10話 雷竜エドラ

 ルファスが物陰からでると、すぐさまドラゴンが気づいておたけびを上げた。
 天から無数の雷がふりそそぐ。
 しかし、それらはねらいどおり、遠い場所へと落ちていった。
 ルファスは物陰に身をかくしつつ、避雷針をあちこちに仕掛けていたのである。
 このドラゴンは”雷竜エドラ”として魔物図鑑に登録されており、戦いの記録がいくつか残されている。
 そのうちの1つ、”騎士ハマスの冒険の書”。
 この本に「身につけていた金属製の装備を避雷針代わりにして逃げた」という話があり、その作戦を使わせてもらったのだ。
 騎士の鎧と兜、剣と盾などがすべてなくなってしまったので、布の服だけという心もとない状態だが、しかたない。雷に撃たれるよりマシだ。
 避雷針がおとりになっている間に一気に山をかけ登る。
 勘づいたドラゴンがしっぽで岩を落としてくるが、雷が当たらなければどうということはない。
 地震のように山が激しくゆれるが、なんとか走れる。
 岩などでアルタ村に被害がでないかが心配だったが、それなりに距離があるので大丈夫だろう。
 岩をかわし、とうとうドラゴンの近くまできた。
 ……それはいいのだが。
 どうやってたおせばいいんだ?
 威嚇してくる巨大なドラゴンを前に、ルファスはじわりと汗をかく。
 武器も防具もすべて避雷針にしてしまったから、木の枝と石くらいしか持っていないのである。
 必死すぎて武器のことまで考えていなかった。
 ドラゴンがギャーッとさけぶ。
 竜族は知能が高いため、中には人の姿に化けたりしゃべったりする者もいるそうだが、エドラにはそういう能力はないらしい。
 鼓膜が破れて血が吹きだした。
 ブースト効果のある補助魔法が切れていたようなので、またかけておく。長くはもたないので、耳栓がわりに薬草をつめておく。
 空からまた雷が落ちてくるが、ルファスには当たらない。避雷針はまだ大丈夫そうだ。
 ヤケクソで石を投げたが、ウロコにキズひとつつかない。
 殺さなくても、血さえとれればいいのだが。それだけのことが非常に難しい。元々もっていた剣で攻撃してもムダだったかもしれない。エメラルドのようにキラキラと輝き、ダイヤモンドのように固そうなウロコだ。
 エドラがかみついてきた。
 とっさに後ろへジャンプしてよける。さっきまでいた岩場が粉々にくだけ、地面がえぐれる。
 頭が近づいたすきに木の棒で殴りかかったが、木の棒が折れた。
 いったん距離をとり、エドラの長い首がとどかない距離の岩場へと避難する。
 ここはやつの巣なのだろう。
 固くて大きい岩ばかりが集められ、岩の城塞と化している。
 エドラはその中央で四本の足を折りたたむようにしてすわったままで、まだ1歩も動いていないのだ。
 こうなったら……。
 ルファスは石をたくさん集めると、それらに火属性をあたえる。
 炎をまとった石をつかみ、投げた。
 手のひらがじゅっと焼けたが、攻撃力と防御力ブーストをかけているのでなんとかもちそうだ。
 石はゴブリンくらいなら一撃でたおせそうな勢いで飛んでいったが、かすり傷にもならなかった。
 しかしさっきは無反応だったが、こちらには怒ったようなそぶりをみせたので、ほんの少しは効いているのかもしれない。
 だが、これで血をとれるほどダメージをあたえるには、いったいどれくらい時間がかかるんだ?
 仮に1年ついやしたとしても、こんな石ころでエドラが血を流すとはとうてい思えない。
 ルファスは簡単な補助魔法を使えるが、攻撃魔法は覚えていない。
 武器に炎をまとわせることはできても、ドラゴンめがけて火炎弾をはなつようなことはできないのである。やろうとしてもすぐに炎が消えてしまう。それどころか、雷竜エドラに火属性の加護をあたえてしまうかもしれない。
 なにか打開策は……。
 ドラゴンの強さに圧倒されていたら、背後からぐいと腕をつかまれた。
 ドラゴンの仲間かと思って血の気が引いたが、ふり返った先にいたのは見覚えのある少女だった。
 闇夜でらんらんと光る赤い目は少し心臓に悪い。
「なぜ逃げてないんだ!」
 ルファスをかかえられるほどの腕力があるなら、サシャも……と少し期待してはいたが、あの状態だ。
 逃げてくれていればそれでよかったのに。
 さけんだが、ドラゴンのおたけびでかき消されて聞こえていないだろう。
 こちらも耳栓をしているので、彼女の言葉はとどかない。
 早く逃げろとジェスチャーをするが、少女はニヤリと口の端をつり上げる。
 さっきとは別人のように邪悪な笑みだった。
 ヘビににらまれたカエルみたいに体が硬直し、そのすきに彼女が飛びかかってくる。
 赤い髪と目をした少女は、ケモノのように鋭くのびた爪でこちらの服を切り裂き、首筋に喰らいついた。

◆

 キャーダメダメダメダメ食べちゃダメーッ!
 迷っているうちにじれたクーさまに体をのっとられ、私はルファスに襲いかかってしまった。
 いやー! バカバカバカバカバカバカ! クーさまのバカ!
 私の体でなんてことするの!? 食べたくないっていったのにー!
 全力でブーイングしまくっていたのに。口からルファスの血液が入り込んできた瞬間、怒りを忘れてしまった。
 うっま!
 なにこれ、うっま!
 王さまが飲むようなワインってこんな感じなのかな? ワイン飲んだことないけど。
 上品な良い匂いがして、頭が少しぼーっとする。
 甘くてさらさらで飲みやすくて、ぜんぜん生臭くない。
 おいしい。
 おいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしい……。
 きっと肉もおいしいんだろうなあ。サーロインステーキみたいな感じ? それともハンバーグ? ルファスのだったら、骨までおいしく食べられそう……っておい!
「食べちゃダメだってば!」
 我に返って、あわてて彼の首筋から牙をぬいた。
 あ……あぶない。あやうくルファスを骨までおいしくペロリしてしまうところだった。
 彼は気を失い、ぐったりしている。
 ちゅーちゅー血をすっちゃったけど、大丈夫かな? 死んでない?
『俺からむりやり体の支配権をうばい返すとは、ゲボクのくせに生意気だな』
 彼の呼吸をたしかめていたら、クーさまがのん気なことをいう。
「うっせーですよ! ルファスが死んじゃったら、うらみますからね」
『おやおや、”おいしいおいしい”と餓鬼のように夢中になっておいて、どの口がいうのやら』
 ドキッ。
「く、クーさまが私をアンデッドとやらに改造したせいでしょうが」
『意地をはるなって。おいしかったんだろ? もっとお食べ』
「……」
 たしかにおいしかったけど。すっごく良い匂いしたけど。
『どうして迷う? こいつは人間。おまえはモンスター。自然なことだ』
「食べません」
 ルファス死んじゃったら嫌だから我慢します。
 クーさまが舌打ちした。
 体ないのにどこ鳴らしたの?
「あのドラゴンをたおして食べましょう! 人間よりたくさん魔力もってるんだから、もっとおいしいはずです。そして残った血をサシャとルファスにあげればぜんぶ解決です」
『……まあ、いいだろう。もともとドラゴンは食べるつもりだったし』
 あっ、やっぱり。そういう下心があってドラゴンの情報を聞いてたんだ。
 いうが早いか、クーさまはさっそく体の支配権をとった。
 あれ、「やれゲボク!」とかはいわないんだ。ちょっと覚悟してたのに。
『おまえのようなザコに任せてたら100年かかる』
 はーい。よろしくお願いしまーす。
 ドラゴンはいうと、会話の最中もずっと雷を乱発していた。
 ルファスが避雷針を作ってくれなかったら、10回くらいこっぱみじんになっていただろう。
 耳がマヒして聞こえなくなってるんだけど、クーさまとはテレパシーできるので問題ない。
 主が呪文詠唱を始めた。
 たまに詠唱なしのときもあるけど、詠唱するときは強い魔法だったりするのかな?
 小さいころから思ってたけど、やっぱり魔法の詠唱ってなにいってるのかさっぱり聞きとれないなあ。
 なんて考えていたら、彼の頭上にまばゆく光る魔法陣が出現した。
 クーさまが呪文とともにドラゴンを指さす。
「ギャッ」
 ほぼ同時に、魔法陣からおそろしく巨大な剣がでてきてドラゴンをつらぬいた。
 ドラゴンの目玉はヤシの実サイズ。全長どれくらいだろ……70メートル?
 そんなでっかいバケモノを、さらにでっかい大剣がくし刺しにしてしまったのである。
 ドラゴンは頭と胴体を貫通され、ビクビクッとけいれんしてから動かなくなった。
 体液だろうか、緑色の液体が傷口からあふれだし、小さな川のように流れていく。
 血みたいな液体が……あっ! あれが”ドラゴンの生き血”じゃないですか!? 早くサシャとルファスに飲ませないと!
『後でな』
 クーさまは舌なめずりしてドラゴンに近づき、血のしたたる生肉にかぶりつく。
 ウロコはすごく固いけど、肉はそうでもないみたい。
 ああっ、おーいしーい……ってちょっと! クーさま! 先にサシャを助けてあげてください死んじゃうでしょ。
『……うるせーなー』
 彼は肉を殴るようにつかむと、ドラゴンの死体から飛びおりてルファスの口へ肉をつっこんだ。
 そのまま恐ろしいスピードで山をくだり、瀕死のサシャの口にも同じように肉をぶちこむ。
 炭のかたまりのようなサシャがぴくりと動いた。
『これでいいだろ。邪魔するなよ』
 あっ、ハイ。
 クーさまは山頂にもどり、”食事”を再開した。
 サシャが回復するまで見守りたかったけど、そんなことがいえる雰囲気じゃなかった。
 野生動物ってエサ食べてるときに邪魔されたら本気でうなって怒るけど……なんか似てるな、この魔神と。
 本性も羽根のはえたオオカミっぽい外見だし、ケモノに近いのかな?
 それとも私にイラついただけ?
 そんなことを考えながら、私はぼんやり彼のお食事風景をながめていた。
 クーさまが食べたものの味がこちらにも伝わってくるんだけど、ドラゴンはお魚の味に似ていた。
 新鮮で上等な刺身みたいで、これならいくらでも食べられそう。
 ……でも、ルファスの方がおいしかったな。
『あいつも食うか』
 やめてください。