10話 ギクアル召喚


 モグラのような、虫のような……。
 巨大モンスターの死体をつついて、私はたずねた。

「クーさま、これも食べるの?」

 魔物を食べて魔力を回復うんぬん。
 といってたし、なるべくたくさん食べた方がいいのでは?

「まずそう。いらない。おまえ食え」

 魔神は美食家らしい。

 彼はふわりと穴に下りた。
 6つあるモンスターの目玉をぶちりとちぎって、こちらにさしだす。
 ぷるんぷるんしてる。
 大きさはヤシの実。見た目は魚の目玉。いかにも生臭そうで、ちょっとムリ。

「私もいらない。モンスターなんて食べられもが!?」

 まるで聖職者みたいな姿してるくせに、なんの慈悲もない。
 彼は左手で私の顔をつかむと、右手で目玉を口に押しこんだ。

「もっぐわー!?」

 ひどい。
 こんなゲテモノ、まずいに決まってる。クーさまだってまずそうっていったくせに食べさせるだなんて。

 ふりはらおうとしたけど、できない。顔や首をがっちり固定されててビクともしない。

「んぐぐ……!」

 食べてたまるかあ!
 必死に口を閉じていたら、クーさまがそっと顔を近づけてきた。

 フッ。
 軽くおでこに息をふきかけられただけなのに。
 びっくりして口を開けてしまった。

 プチプチプチッ。
 口の中でなにかがはじける。この目玉、小さなたくさんの目玉の集合体だったみたい。
 ほどよい塩味と酸味、ほのかな甘みが舌の上に広がる。

「ん……?」

 生臭いことは生臭いけど、そんなに不快じゃない。

「魚卵の塩漬けの味がする……」

 匂いはちょっと草っぽいから、海藻シーベリーの方が似てるかな?
 お父さんがお酒のつまみによく食べてたっけ。
 思いでにひたっていたら、いつのまにかモンスターの目玉6個を完食していた。

「うそ、ぜんぶ食べちゃった!」

 やけにおいしいし。急におなかがすいてきたから、つい。
 だからってあんなゲテモノを食べるなんて、なんてことを……。
 ショックを受けていたら、クーさまがうなずいた。

「低燃費無能ゾンビとはいえ、そろそろ魔力の補給が必要だからな。腹へってたんだろ」

 いわれてやっと気づく。

「そういえば、ずっと飲まず食わずでトイレも行ってなかった……でも、さっきまで食べたいとも思わなかったよ?」

「人間だったころよりそういう感覚が鈍くなってるからな。ちゃんと定期的に食事して魔力を回復した方がいい。あとトイレは必要ない」

 魔神は私のおなかを指さす。

「胃腸で消化してるわけじゃないから」

 ゾンビはトイレ行かない。
 なんかヤだなそれ。食べたものはどこに消えてるの?
 よくわかってないことを察したのか、彼が続ける。

「人間と同じ食事じゃ意味がない。魔力がふくまれるものを食べるんだ。モンスターや一部の植物、魔法使いとか……聖職者の魂もおいしい」

 ごくり、とのどを鳴らすクーさま。
 確実に食べたことあるよね、そのいい方。幸せそうな顔してるのがちょっとホラー。

「できれば、その一部の植物だけ食べたいよ……」

 おいしかったけど、やっぱりモンスターや人間はご遠慮したい。

◆

 かつて魔神がたおされたときのこと。
 カーラ帝国は魔神の心臓を担当した。

 封印の地に選んだのは、マロボ島。
 もしも魔神がよみがえったとしても、なるべく犠牲がでないように。王都からはなれていて、人の少ない田舎にしたのだ。

 魔神は火属性で、水の中ではひどく弱る。
 だから、重しをつけて海の底深くへ。

 二度と悪しきものがよみがえることのないように、厳重な封印をほどこした。
 封印に関わった者はみんな若いうちに亡くなってしまった。魔神の呪いのせいだと一時は騒がれた。

 しかし、それからは何もおこらず。
 平和な時を300年も過ごすと、みんな魔神を忘れてしまった。
 そういうことがあったという記録は残っていたのに。

「あんなものはただのおとぎ話だ」

 何代か後の王さまはそういって、みはりさえもやめてしまった。

 それからずーっとほったらかし。
 そのうちカーラ帝国がつぶれて、グリアス王国ができた。

 だから、だれも思わなかった。
 魔神が復活して、復讐しにくるなんて。

◆

 青白い月が浮かぶ夜。
 クーさまはとっても怪しいことをしていた。

 小高い丘の上。
 まわりの木々を焼きはらって更地にする。それから捕まえてきたハトの首をちぎる。
 食べるのかと思ったけど、ちがうみたい。

 その血を使って大きな魔法陣を描き始めた。
 じゃましちゃダメそうな雰囲気だったので、しばらく見守る。

 魔法陣が完成すると、彼は鳥の死体をのせて呪文を唱えた。まったく聞きとれないし、なにいってるのかもわからない。私には発音すらできそうにない、独特なリズム。

 紫色の光とともに魔法陣にあらわれたのは……。

「カラス?」

 さっきの鳥の死体をもっしゃもっしゃと食べてる。共食いだ。
 思わずつぶやくと、鳥はギロリとこちらをにらむ。

「チッ、虫けらがわしに話しかけるな。不愉快だ」
「ひっ、カラスがしゃべった!」

 そもそもでかいし、なんか変。

 首から上は完璧に鳥。
 なのに首から下は人間そっくりで、高そうな服まで着てる。

 全身ピンク……といえばかわいらしいけど。なんか生肉みたいな色合い。ちゃんと手入れはされてそうだけど、毛なみがパサパサで白髪がある。背筋はまっすぐだけど、手足が枯れ木のように細い。肌にはツヤも弾力もなくてしわしわだ。それにさっきの低いしゃがれ声。

 このカラス、おじいちゃんなのかな?

「ギクアル」
「お呼びですかな、主君」

 いまにも私の目玉をつっつきそうだったのに。
 カラスはすました顔で魔神をふり返った。大げさなくらい丁寧なおじぎをゆっくりとする。

「ずいぶんとお久しぶりじゃありませんか。封印されたとは聞いておりましたがねえ……封印される原因となった愉快なパーティにもお声をかけて頂けなかったのはどういうことでしょうね? よもや、この老骨の名前をお忘れになったのではと心配しておりました」

「たすけにこなかったヤツがいうことか?」

 チクチクとトゲのある言葉にも、クーさまは平然としている。

「無力な鳥のたすけなどいりますまい」

 フン、と顔をそむけるカラス。
 なんかすねてるみたい。ごめんねって謝ってあげればいいのに、クーさまはつれない。

「もういい。役に立つ気がないなら帰れ」

 しっしっと手で払われて、カラスは目をつり上げた。

「だれがそんなことをいいました? 召喚したのだから、なんなりと命令すればよろしい」

 気が変わらないうちに、とでも思ったのか。
 クーさまはさらりと告げた。

「女神ラエリアを召喚したい。必要なものをそろえておけ。グリアス王国で待ちあわせよう」
「かしこまりました」

 ギクアルが丁寧におじぎをすると、ぶわっと黒い羽根が舞った。
 大きな羽根ではばたく彼のまわりに、カラスの大群が集まってくる。

「ギャアギャア! ギャアギャア! ギャアギャア!」

 カラスの鳴き声ってもうちょっとおだやかだったような……。みんな興奮しているみたいで、目がらんらんと光っている。
 空をうめつくすほどの大群を引き連れて、ギクアルは王都の方へ飛びさった。

「あのひ……あの鳥、なんだったの?」

 クーさまに聞くと、彼は楽しそうに答えた。

「他の国に行く前に、ちゃんとグリアス王国にも復讐しないとだろ?」
「えっ、すでにマロボ島を火の海にしたじゃんか」
「それはそれ、これはこれ」

「そもそも、クーさまを封印したのはカーラ帝国でしょ? グリアス王国なにもしてないじゃん」

「だとしても、俺の心臓をひきついで所有してたのはグリアス王国。なら呪われてもしかたないだろ」
「呪うの!?」
「ギクアルはあれで気が利くやつだ。いちいちいわなくてもそれくらいすると期待してる」
「……」

 魔神を封印した人たちの気持ちが、ちょっとだけわかってしまった。