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●帰りぎわ
怪談大会もどきが終わったあと。
女性陣がトイレへ行くときに便乗したら、思いがけず女子会みたいになった。
「保月ちゃん。あなたロリコンに狙われてるよ」
田村さんに肩をぽんとたたかれて、苦笑する。
つき合ってるとはいえないし、と迷って無難に答える。
「親切にしてくれてるだけだと……」
「甘い! あのお兄さん普段もっとすましててそっけないから。あのデレデレっぷりはおかしいから」
すましてる? いつもニコニコしてるからちょっと想像できない。見てみたい。
「えっと……別に嫌じゃないから、大丈夫です」
あと2年もすればロリコンといわれなくなるだろうし。
いや、そうなると社会人と高校生か。やっぱりいわれるかな?
考えながら答えると、田村さんはあっさり引き下がった。
「まあ、顔はいいからね」
そばで手を洗っていた山野さんが怪訝そうに眉根をよせる。
「私は正直なにがいいのかわからないけど、後輩が”うちの大学で1番カッコイイ”って騒いでたことはある」
彼はたまに意地悪だけど、性格も優しくていいと思うけどな……。
そんなことを考えていたら、山野さんが思わず、といった風に口元をゆるめた。
「斉藤さんの方がカッコイイよ」
作り物みたいに整った顔はキレイな分、どうしても少し冷たい印象になる。なのに笑うとすごくかわいくて、見とれてしまった。
おや? これは恋の気配?
彼女は女顔の優男より男顔で武骨なイケメンがお好みらしい。
斉藤さんはどうも恋愛に消極的だから、彼の幸せのためにもぜひがんばって欲しい。ちょっと人相悪いけど、彼はかなりオススメの男性だ。
ひそかに応援していたら、田村さんが化粧を直しながらしれっと告げる。
「じゃあ、かわいい下村さんは私がいただいていきますね」
あ、これ完全に合コンのノリだ。
まあ、人数的にも割り切れるしちょうどいいか。
店を出たあと。
夕方から始めたのでまだそんなに遅い時間ではないけれど、外はすっかり暗くそまっていた。大通りは人混みでゴチャゴチャしているけれど、路地に入るとほとんど人がいない。ちょうど今くらいの時間に飲んだり食べたりしている人が多いんだろう。
「帰り道どっちだったっけ?」
「私が送ってあげますよ。あっちです」
下村さんと田村さんは早々に二人で消えた。
あっちは帰り道じゃないはずだけど……まあ、大丈夫だろう。きっと。
私と和也は夜道を並んで歩き。斉藤さんと山野さんはその少し後ろで、いい感じになにか話していた。
が、いきなり斉藤さんがこちらへよってきて。
「今のところ、こいつ以外は興味ない」
いつもの仏頂面でそんなことをほざき、私の頭にぽんと手をおいた。
「は!?」
なにいってんだこの人。
思わずフリーズしてしまう。山野さんも同じらしく、思い切りうろたえている。
「えっ、ろっ……そういう趣味なの!?」
「まさか」
本当になにを考えているのか、斉藤さんは涼しい顔で答える。
「妹……みたいな?」
「妹、ってことは恋愛対象じゃないわけですよね?」
「そうだな」
「じゃあ……!」
「まあ、他のだれかと恋愛する気もないけどな」
「……」
山野さんはポカーンとした顔で立ちつくした。
私もたぶん似たような顔をしていると思う。
時が止まってしまったような空間で、繁華街の雑踏の音だけが耳に届く。
やがて。
「……私……タクシーで帰ります」
山野さんはうつろな目をして逃げるようにさっていってしまった。
その後姿を見送りながら、斉藤さんは心なしか満足気につぶやく。
「この手は使えるな」
使えるな、じゃない。
「あの……よくわからないけど人をダシにするのはやめて」
斉藤さんは顔怖いけど、すごくイイ声をしている。
色気たっぷりの艶やかな声で”こいつ以外興味ない”なんていわれて、ひそかに動揺してしまったけれど、山野さんをふるための建前なことくらいわかる。
「ダメか?」
「ダメだよ! 私も斉藤さんのことはお兄ちゃんみたいに思ってはいるけど、あんないい方したら私が恨まれるよ!」
というか、あんな美人をフルなんてもったいない。
昔の彼女を忘れられないって正直にいうより私をダシにした方が気軽なのはわかるけど、困るものは困る。
思い切りにらみつけると、彼は不思議そうにこちらを見下ろした。
「そうか? 俺に引くだけだろ」
「女心は複雑なんだよ斉藤さ……なにしてんの!?」
いつからそうしていたんだろう。
斉藤さんが平然としてるから気づかなかったけれど。よく見ると、和也が斉藤さんの足をグリグリ踏んづけていた。
「おまえさぁ……枯れてると思いきや彼氏の前で横恋慕宣言とかふざけんなよ」
「横恋慕じゃねえよ。兄心だ」
「なにが兄だよ他人だろうが」
「ギャーギャー騒ぐな。人目につく」
斉藤さんの言葉に我に返る。
この路地はそんなに人気が多くないけれど、通行人がチラチラとこちらを見ていた。
「さっさと帰ろう」
はずかしくなって和也の背中を押し、暗い路地を進む。
人目がとぎれた辺りで、彼が私の肩を抱きながら斉藤さんへたずねた。
「おまえ、一生彼女作らないつもり?」
人前でなにをするかと逃げようとしたら、彼の手にぐっと力が入る。
びっくりして全力をこめるけれど、びくともしない。
いつも嫌がれば逃がしてくれるのに。
……こういうとき、彼が本気になったら抵抗できないのだと思い知らされて怖くなる。
彼の横顔を見上げたけれど、髪でかくれてよく見えなかった。
「死なれたら辛いからな」
斉藤さんは淡々と答える。
彼の家系は呪われていて、女性はすぐに死んでしまうと聞いたことがある。
結婚しなければ大丈夫なんでしょ、といいたくなった。でも、つき合っていただけの彼女まで亡くなってしまったから、彼はそう考えていないのかもしれない。過去にそんな例はなかったらしいし、もともと病弱だった人が病死してしまったそうだから、それに関しては偶然じゃないかと思うけれど……。
「ひなに手出すなよ」
和也はゾッとするほど静かに告げる。
「ださねーよ」
話聞け、と斉藤さんは小さく笑った。
「かわいがりたいだけで、抱きたいとかは思ってないから安心しろ」
●伊藤さんの彼氏
高校の友達、伊藤さん。
彼女と私は口数が少ない。なにか、盛り上がるような共通の話題を作らければ……! とちょっとあせったりしていた。
しかしそれは入学当初の話。
毎日顔を合わせる内に、私は彼女の攻略法を発見した。
話題に困ったら彼氏のことを聞けばいい。
ふだん大人しい伊藤さんだが、一度のろけ出すといつまでも止まらないのである。おかげで伊藤さんの彼氏の家族構成までしってしまったが、彼女は楽しそうだし、私もあいづちだけでいいのでとても助かる。
「彼、すごくはずかしがりやだから。学校では挨拶もしてくれないんだ」
「それはちょっと寂しいね」
「そうなの! でも学校の外だとすごく優しいの」
「へえー」
今日も教室でお弁当を食べながら、伊藤さんののろけを聞いていた。
「そういえば、彼がね。このまえすっごい怖い目にあったんだって」
白いほほをほんのり赤くそめて、彼女がいう。
「へえ、どんな?」
「このまえの土曜日、部活が終わってから家に帰って昼寝してたんだって」
サウナみたいな気温の中。
疲れきっていたからクーラーをつけて横になり、彼はすっかり熟睡してしまった。
1時間か、30分か。
どれくらい経ったかわからないころ、彼の母の声がした。
「ヒロ、おきて」
頭上からひびく声。体重で床がきしむ気配。
目をつむっていても、すぐそばに母が立ってこちらを見下ろしているのがわかった。
が、眠かったので返事もせずに寝続ける。
「おきなさい」
「ねえ」
「おきて」
呼ぶ声は何度も何度も聞こえたが、「疲れてるんだから寝かせてくれよ」と無視していた。
「おきないと殺すよ」
急に別人みたいになった声音に、全身の毛穴がブワッと開いて飛びおきた。
ハッキリ「殺す」と聞こえたし、聞き間違いではない。
が、部屋にはだれもいない。
怖くて落ちつかず、家中を探したが、家族はみんな留守だった。
「おきてから気づいたらしいんだけど、お母さんは朝からずっと遠くに出かけてたから、昼間にいるはずないんだって」
伊藤さんが表情をこわばらせる。
思わず私も息を飲んだ。
「ただの夢だったらいいんだけど……」
伊藤さんは軽くまつげをふせた。
「おきたとき、帰ったときにちゃんと閉めたはずの玄関のカギが開いてたらしいの」
彼はいったい、だれにおこされたんだろう。
●なんでもかんでも
和也とデート中。
電話がかかってきて、彼が車を路肩に止めた。
私に断ってから電話にでて、しばらく相手の話を聞いている。
「へー」とか「そう」とか短い相槌をうっていたが、やがて。
「それは家が古くなってるだけだ」
しらーっとした表情で告げて通話を切った。
かれこれ15年近く住んでいる家が、毎晩深夜2時きっかりに家鳴りして怖い。なにかの心霊現象じゃないか。
友達がそう泣きついてきたらしい。
「ひなは大丈夫だろうけど、なんでもかんでも心霊現象に結びつけないようにな」
和也はさとすようにそういって私の頭をなでた。
●約束の
七月に入ったばかりの、平日の夜。
和也が家の近くまでたずねてきた。
急にどうしたのかと思っていたら、
「これ、あげる。デートの時に着て」
満面の笑みで大きな紙袋をさし出し、すぐに帰っていく。
「ありがとう……?」
彼はよく服とかアクセとかいろいろくれる。今回もたぶんその類だろう。
そう思って、帰ってから部屋で中身を確認したら、絶句した。
紙袋の中にはブレスレットとサンダル、パーカー、水着が入っていた。
こ……これを着ろ、と……?
『今年こそプールに行こう』
和也の声が脳裏に木霊する。
そーいえば、そんな約束をしたような、してないような……。
「……」
約束は守るけれど、なんかちょっと怖いと思ってしまった。
試しに着てみたらサイズぴったり。シンプルでかわいいデザインの水色ビキニだ。露出もそんなに多くない。
しかし、ついため息がでた。
「ビキニ……か」
以前、おへそに軽く指を入れられて絶叫したことを思い出す。
プールでは少しはなれていよう。