし。なにかトラブルで困っている可能性もある。
そう思って路地の奥まで歩いていたら、なにかに足をとられてバランスを崩した。
直後、顔のすぐ前を軽トラックが猛スピードで通り過ぎて行く。
建物の影でかくれていて気づかなかったが、よく見るとそこはせまい路地が交差して四ツ辻になっていた。
あのまま人影に気をとられて前へ進んでいたら、轢かれていただろう。
ゾッとしながら前をむきなおすと、もう人影は消えていた。